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第3章
121 お呼ばれ
しおりを挟む『顔を上げてください、アイシャさん』
「ありがとうございますシルヴィア様。交流会に関していくつか伺いたいことがあったため参りました。今宵の貴重なお時間を何度も奪ってしまうこと、大変申し訳ございません。」
俺とシルヴィアは踊り終わった後、飲み物のコーナーへ戻った。
ぶっちゃけ制服だし、授業で踊ってるのと変わんない。特になんの感慨もなく、互いに飲み物を取ったところで知らない赤い制服を着た女の子がシルヴィアの前に現れた……という状況だ。
去った方がいいかな~っと思ってシルヴィアを見ると、シルヴィアはいつもの凛とした表情でその子のことを紹介してくれた。
『アグニさん、彼女は第3学院の総長をされているアイシャ・ブリッジさんです。』
「ブリッジ子爵が次女、アイシャ・ブリッジと申します。第3学院第3学年に在籍しており、今年度の総長役を賜っております。」
「あ、俺……私はアグニと申します。第1学院の第2学年です。」
アイシャという名の子は綺麗なカーテシーをして俺に挨拶した。コルネリウスよりは茶色っぽいが結構髪の色が明るい。けど芸素量は特別多いわけではなさそうだ。
「~~~…。以上が第3学院の確認事項です。」
『わかりました。当日までに準備するよう、私から学院に再度伝えておきます。』
「誠にありがとうございます。ではシルヴィア様、当日再びお目にかかれますこと、楽しみにしております。」
『えぇ。ありがとう。』
「それでは、失礼致します。」
アイシャは確認事項を終えると俺とシルヴィアに優雅にカーテシーをしてすぐに去っていった。ここで変に長居しないのは好感度が高いな。ていうか…
「総長って意外と大変そうじゃん。」
『…………………………大変です。』
おぉ?
シルヴィアが初めて本音を言った!
シルヴィアは……というか貴族はあまり本音を言わない。辛くても辛いとは言わず、悲しくても涙を見せない。もしそんなことをしたら一瞬で帝国中に話が広まってしまうからだ。別にいいじゃないかとも思うが、皆そうは思わないようだ。まぁそれが『社会』なのかもしれない。
そもそも天使の血筋は感情が希薄だと思われてるから、辛いとか大変だなんて感情を持ってないと思われてそうだが。
「……知ってると思うけど俺、大体朝は鍛治してるし暇だから、なんかあったら俺のこと頼ってな。まぁ大してなんもできないけど。」
シルヴィアは表情をあまり変えず、一瞬ニコッと笑った。表情ではわからなかったが芸素が大きく広がった。よかった。嫌ではないっぽい。
『アグニ。』
「あ、公爵!」
呼ぶ声の方を向いてから俺はきちんと一礼した。
『ふむ。頭をあげなさい。シルヴィア、久しぶりだな』
『はい、宰相閣下。お久しぶりでございます。』
シルヴィアは綺麗なカーテシーをした。これには俺も少し驚いた。大公家で次期女王であるシルヴィアが宰相に頭を下げたのだ。この帝国内で『宰相』という冠がいかなるものかを目の前で見せられた感じだ。
『先程、君のお父様にもご挨拶したよ。』
『そうでしたか。ありがとうございます。』
『せっかくの舞台だ。きちんとお父様に君の姿を見せて差し上げなさい。』
『かしこまりました。…それでは、私はこれで失礼します。』
「え? あ、うん。またな!」
俺は急いでシルヴィアに声をかけた。シルヴィアはくるっと後ろを振り返り、ニコッと笑って去っていった。
『アグニ……君はシルヴィアと仲が良いのかな?』
2人きりになった公爵は俺にそんな質問をしてきた。普通に仲が悪いことはないと思う。最初は嫌われてると思ってたけど、今では朝の時間も含めて結構喋ってる。
「まぁ仲はいいよ。というかシルヴィアのこと知ってるんすね!」
『天使の血筋同士での絆は強い。先代シルヴィアである彼女の父上とは旧知の仲なんだ。それより……』
公爵が右手を軽くあげると、少し遠いところで待機していた男性2人がこちらに来た。
『アグニ、紹介しよう。侯爵位にして帝都文部副部長をしているシモンだ。』
1人目に紹介されたのは天使の血筋。茶色がかった髪色だ。髪の毛だけで判断するなら正直、コルネリウスの方が天使の血筋っぽい。だがとても綺麗な紺色の瞳だ。年は35ほどだろうか。眼鏡をかけているせいか、落ち着きもあり洗練された男性に見える。
『シモンです。宰相閣下のご紹介の通り、現在は宮廷の文部で副部長をしております。』
「あ、私はアグニ……あっ。」
やべ!また礼儀忘れてた!!
