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第4章
135 気の緩み
しおりを挟む3の日の朝
今日も変わらず、授業の始まる5時間前くらいには起きていた。夏間近だといっても、まだこの時間だと外は暗い。俺は着替えて、部屋を軽く掃除したり本を読んだりして世界が薄明になるのを待つ。そして火を灯さなくても十分歩けるくらいの明るさになったら、小屋へと向かうのだ。
そしていつも通り、シルヴィアと出会う。
「おはよう。」
『おはようございます。』
シルヴィアが何も言わずに後ろをついてくる。
一人で剣を振るうのはつまらないのか、最近シルヴィアは小屋の前で剣術の練習をしている。そして休憩ついでに鍛冶を見て、また練習に戻っていくのだ。俺もたまに剣を持って外に出て、シルヴィアと打ち合いをしてまた鍛冶に戻る。なんだかんだお互い有意義な時間を過ごせていると思う。
「あ、シルヴィア。昨日庇ってくれてありがとな。」
昨日、カミーユのことでエベルに変な言いがかりをつけられた時、シルヴィアがすぐに庇ってくれたおかげで上手いこと話が逸れて俺は難を逃れたのだ。そのことに礼を言うと、シルヴィアは小さく首を振った。
『いいえ……。けれど、気を付けてくださいね。』
「ああ。……何かお礼がしたいんだけど、俺鍛冶するしか能がないからさ、何か作って欲しいものとかある?」
『えっ………』
「あ。」
そうだ、そうだった忘れてた。相手は一国の王女様だ。欲しいものはすでに持っているだろうし、俺が鍛冶して作ったものなんてシンプルにゴミにしかならねぇわ。やっべミスった。
「あぁ~……ごめん!お礼は別で…」
『しおり……』
「………え?」
シルヴィアは立ち止まってじっとこちらを見ていた。芸素の流れ的には……緊張の色が強いっぽい。
『本に挟む栞を……作ってもらいたいです。』
「栞?そんなの材料あればすぐにできるけど……そんなんでいいのか?」
『そ、そうなのですね…。けど…最近、女子文学研究会に参加したんです。…なので、せっかくだから……新しい栞が欲しいです。あ、材料はもちろんこちらが準備しますから…』
「いやいやいや!そんなことされたらまじでお礼返がえしできないじゃん!こっちで準備するって!……わかった!じゃあ、来週中に渡すってことでいいか?」
『えぇ!』
シルヴィアは目を細めて笑っていた。芸素が飛び跳ねているからたぶん嬉しいのだろう。ここまで喜んでくれるならこちらも作り甲斐がある。まだ作ってないけど。
「了解!よし、じゃあ小屋行こうぜ!」
・・・
その日も、その次の日も俺はカミーユとエベルらの動きを警戒していた。他の第1の生徒もだ。けれども特に何も起こらず、カミーユは申し訳なさそうに下を向く日々が続いていた。カミーユの居心地の悪そうな雰囲気に若干申し訳なさを感じるくらいだった。エベルは相変わらずゲハゲハ笑っている。けれどももうカミーユとは喋っておらず片っ端から第3の女子に声をかけまくっている。
『なんだか拍子抜けだね。』
「あぁ…」
「けどよかったじゃないか。変なことが起こらなくて」
「っとだよ!アグニ、よかったな!!」
今は第1の生徒だけで談話室でお話合いの時間だ。男子達で座って、よかったよかったと握手を交わしていた。
もう5の日の夕方。今日あとは研究会しかない。
結局、何も起こらなかったのだ。シルヴィアが表に立ってくれたからエベルもカミーユも行動に移せなかったのかもしれない。
『アグニ、この後はどうするの?』
コルネリウスはミルクティーを飲みながら俺に問いかけるので俺は大きく伸びをしながら答えた。
「今日は女子文学研究会にお呼ばれしてるんだ。そっちに顔出して、すぐ寮に戻るつもりだ。」
『そう。一応今日も移動は1人で行わないようにね。』
「わかってるって。」
「いいなぁ~女子文学研究会!俺も参加してみたいなぁ~!」
「ならまずお前は本を読め。」
「えぇ~……」
パシフィオが不満げにこちらを見ていたがカールが一刀両断してくれた。本を読まない人が文学研究会で一体何をするつもりなんだ。
「アグニ~!」
談話室の入り口の方でバルバラが俺のことを呼んだ。もう移動する時間らしい。
「あ、じゃあ俺そろそろ行くわ。」
「『「 いってらっしゃ~い 」』」
俺は少し残っていた紅茶を一気に飲み干して、急いでバルバラの方へと向かった。
・・・
「アグニさん、ごきげんよう。」
「あ、アイシャさん!今日も来てたんすね!」
女子文学研究会の建物へ入り、二階の談話室の扉を開けると第3学院の女子生徒たちもいた。女子文学研究会はけっこう第3学院の女子らと仲良くなったみたいだ。
「えぇ、今日はアグニさんがいらっしゃると伺ったので。」
「え?」
アイシャはとても綺麗に頭を下げた。
「アグニさん、我が学院の生徒が大変失礼を致しました。」
「え?!そんな!アイシャさんが謝ることじゃないっすよ!それにあの後はもう何も起こってないし!全然大丈夫です!」
俺の言葉にアイシャはほっとしたように笑って姿勢を戻した。
