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第4章
142 火の月最初の旅行
しおりを挟む「天使の血筋の……に、初めてお目にかかります?……アグニと申します。」
あーあ、はい。間違えましたー。
もうすでに顔上げたくねぇな
『アグニ、顔を上げてくれ。史上初の編入生君だったね。学院はどうだい?』
「あ、はい。楽しくやってます。」
顔を上げてシルヴィア大公を見る。初めて目を合わせて感じたのは、澄まし顔がシルヴィアに似てるなってことだった。
綺麗な金の髪に切長の紺の瞳。40代後半だけれど華やかでおじさんらしさは無い。
シルヴィア大公の後ろには2人侍従がいて、そのうちの1人がこそっと何かを伝えていた。
『うむ、スリーター公国で鍛治師だったのか。未だに作っているのかい?』
「あ、はい。第1学院の中に鍛冶場を作りました。」
『私も小屋にはよく行きます。学院の最北端の方です。』
シルヴィアの説明を聞いて大公は少し眉を上げた。
『そうなのかい?』
『はい。この栞をアグニさんから頂きました。』
ちょっとシルヴィアさん?!!!
な~んで栞持ってんの?!
え?!わざわざ持ってきたの?!なぜ!?
制服のポケットから取り出した見覚えのある物体に思わず固まってしまう。天使の血筋の持ち物にしては材料費は安い。まぁそんなものをあげてしまったんだけど。
これは絶対渋い顔される………!!!!
『これは……君が作ったのか?』
「あ、あの!いや!お粗末な物ですが、なにぶん栞を作るのは初めてなもので!!だからあの…!!」
『いや、逆だ。』
「………はい?」
大公は栞を色々な角度で見ながら言った。
『これは美しい。天使の血筋が持つに相応しい代物だ。まさかここまでのレベルだったとは……』
え、ホメラレタ!!!
まじ?! え、ラッキー!!!
まぁ俺、鍛治歴40年だしな。当たり前か。
「よかったです。ありがとうございます!」
大公はシルヴィアに栞を返した後、俺に向かって小さく笑みをみせた。
『これからも同じ学院の生徒として、娘と仲良くしてやってくれ。』
シルヴィアが小さくピクッと動いた。何か引っかかる事があったのだろうか。俺はもちろん今後もシルヴィアとは仲良くするつもりなので大きく頷いた。
「はい!!」
『………閣下、火の月の間に武芸の練習を積んでおきたいのでシャルト公爵邸に足を運ぶつもりです。』
シルヴィアは自分の父親のことを「閣下」と呼んだ。公の場だからそういう呼び方をしているのだろう。
『…………ふむ。ではあとで私からもシャルトにお願いをしておこう。今年の社交界のことも相談せねばならぬしな。』
『お手数おかけします、閣下。』
シルヴィアが大公に綺麗に礼をし、その様子を見届けた大公は侍従らとその場を離れた。
「………ふー。緊張したな。」
『ありがとうございました。……これで武芸の練習ができます。』
やはり一度顔を見せておくことが重要なようだ。これで公爵邸に行ってシリウスから武芸を教われるらしい。
「あ、今日の飯食べた?俺まだなんだけど。」
『ふふっ……食べてませんよ。』
そういえばシルヴィアはこの前初めてパーティーのご飯を食べたんだった。
「あーだよな。俺また毒見するから、食べにいかないか?」
『……ええ。けれどその前に私と踊ってもらえますか?まだ今日は一度もホールに出ていないんです。』
ホールとは会場中央のダンスを踊る空間のことだ。特に仕切りとか段があるとかじゃないけど、中央はホールとして認識されている。
「おう、いいよ。俺もまだ踊ってないし。」
『そうでしたか。………では。』
シルヴィアが綺麗な仕草で手を差し出してきたので、俺はその手を軽く掴み、礼を取った。
「シルヴィア様、ダンスのお相手をして頂けますか?」
『はい……、お受けします。』
・・・
「どけ平民!!!」
「おぉ~……」
シルヴィアと宝石箱のようにキラキラした食事を食べていると後ろからぐいっと引き離された。
エベル王子だ。
「シルヴィア様、黒髪の平民などと親しくされると品位を落としますよ。ひいては天使の血筋全体の品位も落としかねない。」
『エベル様、ごきげんよう。良い夜ですね。』
シルヴィアはエベルの言葉に一切反応せず夜会の決まり文句を口にした。
「シルヴィア様、この平民のどこがそんなにいいのです?物珍しい以外に何か特徴はありますか?他の天使の血筋の方々もシルヴィア様の行動に困っているようですよ?」
え、まじ?
天使の血筋同士の繋がりは濃い。俺と一緒にいることでシルヴィアが他の天使の血筋から嫌われるようなら、俺は離れなければならない。シルヴィアに迷惑をかけたくはない。
『………天使の血筋にも各々の意思があり、考えがあります。全員の意見が一致することなどまずありません。私は様々な意見があることを認めた上で、行動しています。』
………シルヴィアは俺と離れないと言ったのだ。
色んな意見があるだろうから、私は私の意思を通すと。
けれどもシルヴィアの立場を危うくしたくない……。
「………そんなにも1人の肩を持つのは対面がよくないでしょう。ブガラン公国王子のこの私、エベルがダンスのお相手をいたしましょう。」
えぇ?!!!待てまて!!
今までの会話はダンスの申し込みのため?!
うっそだろ??回りくどすぎるって!!!