あ~もう遅いか…いいや普通に喋ろ
「失礼しました。アグニと申します。宰相閣下の保護の下、現在は第1学院の第2学年に在籍しております。」
俺は気を取り直して、礼をしながら挨拶をした。シモンと言う名の男性は頭を上げるようにいい、俺と握手をした。
『そしてこちらは現帝都技術部長のアンリ・ハストン子爵だ。』
紹介された人は40才ほどで、黒髪青灰目。大人しそうだが知的で優しそうな人だった。
「アンリ・ハストンと申します。ラストダンス、拝見しました。ダンスがお上手で驚きました…!」
俺がシルヴィアと踊っていたのを見ていたそうだ。ダンスはシーラに鍛えられてるから上手いんすよって本当は言いたいけど素直にお礼を言っておく。
「アグニです。どうもありがとうございます!」
『明日はアンリの屋敷でランチパーティーを催すらしい。第1と第4の生徒が多く集う場だ。アグニ、君も参加させてもらいなさい。』
「えっ……いいのですか?」
俺がアンリと言う名の男性の方を向くと、優しく微笑んだ。
「えぇ是非!私は第4学院の卒業ですので、少しでも両校に良い橋渡しができたらと思っております。是非アグニさんもいらしてください。」
特に明日の予定もないし、まぁ仲良くなれるならその方がいい。俺は笑顔で返事を返した。
「はい!是非参加させてください!!」
・・・・・・
次の日、俺はセシルとアンリ子爵の家に向かった。第1学院の人と第4学院の人のパーティーなのでセシルも誘われていたのだ。
着いた先はカールの屋敷から少し東南に行ったところだった。白くて綺麗な屋敷で、両脇にはいくつか硬そうな外壁の謎の小屋がある。
「アンリ子爵、本日はお招きくださりありがとうございます!」
俺が子爵に挨拶をすると、子爵は穏やかに笑って言った。
「アグニさん、それとセシル・ハーローさんですね。どうも、来てくれてありがとう。是非息子を紹介させてください。ほら、イサック!」
子爵の呼ぶ声の先には少し眠そうな、子爵とよく似た男の子がいた。こちらを振り向いてから駆け寄ってきた。
「はい、お父様、なんでしょう?」
「なんでしょうじゃないよ。アグニさん、セシルさん、私の3番目の息子のイサックです。息子は第4学院の3年生なんですよ。」
イサックと紹介された男の子はアンリ子爵によく似た黒髪に青灰色の瞳だ。生気さえあれば爽やかに見えるだろうに、とても眠そうだ。
「初めまして、アグニです。……もしかして第4学院の総長ですか?」
俺はこの芸素を知っていた。昨日、ファーストダンスをする4組の中に感じた芸素だった。俺の質問にイサックはコクンと頷いて言った。
「初めましてイサック・ハストンです。はい、僕が今年の総長です。まぁ第4学院の中で最も爵位が高い家柄だったから選ばれただけですけどね。よく気づかれましたね。」
「あぁ、やっぱり!芸素で気づきました。」
「え?芸素で?それってどうやるんですか?」
イサックの顔つきがよくなった。やっぱちゃんと目を開いていれば格好いい顔立ちだ。
「……アグニはそんなこともできるの?」
隣のセシルも少し目を輝かせている。2人とも性格が似てるな。
「えっと……あ、こちらはセシルです。」
俺はセシルのことをイサックに紹介した。
「あ、イサックと申します。」
「セシル・ハーローです。初めまして。………その手首の…」
「あぁ、これですか?これは『一定の時間になったら振動する芸石』のブレスレットです。僕が設定しました。」
セシルが指を指した手首をイサックが見えるように持ちあげて説明を始めた。
「っ!!ブレスレット型のタイマー…!」
「おっ、そうですそうです。今ちょっと実験の途中なので、これが振動したら一旦研究部屋に戻りたいんですよね。」
どうやら屋敷の隣にあった小屋は全部研究施設らしい。アンリ子爵やイサック、他の兄弟らがそれぞれ自分の研究部屋を持っているとのことだ。
「……私は今、映像を記録することができないかを考えています……」
「え?芸石で?今はどこまでいってるんですか?」
「映像をそのまま流すとこまでは……自分で造れました。けど…記録の方法が…もしかしたらタイマーの仕組みが上手くいく……かも。」
今の技術では、『特殊な芸石をペアで持ち、それらを繋げている間では会話を行うことができる』というのが限界だ。レイとレベッカにあげた芸石がそれらだ。通信手段として値段は張るが貴族界隈では持っている人が多い。ただ、ペアの芸石だけでしか通用しないので、色々な人と連絡を取りたい場合はその人数分、ペアの芸石を持っている必要がある。そしてもう一つ欠点が、記録ができない点だ。
一人が「〇〇日の〇〇時にこの芸石で連絡を取りましょう。」と言って、両者がその日時に芸石に芸素を通さないと通信ができない。結局、手紙を使って事前に時間の予約を取っておく必要がある。もし記録をできる芸石があれば手紙での事前予約は必要なくなる。
イサックはセシルの話を聞いて興味深そうにうなずいた。
「お一人で映像を流す技術まで習得したのですか?それは凄い!もしかしたら……っ!!」
イサックが腕を見た。ブレスレットからの振動があったらしい。イサックは少し悩んだ様子をしていたが、意を決してように俺に言った。
「アグニさん、セシルさんを私の研究部屋へ連れて行ってもいいでしょうか?」
「え??」
「もっもちろん危害は加えません!あ、そっか!婚約者のアグニさんもご一緒に来ていただけますか??」
「え?婚約?」
「え?」
ちょっと何言ってるのかわかんない。
今は誰の話をしてんだ?
