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第3章
93 女子文学研究会
しおりを挟むバルバラに連れられ、やってきました!女子文学研究会!
場所はいつも授業で使う大きな棟のすぐ隣にある小さな建物だ。まぁ小さいと言っても2階建てだし、ここはまるまる女子文学研究会のものだ。
庭には溢れんばかりの色とりどりの花が植えられていて、花の香りも豪華だった。ちなみに武芸研究会の建物は演習場の近くにあるし庭などない。研究会ごとの思わぬ違いに驚いてしまった。
女子文学研究会の建物は1階が図書室で、2階が談話室。俺はバルバラの後に続いて2階へと上がっていった。
コンコンコン……
「遅くなりましたわ。」
バルバラが扉を開け、後ろに立っていた俺を紹介した。
「こちらの方はアグニ。今年度から2年生に編入した噂の方よ。課題の本を彼も読んでくれたの。だから今回は特別にお呼びしたのだけど、構わなくって?」
バルバラに促されペコリと頭を下げながら中に入るとそこには十数人の令嬢がいた。みんなが驚いたような顔をいている。けれど不快に思っている様子はなく、どこか楽しそうに見えた。
「アグニと申します!本、読みました。面白かったです。今回の集まりに参加してもよろしいでしょうか?」
俺が丁寧に挨拶するとご令嬢たちは全員立ち上がった。
「まぁ!恋愛小説でしたのに?読んでくださったの?」
「いつも男性側の意見を聞きたいと話していたの!是非入ってらして?」
「初めての男性参加者ね!こちらにどうぞ!」
令嬢たちが思った以上に優しくてほっとした。入った瞬間に「キモ…」って顔されたらもう一生立ち直れなかったかもしれない。
「ありがとうございます!お邪魔しますね!」
俺はシリウス風のできるだけ爽やかな笑顔を作ってお礼を言った。そして令嬢たちの間に座ったところで一人の女の子が思い出したように立ち上がった。
「あ、今日は私が当番ね!アグニさん、今から皆さんに紅茶を淹れるんだけど、お飲みになる?」
見たことのない子なのでたぶん別の学年だ。2年生と比べると大人っぽいのでたぶん3年生だろう。俺も立ち上がってその子の方へと向かった。
「あ、よろしければ僕手伝いしますよ!」
「あら?紅茶を淹れたことがあるの?」
令嬢はびっくりした顔で俺のことを見た。
「ええ。家でよく淹れてます。」
一人で60年近く生きてるんだ。
紅茶なんて何千回も淹れてる。
すると別の令嬢がパンと手を叩いて興奮したように言った。
「もしかして!シーラ様もその紅茶、お飲みになるの?!」
「え、ええ。家にいる時はシーラの分も淹れますね。」
すると俺の言葉に令嬢方は歓声をあげた。バルバラが代表して俺にお願いをした。
「アグニ、もしよければ皆さんに紅茶を淹れてくれないかしら?シーラ様もお飲みになる紅茶を飲んでみたいわ!」
周りの令嬢も口々にお願いをしてきた。みんな元気で素直な子たちだ。俺はもちろん構わないのでにこやかに了承した。
「わかりました!皆さんちょっと待っててくださいね」
「「「「「 はぁ~い!! 」」」」」
俺は今日紅茶を淹れる当番だった子に連れられて談話室の端の簡易台所へと向かった。そしてなぜか他のご令嬢らも後ろから付いてきた。
シーラに紅茶の淹れ方を注意されたことはないので、たぶんいつも通り淹れても貴族の令嬢らが不快に思うことはないだろう。俺は水を沸かすポットの中にそのまま芸で熱湯を入れた。
「「 ええぇ?!!! 」」
「はい?!!…なんですか?!」
絶対何かミスったと思って急いで振り返ると令嬢らは唖然としていた。今日の当番だった子が俺に聞いてきた。
「お湯を……熱湯を作れるの?」
「え、ええ……」
「まぁ!すごいわ!!!」
令嬢たちが口々に俺を称賛し始めた。けれど別にそんな難しいことではない。水の芸と火の芸の複合業だ。
「私、お恥ずかしいことに芸ができないの。何一つ使えなくて…」
「あら、私もよ。もし芸ができるようになったら真っ先に紅茶を淹れるわ!」
「私は水の芸しかできないから結局火を付けなくてはならないし…」
「火の芸も上手でないと難しそうね……」
一人が喋り終わった直後に別の子が話し始めるので誰の言葉にも返事を返せない。会話のタイミングがむずいぞこれは。
令嬢たちが後ろで喋っている間に俺は数回に分けて茶葉を入れ替え、みんなの分の紅茶を淹れた。
「あ、できましたよ。どうぞ……」
台所近くの机にカップを置き、各自で持って行ってもらうことにした。令嬢らは口々に礼を言ってカップを取り、席に戻って言った。俺も自分のを取って席に着いた。
「…っ!!!まぁ!!!アグニさん、美味しいわ!」
今日の当番だった子が一口飲んだのを皮切りに皆が紅茶を口に運ぶ。そしてみんな笑顔だった。
あ~よかった!
