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第3章
120 ダンス
しおりを挟む「そういやなんでシドが俺のことを迎えにきたんだ?」
天使の血筋は普通のパーティーでも従者を数人は連れてくる。今回は貴族以外の人たちもいるので通常よりも多くの人数を連れてきてるはずだ。シドが俺と話したいのならば従者のうちの1人が俺を探し出すはずだ。
シドは振り返ってニヤッと笑った。
『撒いてきたんだ。』
「え?撒いてきたの??」
『ああ。……俺の側から離れない者が1人いてな。アグニにはその者を紹介したかったんだよ。』
「……なら別にその人と一緒に俺のところに来ればよかったじゃんよ。」
俺の言葉にシドは、その綺麗な水色の瞳を大きく見開いて笑った。
『ははっ!!その通りだな!逃げるのが楽しくてな、その考えは抜けていた。』
シドはちょっと天然なのかもしれない。新たな一面に好感を持っていると猛烈な勢いでこちらに近寄ってくる芸素に気づいた。
「っ!!!!」
俺がその芸素の方向を振り返ると、その男性は俺が振り返ったことにとても驚いた。
しかもその人は腰にある剣の柄に手をかけていた。剣を抜く気かよ危ねぇな、おい。
『おぉ!オズムンド!よかった!見つけてくれたな。』
「シド様!!どうしてお一人で歩かれているのですか!この者はどなたかご存知ですか?!」
シドは剣に手をかけるその人に明るく話しかけた。その人は俺を睨み警戒しながら言葉を返していた。けどシドはその様子を気にするでもなく俺との間に立った。
『アグニ、オズムンド・バルリアスだ。第2学院の第2学年にいる。アグニとは同学年だな。彼の父はシド公国の文部に勤めており、辺境伯の地位を与えられている。』
「辺境」という肩書は、各国が独自に認める爵位のことだ。その国で優秀な成果を残した家柄に与えられ、一家の繁栄のために国から苗字をもらえる。自国内では貴族としての立ち場を持つが、帝都貴族からすると「田舎者の成り上がり」という印象が強いらしい。また、貴族の特権の幅も帝国から爵位をもらった貴族より少なくなる。辺境伯は伯爵位ではあるが、帝都貴族の子爵位に相当するイメージらしい。
オズムンドと紹介された男は焦茶色の髪に同じ色の瞳で、ほどほどに日焼けをしていた。見るからに健康そうな人だ。身長も高いが、シドが結構大柄なので隣に並ぶと一見小さく見える。
そして俺を……ずっと睨んでる。
「オズムンド、俺はアグニだ!同学年同士、よろしくな!」
俺は明るく優しくいい人そうに挨拶をしながら片手を差し出した。が、オズムンドは片方の眉を上げて睨むだけで全然挨拶を返してくれない。シドが困ったように笑いながら言った。
『も、申し訳ない。僕が逃げたことをアグニのせいだと思ってるんだ。オズムンド、きちんと挨拶をしなさい』
シドの言葉でようやくオスムンドは礼をした。俺の手は宙ぶらりんのままだ。
「オズムンド・バルリアスです。よろしく。」
『オズムンドは武芸に秀でていて、とても優秀な子だ。天使の血筋にも負けないくらいだ!な!オズムンド!』
シドが明るくオズムンドに言った。するとオズムンドは見るからに嬉しそうな顔をして(芸素が飛び出しまくってるし)シドに言葉を返した。
「僕はまだまだです!このオズムンド・バルリアス、シド様の最側近護衛になれるよう、これからも誠心誠意武芸に励む所存です!!」
どうやらシドのことをとても尊敬しているらしい。
けどもしそうなら、シドに気を使わせるなよとも思うが、これを言ったら火に油を注ぐだけだろうから黙っとく。
「じゃあ、とりあえず来週からよろしくな!」
俺が再度話しかけるが相変わらず対応は悪い。シドが苦笑いをしてどうしようかと困っているのが視界に入ったので、俺はそのまま素早く立ち去った。
………疲れたわ。なんか飲も。
俺は近くの飲み物が配られる場所へと足を向けた。
「お、シルヴィア!」
『……こんばんは。良い夜ですね。』
おっとやべ。ミスった!
