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第3章
*6 森の家でピクニック・後編
しおりを挟む「あ………うん。なんか今日さ、皆の話聞いてて…皆、将来のために動いてて…けど俺は何もしてなくて…そう思ったらなんか焦っちゃってさ。けど俺何していいのかわかんないし、だからどう動けばいいのかもわかんないし……」
アグニの悩みを聞いた時、俺は腹が立った。
「お前、自分がどれだけ恵まれた環境にいるのかわかってないだろ。」
「…え?」
アグニは本当に理解していないっぽかった。なんで少しも価値を理解していない人に、こんな恵まれた環境が与えられてるんだ。
我が家は金儲けで爵位を得た。長い歴史の中でやっと最近になって実力が認められて子爵位を得た。俺は父にこの話を聞いた時、すごくほっとしたことを覚えてる。
帝国に男爵位はうじゃうじゃといる。少し金があれば得られるからだ。だから男爵位ってのは基本、貴族の中じゃ平民とそう変わらない位置づけにされる。最底辺だ。
俺の家はそこから脱した。
ごまんといる他の家とは、もう違う。
そして目指す先の遥か彼方……前を見てもその輪郭すら見えない位置に公爵位はいる。大公がいる。天使の血筋がいる。
子爵位を得たばかりの俺の家が一切の間違いを犯さず、規律を守り、他家との繋がりを厚くし、その上でいくつもの功績を残し帝国のために身を奉じても………
公爵位など……あと何世代後に得られるのだろうな………
なぁアグニ知ってるか?
お前がいるのはそういう場所なんだよ。
だから、全てを持てる環境にいるにもかかわらずそんなにも能天気なことが気に喰わない。その能天気さこそが俺たちのような男爵・子爵位にはない「貴族らしさ」だ。
これは俺の持論だが、①男爵・子爵位、②伯爵・侯爵、③公爵・天使の血筋 の3つに人を分類したとき、②は優しく心の余裕があって、男爵子爵位の持ってない「貴族らしさ」がある人間が多い。アグニのこの能天気さは②のそれによく似ている。コルネリウスの穏やかさなんか典型的だ。
態度だけで、俺よりも上であると叩きつけられる。
「………ありがとう、カール。本当に、ありがとう。」
ほら。
そういう素直なところが……
敵わないと見せつけるんだ。
「……いや、ごめん。生意気言った。」
いいさ。
なら俺もそういう態度を身に付けてやるよ
アグニやコルネリウスの態度を真似てやる
「ははっ全然!本当にありがとう。」
「…………あぁ。」
・・・
『どうしたんだいアグニ? それと……カールかな?』
会った瞬間、冷や汗が出た。
誰もがこの人との繋がりを欲しがる。けれど誰よりも、直接個人的には会いたくない人物。恐ろしいのだ。見られているだけで動きが鈍くなってしまう。まるでヘビに睨まれているように。
『もちろんいいとも。 カール、面を上げなさい。』
直接のお声がかかる。俺は急いで定型文を口にした。
「天空の神々のお導きにより得たこの出会いに感謝申し上げます。……お初にお目にかかります。ダグラス・ブラウンの第一子、カール・ブラウンと申します。宰相閣下におかれましては・・・」
『ここは非公式の場だ。そんな堅苦しくなくていい。会話をするのは初めてだったね、カール。もちろん君のことはよく知ってるよ。』
よく知っている?俺を?
・
・
・
さっき言った持論の話だ。
②の伯爵や侯爵位はいかにも「貴族らしい」人が多い。一番平民が望む姿を取っている。そして男爵子爵位はその余裕を…豊かさを渇望しているがゆえに余裕を見せられない。
では……③の公爵位や天使の血筋は?
彼らは家系全てが「貴族」。純血中の純血。
品格と誇りを食べて育ったような真の貴族だ。
そして彼らは言葉を間違えない。
一挙手一投足を何十人に見られ続ける人生を送ってきた彼らが間違えることはあり得ない。
そんな彼らからも畏れられ、天空神・皇帝陛下を除く世界最高位に在らせられるシャルト公爵閣下が、不確かな情報や間違いをいうわけがない。
つまり………
宰相閣下は俺を知っている。
ブラウン家や子爵である父ではなく、俺を。
俺の事は全て調べつくしたってことか……
やましいことは何一つしていない。けれど、嫌な汗をかく。アグニと直接関わる人間だから調べたのだろう。逆にどうしてそこまでアグニを大切にしているのかがわからない。
「公爵、」
この世で最も美しいと言われる女性は、穏やかな笑顔のまま階段を降りてきた。それほどお会いしたこともないのに、知っている人物が一人増えただけで心から安心した。そちらにすがりたくなった。この時の俺は、自分の挨拶が酷すぎたことに気づけないほどてんぱっていた。
「やっぱり好青年ね。アグニはたまに年寄りみたいな態度を取るから…この家には若さが足りないのよね。」
「えぇぇぇ嘘だ嘘だ!俺だってまだまだ若いよ?!」
「その否定の仕方がすでに年寄りよ。」
『この屋敷で1番若いのは私だからな。』
ん?どういうことだ?
