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第4章
125 リカルドと対戦
しおりを挟む「リカルド対アグニ……はじめ!!!」
戦いの火蓋が切られた。
けれども俺とリカルドは互いにその場を動かなかった。様子見だ。
ふ~む……そのまま突っ込んできてくれたら楽だったんだけどなぁ~!!!!!
もうすでにめんどくさい。俺は食後は座学がいいんだよって言ってるじゃんか。どうしてこんな武芸できそうな奴と戦やり合わないといけないんだ。
徐々に距離を詰め合う。俺は両手で自分の前に剣を構える。リカルドは右手で自身の前に構えている。
リカルドが射程圏内に入った。俺はほぼ溜めを見せずに突っ込んだ。
『っおお!!』
剣が合わさり、リカルドが少し驚いた様子でそれを受け止める。くそう。余裕で対応されたぜ。
そして打ち合いが始まった。リカルドは力も技術もスピードもあるバランス型だ。レベルはコルネリウスと互角か…いや、リカルドの方が若干戦い慣れている。もしかしたら自国に帰った時に軍の練習に参加してたりするのかもしれない。
けれど……もはや毎回の事だが、やはり『対人戦』の動きだ。
コルネリウスを含め、学生が共通して持っている欠点。芸獣に周りを囲まれたこともなければ、背後に守るべき誰かがいたこともないような、儀礼的で、美しく、そして・・・
一番崩しやすい型だ。
俺は変則的な動き方をした。人が剣を持つ時に生じる「間」や「初動の動き」を極力減らした動きだ。これには力やスピードを上手く乗せきれない欠点もあるが、こういう相手には一番効果がある。
って、あれ?
これ俺……勝っていいやつ?
すっかり忘れていたが、俺、武芸上手くないキャラじゃなかったっけ?あれ?けど皆、俺が一番武芸ができるって思ってるのか?だから皆俺の方を向いたんだよな?あれ?もうそのキャラ崩れてる?さぁどうしましょう。
けどまぁ~~~もういっか!!!
ちゃんと戦った方が相手のためになるし、ここは第2学院だからそこまでやばいことにはならないだろう。「今日はちょっと体調が良かった」って言えばいい!
俺は下から斬り上げようとしていたリカルドの剣を脇の下で挟んで止め、そのまま横向きに一回転して無理やり手から剣を離させた。そして回転のスピードを殺さずに、左手で持っていた剣をそのままリカルドのこめかみ横に突き付けて、静止した。
『………ははっ。見事だ!!!』
「どもっす!」
リカルドがすぐに俺に賛辞を言った。リカルドの芸素は高揚している。俺に対して悪い印象は持っていないようだ。
「そこまで!!!」
先生の止めが遅れてかかり、俺たちは互いに礼をした。
『まさかここまでとは思わなかったよ。まったく手も足もでなかった。あの戦い方はなんだ?学院で習ったものではないだろう?』
「あ~芸獣と戦っているうちにああいう戦い方を身に着けました。あとはまぁ…」
シリウスとの武術練習で身に着けたんだけど、それは言えない。よくわからないけどシリウスは存在を隠しているようだし。
俺の答えを聞いてリカルドは驚愕の表情をした。
『えっ、芸獣とそんなにも戦ったことがあるのか…?君…今までどうやって生きてきたんだ?死にそうになった経験とか、あるのか?』
「死」かぁ。
うーん、そりゃあ……
「死程度なら何度か感じてるかなぁ」
・・・・・・
初日の放課後は自由だった。本当は第1学院と同じように研究会とかがあるんだけど休みらしい。
俺たちは第2学院の寮に泊まる。
第1学院では、5~6人ずつで別々の宿舎を利用している。しかし第2学院では1つの大きな寮を使用しているらしい。男女で西と東に棟が分かれており、その間にホールとか食堂とかがある。
部屋は第1と比べると小さいし、古めの建物だが問題ない。スリーター公国の俺んちよりは全然綺麗。
ところが貴族の子女達はそうもいかない。
みんな棒立ちで動けなくなっている。汚がって座ることも、荷物を置くこともできないでいる。別に古いだけで汚くはないが、それでも受け入れられないらしい。
その後食堂で夕食を食べたけど、皆んな全く食欲がないらしい。部屋が汚くて食事に手がつけられないんだと。実にもったいない。
第2の生徒は第1の生徒の態度をもちろん不快がる。自分の学院を汚物扱いされたらそりゃ嫌だろう。
「………よくそんなに食欲があるな。」
カールが少し青い顔で疲れ切ったように言ってきた。皿を見ると、カールは半分までは食べたようだった。俺はあともう少しでおかわりの分を食べ終わる。
「別に食欲は変わらないよ。というかそんなに皆、この建物がだめなのか?」
「なんだか食事まで不味そうに見えてな……。これは果たして食べていいものなのか、と。」
カールはスプーンから手を離し、完全に食べることをやめた。カールの隣に座っているコルネリウスはなんとか食べ切ったようだ。
『……食べないと身体がもたないよ。頑張って食べようよ。』
「今日中に家に手紙を出して食べられそうなものを持ってきてもらおうと思う。」
『僕も一応…手紙出そうかな。』
「そんなに?!!!」
驚きですよ。みんな本当に汚いとこに行ったことないんだな!なんなら普通に綺麗だぞ??
