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第4章
149 社交の準備
しおりを挟むルシウスは森の家に引き続き住むことになった。飢えが本当に収まったのかも様子見しなければならない。そこで森の家の管理人として過ごしてもらうことになったのだ。
「ルシウス、これでどうだ?」
「…これ……使いやすいです!!!」
「ほんと?!よかった~」
次の日、俺は再びフェレストさんのところへ行ってルシウスの武器を作ってきた。
闇の森にいる間、ルシウスはずっと村で使っていた斧を振り回していたらしい。といっても、芸で攻撃することが多かったからあまり武器としては使わなかったらしいが。
なので俺はルシウスに戦斧をあげた。腰まである巨大な斧だ。大きさや重さを指定してもらって作ってきた。
「このチェーンはなんですか?」
「あ、これは一応付けとこうかなって思って。手にチェーンを巻いたけば斧が手から離れにくくなるし、まぁ好きに使ってくれ。あ、いらなかったら切ってもいいぞ。」
「いえ、せっかくだからチェーンも使ってみます…!!あとこれで木を切ってもいいですか?」
「全然いいぞ。手入れの仕方はわかるよな?」
俺が聞くとルシウスはコクンと頷いた。まぁずっと斧を使っていたならもう知ってるだろう。
「というか………ルシウス、見た目全然違うな!!」
実はさっきからいつ話を振ろうかと思っていたんだが、ルシウスの見た目が変わった。
肩下あたりまで無造作に伸ばしていた髪は短く切られている。前髪はまっすぐ垂らすと目にかかりそうな長さだが横に分けているからむしろ清潔感がある。元々顔がよかったのだろうが、憂い顔も合わさってなかなかモテそうだ。
「………なんか首に風を感じます。」
「でもこっちのが全然いいよ!シーラが切ったのか?」
「ええそうよ。いいでしょ。」
「ほんとにいい!」
『アグニアグニ。シャルトが戻ってこいだって。』
シリウスがクルトからもらった手紙を見ながら告げた。まじでそろそろ社交界が始まるから戻らなきゃなのだろう。
「そうだよな…ルシウス、一人でここにいて平気か?」
「え……う……はい…。」
ルシウスは心配そうな顔で頷いた。まだ飢えが怖いのだろう。その様子を見てシリウスはにこりと笑った。
『夜になったら僕がこっちに来るよ。数時間だけなら怖くない?』
「う、はい…大丈夫…です。はい…!」
シリウスとルシウスは見た目年齢はほとんど変わらないけど落ち着き方が全然違う。ルシウスは子犬っぽい。じゃあシリウスはなんなのかと聞かれるとよくわからないが。
「ルシウス、不安だろうが耐えてくれ!行ってくるな!」
・・・
公爵邸の最奥、公爵様の私的区域の談話室に俺らは集まった。
『アグニ、そちらの机に置いてあるのが君への招待状だ。急だが今日中に返事を書いて出さねば先方の迷惑になりかねない。急いで返事を書いてくれ。』
「えぇ?!これ全部俺の?!」
公爵の指さした先には10通程度の手紙が置いてあった。宛名を見るとコルネリウスやカール、シド、第3学院のアイシャ、シルヴィア、シャノンシシリー、あとシャルルとアルベルトの連名と、イサックとセシルの連名のものまである。
『シャルトのはいつにやるんだっけ?』
『私は8週目6の日だ。手紙の中にシャルル公国とフォード公国のがあるだろう?今年、私とその2国が「女神の楽園」で合同の夜会を開催する。』
「え?シャルルとアルベルトと公爵が一緒に夜会を行うってことか??」
『正確にはシャルルとアルベルトの父君とだ。副主催者にはシルヴィア公国もいる。』
副主催者とは簡単に言うと、パーティーの後援に力を貸してくれているって感じだ。挨拶回りとかは副主催者も主催者と同じように行う。
「なんでシルヴィア公国が?」
『そもそも私とシルヴィア国王は旧知の仲だ。そして今年はお嬢さんが夜会ではなく昼のお茶会を主催する。だから本格的な夜会を行うつもりはないそうだ。その代わりに私達のパーティーに力を貸すのだよ。』
今年初めてシルヴィアがパーティーを主催する(去年まではシルヴィアの父ちゃんが行ってた)らしい。そして数年かけてゆっくりパーティーの規模を大きくしていくってのが定石だ。初めての年は中規模のガーデンパーティー、来年は大規模のガーデンパーティー、再来年は小規模の夜会…という風に。
そんで中規模ガーデンパーティーだけだと社交が足りないからその分を後援という形で補うらしい。
「へぇ………なんか……大変なんだな。」
