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第4章
134 第3学院:2日目
しおりを挟む青香る1週目2の日、今日から通常授業だ。
通常授業だが授業は編成されており、今日は音楽、武術(第3にも数名武芸選択の生徒がいる。他の生徒はお話し合いの時間に変更 )、礼儀作法、そしてダンスとかがある。
基本的には学年ごとで授業を受けるが、ダンスは例外だ。人数比の問題で学年合同で授業を受ける。
「男子生徒は2回踊ってもらいますよ~!はい!各自ペアを組んでくださ~い!」
ダンスの先生の号令で男子勢は各自でペアを見つけることとなった。とは言っても、第3学院の生徒にそうそう声などかけられない。俺もどうしようかと辺りを見渡していたが…
「ねぇ、アグニさんっ!私と組んでくれない??」
「えっ…。」
まさかのまさか、カミーユが俺に声をかけてきた。なんでだ?てっきりエベルと組むと思っていた。というか、なんで俺の名前知ってるんだ?
「だめぇ?」
カミーユが上目遣いでこちらの様子を伺っている。その表情はよくわからないが、基本的に女性からダンスを申し込まれたら男子は断れない。
「……わかった。よろしく!」
各自ペアを決め終わり、ダンスが始まった。今踊っているのは簡単なワルツだ。なのでペア同士で話す余裕がある。
「ねぇ、アグニさん。もっと私の腰に手、回して?」
「え?これでもけっこう回してるぞ?」
普通にいつも通り踊るくらいにはしっかりホールドしている。これ以上しっかり腰を固定させる必要はない。けれどもカミーユは上目遣いで膨れっ面を作り、いやいやと首を振った。
「違うのっ!もっと……私を抱きしめてもいいよ?…ってコトっ!」
「あぁ、別にいいよ。さんきゅ。」
「はあ??」
「え?」
カミーユの顔が豹変した。なんか……一瞬芸獣みたいな顔になった。けれどすぐに元の顔に戻り、変わらず上目遣いで問いかけてきた。
「アグニはわたしに興味、ない?」
「大丈夫、ないよ。」
「はあ??」
「えぇ??」
カミーユ……実は芸獣なのか??!
ちょいちょい殺気を感じるレベルで怖い顔をする。
「わたしにドキドキ……しない?」
「しねぇよ。」
「なんでよ!!!!!」
こいつ、俺に何を求めてるんだ?
狙いがわからない。
何が目的なんだ?
俺は一度ため息をついてからカミーユに教えてあげた。
「あのなぁ……俺の家には世界一の美女がいるんだぞ?だからお前にドキドキッ!なんてできないんだよ。」
俺の家にはシーラ様がいるんだぞ。それにシリウスだってたぶん世界一の美男子だ。そんなのが家にいてみろよ。16歳のガキなんかにドキドキなんてできなくなるんだ。
カミーユはわかりやすく憎々しい顔をした。そうやってすぐに表情が崩れるところもアウトだぞ。
「ちっ………ああぁ~っと!」
「おおっと。え、大丈夫?」
カミーユが大きくふらついて俺の身体に激突してきた。さすがに受け止めなきゃなので俺は手を出した。
……ん?こいつ・・・
俺にモーションかけてる?
カミーユの胸が俺の腕に当たる。シーラと比べると全然大きくはないので、これは意図的に当てにきているのだろう。
カミーユがにこりと笑った。
「ごめーん!ふらついちゃった!てへっ。」
「うん知ってる。大丈夫?」
「うん!ありがとー。」
カミーユは素直にお礼を言った。そのままダンスは終了し、その後も特に何か言われたり変な行動を起こすわけではなかった。
杞憂だったかな?
まぁ、いっか。
俺が第1学院側の席に戻ると、すぐにバルバラが少し怒り気味にこっちにやってきた。
「ちょっとアグニ!!なにまんまとしてやられてんのよ!だめじゃない!」
「ええ?何が?」
「あんな風によろつくことなんかないわよ!絶対わざとよ!なんで受け止めたのよ!!」
「い、いやぁ…さすがにあんだけ倒れそうなら受け止めないとかなって……」
俺が頭を掻きながらぼそぼそほ言うと近くにいたクラスメイトの男子も俺に文句を言い始めた。
「ほんとだよ!!なにお前だけダンスで良い思いしてんだよ!!」
「距離ちっか!って思いながら見てたぞ俺は!!」
「えぇぇぇー………」
なんだか少し理不尽だ。俺はどうすればよかったんだ?
これで話が終わったと思った。実際、授業の時間はこのまま終わった。
しかし授業後、すぐに事態が急変した。
「おい!!!そこの黒髪!!!お前、この女のことを無理矢理抱きしめて自分のものにしようとしたらしいな!!!」
エベルが全体の前で俺を呼び止めたのだ。エベルの隣には涙を見せるカミーユがいる。たしかに目からは涙が出ているが、芸素は『嘆き』より『興奮』の色が強い。明らかに嘘泣きだ。
「……はい?どういうことでしょうか?」
エベルは悲劇のような喋り方でカミーユの肩をさすった。
「この者が先ほどのダンス中にお前に抱きつかれたと言っているぞ?それにずっと侮辱していたらしいな?貴様のような薄汚い黒髪にはわからないかもしれないが貴様のしたことは犯罪だぞ?」
「えっ………」
そうか。そういうことか!
カミーユが俺の名前を知っていたのも俺に近づいたのも変な言動も…全部エベルの指示か!!こういう汚名を着せるために………って、え? けっこう皆、俺らのこと見てたよな?なら俺に非がないって証明できるよな?
