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第3章
103 授業⑧
しおりを挟む雷の月 5週目 1の日
俺の朝は早い。
シリウス曰く、天使の血筋ゆえに睡眠時間が少ないらしいが……まぁ要するに、朝は暇なのだ。俺はその暇な時間を使って、学院に新しく建てられた鍛冶場で鍛治をしようと考えていた。新しく今日から始める日課だ。
朝靄の中、俺は鍛冶場のある方向へと歩いていた。
ザクザクザク・・・・ガサッ
ずっと自分の足音しか聞こえていなかったのに別の音が聞こえた。その方向を向くと、綺麗な紫がかった金色の髪に青紫の瞳の女の子が立っていた。
「え……シルヴィア?どうしたんだ?こんな時間に。」
『こちらも同じことを思っています。なぜここに?』
シルヴィアが不審がるような目つきで俺を見た。もしかしたら俺がストーキングしたと思ってるのかもしれない。その疑いを晴らすべく、俺は一生懸命首を横に振った。
「いや、別にシルヴィアがいるの知らなかったからな?!これから鍛冶場に行くんだよ。この前、技術発展研究会で造ってもらったやつ!」
『………そうですか。』
「で?シルヴィアは?………武芸の練習?」
よく見るとシルヴィアの格好は、シャツにタイトなズボンで剣を持っていた。武芸の授業や放課後の研究会の時にみんなが着る運動着だ。シルヴィアは少し言いづらそうな顔をしていたが素直に頷いた。
『………はい。朝に体を動かすようにしています。』
「もしかしてシルヴィアも寝る時間結構少ない方?」
俺の質問でシルヴィアは眉間に皺を寄せた。
『………どういうことでしょう?』
「天使の血筋って睡眠時間が短いらしいよ。だからシルヴィアも起きちゃってるのかなって思ったんだけど…」
シルヴィアは腕を組んではっきりと告げた。
『まるであなたも、天使の血筋であるかのような発言ですね。』
はっ!!!まずい!!!!
普通に話しちゃった!
俺は最大級にアホそうな顔をしながら頭を掻いた。
「あっれ~?あはは。うっそうっそ!ちょっと発言ミスっちゃった!」
俺の言葉にシルヴィアは深くため息を吐いて答えた。
『……今の発言は天使の血筋への不敬と取られかねません。帝国史において不敬罪で処刑された前例もあります。発言には十分に気をつけてください。』
自分と神の子孫である天使の血筋を同格に置いた発言をすることで不敬罪になるのだろう。頭の足りてない俺はそんな事で不敬罪になるとは微塵も考えてなかった。
え、まじで?!!!あっぶね!!!!
うぉー!!シルヴィア優しくてよかった!
「ご、ごめん!!ありがとうございます!!!」
俺は大きな声で直角に頭を下げて礼をすると、シルヴィアは再度ため息吐いた。俺は遠慮がちに頭を上げながら、なんとなく鍛冶場に誘ってみようかなと思った。
「あ、でさ、今から鍛冶場行くけど、一緒に行く?」
『……どうしてですか?』
「いや、別になんでっことはないけど…鍛冶の火は綺麗だし、意外と落ち着くし、楽しいよ!ちなみに今日は少し剣を鍛えようと思ってる。」
あれ……?
シルヴィアから出る芸素量が増えた。
意外と鍛治に興味あるのかな?
けれどシルヴィアはいつもの清廉で冷たい表情で簡潔に言った。
『結構です。』
「あ、そっか…わかった!じゃあ次また誘うな!」
『…………では、失礼します。』
「おう!じゃまた後で授業でな!」
シルヴィアは最後に俺を一瞥し、去っていった。朝靄の中だと少し紫がかってるように見えていたが、朝の光を浴びたシルヴィアの髪はきらきらと輝きく綺麗な黄金色をしていた。
光の加減で結構色が違うんだな
かたや俺は相変わらず真っ黒だな!
俺は眩しい朝の日差しを楽しみながら、また鍛冶場の方へと歩いていった。
・・・
『では……アグニと試合をしましょう。』
「???!!!!!」
同日の午後、芸の授業でシルヴィアは俺を試合相手に任命した。一緒に授業を受けてる同級生たちが一斉に俺のことを見た。みんなの顔には「いったいなぜ?!」と書かれているように見える。
いや、俺もびっくりだよ……
芸の授業では意外と試合をすることは少ない。なぜなら貴族の令嬢ご子息が怪我をしたら色々大変だからだ。特にその中でも「天使の血筋」は試合をすることは少ない。万が一に天使の血筋に怪我を負わせたら……もうどうすればいいのかわからないし、天使の血筋の芸の威力はシンプル危険だからだ。
けれど『親の心子知らず』とはよく言ったのもので、当の学生たちは結構試合好きな子が多い。今日の授業では珍しく模擬試合を行おうということになり、試合をしたい人を挙手させるとほとんどの生徒が手を挙げた。そしてその中にはいつもは手を挙げない、シルヴィアもいたのだ。
バノガー先生がだいぶ遠慮がちにシルヴィアに問う。
「シ、シルヴィア殿……試合をされたいということですか…?」
シルヴィアは無表情のまま言った。
『そうです。』
「えっと……か、かしこまりました。あ、では相手は……」
バノガー先生がそう言って生徒を見渡した。しかしもうその時には皆手を下げ、バノガー先生と視線を合わせないようにしていた。試合は好きだが天使の血筋との試合は避けたいということなのだろう。けれどバノガー先生が試合相手を指名する前に、シルヴィアが言ったのだ。
『では……アグニと試合をしましょう。』
いやいやなんで~
今日朝会ったからかな?
