154 / 174
第4章
142 火の月最初の旅行
しおりを挟む「天使の血筋の……に、初めてお目にかかります?……アグニと申します。」
あーあ、はい。間違えましたー。
もうすでに顔上げたくねぇな
『アグニ、顔を上げてくれ。史上初の編入生君だったね。学院はどうだい?』
「あ、はい。楽しくやってます。」
顔を上げてシルヴィア大公を見る。初めて目を合わせて感じたのは、澄まし顔がシルヴィアに似てるなってことだった。
綺麗な金の髪に切長の紺の瞳。40代後半だけれど華やかでおじさんらしさは無い。
シルヴィア大公の後ろには2人侍従がいて、そのうちの1人がこそっと何かを伝えていた。
『うむ、スリーター公国で鍛治師だったのか。未だに作っているのかい?』
「あ、はい。第1学院の中に鍛冶場を作りました。」
『私も小屋にはよく行きます。学院の最北端の方です。』
シルヴィアの説明を聞いて大公は少し眉を上げた。
『そうなのかい?』
『はい。この栞をアグニさんから頂きました。』
ちょっとシルヴィアさん?!!!
な~んで栞持ってんの?!
え?!わざわざ持ってきたの?!なぜ!?
制服のポケットから取り出した見覚えのある物体に思わず固まってしまう。天使の血筋の持ち物にしては材料費は安い。まぁそんなものをあげてしまったんだけど。
これは絶対渋い顔される………!!!!
『これは……君が作ったのか?』
「あ、あの!いや!お粗末な物ですが、なにぶん栞を作るのは初めてなもので!!だからあの…!!」
『いや、逆だ。』
「………はい?」
大公は栞を色々な角度で見ながら言った。
『これは美しい。天使の血筋が持つに相応しい代物だ。まさかここまでのレベルだったとは……』
え、ホメラレタ!!!
まじ?! え、ラッキー!!!
まぁ俺、鍛治歴40年だしな。当たり前か。
「よかったです。ありがとうございます!」
大公はシルヴィアに栞を返した後、俺に向かって小さく笑みをみせた。
『これからも同じ学院の生徒として、娘と仲良くしてやってくれ。』
シルヴィアが小さくピクッと動いた。何か引っかかる事があったのだろうか。俺はもちろん今後もシルヴィアとは仲良くするつもりなので大きく頷いた。
「はい!!」
『………閣下、火の月の間に武芸の練習を積んでおきたいのでシャルト公爵邸に足を運ぶつもりです。』
シルヴィアは自分の父親のことを「閣下」と呼んだ。公の場だからそういう呼び方をしているのだろう。
『…………ふむ。ではあとで私からもシャルトにお願いをしておこう。今年の社交界のことも相談せねばならぬしな。』
『お手数おかけします、閣下。』
シルヴィアが大公に綺麗に礼をし、その様子を見届けた大公は侍従らとその場を離れた。
「………ふー。緊張したな。」
『ありがとうございました。……これで武芸の練習ができます。』
やはり一度顔を見せておくことが重要なようだ。これで公爵邸に行ってシリウスから武芸を教われるらしい。
「あ、今日の飯食べた?俺まだなんだけど。」
『ふふっ……食べてませんよ。』
そういえばシルヴィアはこの前初めてパーティーのご飯を食べたんだった。
「あーだよな。俺また毒見するから、食べにいかないか?」
『……ええ。けれどその前に私と踊ってもらえますか?まだ今日は一度もホールに出ていないんです。』
ホールとは会場中央のダンスを踊る空間のことだ。特に仕切りとか段があるとかじゃないけど、中央はホールとして認識されている。
「おう、いいよ。俺もまだ踊ってないし。」
『そうでしたか。………では。』
シルヴィアが綺麗な仕草で手を差し出してきたので、俺はその手を軽く掴み、礼を取った。
「シルヴィア様、ダンスのお相手をして頂けますか?」
『はい……、お受けします。』
・・・
「どけ平民!!!」
「おぉ~……」
シルヴィアと宝石箱のようにキラキラした食事を食べていると後ろからぐいっと引き離された。
エベル王子だ。
「シルヴィア様、黒髪の平民などと親しくされると品位を落としますよ。ひいては天使の血筋全体の品位も落としかねない。」
『エベル様、ごきげんよう。良い夜ですね。』
シルヴィアはエベルの言葉に一切反応せず夜会の決まり文句を口にした。
「シルヴィア様、この平民のどこがそんなにいいのです?物珍しい以外に何か特徴はありますか?他の天使の血筋の方々もシルヴィア様の行動に困っているようですよ?」
え、まじ?
天使の血筋同士の繋がりは濃い。俺と一緒にいることでシルヴィアが他の天使の血筋から嫌われるようなら、俺は離れなければならない。シルヴィアに迷惑をかけたくはない。
『………天使の血筋にも各々の意思があり、考えがあります。全員の意見が一致することなどまずありません。私は様々な意見があることを認めた上で、行動しています。』
………シルヴィアは俺と離れないと言ったのだ。
色んな意見があるだろうから、私は私の意思を通すと。
けれどもシルヴィアの立場を危うくしたくない……。
「………そんなにも1人の肩を持つのは対面がよくないでしょう。ブガラン公国王子のこの私、エベルがダンスのお相手をいたしましょう。」
えぇ?!!!待てまて!!
今までの会話はダンスの申し込みのため?!
うっそだろ??回りくどすぎるって!!!