俺は一つ大きく息を吸い込みエベルに負けないくらいわざとらしく、全体に聞こえるように問いかけた。
「私は~そんなことは一切しておりません~!!周りにはたくさんの生徒がおりました~!彼らの意見を聞けば~抱きしめていないとおわかりいただけるかと思いま~す!誰か~俺らのこと見てた人~??」
だめだ。俺演技の才能ないっぽい。
けれど幸いなことに、複数人の生徒が手を挙げてくれた。その中にはコルネリウスもいる。
『「抱きしめられた」と仰っているのは最後に彼女が躓いた時ですよね?ならば「支えた」と表現するのが正しいかと。そしてその一度以外、アグニが彼女と距離を近づけた瞬間はありませんでした。』
「私も見ておりましたが、抱きしめている様子はありませんでした。」
「私も。」
「私も!」
「わ、わたしも…!」
第1学院の女子は今のダンスの時間、座って踊っている人たちのことを見ていた。勇敢にも複数名の生徒が声を上げてくれたことで事態は収拾したかに思えた。
「ふむ…。ではカミーユに浴びせた罵倒がなかったと、どう証明する!?」
『ではあなたがアグニさんに度々言っている「黒髪」という罵倒についてはどう責任を取りますか?』
シルヴィアの凛とした声に、みんなの視線が一気にそちらへ向く。
『今ここにいる全ての者が、あなたが2度、罵倒の意味を込めて「黒髪」とアグニさんを表現したのを聞いております。こちらの方が確実ですし、まずはこの事について議論しましょうか?』
目が笑っていないシルヴィアの笑顔は迫力満点だった。そして返しが上手い。エベルは言い返すことができずに口をパクパクさせていたが、すぐに媚びたような表情を作った。
「あ、あぁ……いや!きっとこの女が混乱して聞き間違えたのでしょうな。なにせたかが一商家の妾の娘ですからまともな教育なんぞ受けてもいないでしょうし。今後このようなことがないよう、私の方からも厳重に、注意しておきましょう!!」
『エベル王子、あなたから彼女に注意をするのは適切ではありません。彼女の血縁でも婚約者でも後見人でもないあなたの出る幕ではありません。』
エベルのなかなかにひどい物言いに、隣に立つカミーユは何も言い返すことはせず、ただただ罰が悪そうに下を向いていた。
その様子をシルヴィアも見ていたが、カミーユが何も言わないことを確認すると小さくため息をしてエベル王子に言い放った。
『……もう下がりなさい。』
「あぁ、はいぃ…。……失礼、します。」
去っていくエベルの後ろをカミーユや側近の生徒らが急いで追いかけていった。
『皆さまも、まだ次の授業があります。早く移動しましょう。』
「「「『「『「 はい!!! 」』」』」」」
・・・・・・
『ほんとに、肝が冷えたよ。』
「あぁ、俺もだ。」
もう夜は遅いが今はコルネリウスの寮部屋でパシフィオやカールらと集まっていた。今日のダンスの授業のことだ。
「………あのカミーユって女は要注意だな。」
「あの女が社交界に出入りしないのが幸いだ。」
男子に昼前のあの浮かれ具合はもうなかった。みんな、女子にはモテたいがリスクを取るくらいなら女子を避ける道を選ぶ。ここにいるのは自分の失態が家門の失態に繋がることを理解している優秀な貴族なのだ。
『エベル王子の指示で彼女はアグニに近づいたんだろうね。』
「なら狙いは俺に絞られるな。」
エベルが気に入らないのは俺だけだ。交流会は1週間しかないから外堀から埋めていくことはないだろう。そんな時間はないはずだ。
「エベル王子のやり方が過激になってきたな。アグニ、気をつけろよ。」
「警戒して近寄らないようにするしかないな。」
『アグニ、1人で行動しないようにしてね。』
3人とも俺を心から心配してくれていて、真剣な話のはずなのに俺は笑ってしまった。
「あぁ…みんな、ありがとな。」
・・・・・・
「ふー……失敗したなぁ。」
「………ほ、ほんとに……ごめんなさい!」
とある夕暮れの会議室、エベルと数名の第1学院の生徒、そしてカミーユがいた。
席につくエベルの背後に第1の生徒が立ち、彼らと向かい合うようにしてカミーユが立っている。
急いで頭を下げたカミーユに対し、エベルは緩やかに口元に弧を描いた。甲高くギシギシと鳴る椅子を楽しみながらエベルは独り言のように喋る。
「我が王国に、不出来な人間はいらないのだがなぁ。」
「………もちろんです…。」
カミーユはただただ姿勢を低くし、エベルの言葉を聞いている。
「今の場所から去りたいのだろう?新たな場所を見つけたいのだろう?そなたの目の奥に卑しく見苦しい野望が透けて見えている。」
「…………はい。家を出たいです。もう……あんな古くて貧乏な家なんかに…いたくない……!」
エベルは椅子を軋ませながら姿勢を前のめりにしてカミーユの身体を舐めるように見た。
「……今日の方法ではうまくいかない。既成事実が必要だ。 いいか?脳のない平民はカラダを使って死ぬまで我々貴族に従事するものなのだよ。そんな初歩的なこともできないようでは……ブガランでの職を与えられないなぁ?」
「………既成…事実……」
「ほら、女が得意とすることがあるだろう?」
「………はい。」
エベルはゆっくりと立ち上がり、そのままカミーユの隣を通り過ぎていった。
「方法がわからなければ自身の母を参考にすればいい」
「…………………………はい。」
会議室のドアを他の生徒に開けさせ、外に誰もいないことを確認してからエベルらは去っていった。
その場に残されたカミーユは何も言わず、何もせず、部屋から消えていく夕方の光をただ見つめていた。
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