今公爵家で流行ってる冗談か?
もちろんこの中で一番お年を召しているのは宰相閣下だ。たぶん見た目が若い順に年を取っているってギャグなのかな?
そんなことを考えていたら、アグニが俺にまっすぐ視線を向けた。
「で、最年長のシリウスさんはいつまで隠れてるつもりなんだ?」
ん?急になんだ?俺……の後ろ?
俺は後ろを振り返った。けど誰もいない。俺はアグニの様子を伺うように視線を前に向けると…
次の瞬間、空間が揺らいだ。
なっ!なんだ?!!
『へぇ…アグニはもうこの程度なら気づけるんだね。』
「帰り道歩きだったからな、全身に身体強化かけて結構神経研ぎ澄ましてた。そのおかげですぐ気づけたよ。」
アグニは当たり前のように話しかける。宰相閣下もシーラ様も驚いてない。
人……がいるのか?!
揺らいだ空間を凝視していると光が見えた。そして、それが光ではく髪の色だと知ったのは、輝く瞳の存在を認識した後だった。
俺の左手に付けている芸石から軽い電流が流れた。
「っ!!!!!!!」
芸石の反応が遅い!遅すぎる!!
これは…!!!
俺は身体中に芸石を付けている。というかほとんどの貴族はそんなもんだ。俺の付けている芸石の一つに「一定の芸素量が急に俺の身体に近づいたら手に軽く電流が流れ、その存在を教えてくれる」ってものがある。一定の芸素量…つまり芸獣や、芸を用いている人が持つ独特の濃い芸素の塊のことだ。
ちょうど、今のような状況-背後からの接近-などに対応するための芸石だ。
それが、感知しなかった。どういうことか?
理由は、一つ。
感知用の芸石すらも欺けるほどの、高位の芸。透明化の芸「水曲」をできる限り周りの環境に近い状態まで馴染ませたってこと。
それを・・・アグニは気づいた?!!!!
後ろに立つ俺より少し背の高い御人は、俺の顔を覗き込んで笑った。今の俺の動揺を全て見抜いているらしい。
『カール、君と目を見て挨拶をするのは初めてだね?』
つまり目を合わせない状況で何度も会ったことがあるんだ。たぶん、今のような方法で。
ー感知用芸石そんなもの持ってても僕はいつでも君を殺せるよー
見たこともないほど美しい御人は、その事を伝えにきたのだ。
『カール。 明日、もしかして何か予定あるの?』
「よ、予定は…ございません。」
『ならばコルネリウスも誘ったらどうかな?』
公爵が俺の方を向いてそう提案した。暗に、コルネリウスはシリウス様のことを知っているのだと伝えたいのか。
「っわ、私が……僭越ながら私が…コルネリウス・リシュアールに手紙を届けておきます…」
『あぁ、よく気が利く子だ。君は本当に賢いな。手紙の内容は後でそこの者に聞いてくれ。』
「は、はっ!………あ…ありがとうございます……。」
やはりこの答えで正解だったようだ。やばい……くらくらしてきた。芸素量が多いんだよ
この部屋の芸素量が馬鹿みたいに多い。公爵家の玄関ホールでも息をしづらいほどに天使の血筋のお3方が芸素を出している。これは・・・『牽制』。
「おい3人ともいい加減にしろよ。大人が寄ってたかったら怖いだろうが。」
アグニがお3方に怒りを示すように芸素を出した。
馬鹿アグニ!
お前まで芸素をまき散らすな!
俺、そろそろ窒息するぞ!!
シリウス様はそれはそれは美しく、恐ろしく笑った。
『ははっ!確かにそうだよね。だってここには、』
『 化け物しかいないからね。 』
最上段に座るシリウス様の瞳が黄金に輝く。宰相閣下の黄緑の瞳も、シーラ様の青色の瞳も俺を射抜くように光輝く。獰猛な芸獣が目の前にいるみたいだ。
そして
振り返ったアグニの瞳は……一番上で嗤っている方と同じ色を纏っていた。
「っ!!!!!!!!!!!」
え、まて……
まてまてまてまてまてまて!!!
今まで気にしてなかったが……
アグニお前……!!!
・・・・・天使の血筋に似すぎてないか?!!!
そうだ。そうだよ!!!
今まで感じていた違和感!!!!