火が消えたように静かな第1学院の生徒とは対照的に、第2の生徒は騒ぎながら楽しそうに食事をしている。トレーを持ってあちこち移動しながら食べる姿はとても自由だ。
こんなところで学院差が出るとは思わなかったな。
『お、アグニ!ちょうどよかった!……もう寝るか?』
食堂を出ようとしたタイミングでリカルドが話しかけてきた。もちろん寝ない。俺は睡眠時間が短いんだ。
「寝ないっす。どうしたんすか?」
『いや、せっかくだから……少し付き合ってもらおうかと思ってな。』
「はい?」
・・・
『ここだ。静かにな…。』
『「 はい……。 」』
リカルドに案内されたのは第2学院の練習で使われる野外演習場の一角の、小さな洞穴だった。ちなみにコルネリウスも付いてきてる。
木の扉を開けると、洞穴の中には第2学院の生徒が数名いた。リカルドの友達のようだ。
「お~こいつが噂の勝ったやつか!」
「お、天使の血筋モドキも来たのか!」
どうやらコルネリウスは「天使の血筋モドキ」らしい。俺たちはおずおずと中に入り自己紹介をした。
「アグニって言います。よろしくっす。」
『コルネリウス・リシュアールです。……ところでどうして呼ばれたのでしょうか?』
コルネリウスは警戒しており、若干芸素がぴりついている。けれども第2の生徒らはコルネリウスに構うことなく、洞穴の奥の方から大量の瓶を取り出した。
「ほら!麦、米、葡萄、あと変わり種の植物の酒とかもあるぞ!好きなの選べ!!」
『「 え??? 」』
目の前に多種多様の酒を出されたが、どういうことだろう。
けどまぁいっか!!飲もっ!!
「そっすねー俺は麦で!!」
「おっ!いいねぇ~!!」
『こら!アグニ!!』
『コルネリウス君、君も何か選べ!』
『学院での飲酒は禁止されているはずです!!』
「なぁにをそんな固いこといってんだよ!!」
「まさか……飲めないのか??」
『飲めます!!!!』
「おーそうか!なら選べ!!米とかお勧めだぞ!」
『~~~!!!………とりあえずいただけますか』
『そうこなくっちゃな!!』
コルネリウスもまんまと乗せられて酒を注がれる。
『では!かんぱ~い!!』
「「「「 うぇ~~~~い!!!! 」」」」
『………いただきます。』
リカルドの音頭でグラスを合わせる。食後と運動後の一杯は・・・
「んあぁぁぁぁ~!!しみるわぁ~~~~」
『あははは!なんだか父上を見ているみたいだ。』
俺の態度を見てリカルドが笑うが、君たちは知らないだろう。歳をとるほどお酒は美味しく感じるんだぞ。
「そういやこれって何会っすか?」
ここに呼ばれた理由を聞くと先輩達は顔を見合わせて笑った。
『いや、なに。今年度の第1学院の生徒の中で1番話が合いそうな人を選んで、親睦を深めようと思ったんだよ。今年はアグニだった。ちなみに去年はシャルル様とアルベルト様がいらして下さったぞ』
『なんだって?!』
コルネリウスが驚きの声を上げる。昨年のまさかすぎるゲストに俺も驚いた。
『去年まではシド様がこの会にいらしたからな。シド様がお2人を誘って下さったんだ。』
「あーなるほどな!なんだ!んじゃそういうことならたくさん飲みましょう!!」
俺は早くも一杯目を空にしており、2杯目を注ぐ。
『早っ!!!』
コルネリウスが驚愕の顔をする。以前森の家でシリウスとシーラとコルネリウスとカールで飲んだ時に、コルネリウスは飲み慣れてはいないようだった。というか学生で飲み慣れている人は少ない。
暫く飲んでいると、頃合いを見てリカルドが言った。
『なぁ、アグニ。今日の武術の時間の話だ。死を感じる経験を何度もしたって言ってただろ?お前がとうやって生きてきたのか知りたい。』
リカルドが急に真剣な顔をするので俺は少し戸惑ったが、他の先輩達も口々に言った。
「アグニは戦い慣れ過ぎていた。」
「ああ。学院での練習量なら第2学院が負けるわけがないんだ。どこで経験を積んだ?」