「……本当によかった。アグニさん、ありがとう。」
「いえいえ!全然!!」
俺とアイシャのやりとりを間で聞いていたバルバラが両手をパン!と叩き、明るい声で言った。
「さぁ、最後の合同女子文学研究会!今日は本の総まとめよ!皆さん、楽しんでいきましょう!」
「「「「「「 は~い!! 」」」」」」
・・・・・・
コンコンコン・・・
「アグニ……」
「おおセシル!」
夕方、セシルが女子文学研究会の建物に来てくれた。今日は5の日だし単独行動は危険なので一緒に馬車で帰ろうという話だったのだ。すっかり忘れていた。
俺はすぐに研究会の皆に帰ることを告げ、セシルの方に近づいた。
「ごめんセシル!俺教室に荷物取りに行きたいんだけどついてきてくれるか?」
「うん……。」
「さんきゅ!じゃあ皆、来週な~!」
「えぇ!」
「ごきげんよう~!セシルも!」
皆と挨拶を済ませてから俺とセシルは教室へと戻っていった。
「来週からはいよいよ第4学院だな!楽しみだ!」
「うん……!!」
「あ、そういえば交流会でイサックにも会えるな!」
イサックとはアンリ子爵の息子で第4学院の総長を務めている男の子だ。先日アンリ子爵のお誘いで俺とセシルはパーティーに参加している。その時イサックとセシルが意気投合しているように見えたが、その後どうなったのだろうか。
「イサックとはあれから連絡取ったか?」
「うん!!!…これ、作ったの…!!!」
「え??なになに??」
セシルが今までで一番声を張り上げた。目を輝かせて自身の胸元にあるブローチを見せてきた。一見ただのブローチだが、何か特殊な仕掛けがあるのだろう。どんな凄い機能があるのかを説明してもらおうとした時・・・
「あのっ!!!!」
「っ!!!…………カミーユ。」
廊下にはカミーユが立っていた。俺とセシルは一定の距離を開けたまま立ち止まった。
カミーユは辺りに誰もいないことを確認した後、ぽろぽろと涙を流した。
「……ご、ごめんなさい、ごめんなさい。私……あなたにずっと謝りたくて……」
芸素は……飛び散ってはいるが……嘘を言ってはないっぽい。本心…なのか?
「あの…わたし…に、謝る機会を…ください!」
カミーユは精一杯の様子だった。目から絶えず涙を流している。ここ数日の様子を見てもカミーユは変わったのかもしれない。それに…ずっとこうやって泣かしてると俺にも罪悪感が芽生える。
「………わかった、許すよ。……もういいから涙をふきなよ。」
「あ、ありがとう…!あ、ハンカチが……」
カミーユはポケットを漁ったがハンカチが見当たらかったようで、そのまま教室の中へと走って入っていった。教室の荷物と一緒に置いていたのだろう。
「あぁ俺あるよっ…て、行っちゃったな。セシル、一緒に来てくれる?」
俺はカミーユの後を追おうと思ったが、それこそ教室でカミーユと2人だとまずいだろうと思った。セシルについてきてくれるかを聞くとすぐに頷き返してくれたので、俺らはカミーユが入っていった教室へと歩みを進めた。
そして教室に入ってすぐ、事件は起きた。
「ほら、カミーユ……って、あれ?」
ボコッ!!!!!
「うぅっ……!!!!」
「っ!! セシル!!」
カミーユは教室の入口で待機していたようで、俺の後に教室へと入ったセシルに向かって思いっきり木剣を振るった。セシルは頭を殴られ、倒れた。
「……おい、カミーユ!!どういうことだ?!」
カミーユは持っていた木剣を離し、自分の制服に手をかけた。
「……………こうするのよ。」
ビリッ!!!
カミーユが自分の制服を手で裂いたのだ。上のシャツはボタンが外れるまで引きちぎり、下のスカートも一部を裂いて捨てて……叫んだ。
「きゃあぁぁぁぁ!!!!!!!」
「?!!」
ドタドタドタドタ・・・
「なんだ?!一体なんの悲鳴だ?!」
「どうした?!っ…アグニ?!」
最悪だ。近くの教室にいた生徒たちが集まってきた。この教室の今の様子を見て、みんなが一番最初に想像するのは・・・
「おぉ~!!!ははっ。とうとう手を出してしまったのだなぁ!!!」
「なななんと!!!女性に暴力を?!」
「あぁ~!!これはこれは!!!犯罪だぁ!!!」
エベルとエベルに付き従う学生がすぐこの場に来た。こうなることを事前に知っていたのだろう。彼らは大声で騒ぎ立てる。
「違う!俺は何もやっていない!!」
「きゃあっ!!!」
俺が大声で否定すると、俺の声に恐怖したようにカミーユが泣きながら悲鳴を上げた。その様子を見て、生徒たちはカミーユに同情し始めている。
最悪だ。最悪の状況だ。
まさかこんなことになるとは……!!!
『ア、アグニ……!!』
『っ!!アグニさん…!セシルさん!!』
コルネリウスやシルヴィアも来てしまった。武芸研究会の生徒がまだ残っていたのだ。2人もこの教室の状況に戸惑っている。
この今の状況に勝ち誇ったような笑みをしたエベルは、声を大きく張り上げて言ったのだった。
「貴様は・・・退学の上、逮捕だ。」
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