まぁそれでも意味わからないけど。
あ、もしかして……
俺は貴族の家柄ではないから1番いざこざが少ない。それに万が一俺がシルヴィアを怪我をさせた場合、その責任は後見人のシャルト公爵が取ることになる。話し合いは天使の血筋同時が行う。つまり対等な立場で話し合いが進む。一番楽なのだろう。
あ~なるほどね。
え?俺頭良くない?
ちょっとずつ社会になじんできてない?
なんてことを考えつつ、俺はそのまま前へと歩いていき片手を差し出した。
「いいよ!俺相手になるよ。」
シルヴィアは少し眉を寄せたがすぐに俺の手を握り返した。
『はい。よろしくお願いします。』
「よろしくお願いします!!」
俺とシルヴィアが試合の準備をしている時にコルネリウスを含む男子が数名寄ってきた。
『アグニ!わかってると思うけどシルヴィア様をケガさせたらだめだよ?!』
コルネリウスが心配そうに言う。その後ろからパシフィオも顔を出す。
「そうだぞ!本当に気を付けろよ?!おい!わかってるのか?!」
「あーもうわかってるって!ちゃんと気を付けるから!」
俺が投げやりに答えるとコルネリウスが小さい声で言った。
『けど、手加減をしてる感じは絶対に出すなよ。それは天使の血筋への不敬になるから。』
また不敬かぁ~
逆に不敬以外って何があるんだろう?
「……わかった。自然に負ける。で、いいんだろ?」
『ああ。けどアグニ、君も怪我をしないように気を付けてね』
俺のケガの心配をする発言はその一言、コルネリウスの口からしか出なかった。けどその一言がなんだか嬉しくて、俺は笑顔で答えた。
「あぁ、わかった!ありがとな。」
・・・
「使う芸の系統は一つまで!各々、どの系統を使うかを宣言せよ!」
バノガー先生の言葉で、俺は大声で宣言する。
「系統は火を使います!よろしくお願いします!」
『私は水を使います。よろしくお願いします。』
「では両者…………はじめ!!!」
『ギフト 霧刺 』
開始直後シルヴィアが攻撃型の解名をこちらに向けた。シルヴィアの周囲から溢れ出した霧がこちらに向かって漂ってくる。
遅いな
これじゃあ全然防御できちゃうな
俺は少し時間を空けてから解名を発動させた。
「ギフト 炎門 」
水鏡に似た巨大な炎の盾が自分の前にできる。そしてシルヴィアの出した『霧刺』はその炎の盾にあたり煙を出して消えた。
次はさすがにこちらから仕掛けないと不自然なので、俺はとりあえず芸で作り上げた炎の弾を数発打ち出した。
『ギフト 水鏡!! 』
シルヴィアもギリギリで水の盾を作り出して攻撃を防いだ。水の盾に炎の弾が当たり、2発は蒸発した。けれど最後の1発がシルヴィアの水の盾も消してしまった。
えっどうしよう……
とりあえずまた攻撃がくるの待つか?
でもこの空いた時間が不自然だよな?
てかなんですぐ攻撃しないんだろう……
色々な事が頭をぐるぐるしていたがシルヴィアに怪我をさせるわけにはいかない。結局俺は黙って立ったままの状態でいた。シルヴィアが口を歪めながらまた新たに解名を出した。
『ギフト!! 水曲!! 』
シルヴィアの体が段々と薄くなり風景と一体化する。遠くの方でみんなの驚く声が聞こえる。この解名は難しい。きちんと透明化されなければ意味がないからだ。そしてシルヴィアはきちんと透明化できていた。
けどなぁ、足音消さなきゃだめだよ…
本当なら身体強化で1発でアウトだぞ
以前俺もシャルル公国のトラの芸獣相手に『水曲』をして、匂いでバレた。今回は一種類しか芸を使っちゃいけないので身体強化は使っていないが、それでも足音というのはなかなか消せない。こういう場合は別のところにフェイクで音を出して、自分の音を消しておかないとならないのだ。
ぬぁ~どうしよ。
今攻撃しない方がいいよな?