「しかもお前は芸獣と戦い慣れている。違うか?」
さすが軍部志望の学生だ。俺の動きをよく見ている。
『アグニ。』
コルネリウスが真っ直ぐに俺の瞳を見た。シリウスのことを言うなという意味だろう。俺はコルネリウスに一度頷き、リカルドらに向き合って話を始めた。
「世話になっている人がいるんだ。」
・・・
その人とは2年近く旅をしていて、旅をしながら武芸を教わったんだ。
そんで、ただの一度も勝ててない。もう全然レベルが違うんだ。俺は相手に危機感を与えられたことがない。
何度も恐怖を感じる瞬間はあった。
盗賊が出て来ても「いい機会だから」とか言って、俺一人で相手をさせられたしな。だからもちろん、芸獣とも戦ってた。
俺は一度だけ、本気を見せてくれって言ったことがある。そんで…開始早々、俺は意識を飛ばされた。
一歩も、動けなかった。
起きた時、あいつは吞気に笛を吹いてたんだ。その時は俺を気絶させるだけだったけど、あの一瞬で殺すこともできたはずだ。しかもな、そんな強力な方法をいくつも持ってそうなんだよ。すげぇだろ?
「だからまぁ、俺はあいつに何度も殺されかけてるって言った方が正しいのかもな。」
酒を飲みながら、旅をしていた2年間を振り返る。俺は確実に最初の頃よりも強くなってる。うん。ちゃんと強くなってる。けどまだ全然追いつける気がしない。
『…………この年齢で、実地で芸獣と対峙したことのある者は第2学院でも少ない。私達は辛うじてあるが、今の話を聞いてるとおよそじゃないが君の方がはるかにその数は多いだろう。私達と君とでは、得てきた経験や潜り抜けてきた窮地の数が全く違うんだな。』
「なるほど。少し…いや、だいぶお前のことを侮っていた。」
「あぁ、俺もだ。……なぁ、どんな芸獣と戦ったことがあるんだ?もっと教えてくれよ!」
「おお!いいなそれ!戦う時のコツとか聞いとこうぜ!」
「演習の時に役立つかもしれないな!」
先輩たちは空になった俺のグラスに再度飲み物を注いだ。
「いっすよ!んじゃあ……草原でよく見かける芸獣の話からしますね。例えば・・・・」
・・・
「今日はありがとうございました!」
『ありがとうございました。楽しかったです!』
そろそろ部屋に戻ろうということになり、俺とコルネリウスは洞穴の入り口で先輩らに挨拶をした。その様子を嬉しそうに、そして安心したように先輩たちは見ていた。
『そうかよかった!じゃあバレないようにな!また明日!』
「はい!おやすみなさい!」
『また明日、よろしくお願いします!』
俺とコルネリウスは背をかがませながらゆっくりと足音を立てないように寮の方へと戻っていった。
「楽しかったな!」
『うん。予想以上に楽しかった!』
なんだかんだで最後はコルネリウスも順応した。結構仲良くなれたようだ。コルネリウスの芸素が嬉しさを表すように飛び跳ねているのを感じる。
『でも…アグニが学院に来るまでの話を具体的に聞いたことがなかったから、結構衝撃だった。あれ、シリウス様のことだよね?』
「あぁ、そうだよ。」
『そうかぁ……天使の血筋なのに貴族として生きることはせず、旅をする人もいるんだね。』
「シリウスはすぐ帝都から出ていこうとするんだよ。」
ん~なんて表現するのが正しいんだろう?すぐ世界へと飛び立ってしまう、かな。
俺以上に貪欲に、世界を知ろうとしている。
何かをずっと探しているかのように、世界を見続けている。
『………いいなぁ。僕も旅に出てみたくなった。』
コルネリウスの笑顔は本物だった。心からそう思っていた。
「あぁ。楽しかったよ、本当に。けど旅って毎回綺麗な所に寝泊まりできるわけじゃないからな?第2学院で食欲無くなるようなら無理だぞ。」
『あーだよねぇ…。まずはそこから頑張るか…』
俺たちは互いに笑いあって、同じ寮へと戻っていった。
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