再創世記 ~その特徴は「天使の血筋」に当てはまらない~

タカナデス

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第2章

46 彼らの忍耐

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炭に代わってしまった船をみんなで片付けた。

歯を食いしばる者、涙を流す者、苦しい表情の者・・・様々だった。ただ、皆が悲しい表情なのは同じだった。

彼らの大切なもの、祖先から引き継いだものは何も残っていなかった。




・・・





「アグニ、我々は…これほどまでに、歓迎されていないのだな…」

「ドルガ…そんなことないよ…。俺は、嬉しいよ」

「……ありがとう、アグニ。」

なんとか俺に笑顔を見せようとして口角を上げているが、その顔は泣きそうで…俺も胸が張り裂ける思いになった。与えられた仮設住宅の大広間にみんなで集まっているが、そこは火の消えたように静かだった。

しかしその中で一人、せかせかと動いている人物がいた。

「…シ、じゃなくてヨハンネ。どうした?」

『あ、アグニ。周りに誰もいないことを確認して、扉閉めて』

「お?おう…。」

言われた通りに、大広間周辺を確認して扉を閉める。それを確認したシリウスは、金色の瞳で皆を見ながら静かに話し始めた。

『静かにね。ほらこれ。これでしょ?君たちの大切なもの。燃やされる前に移しといたよ』

「「「・・・・え???? 」」」

シリウスが大広間の奥の床下を開け、その中を指さす。

「な!!!!!これっ!!!!!」

「あぁぁ!!!これ!!」

床下には、木箱の中にぎっしりと書物や芸石、装飾品や木札などが入っていた。

「ああ……よかった。よかった!!!!」

皆が一斉にその木箱から取り出し、確認しては安堵のため息を出す。なかには泣き出す者もいた。

「シ、ヨハンネ。お前どうして…?」

『……一応ね。時間がなかったからいくつかはないかもしれない』

ドルガが驚愕の表情のまま、一粒の涙を流した。

「ヨハンネ・・・ありがとう」

『どういたしまして』

皆の顔に活気が戻った。しかし、書物を確認していたイナが言う。

「…ドルガ。『原初の本』ない…」

「……………そうか。それがないのか…」


   原初の本?なんだろそれ


「ドルガ、『原初の本』ってなんだ?」

俺の問いに、ドルガが弱弱しい笑顔で答えた。

「……我々があの地に移り住むよりも前のことが記されている、この世の始まりを記した本だ。その本の教えを守り、我々一族は生きてきた。……しかし、仕方ない。他の物がこれだけ守られたのならそのことに感謝せねばな。…それに、皆その本の内容はわかっておる。そうだろう?」

