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第3章
96 リシュアール伯爵家で武芸練習
しおりを挟む俺とコルが急いで駆け寄るとリシュアール伯爵は元気よく言った。
「じゃあまずは、屋敷を数周してくるか?」
お、おお……さすがです総司令官様
嫌です嫌です。
コルネリウスには俺の顔が引き攣っていることがわかったのだろう。遠慮がちに笑って提案した。
『あまりよくないことだけど、打ち合いでウォーミングアップをしようと思います。アグニもそんなに長く時間は取れないでしょうし。』
「そうか、うむ…そうだな。じゃあ2人とも向こうのほうで身体を暖めておけ」
『「 はい!! 」』
練習用の木剣を選び(高そうな黒木で芸石が付いている)俺とコルネリウスでウォーミングアップをする。向こうではお兄さん2人が変わらず試合をしていた。武術のみの試合らしく、2人とも芸は使っていなかった。
横目で見る限りだと長男リオンの方が強い。去年の軍部武芸大会に優勝したフィリップ以上の実力者のようだ。
けれど……コルネリウスの方が強くなる。
今は兄2人より弱いかもしれないが、体の使い方はコルネリウスの方が上手だ。それに芸素の量も兄弟の中で1番多い。
「アグニ!コル!!」
遠くからフィリップの呼ぶ声が聞こえた。俺らは撃ち合いをやめそちらへ行くと休憩を取るよう言われた。リシュアール家特製のレモン、レモングラス、ミントなどを入れた爽やかで酸味のある飲み物を飲んでいるとリオンから鉄剣を渡された。
「アグニは俺と武術の試合をしてくれ。」
「えっ。」
うっそ。コルと試合すると思ってた。
そうか兄さん達とも試合するのか!
リオンは片方の眉を持ち上げ、上から見下ろしてきた。
「なんだ?嫌か?嫌でもやってもらうぞ?俺の後でコルネリウスと芸の試合をしろ。」
「え、あ、はい……。」
「私が監督する。治癒師も呼んであるからアグニも遠慮せずに試合してくれ。」
さすがです総司令官様(2回目)
伯爵家には治癒師もいるんですね
「アグニは武術と芸、自分的にはどっちの方が苦手?」
フィリップが聞いてきたので俺は少し悩んで答えた。
「武術の方が苦手ですかね。いつも芸獣相手には芸で対応しちゃうので、武術の練習が疎かになっちゃってます。」
俺の答えに伯爵と兄2人が目を見開いてこちらを見た。その顔を見たコルネリウスがにこやかに3人に伝える。
『アグニは数え切れないほど芸獣と戦っているそうです!』
その言葉を聞き、リオンはニヤリと笑った。
「ほぉ?結構な自信だな。ほら、アグニ向き合え。」
俺別に自信あるとか言ってないんすけど…
文句を言いたいところを抑えて伯爵やフィリップ、コルネリウスから距離を取り、リオンと相対する。
「アグニ、俺のことを芸獣だと思って戦え。」
「……はい?」
リオンが剣を軽く振り回しながら自信たっぷりの笑顔で言った。俺は急いで首を横に振る。
「そんなことはできません!」
「別にそんな難しいことは考えなくていい。そうだな……ここは特殊な森で芸が使えない。けれどヒト型の芸獣がいて殺さなければならない。そう考えろ。」
無茶だなおい。
「人を殺す対象にするのに躊躇いがあります。」
俺が素直にそう告げるとリオンは大きな声で嘲笑った。
「随分と余裕だなぁ!人に殺されそうになった時でもお前は相手を殺すことを躊躇うのか?芸獣に殺されそうにならなきゃ本気になれないのか?いいぞ別にそれでも。死ぬのはお前だからな!」
その言葉で、俺の頭は瞬時に冷えた。冷え切って熱いくらいだ。
俺は決めたはずだ。
余裕をこいて山賊にやられた日…シリウスがいなきゃ死んでた日、迷わないと決めた。
殺されたくないから遠慮はしないと決めた。
余裕ぶらないと決めた。
目の前の男が 山賊に見える 芸獣に見える
殺さなければならない。
『アグニ、僕のお兄さんを殺さないで』
意識の遠くから声が聞こえ我に帰った。声の方を見るとコルネリウスがいつもより白い顔でこちらを見ていた。
「……あぁ、ごめん。大丈夫殺さないよ。ありがとう」
『………うん。』
「………両者、相手の動きを抑えるまでだ。回復不可能な怪我は禁止。わかったか?」
「「 はい。 」」
伯爵の言葉に俺とリオンは素直に頷いた。
そうだ。相手はコルのお兄さんだ。
殺しちゃだめだ。ただ戦うだけ。
芸獣と同じように 戦うだけ。
「……はじめ!!!!!!!!」
俺は一直線にリオンへと向かい、そのまま剣を首元へと投げた。
ガキィィンー!!!!!!
