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第4章
124 第2学院:初回武術
しおりを挟むオズムンドが渋々といった様子でこちらに来た。みんなが左に1つずれ、リカルドの前の席に移動した。
「なんすか。」
『アグニと知り合いらしいからこちらに来た方がいいかと思ってな。ところでアグニはシド様といつお知り合いになったんだ?』
リカルドの質問にオズムンドがピクッと反応した。俺の答えを知りたいようだ。
「あー…俺少しだけシド公国の傭兵やったことあって。そん時に…まぁ結果的に知り合ったっす。」
正確には黒の一族と軍の全面戦争が生じた時にその間で倒れてたから……みたいな感じだが、そんな正確に言わなくてもいいだろう。
「どういうことだ?一傭兵がシド様と知り合えるわけないだろ?具体的にいつからいつまで働いていた?」
オズムンドが眉間に皺を寄せて俺に詰め寄ってきた。けどよく考えたら確かに天使の血筋が一傭兵と仲良くなるわけがない。
「いや、けど嘘じゃないよ?!」
「けど??」
「いや、ほんとに!」
何を言っても逆手に取られる気がする。俺がどこから説明しようかと考えているとリカルドがため息を吐いた。
『まぁまぁオズムンド、お前からシド様に聞いてみればいいじゃないか。』
「これしきのことでシド様を煩わせるわけないだろ。」
オズムンドはぷいっと横を向いて昼食を食べ始めた。リカルドは仕方なさそうな顔をしていたので、これが通常通りのオズムンドなんだろう。
・・・
午後からは早速合同授業だ。今日の午後はフルで武術の授業だった。
第2の生徒全員武芸を履修している。対して第1は文部や技術部志望の生徒らは武芸を履修していない。武芸の授業を取っていない第1の生徒は第2の生徒から護衛術等を習うらしい。そしていつもの履修組は第2に混ざって練習を行う。
「とりあえず今日は初日なので第1対第2の試合を行いたいと思う!!」
第2学院の武芸の先生が声を張り上げて言う。雰囲気と芸素の性質が少しバノガー先生に似てて笑ってしまいそうになった。
そしてもちろん、この一言で生徒らはピリついた。「絶対に負けられない試合がここにある!」みたいな雰囲気になってる。
・・・
「ふっ。第2の平民がこの私と対戦するなんて…お前の一家はこのことを一生語り続ければいい!」
ただ今の謎発言はエベル王子です。
なんとエベル王子、武芸を履修していたらしい。学年が違い授業を一緒に取ったことがないから知らなかった。というか放課後の武芸研究会では一度も見たことないけど、大丈夫だろうか?
ちなみにエベル王子は「第2学院で飯など食えん」ってことで、昼食後、遅れて来ました。
「オズムンド、エベル王子様のお相手をして差し上げろ。」
オズムンドは辺境伯の家柄で、第2学院の中ではリカルドと共に1番家柄が良い。シルヴィアの相手はリカルドがするのだろう。そのためオズムンドがエベル王子に割り当てられたのだ。
先生からの指示にオズムンドは明らかに嫌そうな顔をした。しかし先生は決定を覆すつもりはないらしく、オズムンドはまた渋々とエベルの前に立った。
「……………よろしくお願いします。」
「許可する。」
よろしくという答えに許可するという返しを聞いたのはこれが初めてだ。エベル王子、なんだか面白い奴に思えてきた。
「…………はじめ!!!!」
エベル王子が走った!少しお腹が揺れている!
あぁっと!!!これは……!
おっそい!!!
オズムンドが「はぁ?まじで?」という顔で第1の生徒らを見てきたが、俺たちは必死に目を逸らすしかない。初めてオズムンドが困惑の表情を見せた。
たぶん初撃で勝てるのだろう。逆にどうすればいいのか悩んでそうだ。
オズムンドは走ってきたエベル王子の剣を上へ跳ね飛ばし、首元に剣を突きつけるようにして止まった。
はい、終わり。
「いっったああぁぁぁぁぁぁぁぁ?!、?!!」
おおっと!?エベル王子が騒ぎ始めた!!