シルヴィアはチラリと俺を見た後、無表情のままエベルに告げた。
『ありがとうございます。お受けしたいのは山々なのですが……残念ながら総長挨拶の時間ですので私はもう失礼します。』
パーティーは終盤近くなり、もうそろそろ各学院の総長が代表で挨拶をしなければならないのだろう。
エベルは歯軋りしながらもシルヴィアが去っていくのを黙って見ていた。
そして俺のことはもちろんガン無視していなくなろうとしたので、思わず問いかけてしまった。
「エベル王子、カミーユは元気ですか?」
「…っ………はて…誰だそいつは?」
エベルは早足で去っていった。けれども一瞬、芸素に動揺が見られた。
黒、か……?
・・・
そしてパーティーが終わり、邸宅に着いて早々シリウスが言った。
『アグニ、カミーユの家を焼いたのはブガラン公国の者で間違いないようだ。』
「……そうだったのか。焼死体は……誰のかわからないのか?」
『残念だけどわからない。ねぇ、アグニ。』
シリウスは少しだけ真面目な顔になった。
『この問題、暫く僕に預からせてくれないかな?』
「え、なんで?」
シリウスはそもそもカミーユのことすら知らないはずだ。関係もないはず。シリウスがそこまでする意味がわからない。
『これを上手く使いたいんだ。お願い~!』
シリウスが冗談交じりに俺に祈るように手を合わせた。
「うん、まぁいいよ。何か考えがあるんだろ?信じるからな?」
『うん!まかせて!!』
無駄に元気よく返事を返したシリウスは上機嫌のまま焼き菓子を食べ始めた。
「そういや……ヨハンネって元気かな?」
なんとなくカミーユのことを考えていたらヨハンネのことを思い出した。自暴自棄になったヨハンネとカミーユの姿が似ていたからかもしれない。
シリアドネ公国のエッセン町に住んでいるヨハンネだ。かつてその町は芸素量の多い芸獣に支配されたせいで氷の町と化していた。
俺とシリウスがその町に行って無事芸獣を退治し、町は元に戻ったのだ。ヨハンネはその後、町長として頑張っているはずだが…ヨハンネの家族は病で全員死んでいる。もしかしたら今もずっと独りかもしれない。
独りは………辛いよなぁ……
「シリウス、俺久しぶりにヨハンネに会いたい。一緒にエッセンに行かないか?」
シリウスなら間違いなく賛成して、なんなら今日にでも向かおうと言うと思っていた。けれどもシリウスは、表情には出さなかったが嫌がる素振りを見せた。
『んー…ほら、ヨハンネだって彼女の生活があるだろうしさ。やめといたほうがいいんじゃない?』
「えっ……彼女の生活ってなんだよ?別に生活があったってちょっと寄るくらいなんも問題ないだろ?」
『まだ町がちゃんとできてないんじゃないかな?宿とかなかったらどうするの?』
「俺らいつも野宿してるよな?」
『それにほら、帝都の最南端だからめっちゃ寒いよ?』
「けど俺ら前に行ったじゃんよ。」
シリウスの様子が明らかにおかしい。いつもは即決行動派なのに……。
「お前、何を隠してる?ヨハンネに何かあったのか?何を知ってるんだ?」
ここまでヨハンネに会わせないようにするのは何か意味があるのか?
『んー?……んー、いや、別に普通に生きてると思うよ?ただ単純にめんどくさいなってだけ。』
めんどくさい?シリウスがめんどくさいだけでここまで渋ることはない。
もう決めた。絶対行く。
「シリウス、明日から俺はエッセンに向かう。お前はどうする?ついてくるか?」
『…………わかったよ。僕も行く。ただ、様子を見て、別に平気そうならすぐに妖精の村に向かおう。カールに遺跡の様子を伝えるって約束したでしょ?もうすぐ社交界が始まるから早めに行かないと間に合わない。』
「わかった。エッセンから妖精の森に直接向かおう。シーラはどうする?」
シーラは今お風呂に入っていてこの場にはいない。エッセンから妖精の村に行くならたぶん2週間近くは家を空ける。
『シーラとは妖精の森で集合しよう。森の近くまでクルトが送ってくれるだろうし。』
クルトが送ってくれる…と簡単に言うが、馬車なら1週間はかかる。まぁもちろんクルトはまじで森まで送るだろうが。
「わかった。なら明日出発でいいな?」
『……はぁ~わかったよ。』
「ははっ。なんかいつもと逆だな。」
いつもは俺が渋々ついていく感じなのに、今回は俺が率先している。シリウスは俺を睨みながら言った。
『嫌なところが似ちゃったなぁ』
「嫌なところって自覚があってほっとしたよ。」
・・・・・・
青香る2週目7の日に帝都を飛び出し、俺とシリウスは火の月1週目5の日にシリアドネ公国エッセン町に着いた。
最初の頃と比べると移動速度が爆発的に上がっているに5日もかかった。
シーラとは2週目3の日に待ち合わせ時間を決めたので、移動時間を考えるとこの町に居られるのは1日しかない。
最初この町に来た時は全てが純白の、氷の世界だった。凍えるような寒さの中、1つの穢れもないこの町は異様なほどに美しかった。
けれど今、この町に白色はない。町には色が咲き、時が動き、人々の声が聞こえた。
『あの世界はもう無くなってしまったんだね。』
「そうだな……。あの世界は綺麗だったけど…これこそが人間の住む、あるべき姿だ。」
『……そうだね。』
「え、アグニ?!!」
聞き覚えのある声がする。
俺とシリウスが振り返ると、たくさんの果実が入った箱を両手で持って立っているヨハンネがいた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました
夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」
命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。
本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。
元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。
その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。
しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。
といった序盤ストーリーとなっております。
追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。
5月30日までは毎日2回更新を予定しています。
それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる