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第2章
72 頼み事
しおりを挟むシャルル王子が何か考え込んだ顔をしている。それに気づき、アルベルト王子が質問した。
「シャルル?どうした?」
『……あの、もしかして…お二人、我が国に現れたトラの芸獣をご存知ですか?』
「え…ああ、あのトラですか?」
『やはりお二人が討伐されたのですか?!!』
シャルルが勢いよく立ち上がって聞いてきた。
「あ……はい、すいません…もう売っちゃいました…」
やっべぇ。トラの皮売っちゃったよ。
弁償しなきゃいけないかな…?
けどそんなお金ない!!
弁償額を想像して血の気が引いていたら、シャルルはこちらに頭を下げた。
『ありがとうございます!!!討伐してくれて』
「…ん?はい??」
予想外の対応に動揺しているとシャルルが言った。
『あのトラに喰われて亡くなった方もいます。我々は討伐するために軍を派遣するところでした。あなた方が先に討伐してくれたおかげで、これ以上被害を増やすことなく、軍事費も抑えることできました。シャルル公国を代表し、感謝します。』
シャルルは深く頭を下げた。
彼は天使の血筋にもかかわらず、そうじゃない人間にも必要なら頭を下げられる人なんだな。
シャルルの横に座っていたアルベルトが、今の話を聞いて意を決したように言った。
「失礼ながら……もし、可能なら…!我が国に現れた芸獣を、ともに討伐してくれませんか?!」
「え、芸獣ですか??」
急に新たな話題が降ってきた。アルベルトが姿勢を正し、俺とシリウスに説明し始める。
「我が国最東端にある「闇の森」はご存じですよね?」
闇の森??え、知ってるべきなやつ?
「すいません。知りません!」
本当に知らないので素直に答える。アルベルトは少し驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻した。
「失礼いたしました。砂漠を超えた最東端に「闇の森」と呼ばれる暗く、巨大な森があります。そこは他の場所の比じゃないほどたくさんの芸獣が棲みついております。芸獣のレベルも高いです。」
ほぉ。そんなところがあったんですね!
「最近、その森から出てきたであろう芸獣がオアシスでみられたのです。オアシスは砂漠越えの給水地点、ある意味『絶対に安全でないといけない場所』なんです。」
「なるほど。だからその芸獣を討伐したいと?」
「はい。オアシスに住む人のためにも、討伐は絶対です。けれど……シャルル公国で出たトラの芸獣と同様の強さだということで…後日、討伐隊を向かわせることになりました。」
シャルルがアルベルトの説明に付け加える。
『本来、力の強い芸獣がオアシスまで出てくることはないんですよ。森の奥により強い芸獣が出現して、縄張り争いに負けたとかではない限り、わざわざ森から出てくる必要がないんです。「闇の森」ですから、我々では森の中の調査は困難ですし…実際には何が起きているのかはわからないんですけどね』
そうなのか。なんか大変なんだな
別に芸獣退治は全然構わないけど…
『一つ、聞いていい?』
急にシリウスが声をあげた。まずこいつが話を聞いていたことに驚きだ。
「はい、なんでしょう?」
『僕らがそれを手伝うメリットは?』
「………はい?」
『芸獣退治の代わりに、君は僕らに何をしれくれる?』
シャルルとアルベルト、二人が焦った顔になった。
彼らは「王子」だ。彼らの願い事は常に叶えられてきた。望めば否と答える者などいなかったのだろう。
『今後国を背負うのに、まだ交渉術も習っていないのかい?』
シリウスがわざとらしくあざ笑った。二人の眉がよる。アルベルトがシリウスに問う。
「………何をお望みでしょうか?」
『なんだと思う?僕が欲しいもの。』
「討伐して頂けたら報奨金をお渡しします。」
『それと?』
「…………」
アルベルトが押し黙った。シャルルが続けて言う。
『我が国のトラの芸獣の報奨金もお支払いしましょう。』
『ん~?正直お金はいらないんだよねぇ』
『えっ……なら、他は…えっと…』
シャルルも戸惑っている。アルベルトが再度シリウスに問う。
「申し訳ありません。シリウス様には何をお返しすればよろしいのでしょう?」
その問いに対し、シリウスはとても貴族的…表面的な笑顔を作った。
『君らには僕しか見えていないのかい?』
「『 え? 』」
二人が明らかに怯えた。
いや、怖ぇよ。慣れてなきゃ。
シリウス、お前の顔は凶器なんだって。
初見でその笑顔はビビるって。
『どうしてアグニには聞かない?』
シリウスは、口角を上げてるのに真顔だ。
「………失礼しました。アグニ殿、シリウス様、それぞれにお伺いします。」
『ふふっ。まぁ、まだ二人とも17歳だもんね?幼いし仕方ないのかな?』
え、なんで年齢知ってるの?
