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第4章
127 第2学院:3日目
しおりを挟む軍部志望以外の学生は武術の時間に護身術を習っている。
その指導は基本的に第2学院の生徒が行っているが、第1の生徒も何班かずつ日交代でそっちの手伝いをする。そして今日は俺とコルネリウス、他数名の学生が護身術のサポートに回る日だった。
……聞いた限りだと、雰囲気がよくないらしい。
屋内演習場に行き授業の様子を見ていると、デボラが第1学院の女子生徒らに指導を行っていた。基本的な短剣の持ち方を教えているらしい。男子生徒たちにはオズムンドが木剣を配っている。
「なので…はい、そのように持ってください。……あ、振る時はその向きではなくて・・・」
デボラが女子生徒らにめちゃくちゃ低姿勢で教えている。やっぱり気使ってんだなぁ。
「なんだと??!!」
男子側の方から大声が聞こえた。見てみると、第1の生徒がオズムンドにキレてるっぽい。
『なに?どうしたんですか?』
コルネリウスがすぐにその2人の方へと走っていった。第1の生徒は3年生っぽい。同年代ではない……と思う。見たことない顔だもん。第1の生徒はオズムンドを指さしながら怒鳴っていた。
「この男が私に剣を拾えと言ったのだ!!」
ん?どういうことだ?
言い方が嫌だったのか?
『?? ご自身が持ってらっしゃった剣ですよね?』
「そうだ!私が持っていた剣をこの男がわざわざ弾いて落とさせたのだ!」
第1の生徒は激昂しており、俺たちはオズムンドに事情を聞いてみた。
「持ち手が緩かったので、すぐ弾かれるって伝えたかっただけです。」
「剣を配られた直後に握りしめているわけないだろ!」
どうやら剣を配られた直後にオズムンドが剣を弾いたらしい。そんで手から地面に落ちた剣をオズムンドが拾えと言ったことで、なんだその態度は!ってなったらしい。初心者が剣をもらった直後に握りしめているわけがないのでわざわざ剣を弾いたオズムンドも嫌らしいことをしたなとは思うが…
『第1学院の授業でも自分の剣は自分で拾います。皆さんもどうか、そのようにしてください。』
コルネリウスが丁寧な言い方で「自分で拾え」と言った。第1の生徒も薄々自分が理不尽な事を言っているとわかっていたのか、少しだけ決まりの悪い顔をした。
……その後、毒を吐かなければもっとよかった。
「ふんっ!私達は武芸の授業など必要もないのに、わざわざこんな学院に出向いて習ってやってんだ。そのくせにそんな態度か…!」
「はい?護衛術は基本中の基本ですよ?しかも本当に護衛術それが必要な場面では当人に身の危険がある時です。そんな甘いコトを言うなんて…なるほど「第1学院には貴族のクズしかいない」という噂はあながち間違いではないんですね」
オズムンドががっちり喧嘩を倍の値段で買ってしまった!もうこの一言で完全に第1対第2学院の構図になった。
「なんだと!?田舎にしか居場所のない低級貴族と貧民を寄せ集めた芸獣学院では頭を使う学問があることを習っていないようだな!」
「っ!! 貴様っ!」
『やめてください!!!』
コルネリウスが間に割って入った。芸素が滝のように流れ出ており、その覇気で皆すぐに口を塞いだ。コルネリウスがゆっくりと笑顔になって全員に言った。
『まず、剣は自分で拾うようにしてください。そして今日は私達第1学院の生徒が護衛術を教えます。第2学院の生徒はお帰り下さい。本日の事はリカルドとシルヴィア様にお話し、明日以降どうするかを考えていただきます。いいですね?』
コルネリウスの言葉を聞き、オズムンドが少し焦った顔をした。しかし特に何も言わず、一礼してその場から去っていった。デボラや他の第2の生徒も少し気まずそうな顔をして、オズムンドの後に続いていった。
・・・・・・
火が消えたように静かな昼食を終え、俺とコルネリウスはリカルドに呼ばれた会議室へと向かった。会議室って名前だが小さめの応接間みたいで、中に入るとリカルドやデボラなど第2学院の3年生が数名揃っていた。
『わざわざ悪いな、2人とも。シルヴィア様もすぐこちらにいらっしゃるはずだ。』
「う~っす。今日午後からどうするんだ?」
俺が一人掛けのソファに座りながら問うと、皆が渋い顔をした。