どうやら剣同士がぶつかった時の衝撃が手首にキタのだろう。手首を抑えながら転がり始めた。
「おいぃぃぃ!!お前!!!どういうつもりだ?!!」
おおっと!エベル王子がキレ始めた!
「どういうって……試合ですし、剣を弾いただけですけど。」
オズムンドが困惑気味に言う。そりゃ困惑だよな。
「剣を弾いていいなんて聞いてないぞ!反則だ!!!」
おおっと!!すげぇ面白い駄々のこね方だ!!
第2の先生もまさかすぎる物言いに困惑している。第2の生徒が小声で話し始めたのが聞こえた。
「第1の武芸ってこのレベルなのか?」
「貴族って本当にこんな絡み方するんだな…」
「これだから第1学院は……」
「今からでも第2は交流会不参加にした方がいいんじゃないか?」
うわ~!!
ますます生徒間で溝ができ始めた!
その時、シルヴィアが動いた。シルヴィアは転がるエベル王子の脇に立ったまま言った。
『エベル様、ひどく痛むのでしょう?周りの者も痛いといってます。どうぞ、早く医務室へ。第2のどなたか、案内を。』
シルヴィアの言った「痛い」という言葉の前に、「存在が」って意味が含まれてそうだった。まぁ実際には聞こえてないけど。その後、エベル王子は元気に騒ぎながら医務室へ向かっていった。
『アグニ…笑いすぎだよ‥…』
「おおっ 悪ぃ。え??俺笑ってた?」
『……さっきからずっと笑ってるよ…」
コルネリウスに指摘されるまで自分では全く気付いていなかったが、どうやらケラケラしてたらしい。こんな雰囲気の中で笑ってるやばい奴だと思われるところだった。あぶなかったぜ。
エベルの様子を見届けたシルヴィアは、すっと優雅にカーテシーをした。今はスカートを履いていないが、まるでこの場は舞踏会だったかと錯覚するほどに綺麗で洗練されたお辞儀だった。
『我が学院の者が失礼しました。試合だと先に伝えられている以上、先程エベル王子が仰っていた「反則」はございません。どうぞ安心なさってください。そして再度試合のお相手をして頂けると幸いです。……オズムンドさん、私のお相手をしていただけますか?』
「ええぇ??!」
オズムンドも、他の生徒も先生も驚いている。シルヴィアのまさかの提案にオズムンドは半分嫌そうに、半分困った様子で言った。
「えっと…僕…相手で、もし天使の血筋様がケガをされたら困りますし…その…僕は軍部志望で…戦い方も荒いと言いますか…」
『構いません。ケガはすぐに治療しますし、もちろんあなたが責任を取ることもありません。』
「えっ、でも…。」
『オズムンド。有難くお相手をさせていただきなさい。』
リカルドが一歩前に出て、オズムンドに言った。そしてシルヴィアの方を向いて綺麗に礼をした。
『オズムンドは第2学院の中でも上位を争うほど武芸に秀でています。第2学年においてはオズムンドが優秀生です。シルヴィア様と相対する価値のある子です。どうか、引き続きオズムンドの試合相手をお願い致します。』
『ええ。わかりました。』
・・・
オズムンドとシルヴィアが一定の距離を開け、互いに向かい合った。今回は芸無しの武術試合だ。オズムンドは右手で木剣を持ち、自身の前に構えている。対してシルヴィアは剣を鞘に納めたままだ。
「では……はじめ!!!!」
シルヴィアとオズムンドが一斉に動いた。けれどもオズムンドの方が速い。
カァァァン!!!!