同じことを疑問に感じたようで、二人とも不思議そうな顔をした。
『あの、どうして年齢を……?』
シャルルがシリウスに聞くと、シリウスはにこっと笑って答えた。
『知ってるよ。君らは第1学院の三年生だね?』
『はい……。』
「そうですが……?」
シリウスが俺の方をちらっと見ながら言う。
『アグニが来年、編入しようと思ってるんだ。』
「え…編入ですか???」
『編入……とは……』
二人の反応はごもっともだ。めっちゃ難しいらしいからまぁ無理だと思うだろう。シリウスがはっきりと告げる。
『芸獣退治に軍は必要ない。アグニが一人で片付ける。報奨金もいらない。そのかわり、推薦状を書いてもらおうかな。』
「す、推薦状ですか…?」
『ああ。』
ほぉ。ここでもまた書いてもらうのか。
けどそれは交換条件になるのか…?
フォード公国は自国の軍を出せば芸獣を退治できる。より確かに、そして被害を出さないために俺たちに討伐を依頼をしただけだ。つまり向こうは「やっぱやめます」って言える。交渉的にはこちらが不利になるはずだ。
しかしシリウスは傲慢な笑みを浮かべて言った。
『作ったオアシスはそのままがいいかい?』
「…!!」
うっわ。こいつ性格悪ぃぞ
王子相手に脅してやがる。
シリウスは、頷かなければ俺らが作ったオアシスをまた砂漠に還すと言ったのだ。この話し合いでもわかる通り、フォード公国側はそれは絶対に避けたいはずだ。アルベルトは少し悔しそうな顔をした。
「……わかりました。推薦状を書きます。ただし、父ではなく僕の名で書きます。」
『まぁいいよ。』
シリウスは肩を竦めて、仕方なさそうに答えた。
『あ、シャルル公国の方は報奨金でいいよ。』
『え、あ、はい……。』
なんとかこうして、無事(?)討伐に向けた話し合いが始まった。
・・・・・・
数日後、フォード公国最東端に向けて出発した。今回、砂漠越えのためにラクダを貸してもらって初めてのラクダ移動になる。そして元も子も無いと思うが、シャルルとアルベルトも一緒に付いてきた。そのために二人の護衛の兵もついてきており、結局大所帯になってしまっている。
『結局ついてくるんだねぇ』
「そうだな~…。なぁシリウス。お前王子にあんな態度とって怒られたりしないのか?」
以前の交渉の事を思い出してシリウスに聞くと、鼻で笑われた。
『僕らがオアシスを作った時点でもう彼らは怒れない』
「え、もしかして、このためにオアシス作ったのか?」
『彼らが絶対に欲しがるものだからねぇ。あの二人は仲が良いのが仇に出たね。シャルル側までお金をくれるなんて…ふふっ』
「ま、まじか……」
最初からこうなることも可能性の1つとして予想して、もしものためにと交渉材料を作ったってことか。しかもちゃっかりトラの芸獣分までお金を貰おうとしてるし…
俺が呆然としていると、後ろの方からアルベルトが声をかけてきた。
「アグニ!あそこのオアシスが芸獣の出た場所だ!」
「あ、わかった~」
実はこの数日で、シャルルとアルベルトとは仲良くなった。「シリウスって怖いよねぇ」って話から始まり、来年度以降もし俺が第1学院に入るのなら先輩にあたる二人に、色々聞いたりしたのだ。
当人らとは敬語無しで話せるくらいまで仲良くなった。しかしまだ、護衛の人らは俺らを信用していないので離れて砂漠を進んでいた。
後方で兵に囲まれて進むシャルルが大声でいう。
『アグニ!オアシスに着いたら軽く芸獣がいないか見といてくれ!』
「了解~!」
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