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第2章
78 詰め込み授業
しおりを挟む公爵邸での暮らしが始まった。
実はあのどデカい公爵邸、それだけではなかった。屋敷の裏には巨大な庭があり、その奥には小さめの別宅があった。
「小さめ」とは言ったが本邸と比べてだ。
普通に4階建てだし、全然大きいですよ
本邸よりも奥にあるこの別邸はシリウスとシーラがいつも使っているらしい。そこは女中さんが1人しかいない。なぜなら2人がここに泊まる時はクルトが代わりに掃除や食事の準備をするからだ。なので基本的には森の家での生活とあまり変わらないで過ごしている。
ただし授業の時間を除けば、だが。
「アグニさん、今日の予定です!今日は午前中に礼儀作法とダンスの授業、昼食とその後の茶の時間を公爵さんと取ってもらって、その後シリウスさんと音楽の授業です。その後に今日は数学の授業です!」
みんなで朝食を取っている時にクルトが今日の予定を教えてくれた。
「うっ……はい…。」
『毎日毎日大変だねぇ~』
シリウスがニコニコしながら言う。ちなみにシーラはまだ起きてないのでこの場にはいない。
「おう……けっこう扱かれるしな……」
先生方みんな、笑顔でなかなかのレベルを要求してくるのだ。
『どの時間が一番大変?』
「一番は…公爵と喋る時間。」
俺が素直に答えるとシリウスは爆笑した。
いや、実際そうなのだ。礼儀作法の復習代わりに設けられた昼食とお茶会の時間なので、ずっと俺の振舞い方を見てくる。この国の宰相であり公爵様に一挙手一投足をずっと見られてみろ。もうドキドキだよ。
『けど注意とかはしないでしょ?』
「まぁ、そうなんだけどさ~……」
公爵は俺がどんな振舞い方をしても注意もしないし指摘もしない。……そしてそれが逆に怖い。俺が公爵の動き方を見て、自分の間違いに気づかなければならないのだ。一度、昼食で公爵と違うフォークを使っていることに気づいた時、公爵がニコリと笑ったことを俺はまだ忘れてない。
『僕の授業は?』
シリウスは音楽と歴史や地理を教えてくれてる。
「正直、けっこうわかりやすい。」
『ほんと?!』
シリウスが嬉しそうに笑う。俺も笑顔で言う。
「なんでこんなに教え方上手いのに今までずっと下手だったのかなって不思議で仕方がないよ」
『僕、教師になろうかなぁ』
俺の嫌味に構わず自分の世界に入ったようだ。彼は相変わらず元気です。
・・・・・・
「では、今日はここまでにしましょう。」
「はい。先生、本日もありがとうございました。」
「ええ、アグニさん。ではまた明日お会いしましょう。」
「はい、先生。」
ここまでが決まり文句。今ので礼儀作法の授業は終わりだ。
ふ~…ちょっとは形になってきたかな。
注意される回数もやっと減ってきた。
俺が次の授業のため、小ダンスホールにいくと、そこにはシーラがいた。
「あれ?シーラ?どうしたの?」
「アグニ、おはよう」
シーラは花の咲くような笑顔で俺に朝の挨拶をした。
「これからダンスの授業でしょう?私も手伝いにきたのよ。」
「え?シーラが?」
シーラってまじで踊れるの?
そんなことを考えていたらダンスの先生がやってきた。シンプルな服で後ろに髪の毛をまとめた貴婦人だ。先代子爵夫人でダンスの先生としてとても有名らしい。その人がシーラを見た瞬間、目が飛び出るほど驚いて、すぐさま礼を取った。
「まぁっ!!!!!シーラ様……!!!!」
シーラは夫人を見て、澄んだ美しい声で告げた。
「夫人、お久しぶり。」
あ、知り合い?
夫人はスカートを持って礼を取ったまま言葉を続けた。
「あ、はっ…はい…!お久しぶりでございます。…お会いしとうございました!」
「それは嬉しいわ。私も夫人とお会いしたかったの。顔を上げてください。」
シーラの言葉で夫人が姿勢を戻す。
夫人、顔赤くね?
めちゃくちゃ照れているように見える。今まで鉄仮面のようだった夫人からは想像もつかない表情だ。シーラに心底惚れているように見える。
「あの、夫人。シーラとお知り合いですか?」
俺の質問に夫人はあり得ないと言わんばかりの否定的な顔をした。しかし夫人が何かを答える前にシーラが言った。
「夫人と私はお友達なのよ。ねぇ?」
夫人はシーラに微笑まれて一層顔を赤くし、ヘナヘナ~と地面に座った。
え?!なにどうした?大丈夫?!