とりあえず味は平気だったようだな。
さすがにこの人数分は緊張した……。
隣に座っていたバルバラが嬉しそうに言った。
「アグニとても美味しいわ!」
「ほんと?よかった。」
そしてまた令嬢たちが話し始めた。
「本当に美味しいわ。私もお家で練習しようかしら…」
「でもそんなことをしたらお母さまが心配しそう。」
「けどきっとお父様はお喜びになるわ!」
「女中の仕事を取り上げてしまうわね。」
「私の両親はきっと反対するわ。」
「皆さんこの学院に入って初めて紅茶を淹れたものね」
あぁ~そっか!!
皆自分で紅茶淹れないのか!
お手伝いさんがやってくれるのね!
「アグニさん、何かコツとかあるのかしら?教えていただける?」
「ええ知りたいわ!」
「ぜひお願い!」
令嬢たちがきらきらした目で俺の言葉を待ったが、正直コツはない。なのでいつも紅茶を淹れる時にしていることをそれっぽく言っといた。
「そっすね~……お湯は沸騰手前の温度を使ってます。あとは…茶葉にお湯を淹れたら暫く蒸すとか?」
「そういえば以前侍女が紅茶を淹れる時、暫くティーポットの前で待ってたわ!」
「ええ!?そうだったかしら……?」
「それが違いなのね!」
「今度はそれに気を付けてみましょう!」
……うん。元気で明るい令嬢たちだ。
・・・
「さて皆さん、今回の本の感想を一人ずつ言っていきましょう。」
バルバラ主導で話し合いが始まった。本を選んだ人が司会者役になるらしい。
今回の小説の内容はこうだ。
帝都に住む町娘が行商人の男と恋に落ちる。けれど男は仕事柄、帝都にいる期間はわずかでほとんどを移動と別の国で過ごす。けれど二人で帝都にいるわずかな時間を大切に過ごし愛を育む…という内容だ。男は各国のお土産を送ってくれたり、会った時に渡したりする。あと女の元に、男が事故に遭ったという連絡が入って、女が帝都を出て男に会いに行ったりする。
俺は初の恋愛小説で他の本と比べることがないので、「へぇ~」って思って読めた。なんならあんまり感想がない。けど男が移動に要する時間がかかりすぎていて、こんなに時間がかかるものなのか?と疑問を抱いたくらいだ。
最初の令嬢が感想を言い始めた。
「そもそもあのお土産、いらないわよね?」
な??!!諸国巡りのお土産が?!
最初から手厳しいなおい!!!!
そこがキュンするポイントじゃねぇの?!
「ネズミの死体を集める猫みたい。いらないものを送られても困るわ。」
待て待て。俺の思っていた感想と違う。
さっきの明るい笑顔はどこへ?
「私は行商人の男より主人公の幼馴染の方が好き。必要な時近くにいてくれたのは彼だわ。行商の男は必要な時に隣にいなかった。」
「同感!あの男は『愛してる』って言えば全てが許されると思ってるわ。これ作者は誰?」
「けど幼馴染の言葉の少なさは異常よ。貴族じゃないから仕方がないのかしら?」
「いいえ!あれほど口下手なら普通の生活にも影響がでるわ!結局あの幼馴染も主人公に甘え切ってる!」
「「「 アグニ、あなたはどう思う??? 」」」
・・・・・ひぇっ!!!