「っ!!」
しかし、両者が木剣を合わせるスピードと威力は互角だった。つまりシルヴィアの抜刀の速さが尋常ではないということだ。滑りの悪い木剣でこの速さならば実剣ではどれほどのものだろう。
剣裁きは互角。力はオズムンドの方が上。けれど技術面ではシルヴィアの方が上。
オズムンドは腕力に頼りすぎた戦い方をしている。そして重心が高い位置にあるという欠点に、シルヴィアも気づいたようだ。
「うぉっ!!?」
暫く打ち合いを続けていたシルヴィアが、チャンスを見て大きくしゃがみ、オズムンドの足を払った。そしてそれは上手くいき、オズムンドが大きく重心を崩す。
『はぁっ!!!』
シルヴィアが水平に剣を振りオズムンドの胴体を狙う。一方、重心を崩しているオズムンドは右手に剣を持ったままで左脇からの攻撃に対処できない。
ドス!!!
「うっ!!!!」
「そこまで!!!」
胴に剣が入りオズムンドが転がったのを見て、先生から止めが入る。予想とは違う結末に第2の生徒が唖然としていた。シルヴィアが負けると思っていたのだろう。
一見、シルヴィアは大切に育てられ剣を触ったこともなさそうなお姫様に見えるが、実際は毎日剣の練習をし、俺が見る限りコルネリウスに次いで武術の腕がある。もちろん芸の方はコルネリウスより達者で、第1学院の中では圧倒的上位の武芸レベルを誇る。
つまり第2学院で上位争いをしているオズムンドとも互角に戦える。勝っても何も不思議ではない。けれどもシルヴィアの外見と立場から、まさかそんな強いとは思わなかったのだろう。
試合を終え、こちらに戻ってきたシルヴィアに声をかけた。
「よっお疲れ。最初の抜刀、すげぇ速かったよ」
シルヴィアは少し嬉しそうな表情をした。
『……朝の練習が役に立ちました。』
「そうか!それはなんだか嬉しいな。」
練習してたことが上手くできたのなら嬉しいだろう。抜刀が速ければ急な襲撃にも対応できる。天使の血筋だからこそシルヴィアは抜刀を練習したのだろうが、こういう授業でも良い結果が出るなら一石二鳥だ。
「リカルド、お前はどうする?」
『あ~そうですね……』
第2の先生がリカルドに問いかけた。元々リカルドはシルヴィアと対戦するはずだったが、さすがにシルヴィアに2回も対戦してもらうことができない。リカルドは大きな声で第1の生徒に呼びかけた。
『第1学院の中で最も武術に秀でている人!!!是非お相手をして頂きたい!』
リカルドは第2学院の総長だ。つまりたぶん第2学院の中では最も武芸に秀でている。だから同じレベルの人と対戦したいのだろう。
呼びかけられた第1の生徒が次々と後ろを向く。皆が後ろを向いていて……いや、違う。みんなは……俺を見ている?
「えっ……俺?」
1番後ろで壁にもたれかかっていたのに、なぜか皆と視線が合う。リカルドもそのことに気づいたようだ。
『おっ!アグニか!!ちょうどいい!ほら来い!』
「えええええ~~~~~~」
『アグニ、ほら!行ってきてよ!』
コルネリウスがぐいっと俺を前に押しやる。
「え~まじで?コルネリウスが行けよ」
俺が少し駄々をこねていると周りから口々に聞こえた。
「ほらアグニ、行ってこいって!さっき笑ってたじゃないかよ。」
「あんだけ楽しそうに笑えるならお前は大丈夫だって。ほら!」
第2の生徒からも何か聞こえる。
「あいつ……さっきの王族の試合で笑ってたやつだ。」
「あぁめちゃくちゃ楽しそうだったな、あいつ。」
「え?あの笑ってたやつが一番強いのか??」
…………。
周りに聞こえてたじゃん。
うそだろ
第1と第2の生徒が急に一体感を示し始めた。………俺がやばいやつだという認識で。
『ほら見て?皆の視線、アグニに向いてるね?ほら、いってらっしゃい!』
コルネリウスがちょっと楽しそうな顔をしてる。絶対面白がっている。
やだな~
今日動きたくない日だったのにな~
食後は座学が好きなんだよな~
あぁぁ~まじか~
俺はオズムンドの渋々顔を真似て前へ出た。しかしリカルドは俺の様子を意にも介さず、近寄ってきて木剣を手渡した。
『よろしくな!アグニ!』
「……はい。よろしくお願いします……。」
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