気づいてないフリしとくのが1番か?
とりあえずしばらく突っ立ってよう。
俺はシルヴィアが消えた方に向かってずっと棒立ちしといた。今シルヴィアは俺の背後に回っている。しばらくすれば背後から何かしらの攻撃を仕掛けてくるだろう。
そして案の定、攻撃が来た。
『……ギフト 水鯨 』
……え???
トトト………ドドドドドドド!!!!!!!!
後ろを振り返ると、巨大な水の鯨が俺に向かって飛びかかってきた。
「ギフト 炎獄!!!!」
俺はすぐにその鯨の周りを炎で囲った。そして炎の檻と水の鯨の戦いになった。
……すごい!!!!!!!
俺の解名と互角だ!!!!
シルヴィアはその解名ができるのか!
水鯨……水の芸の中でも難易度が高い。巨大な水の塊を鯨の形にし、相手に襲わせる。鯨を防げなければ水の波に飲まれ、そこで動きが止まる。俺はこの解名はまだ習得していない。そもそも鯨を見たことがない。存在だけはシリウスに聞いていたが、実際に解名を見たのもこれが初めてだった。
これが鯨の形なのか!
すげぇシルヴィア!!
ほんとにすげぇ!!!
・・・ん?待てよ?
今ってめっちゃ良いチャンスでは?
ここが自然に負けるポイントでは?
と思っていた矢先に鯨が炎で消え始めた。やはり単純な芸素の力勝負では俺の方が強いらしい。
けど今ここで負けるのが1番だ!
よしまず炎獄を消そう!!!
俺は鯨が消滅する前に炎獄を潰した。障害が無くなったことで、弱まってしまってはいたが水の波がこちらに押し寄せてきた。俺は真正面からその水の波にぶつかり、流された。
「そこまで!!!!!!」
バノガー先生の制止がが入った。試合終了だ。周りから歓声が上がっていた。
「シルヴィア様が勝たれた!!!さすがだ!!!」
「あんな美しい勝ち方ができるなんて!!!」
「やはり芸では天使の血筋には敵わないんだなぁ!」
「やはり天使の血筋は神の子孫なんだ!」
いくつか無理におだてたような歓声もあったが、とりあえず上手く話がまとまったようだ。コルネリウスだけが腕を組んで仕方なさそうに笑っていた。俺は水浸しになった体のまま、シルヴィアの元にいき片手を差し出した。
「シルヴィア戦ってくれてありがとう!最後の解名すごいな!俺あんなのできないよ!!」
シルヴィアの顔は怒っているようだった。それに顔色がものすごく悪い。ほとんど真っ白だ。
けれどシルヴィアは毅然とした表情で俺の片手を握り返した。
『………ありがとうございました。』
「……え??」
握られた手がとても冷たくて驚いてしまった。
これは……芸素切れの手前の症状?
だから顔色も悪いのか?!!
俺は握られた手をきつく掴んだままシルヴィアに問いかけた。
「おい。なんでそんな無茶した?今芸素ギリギリだろ?目は見えてるか?ちょっと待ってな…」
『な、なんですか……』
シルヴィアは俺から手を引こうとした。けれど俺は離す事なく、自身の芸素をそのままシルヴィアに流し込んだ。
俺は解名の『藝』をマスターしたお陰で、ほんの少しなら自分の芸素を人にあげられるようになった。治癒の簡易版って感じだ。それにこれは治癒のように「今、芸してます!」って風には見えない。つまり他の人からは、ただ単に俺が手を離さないやばい奴に見えてるだろう。
芸素が流れ始めてすぐ、シルヴィアは驚愕の顔をして俺の顔を見た。
おぉ……顔色良くなってってる。
よし。もう倒れなそうだな。
俺は手を離してシルヴィアに頭を下げた。
「ごめん勝手に。けど…なんかちょっと心配だったから……」
『何を勝手なことを……』
俺の言葉にシルヴィアは初めて顔を大きく歪めた。初めて見せた、悔しそうな顔だった。
『私は……あなたのように授業で手を抜くようなことはしません!………あんなに芸素を使ってたのに…まだ人に譲るくらい余ってるんですね……!』
やっべぇ。バレてる。
ぬぁ~ぬかったぁぁぁぁ・・・
俺は一生懸命両手と首を横に振り、否定した。
「違う違う!本当にシルヴィアの最後の芸は凄かったよ!もしこれが実戦でも俺は本当に炎獄で対抗してたと思う!」
シルヴィアはじっと俺の顔を見てから、くるっと後ろを向き歩きだしてしまった。
俺の言葉がシルヴィアにどう届いたかはわからない。けど俺はその姿を見て、シルヴィアが芸素切れで倒れず、ちゃんと歩けていることにほっとしていた。
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