俺が言われたことを理解しようと努めていると、セシルがふっと軽く笑ってからイサックに言った。
「アグニは私の婚約者じゃありません。親戚です。アグニ、行ってきて……いい?」
俺はハーロー男爵にセシルを護るよう言われている。なのであまり離れないようにしているが……
「わかった。……もし何かあったらすぐに芸素を出してくれ。」
俺はセシルに小声で伝えた。セシルはコクンと頷いてからイサックについていった。
「何?置いていかれたの?」
「おぉバルバラ!」
後ろから声をかけてきたのはバルバラだった。
「第4学院の生徒はあまり物語を読まないみたい。文学研究会での話が全然通用しないわ。」
「あ~まぁ技術系の学院だもんな。ちなみに今はどんなの読んでんだ?」
「貴族の娘メリーが公爵家に嫁いで苦労する話よ。メリーが貴族社会にいるはずなのに全然何もわかってないの。現実的じゃなかったわ。女子文学研究会では『さすがにメリーの知識が無さすぎる』って結論になったの。」
俺とバルバラは近くにあったベンチに座って話し始めた。
「へぇ~。作者は?」
「庶民よ。貴族社会のことをよく調べ上げているけど、私達貴族の常識が理解できてないみたい。」
「ははっ。そこまで酷評だといっそ気になるな。」
『……アグニさんはそのような本も読まれるのですか?』
横から声をかけてきたのはシルヴィアだった。驚いた様子で俺のことを見ている。シルヴィアに気づいたバルバラが急いで立ち上がって礼をした。
「まぁっ!シルヴィア様!ごきげんよう。」
今は昼のランチパーティ―で、そこまで固い場ではない。なので同級生であるバルバラから挨拶をしても大丈夫なのだ。シルヴィアはバルバラにゆっくり頷いて返事を返した。
『ごきげんよう。途中から話を聞いてしまいました。』
「まぁ!お耳汚しを致しました…!申し訳ございません!」
『いいえ、そんなことはありません。…私もその本が気になってしまいました。』
シルヴィアが一生懸命喋っている。表情が乏しい上に身分が高いとめちゃくちゃ気を使われる。必要以上に気を使われないよう、シルヴィアも気を付けているのだろう。
「女子文学研究会って面白いよ。今度行ってみればいいじゃん」
俺の言葉にシルヴィアは少し戸惑った様子を見せた。けれど…
『そうですね。行って……みたいです。』
「まぁっ!!シルヴィア様が……?!」
バルバラが口に手を当てて驚いている。シルヴィアが話し合いを主とする研究会に参加するのは初めてだろう。バルバラはとても嬉しそうな笑顔を見せた。
「大変な光栄でございます!でしたら明日にでも次の題材の本をお渡ししますね。他の研究会の生徒にも伝えてあげなきゃ!シルヴィア様、これで失礼いたします!」
『え、えぇ。では…』
バルバラがスキップ交じりに去っていった。他のメンバーにシルヴィアの参加を伝えにいくのだろう。暫く2人で無言で立っていたが、再度2人でベンチに腰を掛けた。
「ごめん、俺余計なこと言った?」
『いいえ。本当はずっと前から気になってました。けど誰にも誘われませんし、私から参加したいとも言えず…』
「なんで?」
『……はい?』
「シルヴィアが参加したいと思ってるなら、そういえばいいじゃん。」
『……無理に参加すると、天使の血筋が無理に入ると…その場が壊れることもあるのです。』
必要以上に天使の血筋が近くにいると、皆が天使の血筋と仲良くなろうとしてギスギスし始める。昨日のパーティーでも俺がシルヴィアに声を掛けたら、シルヴィアの後ろにいた生徒たちがものすごく睨んでたしな。
だからこそ天使の血筋は他の人達に近寄らず、他の人たちも天使の血筋を遠くから見ているだけなのだ。けどそんなのは天使の血筋が孤独になり、生きづらくなるだけだ。
「………気にしすぎちゃだめだよ。シルヴィアが生きたいように生きればいいよ。」
『……最近、あなたを見ていて…そう思えるようになりました。』
「 え?? そうなの?」
『えー?僕という存在がいながら、まさか浮気ぃ?』
『っ!!!!』
「ぬおぁ!!!! えっ!シリウス!?!?」
俺とシルヴィアが後ろを振り返ると、ベンチの後ろで髪と目を隠したシリウスが妖艶な笑みを携えて立っていた。
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