素直に感嘆する。貴族はそんなめんどくさいことをこれからずっとしていかなきゃいけないんだ。
『シャルル公国とフォード公国は場所が帝都から遠いから毎年帝都の大きな会場を借りて夜会を主催している。今年は「女神の楽園」を使いたいということだから私も一緒に行うことになったのだ。』
「そうそれよ。その女神の楽園ってなに?」
『女神の楽園ってすごい綺麗な施設があって、その所有者がシャルトなんだよ。』
シリウスが焼き菓子を食べながら説明した。
つまり公爵が持ってる施設を使いたいってことだから一緒にやろうって話になったらしい。
というか、公爵は連名でパーティーを主催することが多いらしい。今回みたいに遠くの国であったり、帝都の弱小貴族と組んであげることでパーティーにかかる負担を互いに減らしてるとのことだ。
おかげで今年は3国と帝都の宰相様という最強メンツのせいで、確実に全貴族が揃うこの夏最大のパーティーが出来上がってしまった。たぶん全ての貴族がびびりながら準備を行っていることだろう。
『さて、そろそろ手紙を開いて予定を考えようか。』
基本各家が互いに日程を調整して曜日を決めてるので仲間内ではパーティーはダブらないらしい。
そして今年の俺の火の月の予定はこうなった。
4週目…シャノンシシリー公国
5週目…シド公国
6週目…リシュアール伯爵家
7週目…ハストン子爵家・ハーロー男爵家
8週目…シャルト公爵・シャルル公国・フォード公国
9週目…シルヴィア公国ガーデンパーティー
10週目…ブリッジ子爵家ガーデンパーティー
そして火の月が終わり、風向かう2週間が始まる。去年編入試験をしたのはこの2週の間だった。この週に学園に戻る。
「……………結構大変だな。」
とりあえず来週シャノンシシリー公国に行かねばならなくなった。
『ちなみにまだ君パートナー決めてないからね。』
シリウスが絶望的なことを口にしやがった。ところでこいつさっきからずっと焼き菓子食ってる。
『そうだな。今パートナーも決めてしまいなさい。』
「今?!!!」
ちょっともう疲れたよ!!!
まだ決めなきゃなのか?!
しかし公爵は黙々と俺の手紙を読んで考えてくれてるからちょっと文句は言いづらい。
その後、なんとか俺のパートナーも決まった。
まずガーデンパーティーはパートナー無しでいいらしいので無しで。コルネリウスとイサック・セシルのはバルバラも誘われてるだろうから同時入場という形で頼もうと思う。シド公国は狩りをするとのことなので第2学院のデボラに頼む。来週に迫っているシャノンシシリー公国のはちょっとイレギュラーだが双子と一緒に行く。
「公爵のやつ、どーすっかな…」
『8週目のは君も主催者側の人間だからパートナーがいなくても平気だ。』
「え、そうなの?!よっしゃ!じゃあとりあえず決まった!!!」
あとは今日中に全部のパーティーに返事を返して……バルバラとデボラにパートナーのお願いをする手紙を書いて……うん、まだまだ仕事が多い。
「………しんど。なぁクルト手伝ってよ~」
談話室に入ってきたクルトにぼやくとクルトは困ったように笑った。
「すいません……今シーラ様の方を精査しておりまして、まだまだ終わりそうにないんです」
「え、そうなの?」
『シーラの方の手紙の山、見た?』
ようやく焼き菓子を食べ終えたようでソファに寝転んでいたシリウスがニコニコしながら聞いてきた。
「え?見てない。どこにあるの?」
『隣の部屋にあるから一度見てきなよ。』
談話室の隣の部屋はシーラが私物化してる部屋だ。俺は一度部屋を出て隣の部屋を覗いた。
ガチャ・・・
「シーラ~? って、ええぇぇ?!!!!」
普通に綺麗な部屋だったはずなのに、文字通り「手紙の山」が4つもあった。俺の比じゃない。
「シーラ様は派閥等に関わらずほとんど全ての方からお誘い頂くので…火の月は大変なんですよ。」
俺の隣でクルトが大きくため息を吐いた。
「こ、これ……全部参加するわけじゃないだろ?」
「もちろんです。けど数分だけでも顔を出してくれと言われることが多いので…まぁたくさん参加しますよ。」
あ、うん。うんうんうん。
俺、全然ましだわ。
めんどいとか言ってごめん。
「ところでシーラは?」
「いるわよ?」
山の向こうからシーラの手が見えた。そちらに回ってみるとシーラはのんびりと横になって、シリウスと同じように焼き菓子を食べていた。
「………手紙書いてないのかよ。」
「あ、それは僕が代わりに書くんです。」
クルトはにこにこしながらシーラに紅茶を淹れている。
