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第2章
39 トラの芸獣
しおりを挟む「だぁぁぁぁ!!あぁもう!シリウス!とりあえず二手に分かれるぞ!追われた方は隙を見て背後から攻撃!それでいいか?!」
『わっかりました~』
「真面目にやれ!!」
シリウスと二手に分かれて二方向に散る。
すると、案の定、俺の方にきた。
ちっ!やっぱ弱い方に来るよなぁ~!!!!!
シリウスの方に行ってくれれば楽だった。俺の方に来たら、たぶんシリウスは助けてくれない。自分の方に来ないとわかったシリウスはもう走ってすらいない。なんなら逃げてもいない。
「くっそ……!」
『あ!アグニ!皮売るんだから傷つけないでね!』
シリウスは呑気に崖に腰掛けて指示を出してきた。
「わーかってるよ!!……使える芸は氷と水と風かな…できればそのまま剣で倒したいんだけどな…」
トラに追われながら崖を下っていく。
正直逃げるので精一杯だ。
「…よし!じゃあ新しい芸…出してみるかぁ」
崖に少し広い足場を見つけてその場に留まる。
トラは変わらず俺の方に突進してきていた。
「ギフト……『 水曲 』」
その芸を出すと、トラの芸獣は突っ込むのをやめ、辺りを見渡し始めた。
新しい芸 水曲
これは 水鏡の上位互換で、光の屈折を利用した『透明化』の芸だ。今トラには俺が見えていない。なんなら急に俺が消えて驚いているだろう。
きちんと引っかかってくれてよかった~
俺は近くにあった石を拾い自分とは反対側に投げた。するとトラは石の落ちた方向を向き、どデカい雷を落とした。
へ……?
雷が落ちた部分から煙が上がる。トラは当たらなかったことがわかったのか、唸りながら辺りを見渡している。
えまってまって…こっわ!!!雷こっわ!!
あれに当たったら結構やばいじゃん!
まじでバレないようにしなきゃ死ぬぞ!!
しかし残念ながら俺には石を違う方向に投げ続ける方法しか浮かんでいない。
ということで石を拾っては投げ、拾っては投げを繰り返して、トラの芸素消耗を図ることにした。シリウスは頬に手をつけて座りながら見ている。
けど、それもそんな長く続かなかった。
水曲は匂いを塞げない。
トラが匂いを追ったのか、俺のいる方向を向いて獰猛な雄叫びを挙げた。
ひぇぇぇ!!!こっわこっわ!
急がなきゃヤられる…!!
俺は少しずつ自分のいた場所を動きつつ次の作戦を考えた。
あ、そうだ。シリウス…あいつ使おう。
シリウスのいる方向に何か飛ばして、トラにシリウスを認識させてしまえば、あとはトラVSシリウスの戦いになる。
これだ!!何か!!……石!石!
俺が辺りをきょろきょろとしていると、いつの間にか背後にシリウスがいた。
『ねぇ~早くしてよ~』
「お前っバッ!!!!」
いつの間にこっち来た!?
案の定、シリウスが声をあげたことでトラがこちらに気づき、猛然と走り寄る。
「シリウス~!!!!!」
『あはははは!!!』
2人で再びダッシュで逃げるが……トラが俺に追いついてきた。
「ちっ!!!くっそ!」
剣を抜き、大きく開いたトラの口に剣を当てて攻撃を防ぐ。なんとか牙のダメージが防いでいるが、このまま芸を出されたら終わるし、トラが爪で攻撃してきても終わる。
「シリウス!!背後!背後!やっつけて!」
『え~嘘でしょ~…』
「何が嘘なんだよ!!いいから早くしてくれ!!」
『はぁ~全く情けない…不甲斐ないなぁ…』
シリウスはため息をついてゆっくりと戻ってきた。けれど近くに立ったままでトラを攻撃しない。
「シリウス!何やってんだよ!早くしろ!」
『アグニ。ちょうどいいから、新しい芸を教えるよ』
「は?!今?!」
『今!今が一番この芸の有用さがわかる!』
「んじゃいいから早くしてくれよ!!!」
俺がそう叫ぶと、シリウスは不貞腐れたような顔を作り、抗議した。
『ちょっと~君のために芸を教えるんだからね?ちゃんと見て学んでよ?!』
「わーかったから!!早くやれ!!!」
『はいはい。それじゃあ……トラの芸獣よ 君に ギフトを与えよう』
『 樹根凍伝 』
バリ…バリリリリリ!!!!! バキッ!!!!
ギャゥルウルルルルルァァ!!!!!!!
シリウスが出した解名は氷の芸だった
-足から凍え、まるで不動の樹の根のように身動きがとれなくなる-
そんな意味の芸の通り、トラの4本の脚が地面から徐々に凍っていく。
動けないし、相当冷たくて痛いのだろう。トラは怒りや驚きを含んだような叫びをあげている。身動きが取れなくなったトラはパニック状態になっている。
『 アグニ 今だよ 』
「……おう。」
キンッ シャッ!! ブシュッ…
首元を一閃
トラの芸獣は力尽きた。
・・・・・・
『どうして不満げなの?』
帰り道、
シリウスが俺の顔を覗き込みながら聞いてきた。
「……いや。……なんかやっぱ俺ってまだまだだなってさ、なんか久しぶりに実感して。ちょっと落ち込んでんだよ」
正直落ち込む。俺一人じゃ対処できてなかった。街の人に言われたトラの犠牲者に、俺も1人なら確実になってた。
俺の答えに対し、シリウスは不思議な顔をした。
『ん?君、僕と比べてまだまだだなぁって思ったってわけ?』
「…そりゃあ…そうだろ」
するとシリウスは口に手を当てて、わざと吹き出しそうな顔をした。
『え?まって。君、僕と比べてるの?自分を?』
「うるせぇな!なんだよ!そうだって言ってんだろ!」
『うっそでしょ~?!あはははははは!!!』
「だー!!もー!!なんなんだよ!!!」
そこまで爆笑しなくてもいいじゃんか!
俺が顔を顰めてそう言うと、シリウスは笑い泣きした目をふきながら答えた。
『ねぇさ~。君、僕がどれだけ経験値積んだか知ってる?』
「…経験値?」
『戦いの。ねぇ、僕が何歳だか知ってる?』
「ん?いや、知らない。いくつなの?」
『…ふふっ。およそじゃないけどたかだか1年程度の経験で追いつけるようなもんじゃないんだよ。年数も経験値も。……それに君はまだ何も犠牲にしてないじゃないか。』
『僕はね、犠牲にしてから頑張り始めたんだ。けどね……やっぱそれじゃあもう遅かったんだよ。残ったのは忘れられない嫌な苦さだけだったよ。』
『………どうか、君はそうならないようにね』
「…おう。」
自虐的な笑みを浮かべた、いつものシリウスらしからぬ発言だった。けどだからこそ、ずっと忘れられない出来事なんだってことが伝わった。
『よし!じゃシャルルの街に戻るよ!帝都に配達を頼んで、すぐシド公国に向かうよ!』
「おう!!!」
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