「何?どうしたんだ?」
『………去年もこうだったんだよ。というか、毎年こうなんだ。』
「ほんとか?去年はどうしたんだ?」
「俺ら全員で第1の生徒に謝罪したんだよ!!」
リカルドの後ろにいた生徒がキレ気味に言った。どうやら去年のことも清算されていないみたいだ。
『遅くなりました。』
部屋にシルヴィアが入ってくると、すぐに第2の生徒も席から立ち上がった。シルヴィアが座るように言って全員が着席し、再度話し合いが始まった。先頭と切ったのはリカルドだった。
『私としては、せっかくの交流会ですから両学院の仲が深まることを望んでいます。』
『ええ。私も同様に考えています。』
シルヴィアがすぐさま肯定した。そのことに少し安堵した様子のリカルドが、意を決したように言った。
『ならば……考えがあります。しかしこの案はとても過激で、シルヴィア様が賛成してくださることが必要条件になるでしょう。そして、アグニの協力も必要だ。』
「ん?俺?全然いいよ。平和に過ごしたいし、そのための協力なら喜んで。」
『アグニさん、内容を聞いてから決めてください。……とりあえず、あなた方の案を教えてください。その後、協力するかどうかを判断します。』
シルヴィアの言葉でリカルドはニッと不敵な笑みを浮かべた。そしてとある案を我々に提案してきたのだった。
・・・・・・
話し合いが終わった。シルヴィアは協力すると言った。
リカルドを含め、その場にいた第2学院の生徒とコルネリウスは早速準備に取り掛かり、この部屋には俺とシルヴィアだけとなった。
『………本当に上手くいくのでしょうか。』
シルヴィアが若干心配そうな顔をしていた。けれども芸素はふわふわと飛び散っている。結構楽しみなのかもしれない。
「……というかさ、シルヴィアには偏見、ないのか?」
第1のほとんどの学生は第2の生徒を蔑んでいる。その理由を昨日バルバラに聞いたら、たった一言、「この社会では身分差それが全てだからよ」と答えられた。
生まれた時から貴族だった第1学院の生徒には、身分差は当たり前のように社会に組み込まれている常識なのだ。今、俺が当たり前に守ってる…例えば「人をむやみに殺してはいけない」というルールが適用されない場所や人間達がいたら、まぁそりゃあ反発するだろう。
ならば逆に、第2学院や平民に対して偏見がない学生はなんなのか?そのことに疑問を抱いた。特に貴族中の貴族と言われる天使の血筋なら尚更だ。
俺の問いにシルヴィアは緊張した面持ちで言った。
『本当のことを答えても……軽蔑しませんか?』
「え?うーん、どうだろ?まぁたぶんしないよ」
『………私の場合、第1の学生すら…偏見の対象になってしまいます…』
「え、ああ…なるほど!あはは!!確かにそうか!」
この世では、『天使の血筋と天使の血筋以外の貴族』は『貴族と平民』くらいに差を持つ場合がある。つまり言い方は悪いが、天使の血筋からすると第1学院の生徒も辺境伯も平民も大して変わらないのだ。「同じ天使の血筋かどうか」、その一点のみが重要なのだろう。
『……すぐ理解していただけて助かります。けれど…実はそれも嘘です。』
「へぇ?どういうこと?」
『ご存じの通り、この世には天使の血筋以外の方が圧倒的に多く、天使の血筋は少数派です。多くの人がこの血筋を羨ましがり、尊敬し、「天使の血筋は別格だ」と言いますけれど、向こうが良かれと思ってしている区別が…私にはある種、差別的に映ることもあります。』
「あー……なんとなくわかるよ。向こうは良い意味で区別してるんだろうけど、こっちがその事に不満や負担を感じたら、ただの差別と変わらないよね」
シリウスを見ていても思う。あいつに対して周りの人間は良かれと思って一線を引いてるんだろうけど、シリウスは今まで一度も『自分は天使の血筋だから態度を改めろ』なんて言っていない。
周りが勝手に距離を離していくのだ。
そんな苦しさをシルヴィアも味わっているからこそ、誰に対しても偏見を示さず、態度を変えないのかもしれない。
『なので……あなたが他の生徒達と同じように…私にも接してくれることに……感謝しています。』
シルヴィアが消え入りそうな声で言った。俺はどうやら感謝されているようだ。
ん?シルヴィアの芸素が飛び散ってるけど……どういう感情だ?
