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第4章
140 新たな共犯者
しおりを挟む刻身の誓いは血脈を通して鎖を繋ぐ。
そして片方が死するまで契約は維持されることが多い。
法や国家が形成される前、現在のように契約に紙や芸石を用いる「社会」が形成される前に存在した方法だ。
『カール、まず自分の腕を切ってくれるかい?』
シリウスがさも何事でもなさそうにカールにナイフを渡した。受け取ったカールはナイフを見て困惑している。自分で自分を切ったことなど当然ないのだろう。
「………おれが切ろうか?」
「いや、アグニは遠慮なくザックリ切りそうだからいい。自分で切る。」
「おいこら。」
冗談言う余裕があるなんて~
このこの~
ザクッ・・・
「っ!!」
宣言通り、カールは自分の腕の内側を切った。血は遠慮を知らず流れ落ち、絨毯に赤い滲みがいくつもできた。
シリウスはすぐに赤色で染まったカールの腕を掴み、ニコッと笑った。
もう1つ、この契約の最大の特徴で
この方法が廃れた最大の原因
『私からギフトを、汝の身に刻む 身契縛 』
「くっ………うわああぁあぁあぁぁぁぁ!!!!!」
被契約者に大変な痛みを伴うのだ。
カールが思い切り身体を退けぞり、シリウスから懸命に腕を引き、逃げようとする。シリウスの芸素が傷口から体内に無理やり流れているのだ。けれどもシリウスは表情を一切変えることなく、暴れるカールの腕を離さず、じっと芸素を流し続けている。
「ギッ わあアああアああぁああ!!!!!!」
カールは暴れ続け腕を振り払おうとしている。
『アグニ、カールを抑えて。』
「え、あ、うん……これ、本当に大丈夫なのか?!」
『大丈夫。もう終わるよ。』
数秒後、悲鳴は止みカールは膝から崩れ落ちた。刻身が終わったのだ。カールをソファに座らせると、カールの腕に細かな鎖のような柄が光で描かれた。
これが「身に刻む鎖」なのか!!!!!
「…………… え?」
シリウスの方を見ると、シリウスの身体も光っていた。
それもカールのように1つだけの鎖ではなかった。
頭も、顔も、首も、腕にも……シリウスの身体中に金色の鎖が描かれている。それはシリウスが鎖で繋がれて動けなくなっているようにも見えた。
刻身の誓いで描かれる鎖は一本のはず。けれどもシリウスの身体には数十本も描かれている。つまりそれだけ別の人とこの誓いを交わしているということだ。
俺とカールはただ呆然とシリウスの身体中にある金色の刺青を見ていた。その視線に気づいたシリウスはにこっと笑うと身体中をさすって言った。
『この鎖ね、今は金色でしょ?僕が誅した場合、この鎖は赤茶色に変わるんだ。つまり、見ての通り僕はまだ誰の命ももらったことがないよ。まぁみんないい子だからね。』
「お前は……一体何人の鎖を持ってるんだ?」
『必要数だよ。』
正確な数字を教える気は無いらしい。しばらくするとカールとシリウスの光が消え、契約が肌に溶け込んだ。
「消えた…………。」
カールが自身の腕を見ながら呟くとシリウスは再度紅茶を飲み始めた。
『別の誰かと契約する時にはまたその紋は浮き出るから気をつけてね。今の僕みたいに。』
「…………わかりました。」
刻身の誓いなんてできるのお前くらいしかいねぇよ、とカールも思ってるだろうが素直に頷いたようだ。
『さて、カール。話を戻すけど先程の君の不注意さには呆れたよ。』
急にまた部屋の温度が下がった。いや、部屋自体に重さがかかったようだ。シリウスが金の瞳でじーっとカールを見続けている。
『いいかい?君は貴族社会のもう一歩深いところに足を進めたんだ。今以上に言葉に気をつけなさい。証拠を誰でも撮れる時代に変わったんだ。』
「はい………。」
『そして君は今から神話の時代からずっと隠されてきた事実を暴こうとしているんだ。このことが発覚したら…君の命程度、すぐ摘ままれるよ。』
「……………はい。今以上に、気をつけます。」
カールは騎士の誓いのように立て膝をつき、シリウスの瞳を見返して宣言した。
「カール・ブラウンはシリウス様に害ある行動をしないことを、この身で誓います。」
カールは今、もし自分が害ある存在となればいつでも身に刻んだ鎖を絶ってくれていいと言っているのだ。
『見事だ、カール・ブラウン。では、まず最初の命令だ。刻身の誓いをしたこと、誰にも伝えてはならぬ。』
「はい、わかりました。」
『いい子だ。アグニ、君も言っちゃだめだよ。』
「おう、わかった。」
『よし。それでねカール、』
「はい、なんでしょう?」
シリウスは何事でもないように告げた。
『アグニは、天使の血筋なんだ。』
「‥‥…‥‥……………え………………はい??」
『この世界にある迷いの森…妖精の森の奥には天空の血を引くものしか入れない場所がある。そしてその場には天空の遺跡がある。今度アグニに見せてくるから、その遺跡の様子をアグニから聞きなさい。』
「……………って、うおぉぉぉいいぃ?!!!何ぽろっと伝えてんだよ?!!!」
びっくりした!びっくりしたー!!!!
え、ちょっ……えぇ?!!!
今ずっと隠してきたこと普通に伝えなかった?!