やばい。これは感想を間違えたら終わる。
みんなが氷の目をする未来が見える。
頭をフル回転させ色々と考えたが結局何も感想は浮かばず、俺は当初抱いていた疑問…移動時間の長さについて喋った。
「あ…えっとぉ……ごめん。ちょっと感想とは違うんだけど……行く国の数と滞在日数に対して、移動時間が長いな~って思った……くらいです…」
俺の意見を聞いて、令嬢の一人がはっとした顔で勢いよく立ち上がった。
「この男、他の国に別の彼女がいるのよ!!」
「「「 え??? 」」」
みんなが一斉にその子のことを見る。その子はまるで国民に演説しているように堂々と喋り始めた。
「小説で、あの行商人の彼は『それぞれの国に一週間ずついるつもりだ』って言ってたわ。そして『その一週間はずっと仕事だよ』って。だから読者も主人公も、移動に時間がかかっていると思っていたわ。けれどきっとあれは嘘なのよ!」
バルバラが説明を補うように言った。
「つまり彼は、実際は各国に2週間…下手をしたら1か月近くいる。そしてその間はその国の別の彼女と一緒にいる。けれどそのことがばれてしまわないように、移動に時間がかかると主人公に伝えてる……ってこと?!!!」
「まぁなんてことなの?!!!」
「そんな……ただのゲスじゃない!!!」
「やっぱ幼馴染にしとくべきだったのよ!!」
「もしかしたら主人公は本命の子じゃないかもしれないわ!」
「いくら貴族ではないといっても帝都の子よ?きっと主人公が本命よ!だからこそ主人公には他に女がいることを隠してるんだわ!」
「なら他の女達は自分が本命じゃないこと、わかってるんじゃないかしら?!!」
「えぇ?!そんなの家畜以下じゃない!!!」
「低俗な芸獣の方がまだましだわよ!!」
「私なら確実にこの男の家を潰してるわ!!」
「二度と帝都に入れなくさせようかしら!!」
おおおおおおおおううう!!!!!!
俺が意見したばかりに話が変なことに!?
みんなの意見が辛辣だよぉぉぉ!!!
権力がある分、意見が怖い!!!!
「アグニ!!!!!」
「うわぁははぁぁいい!!!」
バルバラに呼ばれて俺は一瞬で立ち上がった。全員の女子の目線にめちゃくちゃ汗をかき始める。代表者バルバラが俺に向き直って告げた。
「彼の不誠実をよく暴いてくれたわ。さすがよ!!」
…………あ、そうですか……。
ちょっともう……お暇しますね……。
・・・
俺は武芸研究会の方にそろそろ行かなきゃ~と言ってその場を抜け出した。令嬢たちにはもう最初の穏やかさはなく、今すぐにでも議論を再開したいと言わんばかりの獰猛な顔つきだった。
「あ、アグニ!!!」
「うわぁ!!」
後ろからカールに呼びかけられ驚きの声を上げてしまった。予想外の俺のびびり方にカールは不審な顔をした。
「そんなびっくりさせたか?」
「あ、いや……ちょっと今疲れてて…」
「聞いたぞ!女子文学研究会に行ったんだって?!」
なんでもう知られてるの?!!
どういうこと?!貴族の情報網怖い!!
カールはこそこそと小声で俺に聞いてきた。
「どうやって…何がきっかけで参加させてもらったんだ?!」
「どうって……恋愛小説を読んで…あ、睡眠時間のこと聞き忘れてた…」
「何?睡眠時間?」
「カールさ、いつも何時間くらい寝てる?」
カールは考えるように腕を組んで答えた。
「ん?えーっと…だいだい6時間半かな。少ない方だろうけど、俺はこれくらいで十分なんだ。」
「あ…へぇ……少ない方なんだ……」
「え?なんだよ。どういうことだ?」
「いや、ごめんなんでもない。」
あ、小説の移動時間の事聞いとっかな。
俺は各国へ馬車で行く移動時間がどれくらいなのかを聞いた。ただの確認のつもりだった。けれど…カールは衝撃的なことを言った。
「ん?別に不自然ではないぞ。それらの国に商品を持って、馬車で向かうのならば全然妥当な移動時間だ。」
「…………………え?」
「俺の家も輸出入をするからな。どれくらいの時間がかかるのか知ってるけど…その移動時間ならば別に速くはないが遅くもないぞ?」
え?え?え?ちょっと待って。
じゃあ浮気説はないってこと?
うっそでしょ?
あの男は…単純に忙しかっただけ?!
「……………やっべぇ!!!!!!!!」
「おいアグニ?!!」
俺はダッシュで女子武芸研究会へと戻っていった。
入ったらすぐに頭を下げよう。
そして皆に新しい紅茶を淹れ直そう…。
俺は小説の男の不名誉を晴らすため、夕日に向かって走っていった…!!
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