「?……おう。まぁよくわからねぇけど不敬罪だって言われなくてよかったわ。」
『そっ…そんな酷い人間に見えているのですか?!』
シルヴィアがショックを受けたように言った。やっぱ最初の頃と比べると、随分と表情が顔に出るようになったと思う。そしてその事を俺も嬉しく思っている。
俺たちはしばらく会話を続けながら、準備完了の合図を待ったのだった。
・・・・・・
午後
今日の当事者たち(護身術を習っている第1の生徒と今日護身術を教えていた第2の生徒)に食堂に集まってもらった。本来、午後の時間はフルで武芸の授業だったけれど、先生から許可を貰い、自由に使えるようにしてもらった。
『午前のことは聞いた。まず、第2の生徒が不必要に攻撃的なことを言ってしまったこと、謝罪する。』
そう言ってリカルドは綺麗に直角に頭を下げた。その場は誰も喋っておらず、とても静かだった。リカルドは再び視線を皆に戻して言った。
『けれどやはり護身術は大切だ。なので今日はそのことをきちんと理解してもらうために、より実践的な練習を行う!』
皆が少し騒ぎ始めた。急な予定変更に少々驚いているようだ。面倒くさそうな顔や馬鹿にしている顔……良い感情を持っている生徒は今のところいなそうだ。
シルヴィアがすっと前に出て具体的な内容を説明した。
『皆さまには「芸獣ごっこ」をしていただきます。両校の生徒でペアとなってもらい、制限時間2時間の間に「芸獣役」から逃げ切れれば勝ちという、とても簡単なルールです。逃げられる場所は校舎内のみ。「芸獣役」が誰かは明かしませんが、その方には「死ななければケガをさせても良い」「校舎を吹き飛ばさない程度の武芸の使用許可」を出しています。逆に皆さまもそのルールに則って芸獣役に攻撃をしても構いません。』
予想以上に危険な練習に皆のざわつく声が一段大きくなった。
『静かに!!』
シルヴィアの一声ですぐにピタリと喋り声が止んだ。再びリカルドが前に出て、全員の顔を一人ずつ、じっと見つめながら言った。
『いいか?俺は芸獣役の人間に「本気で殺すつもりでかかれ」と言ってある。ケガの度合いは、お前らの実力次第だ。』
「そっ、そんな!そんなのには参加しない!!」
「こちらにだって拒否権はあるわ!」
「上から目線で何言ってるんだ!俺らは動かないぞ!」
「俺達に怪我をさせてみろ!お前の家が潰れるぞ!!」
『今年度の総長である私、シルヴィアが許可を出しました。』
シルヴィアのその言葉で第1の生徒は押し黙った。残念だがシルヴィアが許可を出している以上、反対はしづらい。貴族社会の鎖がこういう場面で自身らの首を絞めている。
『……強引に動いていることは認めよう。けれど別に死ぬわけではない。多少過激な授業ってだけだ。』
第2学院で慕われているリカルドの提案だからか、第2の生徒は一度も否とは言わなかった。というか、なんだかわくわくしてそうだ。そして嫌嫌ながらもこの練習に参加すると決めた第1の生徒らもくじ引きを行い、無事ペアが作られた。
『……準備はいいか? では、人命をかけた追いかけっこを ここに始めよう。』
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