俺は隣にいるカールを見ると、口を開けっ放したままシリウスを見続けていた。そしてギギギ・・・っと徐々に顔がこちらに回転して俺の顔をガン見している。
「え、…………アグニ、ほんと?」
「え、あ、まぁ、うん。あの………驚いた…よな?」
驚いた、というか信じてないかもしれない。だって俺の髪は黒色で、今まで誰一人としてそんな存在はいなかった。それに俺が芸石を使えることも知ってるだろうし。
一度全部芸石を取って芸を使えること見せた方がわかりやすいかとも思ったが、カールの飲み込みは早かった。
「…………めちゃくちゃ驚いてるよ。けど…ほんのちょっとだけだけど…そうじゃないかなとも思ったことがあるんだ。お前の瞳はシルヴィア様よりも明るいし、シリウス様と同じ色だからな。」
「………まじで? 信じて……くれるの?」
予想外だ。頭のおかしいやつだと思われると思ってた。
前例のないものを認めるのはとても難しい。特にそれが宗教的・神話的な話に繋がると、ほぼ不可能だ。
なぜなら神というのは揺るがない『絶対』の象徴だからだ。最も変わることのない存在だからだ。例外を認めにくく、それゆえに論争の火種にもなりやすい。
けれどもカールは、俺のことを認めてくれた。
「なんで………信じてくれるんだ?」
ぼぞっと聞いた俺の問いに、カールはこの場で初めての笑顔を見せた。
「俺が、信じたいからだ。」
『………ちなみにどうして刻身の誓いを受けたの?』
シリウスの質問に対し、カールは勝ち気に笑った。
「これから、面白くなりそうだと思ったからです。」
「……ふふっ。 カール、あなた意外と大胆ね?」
ずっと沈黙を貫いていたシーラがカールの発言で初めて声を出した。シーラはシリウスの隣でずっと事の成り行きを見ていた。
シーラの言葉を聞いてシリウスがふわっと笑った。
『ほんとだね。新しい一面をみれた。………カール、これからよろしくね。クルトにお酒を持ってきてもらおうか。』
「いいわね。すぐ頼んでくるわ。」
『ありがとう。では、新たな共犯者の誕生を祝おう。』
・・・
「言ってよかったの?」
軽く祝杯を上げ今後の話を重ねた後、アグニはカールを見送りにいった。私の隣に座るシリウスはクルクルとグラスを回して穏やかな笑顔を携えていた。
『うん、まぁね。最初に伝えるのはコルネリウスかと思ってたから意外だったけど。まぁ彼にもそのうち教えるだろうし、もしそうなったらその時も契約するから。』
「…………少しずつ、動いていくわね。」
この世で最も変化を嫌うはずのあなたが、進んでいく
『ははっそうだね。けどもう……次を待つ時間は残されてない。この機会を逃さぬためなら僕は大嫌いな変化も大好きになるよ。』
そういって、また綺麗な綺麗な笑顔をみせる。
誰のことも寄せ付けない笑顔
気づいてないの?
あなたのその笑顔で私は悲しくなるのよ
全部1人で抱え込んで、それなのに笑顔で壁を作って
「……シリウス、私は離れないわよ?」
『ふふっ。 知ってるよ。』
意地っ張っりな私の言葉に、やっと顔を崩して笑って
その顔を見て、私もやっと安心できた。
・・・・・・
6の日
またまたパーティーだ。貴族はほんとに宴会が好きだな
『アグニ、前に言ったと思うけど夏は社交界シーズンだからね。君も毎週色々なパーティー出るから、そのつもりでね。』
「へぇ?!!!!!!!」
まてまてまて。そんな話してたか?!!
…………してたかもしれん。
え、けどそんなに?!毎週?!
「ちょっとアグニ!前向いてちょうだい!」
「あ、ごめん。」
パーティーのためにシーラが俺の髪の毛を格好良くいじってくれてる時だった。シリウスの爆弾発言に思わず後ろを向いてしまった。
『僕たぶん前に伝えたよ?社交界っていうのは簡単に言うと、各家が主催するパーティーが連続で起こる期間のことね。だからもちろんシャルトが主催するパーティーもある。もうそろそろアグニ宛てに色々なところから招待状が届くはずだけど、シャルトのは優先して参加してあげてね。』
「え、え、え??俺にも招待状って届くの?……貴族でもないのに?」
社交界ってのは貴族同士の集まりだ。苗字すらない俺に招待状が届くとは思えない。
『当たり前でしょ?君の保護者、誰だと思ってるの?』
「あ、そうでしたね……。」
保護者パワーがここで出てくるらしい。ぶっちゃけ社交界とか聞いてるだけでもだるいから参加したくないんだけどな……けど招待状が一通も来なかったらそれはそれで悲しいな…。
「俺に招待状って届くのかな…?」
俺が遠慮がちに聞くとシリウスはにやっと笑った。
『君を友達だと思ってなかったら来ないかもねぇ?』
「シリウス!アグニが本気で落ち込んじゃうでしょう?大丈夫よアグニ。少なくともコルネリウスやカールは招待状くれるでしょうから。」
「おぉ…よかった…。」
『ちなみにシーラ様はもうすでに招待状届きまくってるからね。』
「なんだと?!!!」
シーラの方を振り向くと、そのまま首をまた前に回された。
「後ろ向かないで!まだ途中なの!」
「あ、ごめん。……え、シーラはもう行くところ決めたの?」
「まだよ。あなたも招待状届いたらスケジュール一緒に立ててあげるから、早めに教えてちょうだいね。」
うわ~!!助かる!!!
その言葉が欲しかった!!!!
「まじでありがとうシーラ!!!」
『え?僕にもありがとうは??』
「なんでだよ!」
訳の分からない会話をしつつも俺は着々と準備を終わらせ、セシルを迎えに行った。
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