同年代でも、例え仲が良くても、正式な場では天使の血筋に頭を下げてなければならない。そしてこちらから話しかけてはならない。
今俺はそれら全てをすっ飛ばして普通に話しかけてしまった。シルヴィアの後ろにいる知らん男女数名が芸獣でも見るかのように俺のことを見ている。
俺は急いで飲み物を近場のテーブルに置いて頭を下げようとしたが……
『もうかしこまる必要はありません。結構です。』
「あ、おう。ご、ごめん……。えっと、お疲れ様?」
俺はファーストダンスという任務を完遂したシルヴィアに対し(踊ってたの見てないけど)労を労った。しかし後ろの男女が飛びかかる勢いで俺とシルヴィアの間に立とうとした。
『やめなさい。………アグニさん、会場は見て回りましたか?』
シルヴィアは彼らの動きを制止させ、俺との会話を続けた。
「……え?!まぁ、うん。そういえばあっちの飯が美味かったぞ!あとで食べてみろよ!」
『………普段、こう言った場で食事はしません。』
あ、そっか。毒の心配?
けど天使の血筋なら治癒もできるだろうし……
俺もいるし、大丈夫だろうけどな。
「あ、じゃあ俺が最初に食べるよ。そんで毒入ってないってわかったやつを食べればいい。な!」
『えっ……』
青紫の綺麗な瞳が不思議そうにこちらを見ている。今日のシルヴィアの格好はいつもの制服に飾り用の芸石を付け、髪を緩く三つ編みにしている。その髪に芸石や花が付けられ、とてもキラキラしていた。
「あ、ここから動いちゃだめなのか?じゃあ俺がなんか持ってこようか?」
俺の提案にシルヴィアは数秒遅れてふっと笑った。珍しい。こんなちゃんと笑ってるのを見たのは初めてかもしれない。
『……いいえ、私もどんなものがあるのか見たいので一緒に行きます。貴方達はここまでで結構です。』
シルヴィアは後ろの男女にそう声をかけ、俺の片腕を取った。
『アグニさん、案内をしてください。』
「お、おう……。」
・・・
「あ、あとこれも美味しいよ。」
俺はチーズとテリーヌと塩味の聞いた肉のスライスが乗ったクラッカーを手に取り、指から若干芸を出して綺麗に2つに分けた。そして片方を自分の口に放り込み、頷く。
その様子をじっと見てからシルヴィアもゆっくりと口の中にクラッカーを運んだ。
『……ほんとですね。美味しい…。』
「だろ?!こういう簡単に食べられるやつってパーティーでしか出ないから、シルヴィアは食べたことないだろ?」
『ええ。初めて食べました…。これらは本当に食べ物だったのですね……。』
シルヴィアが驚きと興味を合わせたようなキラキラした顔で食事の乗った台を見回していた。今まで1度もパーティー会場の食事を食べなかったらしい。
お腹が空いたらどうするかって?
我慢だとよ。
暫く食べていたら、曲が止まっていることに気づいた。
「あれ?なんだ?どうしたんだ?」
『次が最後のダンスになるということでしょう。……食べてばかりではよくありませんね。』
シルヴィアが少し改まった様子で俺のことを見た。
え?何?
なんでこっち見てんの?
…………えぇ?!
俺とダンスするってこと?!
「えっ、えぇ?シルヴィア、俺と踊るの??」
俺の言葉にシルヴィアは驚いた顔をした。そして急に芸素が揺れ始めた。よく見ると耳が芸獣の目並なみに赤い。
『べっ、私は別に他に踊る人はいますよ?あなたがいないでしょう?』
「え、あぁ…たしかに……。」
そういやさっきセシルと別れてからまだ会ってない。芸素を辿ればセシルと会えるが…たぶん最後のダンス直前で天使の血筋を放置しちゃまずい。
「あーじゃあ…シルヴィア様、お相手をしていただけますか?」
俺はわざとらしく改まったように片手を出すと、シルヴィアは少し大きめのため息を吐いて、俺の手を取った。
『お受けします。』
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