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第3章
102 海から帰宅
しおりを挟む「そういえばさ、昨日戦ってて気がついたんだけど、俺………風の芸使って空飛べるかもしれない!!」
濃紺の空の下、俺がドヤ顔でシリウスに告げると、きょとん顔で返された。
『…え?うん。できるよ。もうそろそろ教えようか?』
「えっ……はぁ?!!待って!シリウスできるの?!」
『まぁ、そりゃあねぇ……』
嘘だろ………
ま、まぁ?俺が発想できることだしな
シリウス様ができててもおかしくないか
「なんで今まで教えてくれなかったんだ?」
俺の問いかけにシリウスはわざと心配そうな顔をした。
『君の芸素が足りるか心配だったのさ~~~』
「まじで?」
『うそ。』
「おい!!」
俺のツッコミにシリウスはけらけら笑いながら言った。
『それは嘘だけど、扱いが爆発的に難しいんだよ。実は空を飛ぶのは解名じゃなくてただの芸なんだ。』
「え?!!!解名じゃないの?!」
シリウスはコクンと頷いて説明を続けた。
『天空人は昔、どうやって移動してたと思う?』
「えっあ…そっか!空を飛ばないと移動ができない!」
『その通り!つまり天空人の「空を飛ぶ」という行為は「走る」とか「寝る」と同じくらい当たり前に必要な能力だったんだよ。』
「なるほどな!できなきゃ生活が困るようなことなのにわざわざ言葉を発して、発動に時間もかかるとかおかしいもんな。」
『そう言うこと。けどまぁ、ある意味センスが全てだから…これも解名の藝や天変乱楽と同じで天空人の記憶を視て方法を学ばないといけない。最大級に難しいし芸素も消費するから。』
「なるほどな……じゃあ俺も空を飛ぶ記憶を視ない限りできないのか。」
『そうだね。けど今日一瞬だけど浮いたでしょ?あの浮遊感を忘れないようにね。』
「おう!!他に今のうちに練習できることってある?」
『ん~……空を飛ぶのは空中に漂う芸素をその場でどんどん使う感じだから……より正確に芸素を感じられるようになるといいかも。あ、じゃあ僕が笛吹くからアグニは芸素を感じることに集中してみて。』
「わかった!!」
そう言ってシリウスは腰から笛…もといリュウを取り出して何か悲しげな旋律を奏でた。
俺はそれを集中して聴きながら芸素を揺れるのを感じていた。
・・・
『ん……? 何があった…の………。』
「おぉ!コル!おはよう!」
声の方を振り向くと、コルネリウスは目を大きく見開いていた。
「どした?」
『えっいや……あ、シリウス様おはようございます!』
シリウスはリュウをしまいながらコルネリウスに優しく声をかけた。
『おはよう。よく眠れたかい?』
『はい!とても!』
『そう。それはよかった。じゃあとりあえず船を動かしちゃおうか。アグニは魚を焼いて。コルネリウスはもし芸獣が来たら対処して。』
『は、はい!!』
「腹減った~!!すぐ焼こう!!」
やっと海の彼方に陽が見えたような時間帯だった。
けれど朝の射すような日差しと、体を撫でるような穏やかに吹く暖かな風がとても気持ちよかった。
・・・
『シリウス様、ご指導ありがとうございました。今回の事で自分の不甲斐なさを痛感することができました。今後も益々精進しようと思います。おこがましいお願いですが……またご指導頂くことは叶いますでしょうか?』
陸に上がるとコルネリウスは綺麗に礼をしてお礼と次の機会を口にした。俺に言わせると今回は全くご指導されてないんだがな……
『もちろん、いつでもおいで。』
シリウスが笑顔で言うとコルネリウスの顔は一気に明るくなり再度深く礼をした。陸にはすでにコルネリウス家の私兵数名と執事がスタンバっており、コルネリウスはそのまま馬車に乗って去っていった。
『アグニ、先に帰っててくれる?』
「え?どこか行くの?」
『うん。』
「わかった。あ、じゃあ俺もカールの店に行こっかな」
『お、いいじゃん!まだ朝だし時間あるもんね。今日の夜に寮帰るんだよね?』
「おう。シリウスはそれまでには戻る?」
『ん~戻らないかも。じゃあまた来週だね』
「そうだな。じゃ、あとでシーラにも伝えとくな!」
『うんよろしく~!!』
シリウスは大きく手を振りながら西の方に去っていった。俺は今いる沿岸部からそのまま北にずっと行けばカールのお店があるだろうと予想をつけて歩き出した。
・・・
「よ!!カールいたんだな!」
「……来たって聞いて冗談かと思ったよ……。」
あの後、北に歩き続けたら知ってる道にたどり着いて、無事カールのお店に着いた。俺の格好は明らかに貴族の装いではなかったが、カールの店の前に立っていた従業員の人が俺のことを覚えていたようで、そのままお店の中に案内されたのだ。
「カールは週末ってだいたいここにいるのか?」
「ああ。この店で父の仕事を手伝いながら学んでる。」
「へぇ~偉いな!なぁ、隣の方のお店も見ていいか?」
「え?隣って……貴族用の物は売ってないけど………」
2軒繋がっているカールのお店のうち、右の店は庶民用の品が売られている。貴族はプライド的にも絶対入らないのだろう。だからこそカールも不思議そうな顔で確認をしてきた。がしかし、俺からすると庶民用の品でも十分すぎるくらいおしゃれだし豪華だ。