剣が弾かれる。けれどもちろん想定済み。剣を弾き元の構えに戻るまでの間で俺はリオンの懐へ入った。
遅い。それに剣に固執しすぎだ。
芸獣らしくないな。
あぁ…そっか。相手は人間だったな。
そのまま上へとリオンを殴りあげる。
「ゲグフゥッ!!!」
腹から殴り上げられたリオンはそのまま宙に飛ぶ。芸を使わない縛りのある試合で、空中に浮いた人間が取れる行動は3つ。
反撃に出るか受け身を取るかそのまま落ちる。
そして残念ながら反撃に出れる人間はそうそういない。体勢を立て直せるほどの滞空時間もない、嫌な高さまで持ち上げたんだから当然だが。こうなることを見越して俺はリオンを空中にあげてすぐに剣を取りに戻り、拾い次第すぐにまたリオンへとぶん投げた。
「きっ…くっ!!!!」
なんとか受け身を取って着地したリオンだがその直後に俺の剣が飛んできたことで再び体勢が崩れる。
知ってるよ。きついよな、それ。
全然間に合わないよな。
俺も色んなもん、ぶん投げられたよ。
んで、ほら。
やっぱ反撃が間に合わないだろ?
俺は体勢が崩れたリオンの腕を蹴り飛ばして上に乗り、リオンの剣を素手で取り上げた。真剣での試合なら手の肉が裂け血が出るはずだか今は鉄剣だ。何も怪我はしない。まぁもちろん真剣でもこうするけど。
リオンが驚愕の顔をする。焦っている。
あぁ……こいつ、死んだな。
「そこまで!!!!!!!」
伯爵の声が演習場を震わす。俺はリオンの喉元に突きつけていた剣を放り投げ、上から退いた。
「相手をしてくれてありがとうございました。」
俺が礼を言いつつ横たわったリオンに手を差し出す。けれどもリオンは倒れたまま、俺をじっと見続けた。
「…………よくここまで遠慮なく戦えたな。」
「え?あぁ…余裕ぶらない戦い方してみました。対芸獣の戦い方ですので、遠慮なく。まさか卑怯だなんて言いませんよね?」
俺がニッコリと笑いながら言うとリオンはゴクンと唾液を飲んでふっと笑った。
「いいや、問題ない。とても参考になった。」
「いいえ。お互い怪我がなくて良かったです。」
俺はリオンを起こしてコルネリウスを呼んだ。
「どうする?今すぐ芸もできるけど。」
「いや、今日はやめておこう」
俺の問いに伯爵が答えた。なんだか怖い顔をしている。
「もう夕方だ。そろそろ君を家に帰らせねば宰相閣下のご迷惑になる。アグニ、また後日練習にきてくれ。いつでも歓迎する。」
「あ、はい……。じゃあ、また今度にします…」
「ああ。是非入り口まで送らせてくれ。」
・・・
フィリップとコルネリウスは夫人のお手伝いをするとのことでそのまま演習場で別れ、俺は伯爵とリオンにお見送りをしてもらった。
「今日のパーティーも練習もとても楽しかったです!ありがとうございました!」
俺の挨拶に伯爵はニッコリと笑って手を振ってくれた。
「あぁ、気を付けて。アグニ……コルネリウスを、今後もよろしく頼む。」
「……もちろんです。では、また!」
初めて友達の家でパーティ―と練習をした。今日はとても充実していた。本当に少しずつだけど、人との関わりも増え、関わり方もわかってきた。
とりあえず家に帰ったら
3人で貰ったクッキー食べよ!
・・・
アグニが伯爵邸を出て、入れ替わりでとある馬車が入ってきた。
真っ黒の見た目、家紋も描かれていない馬車。それにもかかわらず門番が伯爵邸へ入れた。
そんな人物は、一人しかいない。
「………リオン、頭を下げていろ。」
「はい?」
ガチャリ……
「…っ!!!!!!」
馬車が開き、リオンは目を見張った。コンマ一秒ほどの速さで頭を下げる。今まで出会った人物の中で、最も深く頭を下げるべき相手。
『やぁ。突然悪いね。』
「…………宰相閣下…お久しぶりでございます。」
「………。」
悠然とした笑みを浮かべる紳士は口先だけの謝罪をして馬車から降りた。そして周囲を見渡す。
「……皆、下がれ。」
「「「 ……はっ! 」」」
伯爵が近くにいた使用人を下がらせる。上手く自分の意図をくんだ伯爵に宰相は笑顔を見せた。
『ありがとう。随分と話しやすくなったよ。』
「い、いえ……。」
手本のように完璧な笑顔をみせた彼はじっとりと、まるで声に何か重りでもついているかのようにゆっくりと告げた。
『我が友よ。これからも私の笑みを消させないでくれ』
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