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第2章
*3 編入許可(閑話)
しおりを挟む「マスリア先生、明日ですよね?編入志望の学生が来るの。」
バノガー先生…筋骨隆々で大きな笑顔が特徴的な人。元帝国軍帝都軍所属の軍人で子爵家の次男。彼には明日の試験で受験生の武芸を見てもらうことになっている。
「ええ、そうです。明日面接が終わり次第ご連絡するので、そうしたら屋内訓練場まで来てくださいね。」
「わかりました!それにしても編入希望だなんて…久しぶりですね」
「ええ、ほんとうに。」
基本的に編入希望者はいない。なぜならほとんどの志望者が確実に1年次から入学するから。途中から編入を希望する人は病気や事故で1年次の入試を受けそびれた人しかいない。たとえ入試を受けそびれたとしても時期をずらして特別に再度入試を行う場合がほとんどなので、結局みんな1年次からの入学する。そしてもちろん、落ちる人間などいない。入試に落ちる、などという不名誉なことが貴族社会で広まったら大変だからだ。つまり落ちる可能性がある者は最初から受けない。
「受験生の…保護者はどなたなのですか?」
バノガー先生もこの学院の卒業生。編入には相当の理由と後ろ盾、そして実力がいることを十分認識している。長く軍人であったにもかかわらず、こういうところはやはり「貴族」なのだ。
「……………宰相閣下です。」
「なっ!!!!!!!!!!」
私の一言でバノガー先生の表情が一気に崩れた。それはそうでしょう。だってあの宰相閣下ですものね。
「本当ですよ。明日の受験生は宰相閣下が直接保護されてます。」
「………もう不合格はあり得ないじゃないですか…」
「ええ。たとえ能力がなくても、この学院は不合格になどできません。けれど、宰相閣下が直接保護をする学生です。能力がないわけがありません。」
「……なるほど…。これは明日が楽しみですね。」
「ええ、本当に。バノガー先生、ではまた。」
「はい、マスリア先生、では。」
彼と私は一礼しあい、分かれた。明日のための最終準備をしなければ…。
・・・・・・
学院所属の教授、そして異例の編入試験なので宮廷から軍部と文部一名ずつ監察官が来ており、彼らとともに応接間に入った。
黒髪に…まぁ、珍しい。金の瞳。芸石はピアス…物凄いお高そうなのを付けてるわね。さすが宰相閣下ですこと。目鼻立ちがしっかりしているわね。
私は彼の前に立ち、片手を差しだした。
「マスリア・ハーウェイです。第1学院入試長をしております。アグニさん、でよろしいかしら?」
「はい!アグニと申します!よろしくお願いします!」
元気ね。苗字はないから貴族ではないようだけど。その分、貴族特有の化かし合いが必要なくて助かるわ。
「それではアグニさん、今から面接を始めます。」
・・・・・・
「面接はこれで終わりです。30分後、実技試験を開始しますので、その間に屋内訓練場に移動をお願いします。」
「はい、わかりました!」
我々は一度応接間を出て、近くの会議室に入った。
「………いやぁ、驚いたよ。彼、物知りだねぇ」
学院長が座りながらそう言った。私もそう思ったので賛同する。
「ええ、本当に。驚きましたね。」
そこから皆口々に喋り始めた。
「国ごとの特徴をよくわかってますね。宰相閣下に教えて頂いているのでしょうか?」
「物価にも詳しかったですよね。」
「軍の戦闘陣形を答えられたのは意外でした。」
「それに植物や薬草にも精通しているようでしたね。生物学の授業は彼にはあまり意味がないかもしれません。」
「それをいうなら芸獣に関しても知識が豊富でしたよ?」
「地理もよくわかっていましたし。」
「それに……」
「この推薦状の数はなんでしょうかね?」
全員が頷く。見たこともない数の推薦状。それもどれもレベルが違う。まずシリアドネ公国武術大会優勝。そしてシリアドネ公国大公、スリーター公国大公、シド公国大公、シャノンシシリー公国大公、フォード公国皇太子、シャルル公国公子、ハーロー男爵、そして宰相閣下。今述べた人々全員の推薦状。
「こんなの見たことないですね……」
「正直震えます。」
「でも興奮しますね。」
「何かが……起こりそうですね…」
全員が頷く。正直、シリアドネ公国武術大会優勝だけで十分立派な推薦状になります。なのにこれほどまでに推薦状を集められてしまうと……もう学院側は後には引けない。
「けど彼はきっと武芸が得意なのでしょう?武術大会優勝するくらいですから。」
「ええ、そうでしょうね。」
「この後の実技は楽しみですね。」
「ええ。……皆さま、そろそろ移動しましょう。」
・・・
屋内訓練場にはバノガー先生ともう一人武術の先生、そして芸師と治癒師を呼んでいる。
アグニさんはもうウォーミングアップが済んでいるとのことだったので、まず最初にバノガー先生に木刀でレベルの確認を行ってもらう。
武芸に精通していない私ですらわかりました。
彼は、上手い。
バノガー先生は元帝都軍の軍人。彼を相手にどうしてそこまでたかが一学生が渡り合えるのでしょうか?なんならバノガー先生が相手をしてもらっているようにすら見えます。
「はい、時間です。終了してください。」
私がそう言うと、両者が動きを止めた。
「これから数分間真剣での打ち合いを行います。アグニさん、あなたの持ってきた剣を使いますか?」
「はい、これを使います。」
「わかりました。では、また始めてください。」
そうして次は真剣での打ち合いが行われた。ケガをしないレベルの打ち合い。もちろん万が一のために治癒師もいます。真剣を持つと急に動けなくなる学生は多いのです。このテストは、彼にもその傾向があるかを確認するためのもので、別に扱い慣れていなくてもマイナスの評価にはなりません。
けど……全然余裕ですね。
……いや、違う。彼の方が一枚上手?