「どんな感じなのか見たいんだよ。同級生の家のお店だしさ!」
俺の言葉にカールは少し嬉しそうな顔をして、隣の店舗に繋がるドアを開けて、お店を案内してくれた。お店の中は蓄芸石でとても明るく、レンガの装飾が温かみを演出していた。
「おぉ!なんかおしゃれだな!色々買っちゃいそう。」
「ははっ!!それは良かった。」
ラックに並んでいる品々をカールと一緒に見て回る。レターセットやガラスペンもあればどこかの国から輸入したカーペットや革細工、飲料に入れて飲むハーブなど本当に色々なものが売られていた。
「凄い種類だな。いくつくらいあるんだ?」
「店頭に並んでいるものだけで100種類近くはある。幅広く輸入しているからな。帝都の北にある店舗は完全庶民用で、もっと数が多い。」
「へえ!!そっちも気になるな!」
俺とカールはそのまま一緒に商品を見て回り、シーラへのお土産で、お風呂に入れる香玉をいくつか買った。そしてカールと一緒に近くのレストランで昼食を食べた。
・・・
「じゃあまた今夜!」
「え?馬車は?乗るだろ?」
店先まで見送りしてくれたカールにそう言われ、俺は首を横に振った。
「いや、せっかくだから歩いて帰るよ。」
「ここから宰相閣下の邸宅まで距離がある!うちの馬車使ってけ!」
「え?そんないいよ。歩ける歩ける。」
「今日海に行ってたんだよな?!!」
さきほどお昼を食べながら海に行ったという話をしたのだ。カールはずっと「あり得ない。嘘だろ…」とつぶやいていた。
「そんな疲れてないから大丈夫だって!」
「なんで疲れてないんだよ!!!!!!」
なんでって……ねぇ?
この前は夜通し全力で走って、そのまままた全力スピードで帰ってきたりましたし?それに比べれば今回は夜寝れたし休めている。シリウスさんのスパルタで確実に俺の体力は上がっているようだ。
「慣れだよ、慣れ。じゃ!!またな!」
「あ、おいアグニ!!おい!おーい!!」
・・・
「アグニさんおかえりなさい!」
「お~!ただいまクルト!」
別邸に入るとクルトが1階の掃除をしていた。クルトはすぐに俺に近づいてきて周囲を見渡した。
「あれ?シリウスさんは一緒ではないのですか?」
「ああ。なんかどっか寄ってくるらしい。夕食もいらないって。」
「そうなんですね!昼食のご用意をしましょうか?」
「あぁ、食べてきたから大丈夫!シーラは?」
「シーラ様なら先ほど起きられて、今は朝食を取られていますよ。」
「わかった。じゃあ俺もダイニングに行くわ。」
「かしこまりました!何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「あ、じゃあ紅茶を。砂糖もミルクも何もなしで。」
「はい!すぐお持ちします!」
俺はクルトに礼を言って階段を上り、シーラに会いに行った。
「あら、アグニ。おかえりなさい!」
「ただいまシーラ!」
シーラはもうある程度朝食を食べ終わっていたようで(もう昼過ぎだが)、食後の紅茶とともに乾燥させた果実をつまんでいた。
「どうだった?初めての海の芸獣は。」
「すごい楽しかったよ。陸と比べて格段に戦いにくいしさ。……ねぇ、シーラって空飛べる?」
シーラは質問をした俺のことをじっと見つめてきた。そして艶やかに微笑んだ。
「えぇ。昔、シリウスに教えてもらったわ。」
「ってことはシーラも記憶を視る人なんだね?」
「………えぇ、そうよ。」
「よく視る?」
「まぁそうね。けど私は自分自身の昔の記憶を視ることが多いわ。」
「シーラが実際に経験した事を視るって意味か?」
「えぇ。」
「へぇ~どんな記憶なの?」
その一言でシーラの芸素がパリッと張りつめた。
「聞いて欲しくないこと」「言いたくないこと」「思い出したくないこと」・・・そんな記憶なのかもしれない、と直感的に感じた。
なのにシーラは、幸せそうな笑顔を見せて言った。
「そうね……私が生まれた記憶よ。」
俺はもうそれ以上、この話を続けなかった。
・・・
寮に帰るために馬車に乗るとシーラがお見送りにきてくれた。
「じゃあアグニ、今週も頑張ってね」
「あぁ!シーラもな!」
「ふふっ。あ、そうだわ。香玉とても良かったわよ。ありがとう」
シーラが少女のように可愛らしく笑った。ちょっとしたお土産だったのに、こんなに喜んでくれて笑顔を見せてくれたことが俺は嬉しかった。
「ほんと?よかった!」
「今度帰ってきた時に1つあげるから、そっちのお風呂でも使ってみて。リラックスできるわよ。」
別邸のお風呂は男女で分けて使っている。なのでシーラとは別の浴室なのだ。
「ほんと?じゃあ1つ貰おうかな。」
「ええ。ほら、じゃあそろそろいきなさい。体に気をつけてね。」
「うん!行ってきます!!」
「行ってらっしゃい!」
優雅に手を振るシーラとは反対に、俺は無遠慮に大きく手を振った。そして馬車は別邸を離れ、学院へと戻っていったのだった。
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