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第3章
86 授業①
しおりを挟む雷の月 1週目の1の日。今日から授業だ。
今日の時間割の1つにダンスの授業があった。だから公爵邸であんなに練習させられてたんだと今更ながら知った。
そしてシーラは踊りが上手いと改めて気づいた。
女子だけでやるワルツがあって、それを以前シーラが踊ってみせてくれたことがあった。今ちょうど同学年の女子達がその踊りの練習をしている。
悪気はないし、大変失礼だが……全然違う!!
華やかな踊りなので成熟したシーラの方が上手くみえるっていうのもあるのだろうが、それでもこんなに違うのかと…逆に感動してしまった。めちゃくちゃいいお手本が俺の近くにいたんだな。
次は男女ペアでのダンスの練習だ。先生が俺に近づいて質問をした。
「アグニさん、あなたは同学年のどなたかと踊ったことはありますか?」
「あ、はい。セシルとなら……」
「そうですか!では今日初めての授業ですので、セシルさんと組んでください。他の皆様はいつも通りくじ引きでペアを決めます!」
へぇ~いつもくじ引きで決めてんだ~
あ、今のうちにセシルと練習しとこ。
俺は女子のところへ行き、座ってるセシルに片手を差し出した。
「セシル、今のうちに練習に付き合ってもらっても構わない?」
「………うん。」
「ありがとう!助かる。」
俺は当たり前のようにセシルをエスコートした。
「『「「 きゃっ…! 」」』」
後ろからたくさんの女子の謎の叫びが聞こえた。急いで振り返ると、皆が俺を凝視していた。ダンスの先生が拍手をしながら俺に近づいた。
「アグニさん素晴らしいわ!!ごく自然なエスコート!!他の男性の皆様も見習ってください!!」
何人かの女子が口に手を当てて驚いている。同様に男子も口を開けて驚いていた。コルネリウスが不思議そうな顔をして言った。
『アグニ、すごいな…。なんでそんなスマートに…』
そんなに違和感のある行動だった…?
なぜ俺ができるのか。理由は単純だ。
「俺の…ダンスの先生が…シーラって言うんだけど…」
『「「「 ……ん? 」」」』
「その先生が…『ゴミってエスコートできないでしょう?つまりエスコートもできない男性はゴミと大差ないのよ』って、教えてくれたんだ…」
『「「「「 …………………。」」」」』
男性陣が皆、真顔になった。みんな遠くを見ている。女子は首を縦に振ってる。
シーラは最高のお手本だったんだな
教えといてもらってよかったよ……
・・・
お昼の時間、教会を思わせるような高い天井と長い机がある食堂だ。昨日と同じく右から2列目の長机にみんなで座り、ご飯を食べていたら急に後ろからどつかれた。
いって! え、なに??
俺が後ろを振り向くと、ブガラン公国の王子が立っていた。その後ろに数人の少年も付いている。
「えっと……なんですか?」
「なんですか、だと??この俺に向かって、お前は挨拶をしないのかぁ?それとも誰にも挨拶の仕方を教わらなかったのか?」
後ろの少年たちがわざとらしく笑う。
「……大変失礼いたしました。ブガラン公国王子にお目にかかります。」
俺が席を立って礼を取ると、王子が大袈裟に笑いながら言った。
「あっははは!!!!!お前は道を塞ぐのが趣味なのか?一国の王子の道を塞いでいいと思うのか?」
「………。」
俺は自分の立っている場所を移動しようとするとすぐに王子が叫んだ。
「俺はまだ礼を解いていいとは言ってない!!!やり直せ!!!」
「………。」
俺は元いた場所に戻って再度礼を取り、その姿勢をキープしたまま横に移動した。王子が興奮したような声で俺に言った。
「平民がこの俺と会話できるなどと思うな?いつまでもそうやって頭を下げていろ!」
周りの子らは誰も何も言わなかった。言えないのだ。彼らは生まれながらこの縦社会にいる。ブガランの王子は公爵位の王家。最上級の身分だ。彼に意見を言えるのは同様の公爵位か、天使の血筋だけだ。
俺はブガランの王子が遠くの席に座るまで頭を下げ続けた。そして向こうが席についたことを確認して俺もまた席に戻った。
『……アグニ、大丈夫か…?』
「……あぁ。」
周りは気遣うように俺を見てきた。カールが怪訝そうに小声で俺に聞く。
「なんだ?なんでエベル王子がアグニを敵視してらっしゃるんだ?」
「一昨日のパーティーが原因だろうなぁ」
『アグニ、エベル王子はご自分の立場の使い方が上手だ。それに…以前から性格はあの通りだ。前にも言ったけど、本当に避けていた方がいいかもしれないね』
「……そうだな。気をつけるよ。」
コルネリウスが一つ頷き、周りに声をかけた。
『さぁ!じゃあ皆、急いで食べよう!次は芸の授業だ。早く着替えて演習場へ行かなきゃな!』
・・・・・・
学院はいくつかの授業を選択して受けることができる。つまり自分に必要のない授業は受けなくていいのだ。
文部や技術部志望の者は武術と芸の授業には基本出ない。この武芸で使う演習場に揃った人数は学年40人のうち男子は11名、女子は3名しかいなかった。
「あ、あの子も授業出るんだ。」
『え?シルヴィア様のこと?』
「うん。」
コルネリウスが呆れ声で言った。
『シルヴィア様は天使の血筋だよ?護身用に武芸の練習はしておかなきゃだろ?』
「え?でも自国に軍はいるし、護衛騎士だっているだろ?」
俺の問いかけにパシフィオが答えた。
「それはそうだけど、天使の血筋はいくら強くなっても構わないからな。練習しておくに越したことないよ。替えがいない…その血筋を継げるただ一人のお方なんだから」
『もし天使の血筋が跡継ぎを作らずして亡くなったら、もうその血筋は永遠に消えてしまうからな。アグニはシン公国のことを知らないのか?』
「ん?シン公国?」
そんな国あったっけな…?