シルヴィアはチラリと俺を見た後、無表情のままエベルに告げた。
『ありがとうございます。お受けしたいのは山々なのですが……残念ながら総長挨拶の時間ですので私はもう失礼します。』
パーティーは終盤近くなり、もうそろそろ各学院の総長が代表で挨拶をしなければならないのだろう。
エベルは歯軋りしながらもシルヴィアが去っていくのを黙って見ていた。
そして俺のことはもちろんガン無視していなくなろうとしたので、思わず問いかけてしまった。
「エベル王子、カミーユは元気ですか?」
「…っ………はて…誰だそいつは?」
エベルは早足で去っていった。けれども一瞬、芸素に動揺が見られた。
黒、か……?
・・・
そしてパーティーが終わり、邸宅に着いて早々シリウスが言った。
『アグニ、カミーユの家を焼いたのはブガラン公国の者で間違いないようだ。』
「……そうだったのか。焼死体は……誰のかわからないのか?」
『残念だけどわからない。ねぇ、アグニ。』
シリウスは少しだけ真面目な顔になった。
『この問題、暫く僕に預からせてくれないかな?』
「え、なんで?」
シリウスはそもそもカミーユのことすら知らないはずだ。関係もないはず。シリウスがそこまでする意味がわからない。
『これを上手く使いたいんだ。お願い~!』
シリウスが冗談交じりに俺に祈るように手を合わせた。
「うん、まぁいいよ。何か考えがあるんだろ?信じるからな?」
『うん!まかせて!!』
無駄に元気よく返事を返したシリウスは上機嫌のまま焼き菓子を食べ始めた。
「そういや……ヨハンネって元気かな?」
なんとなくカミーユのことを考えていたらヨハンネのことを思い出した。自暴自棄になったヨハンネとカミーユの姿が似ていたからかもしれない。
シリアドネ公国のエッセン町に住んでいるヨハンネだ。かつてその町は芸素量の多い芸獣に支配されたせいで氷の町と化していた。
俺とシリウスがその町に行って無事芸獣を退治し、町は元に戻ったのだ。ヨハンネはその後、町長として頑張っているはずだが…ヨハンネの家族は病で全員死んでいる。もしかしたら今もずっと独りかもしれない。
独りは………辛いよなぁ……
「シリウス、俺久しぶりにヨハンネに会いたい。一緒にエッセンに行かないか?」
シリウスなら間違いなく賛成して、なんなら今日にでも向かおうと言うと思っていた。けれどもシリウスは、表情には出さなかったが嫌がる素振りを見せた。
『んー…ほら、ヨハンネだって彼女の生活があるだろうしさ。やめといたほうがいいんじゃない?』
「えっ……彼女の生活ってなんだよ?別に生活があったってちょっと寄るくらいなんも問題ないだろ?」
『まだ町がちゃんとできてないんじゃないかな?宿とかなかったらどうするの?』
「俺らいつも野宿してるよな?」
『それにほら、帝都の最南端だからめっちゃ寒いよ?』
「けど俺ら前に行ったじゃんよ。」
シリウスの様子が明らかにおかしい。いつもは即決行動派なのに……。
「お前、何を隠してる?ヨハンネに何かあったのか?何を知ってるんだ?」
ここまでヨハンネに会わせないようにするのは何か意味があるのか?
『んー?……んー、いや、別に普通に生きてると思うよ?ただ単純にめんどくさいなってだけ。』
めんどくさい?シリウスがめんどくさいだけでここまで渋ることはない。
もう決めた。絶対行く。
「シリウス、明日から俺はエッセンに向かう。お前はどうする?ついてくるか?」
『…………わかったよ。僕も行く。ただ、様子を見て、別に平気そうならすぐに妖精の村に向かおう。カールに遺跡の様子を伝えるって約束したでしょ?もうすぐ社交界が始まるから早めに行かないと間に合わない。』
「わかった。エッセンから妖精の森に直接向かおう。シーラはどうする?」
シーラは今お風呂に入っていてこの場にはいない。エッセンから妖精の村に行くならたぶん2週間近くは家を空ける。
『シーラとは妖精の森で集合しよう。森の近くまでクルトが送ってくれるだろうし。』
クルトが送ってくれる…と簡単に言うが、馬車なら1週間はかかる。まぁもちろんクルトはまじで森まで送るだろうが。
「わかった。なら明日出発でいいな?」
『……はぁ~わかったよ。』
「ははっ。なんかいつもと逆だな。」
いつもは俺が渋々ついていく感じなのに、今回は俺が率先している。シリウスは俺を睨みながら言った。
『嫌なところが似ちゃったなぁ』
「嫌なところって自覚があってほっとしたよ。」
・・・・・・
青香る2週目7の日に帝都を飛び出し、俺とシリウスは火の月1週目5の日にシリアドネ公国エッセン町に着いた。
最初の頃と比べると移動速度が爆発的に上がっているに5日もかかった。
シーラとは2週目3の日に待ち合わせ時間を決めたので、移動時間を考えるとこの町に居られるのは1日しかない。
最初この町に来た時は全てが純白の、氷の世界だった。凍えるような寒さの中、1つの穢れもないこの町は異様なほどに美しかった。
けれど今、この町に白色はない。町には色が咲き、時が動き、人々の声が聞こえた。
『あの世界はもう無くなってしまったんだね。』
「そうだな……。あの世界は綺麗だったけど…これこそが人間の住む、あるべき姿だ。」
『……そうだね。』
「え、アグニ?!!」
聞き覚えのある声がする。
俺とシリウスが振り返ると、たくさんの果実が入った箱を両手で持って立っているヨハンネがいた。
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