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第3章
122 記憶の相続
しおりを挟む「ちょっ!お前どうやって入ったんだよ!!??」
俺は急いで立ち上がって背後に立つシリウスに向き直った。
『バレないように入るのなんていくらでもできるんだよ~』
そんなはずはない。仮にもここは子爵邸だ。警備はちゃんとしているだろう。
というか……俺が全く気づかなかった。これがあり得ないのだ。
今、セシルとは別行動中だから俺はいつもより芸素の動きに敏感だ。なのに、気づかなかった。
おかしい。
これはさすがに、おかしい。
大気と同じレベルまで溶け込んでないとこんな気づかないなんてことは……
『天使の血筋……?!!』
シルヴィアが大きく目を見開いて呟いた。シリウスは今、フォード公国の民族衣装を着ているので天使の血筋特有の髪色は見えていないはずだ。けれども、わかったらしい。
シルヴィアははっと我に帰った様子で急いで立ち上がり挨拶をした。頭は下げなかった。天使の血筋同士にも身分の差はある。その中でもシルヴィアは最高レベルに身分が高い。同族だとしてもそう簡単に頭を下げるわけにはいかないのだ。
『我らの先祖、天空での重なりに感謝を。この出会いが天へ還る日まで続きますよう………。初めてお目にかかります。シルヴィア公国のシルヴィアと申します。』
天使の血筋同士が初めて出会った時にする挨拶をシルヴィアはした。この決まり文句、初めて聞いたけど長めだな。シリウスはそれをニコニコしながら聞いていた。
『僕はシリウス。 初めて聞いた名でしょ?』
『………はい。 けれど…どこかで聞いた名、のようにも感じます。』
シリウスはふわっと笑った。その笑顔を見てシルヴィアが小さく息を詰めた。
『君、たぶん自分で思ってるより力が強いよ。僕はね、アグニの師匠!武芸とか教えてあげたの僕なんだよ!』
「あ、ごめん。紹介し忘れてた。シリウスは俺の師匠。まじで腹立つくらい強くて腹立つ。」
俺の言葉にシルヴィアは驚いた様子を見せた。
『アグニさんのお師匠様………アグニさんに武芸を教えたのは全てシリウス様でしょうか?』
『うん僕だよ!あとは芸獣とか盗賊とかぁ?』
「うっせうっせ!最近はコルネリウスもシリウスから教わってんだよ。」
俺の言葉に、シルヴィアは目をキラキラさせた。
『………でしたら、私も一緒に武芸を教わることはできますか?』
『「 え?? 」』
予想外の発言に俺とシリウスが思わず聞き返す。
『自分で学習するにはやはり限界があって…シリウス様はご存知かと思いますが、天使の血筋はあまり人から何かを教えてもらうというのもありませんし…』
シルヴィアの発言にシリウスが頷いた。
『そうだね。神の子孫に教えを乞うことはあっても、教えてあげるなんてことは、社会が許さないからね。基本、天使の血筋は武芸を先代やら関係者から習うものだもんね。』
何かを教える人は、必然的に教えられる人よりも立場が高くなる。そしてこの世は天使の血筋より立場が高い一般人は存在しないはずなのだ。だから天使の血筋が武芸を習うときは、それこそ帝国トップクラスで誰もが認める武人か、自国軍の総司令官か、先代に頼むしかない。
そしてこの不便な世界の例外となる場が、学院なのだ。ゆえに天使の血筋は学院に通うことが意外と重要事項なのである。
シリウスは稀に見る優しい笑顔でシルヴィアに言った。
『いいよ、いつでもおいで。君にならアグニと同じように、なんでも教えてあげる。』
シルヴィアは安心したように嬉しそうな顔をした。俺の想像以上に実は困っていたのかもしれない。
「ごめんシルヴィア、俺もう帰るな。こいつここにいちゃいけないはずだし、連れて帰るわ。」
俺はシリウスの背中をぐいぐい押して歩かせた。
「あ、今度一緒にシリウスから武芸教わろうな!じゃあな!」
『え、ええ。わかりました。…ごきげんよう。』
『ごきげんよう~~~』
シリウスがシルヴィアの真似をして答えた。
「そういうのいいから!!」
『わかったよぉ~』
・・・
「また勝手に人んち入ったの?!」
『だって~アグニが心配で~』
「だめでしょ?!バレたらどうするのよ!」
『バレないもん。』
シーラがシリウスに正座をさせ怒ってくれてるが、シリウスはただ不貞腐れるだけで全く反省の色を見せない。
『ところでさぁ~』
「私まだ喋ってるわよ!」
シリウスがごろんと横になって俺の方を見た。
『シルヴィアは過去の記憶を視たことはあるのかな?』
「あー…確か無かったよ。前聞いた時そう言ってた。」
『ふーんそうかぁー』
シリウスは頬杖をつきながら言った。
『あの子たぶん天使の血筋の中ではダントツで芸ができるはずなんだよなぁ。髪色が若干紫ががってるし』
「え?そうなの??髪の毛が紫って?」
シリウスは上向きに寝転び、話を続けた。
『あの子の髪色が紫がかって見えたことはないかい?』
「え?………あっ!」
あった。最初にシルヴィアを見た時、そして朝の陽が明ける前に見たシルヴィアの髪色は紫がかって見えた。
『どうやらあったようだね。』
シリウスがにっこりと笑った。けど俺は紫色がなんなのかよくわからない。