俺の疑問にコルネリウスが答えた。
『今はもうない、滅亡した国だよ。』
「え、滅亡……?」
パシフィオが眉を寄せ苦々しく言った。
「300年以上前に極西に存在していた国だ。今はもうそこに国はない。」
「え、なんで無くなったんだ…?」
『その国を治めていた天使の血筋が…当時帝国で最も危険視されていた最大の盗賊組織に襲われたんだ』
「えっ、盗賊に??」
「ああ。馬車で移動中だった王も姫も皆殺されたんだ。ご遺体が発見されたんだって。」
『天使の血筋がそこで途絶えたからシン公国は滅亡した。その国の民は各地に散らばって、かつて国があった場所にはもう誰もない。』
そうか…
血筋が途絶えるとその国は消えるのか
コルネリウスが優しく微笑んだ。
『シルヴィア様はそのことをよく理解されている。自分の他に国を継ぐ者がいないことを。だからこそあれほどまでに強いのだと思うよ。』
「……そうなんだ。」
「2年!こっちに集まれ~!」
『あ、バノガー先生だ。アグニ行くよ!』
「おう!」
・・・
「今日が2年最初の授業だな!去年1年間は芸の出し方を練習したが、今年からはより実戦に近い練習になる!」
へぇ~面白そうだな!
「去年帝都の技術部で作られた『疑芸獣』だ!」
バノガー先生はみんなに丸くて白い、石のような物体を見せた。真ん中の部分に穴が開いている。
『なんですか、それ?』
コルネリウスの質問にバノガー先生が明るい笑顔で答える。
「これ凄いんだぞ?蓄芸できる石をここに入れると芸獣のように動くんだ!」
「蓄芸石」…芸の力を芸石に込めたまま保存できる
これのお陰で例えば、夜は火を使わなくても部屋を明るくできるし、水の芸を込めた蓄芸石を持っていたら水筒の代わりになったりもする。それに芸を使えない人でもこれは使える。めちゃくちゃ画期的な物だ。けれど大変お高いのと、そんな長時間使えないのが難点だ。最近の技術部では耐久時間をいかに長くできるかなどが研究されているらしい。
「今日は風の蓄芸石を入れる!みんなは…なんでもいい、芸を使ってこの疑芸獣の動きを止めてみろ!」
風の蓄芸石をはめた疑芸獣は物凄い速さで右へ左へと走り回った。
「ははっ!凄いだろ?!あれ、すごいよなぁ!」
正直バノガー先生が一番楽しそうだ。新しい道具を使えて嬉しそう。
「じゃあ…編入生!アグニ!まずはお前から挑戦してみろ!」
「え、俺ですか?!」
急のご指名に面食らう。バノガー先生は歯を見せてニカっと笑った。
「ああ!編入試験のように、お前の力を見せてくれ!」
「ええっ……あ、はい……」
俺はみんなの一歩前に出て走り回る疑芸獣を見た。
正直……芸獣とは比べ物にならんな。
まず第一に本物の芸獣はこちらに襲い掛かる。次に本物は逃げ方も上手い。向こうも命がかかってるんだ。速さはもちろん、逃げ方もただ左右の行ったり来たりではない。
この疑芸獣は素晴らしいが…
まだまだ改善の余地があるな…
けどやっぱ技術部、面白そうだな!
「さぁ!蓄芸石が止まる前に何かしてみろ!1人で無理だったら誰かと協力してやってもいい…」
ゴゥグアアァァァァ~!!!!
俺は疑芸獣がさっきから右往左往してる場所、全体を燃やした。逃げる場所が決まってるならわざわざ本体に攻撃しなくてもいい。場所ごと燃やせば解決する。
疑芸獣は本体を真っ黒に染め、動きを完全に止めた。
そして俺の周りの生徒も先生も、完全に動きを止めた。
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