「クルトは……大変だな。」
「幸福ですよ。」
正確な年齢は知らないがたぶん19、20歳くらいだろうに。随分としっかりしてるし仕事も早い。そしてシーラのことがほんとに大好きだ。
「………じゃあまぁ俺も隣の部屋で手紙書いてるから。頑張ろうな、クルト。」
「はいっ!!」
・・・・・・
『僕、森の方に戻るね。』
手紙を書き終えた時にはもう夜になっていた。シリウスは垂らしていた自分の髪を器用に三つ編みするとその上から民族衣装の布を覆い、窓へと向かった。
『2人は手紙の返事が明日中に来るだろうから森の家に来なくていいからね。』
「ええ。ルシウスのこと、頼むわよ。」
『はいはーい』
シリウスは手をひらひらさせ窓から飛び降りた。
「疲れたわね。遅くなったけどご飯を食べてとっとと寝ましょ。」
手紙をほぼほぼクルトに書かせていたくせに疲れているらしい。けど俺もお腹が空いて死にそうなので素直に頷いた。
・・・
「じゃあシーラ、おやすみ~」
「おやすみなさい。」
俺とシーラは本邸にある各自の部屋に入った。
そして俺はそのまま窓へと向かった。
「ギフト・・・水曲 」
自分の身を透明にして窓から飛び降りる。飛び降りてすぐ、地に足を付ける前に空へと駆け上がる。姿を隠しても足音で見つかるかもしれないからだ。俺は誰にも知られることなく公爵邸から抜け出し・・・
そしてカミーユの家の跡へと着いた。
俺が人に執着しないというならば、執着してみようと思う。犯人はブガラン公国…エベルの手のもので間違いない。俺はエベルの不当性を見つけ出す。そして俺に冤罪をかけようとした時と、ここで焼かれた時のカミーユの心情を考えたい。理由を知りたい。そうやって一歩ずつ着実に前に進むことで「人」について深く知ってゆけるのだと思う。
俺は何か証拠が残ってないかと瓦礫の中を歩いた。
「ちょっと……ちょっと…!! そこのお兄さん!」
振り向くと眉間に皺を寄せたおばさんが小声で俺を呼んでいた。手招きされたのでそちらに歩いて話しかける。
「こんばんは。おばさん、ここの商家のこと何か知ってるか?たしかカミーユって娘がいたと思うんだけど…」
「……お兄さん、あなた何者だい?」
「俺?俺は……その子と同学年だったよ。」
嘘は言ってない。学院は違うが俺とカミーユは同じ第2学年だった。
俺の言葉を聞いたおばさんは腕を組み、暫くじろじろと俺を見た。そして周りをきょろきょろと見渡して誰もいないことを確認すると小声で告げた。
「悪い事は言わないから、帰りなさい。ここの事件に関わらないほうがいい。」
「え?どうしてだ?」
「あんた……なんでこんな何日もここの瓦礫が放置されてると思うんだい?」
確かに言われてみればそうだ。早く瓦礫を片付ければいいのにその気配はまるでない。もう数週間も前のことなのに今もそのまま放置されてる。
「みんな関わりたくないからだよ。この家の味方だと思われたくないからだ。じきに警備隊がきてここの撤去作業をするだろうから、触れないほうがいいよ…!」
「なんでだ?おばさん、みんな何をそんな怖がってんだ?」
「…………私は言ったからね。」
おばさんはそそくさとこの場から離れようとした。俺は急いでその人の前へと回りこんで聞いた。
「なぁ、何を知ってんだ?!教えてくれ!頼む!」
「しー!声が大きいよ!私は関係ないんだ…!巻き込まれたくないんだよ…!」
「だから何に巻き込まれるってんだよ?!」
「っ…………ちょっとこっちにきなさい…!」
おばさんがまた手招きをして、細い道へと入った。そしてまた辺りを見渡し誰もいないことを確認すると一層小さい声で言った。
「この家は高貴なお方の不興を買ったんだよ。だから家も、財も、商品も、人までもがいっぺんに燃やされたんだ。こんな一方的な制裁はなかなかないけど…随分とまぁ怒らせたもんだよ…」
「……相手が貴族だってこと…みんなすでに知ってんのか?」
庶民と貴族では明らかに分が悪い。この家を燃やしたのがブガラン公国の王子の命令によるものだとわかってはいないようだけど、貴族だとは認識しているらしい。でもどうして相手が貴族だとわかっているのか。
その理由を聞くつもりで質問した。しかし返ってきた答えは予想外のことだった。
「そりゃあそうだよ。間違いないでしょうよ…!」
「………どうして?」
「黄金の髪を持つお方なんて…この世に一種類しかいないだろう?」
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