「何回か紫がかった金色に見えたことがある。けどそれがなんなんだ?何かあるのか?」
シリウスはヒューっと口笛を鳴らした。
『まぁ気にしなくていいよ。先入観が人を弱くさせることもあるしね。』
「どういうことだよ?シーラ、教えてよ。」
シーラはシリウスをじっと見てからため息をついて言った。
「あなたの教育に関して、私は何も口を出せないのよ。」
『アグニ、1つ面白いことを教えてあげるね。』
シリウスは急に 芯が凍るような微笑みをした。
『君らが過去の記憶を視ないのは、なぜだい?』
「……それは天空人の血が薄まってるからだろ?」
『そうだね。』
シリウスは変わらず微笑んでいる。けれど…これは微笑みではない。口に「笑み」を張り付けただけだ。
『実はもう1つ理由がある。』
『血が薄いだけが理由ならば、過去を視る天使の血筋がこれほどまでに少ないはずはない。たとえわずかでも、数秒だけであったとしても、視たと言う人は多いはずなんだ』
天使の血筋は自分以前の全ての人の記憶を視ることができるにもかかわらず、過去の記憶を視た人は極端に少ない。確かにそう考えるとおかしいかもしれない。
「たしかに血筋の濃さが理由なら、直近の自分の先祖の記憶を視てもおかしくないもんな……」
『そう。じゃあ、なぜ視ないのか?』
シリウスはすっと立ち上がって窓際に腰をかけた。
『簡単だよ。天使の血筋は記憶を封じられている。』
「…………は?」
室内の空気がジトっと重くなった気がした。嫌な動悸がする。そんな俺の変化を見てとれたのか、シリウスはふっと笑った。未だに笑顔は氷のように冷たいけれど。
『貴族の子供は生まれてすぐ「洗礼式」が行われる。天使の血筋は神からも人からも皇帝からも祝福される存在だ。もちろん天使の血筋もその儀式を行う。この世で最も大きな教会で。』
「洗礼式………??」
『この世に生まれたという記録を残すための儀式って感じかな。そしてその儀式で、天使の血筋は記憶を封じられる。』
最も大きな教会……帝国共通教会で、天使の血筋は生まれてすぐに過去を視ることを封じられる。
これがもし仮に事実であるならば……
「俺は?」
『………なんだい?』
「俺も記憶を封じられてるのか?」
シリウスは笑顔を崩さなかった。
『 君も、封じられてるよ。 』
「けど俺は貴族としても、天使の血筋としても育てられてない。洗礼式は受けてないはずだ。」
洗礼式を受けてないからこそ俺は過去の記憶を視る。これで納得できる。やっと皆んなと俺が違う理由が見つけられた。そう思った。
けれども現実は複雑で、シリウスはいつも俺の頭の中をぐちゃぐちゃにする。
『君のお父さん…先代『シュネイ』は、自らの判断によって、実の子の記憶を封じることを選んだんだ。』
「………………どうして。」
『さぁ?君の父親が記憶を封じた理由はわからない。彼はそんなことをしなくてもよかった。』
シリウスは両肩をすくめて小さくため息を吐いた。
『けれども、天使の血筋全員が記憶を封じられる理由は、わかるだろう?』
天使の血筋の記憶を封じる。それは帝国基本法に則ればあまりにも罪は重く、世界に仇なす行為だ。
つまりこの「洗礼式」での出来事は、帝国基本法が関与しない。
それにこの長い帝国の歴史において、全天使の血筋にこの「洗礼式」の実際の意味がバレていない。ここまで巧妙に我々を欺く理由は?
考えられるのは……
「天使の血筋の中に、不都合な記憶があるからだ。」
我々が知ってしまうと、まずい歴史があるのだ。じゃあそれは「誰」にとってまずい歴史だ?誰の指示で、教会はそう動いてる?
父さんは選べたはずだ、記憶を封じない選択肢を。なのにどうして…俺の記憶を封じた?
『~~ー。~ー、~…アグニ、聞いてる??』
「…………え? ごめん、何か言ったか?」
全然シリウスの話が耳に入ってなかった。ちょっと、考える時間が欲しい。そんな俺の気持ちを察したのか、シリウスはやっと気の許せる笑顔を見せた。
『急にこんなこと聞いたら混乱するか。ゆっくりでいいよ。時間はまだある。頭の整理がついたら、また続きを話そう。』
「……おう。」
シリウスは俺の頭を一度ポンと手を置いてから談話室から去っていった。
「アグニ、大丈夫?」
部屋に残っていたシーラが心配そうに聞いた。
「ああ、うん。……嘘、大丈夫じゃない。」
「そうよね………。」
シーラは俺の横に座って、肩をさすりながらゆっくりと言ってくれた。
「大丈夫よ。私もシリウスも、公爵だってついてるわ。……とりあえず明日から交流会よ。まずはそっちを優先して。大丈夫よ。私はいつでもあなたの味方よ。」
シーラの声が妙に暖かくて、やっと少し気持ちが落ち着けた。
「ありがとう、シーラ。うん、とりあえず明日からの交流会、頑張るね。」
「えぇ!」
俺はすぐに寮へ戻る準備をし、馬車に乗った。
馬車の中でさきほどの会話を何度も何度も繰り返し考えていた。しかし答えはわからない。
こんな日に限って夜空に星はなく、辺りを見通せぬほどに暗い夜だった。
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