どうして天使の血筋がこんなにもアグニを好いているのか?
天使の血筋は異常なほど『内』と『外』を分ける。同族保護的意識がとても強いのだ。だからこそ天使の血筋以外の、外部の人間がその『内』に入るのは極めて難しい。もちろん中にはオープンな天使の血筋もいる。いるにはいるが………この3人が?ここまで守るか?
『カール、ブラウン子爵にきちんと今日のことを話して、了承を得てから明日また来てくれたまえ。彼も息子が大事だろうからね。』
つまり今日のこと…シリウス様のことは父には伝えてもいいってことだ。
「はっ…はい…………」
俺はアグニに連れていかれるように屋敷の外に出て、待っていた馬車に乗った。
「カールごめん。あんな急に天使の血筋が現れて……驚いた…よな…?」
馬鹿野郎。驚いたよ。
今でもガクガクだよ。
さっきから腹も痛いし頭も痛いし手足は凍ってるよ。だがな、言っとくが半分はお前のせいだからな?
「あぁ。相当ビビった。けど、滅多に知り合う機会はない。ブラウン家を知ってもらう絶好の機会だ。」
最後の意地だ。
これくらいの強がりはさせてくれ。
「あはは!!もう十分お前の家は有名じゃないかよ。あ、すぐ執事を呼んでくる。んじゃ!」
「あっ、アグニ!!」
「ん?何?」
どうしてもこれだけは聞かなきゃならない。最後の確認だ。
「みんな……あの方々は皆、お前に優しくしてくれる……よな?」
「もちろん!公爵もシーラもシリウスも、なんだかんだ優しい。もう俺の、大切な家族だ。」
………やっぱりお前は 天使の血筋なのか…?
まだ何も確証はない。今のところなんの証拠もない。
髪の色なんか真逆だし、芸石も使っている。けれど…なぜだろう。そんな気がする。妙にこの考えが腑に落ちる。
そして、そんな想像だけで物凄い胸が高ぶる。
歴史が変わる…かもしれない。
未来が変わる…かもしれない。
アグニは天使の血筋………かもしれない。
「また明日!」
元気よく去っていくアグニの背中を見ながらそんなことを思った。まだ全てが「かもしれない」だ。けどこんな意味のわからない大層な夢をみるだけで、こんなにも楽しい。
・・・・・・
「カール、コル、今日来てくれてありがとな!またあとで寮で会おうぜ。」
夕方になり、この日のピクニックはお開きになった。寮に戻るのにあまり時間がないので、シリウス様とシーラ様とアグニは公爵邸へ、俺とコルネリウスは各自の家へ帰ることになった。
「カール、私このケーキと焼き菓子もっと欲しいわ。この味好きなの。」
シーラ様が余りの焼き菓子やケーキを御者の男に持って帰るように伝えている。それほどまでに気にいってくれたのか。担当のシェフに追加報酬だな。
「もちろんです!すぐに詰め合わせを公爵家に送らせていただきます。」
「まぁ嬉しい!ありがとう」
や、やばい!!!!!
シ、シーラ様が嬉しそうだ!!!!
貢ぎます貢ぎます。もういくらでも捧げます。
アグニとシーラ様の後ろでずっと笑顔を保たれているシリウス様へ目を向けると、シリウス様が視線に気づいて少し首を傾げられた。
『なんだい?どうしたの?』
「あ、いえっ!失礼しました……!」
『あ、じゃあせっかくだから僕の分のお菓子も送ってくれない?』
えっ!うれしい………。
「あ、ありがとうございます!!では…宰相閣下とアグニのも合わせて4人分届けます。」
『わぁ、それは嬉しいね』
「いいのか?カール?」
アグニが心配そうな顔をする。けどこれは単純に嬉しいお話だ。何も心配することはない。
「あぁ、もちろん。アグニも是非食べてくれ。」
「おう!ありがとな!」
『じゃあ、そろそろ行こうか?』
シリウス様とシーラ様、そしてアグニが馬車へと乗って去っていった。俺とコルネリウスはその馬車を見送ってから各々の馬車に乗って家へと戻った。
今日は大変だったな。
けど、有意義な時間だった。
それに少しだけ天使の血筋に慣れれたかもしれない。これは今後の社交界ではポイントが大きい。これほどまでに深く公爵家と繋がれたのはブラウン家にとってもとても大きな成果で……
いや、違うか。
メリット云々は抜きにして……
普通に、楽しかったな
少し小っ恥ずかしい。思ってるよりも自分はまだ幼いのだ。単純に楽しかったと思ってしまう。
寮に戻ったらアグニに、また誘ってくれと伝えよう。
こうして俺の、穏やかでない週末が過ぎていった。
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※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
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