私の隣に並ぶ教授がぼそっと言った。
「………なんてことだ……」
「失礼、なにがですか?」
私が聞き返すと、一瞬私に目を配りすぐアグニさんの方に目線を戻した。
「あんなに…軍人以上に戦い慣れている…」
「そ、そんなにですか?」
まさか本当にそこまで?
「はい…間違いなく。」
「………そうですか。」
・・・
真剣での打ち合いが終わり、芸の能力を見る。しかしその前にまず確認しなければならないことがあるのです。
芸素を扱えるか否か。
貴族でも芸ができない人は多く、軍部でもそういう方々はいらっしゃいます。これは必ず最初に質問する内容なのです。
「アグニさん、あなたは芸素を感じれますか?」
「え、はい。」
そう。まぁそうよね。
「では、なんでも構いません。何か芸を出せますか?」
例えば指先に火をともす、水たまりを作る、とか。
その程度の事をしてくれればよかったのです。
「え、できますよ…?」
アグニさんはそう言って床一面に氷を張り、雷を床の氷に落とし、氷を細かく割りました。そして竜巻を出し、そこに火を付け、床一面に細かく砕け散った氷を竜巻で溶かしたのです。
え………………
いや、あの…………
違う違う。そういうレベルは要求してない。
え、ちょっと待って、え?? 違うのよ。
ちょっと何か見せてくれればいいのよ?
周りを見ると教授も芸師も治癒師も監察官も、皆ポカンとした表情。
いや、そうよねぇ?!
こういうの見ることは想定してなかったわよねぇ?!!
「もしかして解名、何かできる?」
他より一足早く我に返ったバノガー先生がアグニさんに質問をした。するとアグニさんはとても不思議そうな顔をした。
「え、そりゃあ、できますけど…?」
ああ、あなたには当たり前すぎる質問をしたようね。やめて頂戴。質問したこっちが馬鹿みたいに見えるじゃないのよ。
「何か、やってみてくれますか?」
「あ、はい!じゃあ……ギフト。炎獄」
その一言で、アグニさんと私たちの周囲に巨大な炎の檻が出現した。
「ギフト…雷獄」
炎の檻の外側に雷の檻が出現した。
「なっ!!!!!!2つも?!!!」
教授陣から悲鳴が上がる。
「 鎌鼬 」
「3つ目?!!!」
アグニさんは自らの檻に向かって鎌鼬を連射した。風が空気を切り裂く音、巨大な炎の燃える音、雷の轟…
「弱い鎌鼬レベルならこの檻は敗れません。色々試したのですが檻を出す順番はあまり関係が無くて…」
アグニさんは飄々と自分の解名の説明を始めた。
アグニさん、知ってますか。
教授陣は今それどころじゃないのですよ。
・・・
「恐ろしかったですね…」
「ええ、ほんとに……」
再度会議室に着席すると、開口一番にバノガー先生がそう発言した。他の方々はまだ少し放心状態だ。
「彼…アグニさんを本学院に受け入れることに反対の方はいらっしゃいますか?」
私の言葉に皆が疲れ切った様子で首を横に振る。
「………ですよね。はい。」
私も疲れたわ。
・・・
「アグニさん、本日はお疲れ様でした。数日後に合格通知をお送りしますので今日はこれでお帰りいただいて構いません。」
私がアグニさんにそう告げると、彼はとびきりの笑顔で答えた。
「あ、はい!どうぞ、ご検討のほどよろしくお願いします!本日は私の編入試験にお付き合い頂き、ありがとうございました!!」
そう。あなたはまだ元気なのね。
ほんと、恐ろしい子…
来年から、楽しみだわ。
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