「ふ、夫人?!大丈夫ですか?!」
俺が夫人の方に寄っていって手を差し出すが、もはや俺のことなど見てはいない。涙を溜めた両目はずっとシーラに注がれている。
「ふ、夫人………?」
俺が遠慮がちに聞き返すと夫人は我に返ったようで急いで立ち上がって答えた。
「シ、シーラ様は…!!私の女神でございます…!!」
めがみ。
ん?女神ですか?
夫人は一世一代の告白をしたかのように体中を震えさせてシーラを見続けている。
「シ、シーラ様と知り合いなど…そんなおこがましいこと…と思っていましたのに…わ、私を…お友達と……?」
シーラが煌びやかな笑顔で告げる。
「あら、そんな寂しいこと言わないで?一緒にいた時間、私はとても楽しかったのよ?」
夫人が手を組み合わせて祈るようなポーズでシーラに告げる。
「そ、そんな……シーラ様がそのようなことを…!!!わ、私も、楽しゅうございましたっ!もう、この世の何もいらないと、心のそこから思えるほど…!!このまま死んでしまってもいいと思えるほど!!!!楽しゅうございました!!!」
ふ、夫人…………
もう俺の出る幕はない。
これほどまでにシーラのことを思っている女性の邪魔をすることはできない。ここはもう傍観者でいよう。
シーラは天使のような笑みを浮かべながら夫人に近づいた。
「アグニのダンスの相手をしようと思って来たの。私はここにいていいかしら?」
夫人は涙を流しながら答えた。
「…こ、光栄でございます………!!!!!」
この後から、鉄仮面なんて一度でも思ってしまって申し訳ないほどに、夫人は笑顔しかみせなくなった。そしてシーラは初心者の俺でもわかるくらい、まじでダンスが上手だった。
・・・・・・
「ってことがあってさ~」
音楽の時間、シリウスに今日あったことを言う。
「ていうかシーラって踊り、上手なんだな」
シリウスがため息を吐いた。
『前も言ったと思うけど、シーラは自称「踊り子」なんだよ。つまりあの子が自称するくらいには踊りに自信があるってことだ。ワルツなんて寝ててもできるんじゃない?』
俺は今ワルツを習っている。三拍子のリズムに合わせて二人で踊るやつだ。一番基本的なものなので確かにシーラなら寝ててもできそうだ。
「そっか、そういえばそうだったな。」
『アグニ、シーラの踊りをよく見ておきなさい。そのうち他の人の踊りを見て、彼女の何がそんなに違うのかを考えるといいよ』
「そういえば踊りやすさだけでも全然違ったわ。」
夫人は一流のダンスの先生だ。にもかかわらず、シーラと踊ると格段に踊りやすかった。シーラと踊っていると、まるで自分が一流のように思えるのだ。
『でしょ?シーラは「リードをさせているかのように思わせる」リードの仕方ができるんだ。だから皆、彼女とずっと踊っていたい、もっと踊りたいと思うんだよ。』
「すげぇな、シーラ!!」
そこまで踊りを極めるなんてどれほど鍛錬したかわかんない。一人ひとり踊りの癖も違うのにそんなことができるなんて……
「もはや芸だな。」
俺の一言にシリウスがにやりと笑った。
『そのうち、あの子の踊りと芸を組み合わせた演技を見るといいよ。きっと惚れちゃうから』
・・・
その後、シリウスに音楽の授業で笛を教えてもらい、歴史や地理の授業を経て今日一日の授業が終わった。夕飯をシリウス、シーラ、クルトと4人で取っていると、シリウスが明日の話をし始めた。
『アグニ、制服ができたそうだから明日ハーローのとこ行くよ。』
「え?授業は?」
クルトがすかさず教えてくれた。
「明日は休みにしてもらってます!」
「あ、そうなんだ。わかった~」
『あとこの前売った素材のお陰で冒険者としてのランクが上がったらしいから、明日そっちにも行かなきゃ。』
「え?まじで?あのフォードのサソリで?」
『そうそう。あれ。』
「おお~!それは嬉しいな!」
『そうだね。明日昼前にここ出るからね。』
「了解!!」
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