ドルガの問いに、皆顔を引き締めてうなずいた。

「アグニ」

ドルガが俺の方を向いて覚悟した表情で言う。

「もう、次はない。次はもう我慢しない。アグニ、どうか…止めないでくれ。」

他の黒の一族も皆、覚悟を決めたようだった。

俺は 何も言えなかった。





・・・





帰り道、シリウスにどうしても確認したいことがあり、ヘストには先に帰ってもらった。

「シリウス。お前、どこまでわかってたんだ?」

シリウスの髪を覆う布が風ではためいている。その風をただただ気持ちよさそうに浴びながらシリウスは薄く笑った。

『…ふふっ。イネがけがを負わされてた時は、本当に僕、いなかったよ。』

「それは船の方で、荷物を回収してたからだろ?」

『…そうだね。』

「なんで燃やされるのを知ってたんだ?どうして止めなかった?!」

『止める?止めたら意味がないだろう。』

「…なに?」

風がさわさわと音をたて、通り過ぎる。
その音ですら、うるさく感じる。

『彼らの悲しむ姿を見せないと意味ないだろう。そのための嫌がらせなんだから』

「…じゃあお前は…やっぱりわかってて止めなかったんだな…?」

『ふふっ。アグニ、もっと考えて。もっともっと。もっと。ずっと。黒の一族のこと、軍のこと、一人ひとりを。考えて考えて、考え続けても…まだ足りないよ。』


シリウスは
そんな言葉を言い残し、風の中去っていった。



「アグニ…」

「!っ…あ、レイ、レベッカ。どうした?」

俺の後ろから現れたのは12歳程度の男女の双子の兄弟。二人とも黒い髪と目で、じっとこちらを見ていた。

「アグニ…大丈夫?」

「ん?俺は大丈夫だよ。ありがとう。…ほら、ドルガが心配しちゃうだろ。早く家に帰りな」

この2人の両親はすでに他界しており、ドルガが親代わりになっている。

「うん…アグニ、ばいばい」

「おう、ばいばい。」


   子供にまで心配させちゃった…
   は~…気を引き締め直さなきゃな。

   このまま、上手くいくといいな…



しかし、
そんな期待を裏切り、致命的な事件が起きた。







・・・・・・







数週間後、
俺ら傭兵隊は国境付近の芸獣の討伐に駆り出されていた。街へ帰る道すがら、大きな墓所がある。

そこに見覚えのある双子がいた。

「レイ?レベッカ?何やってんだ…」

「ぐすっ。アグニ……」

「アグニ………」

「……どうして横たわってんだ…?」

そこには、黒髪の五つの遺体が横たわっていた。どれも見覚えのある、子どもや女性だった。双子の周りには、泣いている他の子供たちと、墓堀人はかほりにんがいた。

「アグニ…これ…どういうことだ…」

マースが血の気が引いたように俺に問う。

「レイ…レベッカ…この五人は…どうした」

2人は涙を流しながら答えてくれた。

「井戸の…水、飲んだら…苦しいって言って…倒れて…助けたけど…助けられなかった…!!!」

「毒…ってことか…?……ひでぇ!」

ヘストが顔をぐしゃりと顰めて叫ぶ。周りの傭兵隊のやつらも皆驚いている。

「レイ、レベッカ。どうしてここにお前ら全員集められてる?」


   そう。疑問がまだあった。
   どうしてここにいるのか


二人は顔を上げて、泣きながら、それでもしっかりと答えた。

「みんな、もう無理だって言って…。逃げなさいって言って、いなくなった。」

「なに?なんだと?!」

マースが驚きの声をあげた。ヘストも目を見開いている。


   ああ。そうか。
   そりゃそうだよな。

   もう…我慢できないよな。


俺は、心が冷たくなっていくのを感じた。
こうなるべきだった。最初からどうせこうなった。

殺しても……いいと思う。


「アグニ!何してんだ!すぐ戻るぞ!」

「……………え?」

マースが俺の肩を掴んで言った。

「なにが、え?だ!早くしないと!間に合わないかもしれないぞ!」

「……どうして間に合わなきゃいけないんすか…」

「…なに?」

「だって…もう。無理でしょ。黒の一族が我慢できないのは仕方ないでしょう。俺は止めませんよ」

「お前…!!!」

マースは俺の頬をぶん殴り、尻餅をついた俺の胸倉を掴み上げた。

「考えろ!!!!死ぬのはどっちだ!!!お前の守りたかった方だろ?!!!確実に軍は一族全員を殺す!!ここにいるガキどももだ!!軍は絶対に逃がさない!!けど…もしかしたらまだ間に合う!!…もし間に合わなかったら、このガキどもの未来はないと思え!!!!」


喉がひゅっと鳴った

死ぬのは確実に黒の一族。

そうか。

それもきっと、彼らはわかってる。

だから子供らを置いていったのか。

だから言ったのか。

逃げなさい、と。


「アグニ……連隊長は、これが狙いだったんじゃんねぇか?」

「ヘスト…どういうこと?」

ヘストの言葉で我に返った。ヘストは苦々しい顔をしたまま続けた。

「こうやって、黒の一族を怒らせて、わざと自分らを襲わせてから処理したいんだよ。彼らが最初に襲ってきましたって。彼らはやっぱり獣でしたって。…そうしたら、虐殺は正当防衛になる。」


(『アグニ、もっと考えて。もっともっと。もっと。ずっと。黒の一族のこと、軍のこと、一人ひとりを。考えて考えて、考え続けても…まだ足りないよ』)


あいつはそう言っていた。


   くそっ・・・!!!!!!!!
   結局…俺の考えが足りてなかったんだ!!


双子の、そしてその他の子どもたちの不安げな瞳。この瞳が永遠に閉ざされる、なんてのは

「………見たくねぇよぁ~」

「あ?何が見たくないって?」

「あぁ、なんでもないっす。マースさんありがとうございました。俺、先に帰って出来る限り止めてみます。いや、止めます。…レイ、レベッカ。ドルガもみんなも、きっと助けてくるからな」

「アグニ…気を付けてね。みんなを助けてね。」

「アグニ…気を付けてね」

「おう!……じゃあ、先に戻ります!」

そう言い残して、俺は大きく足に溜めを作り、一気に飛び出した。地面を蹴る回数が格段に減っていたが、いつも以上に速かった。





・・・






街に着いた。

もうすでに軍の駐屯地から煙が上がっている。街の人らもそれに気づいたのだろう。皆、慌てて教会や大広場へ走っていた。


   くっそ…!間に合うか?!


「うお!!」

「うわあ!!」

「きゃあ!!何?!!」

俺は人の上を飛び越え、露店の上を走って進んだ。街の人らが見て驚いていたが、足を緩めずに駐屯地へ向かっていった。





・・・







『アグニ』

「っ!!! シリウス!!!」

駐屯地の前で教会の人の服を着たシリウスが立っていた。

「シリウス!状況は!」

『まだ誰も死んでないよ。ケガ人はいるけど。黒の一族が火を付けて軍人らを一か所に追い込んでる。』

「場所は?!」

『正規軍が使う、外の訓練場。』

「わかった!!」

『アグニ。』

「あ?!なんだ?!」

時間がない中で急いでシリウスを振り返ると、シリウスは滅多に見ないほど真剣な顔をしていた。

『彼らを、助けるのかい?』

「あ?」

『彼らを助けるために軍人らを殺す?』


『僕も  手伝おうか?』


   ………いいや、違う。
   殺したいんじゃない。

   殺したくないんだよ。


「シリウス。誰も殺さないために、両者ともを止めたい。そのために力を貸してほしい。」

「黒の一族は…彼らはみんな、理性的だった。みんな、人だったよ。…だから彼らが、同じ人を殺すのを止めなきゃならない。」

『 君は…彼らが理性的に見えるのか? 』


   は?どういうことだ?
   どう見てもそうだろう?


「……お前には見えないのか…?」

けれどもシリウスが俺の問いに答える前に、遠くで建物が崩れるのが見えた。

「まずい!時間がない!シリウス!行くぞ!!」

『 ……ああ 』





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