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始まりの夜③

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カイはこの大聖堂内部で3年間を過ごしたが、その構造は分からないことが多い。
あの子供と共に、軟禁されていたからだ。

それを踏まえて、さて、どのようにこの要塞に侵入するか。
カイの目的である子供が捉えられているのは大聖堂の真ん中にある棟だ。
教皇の居も兼ねたそこは、この大聖堂の中でも最も警備がきつい。

「これ、力ずくで行けたりしねえかな…」

カイは、己の手を見つめながら言う。
昨夜までは病で死にかけているただの男だった。
何の力も無く、無力だった。
だが、今は違う。

体中に魔力が漲っているのを感じる。
更に、断頭台で確かに首を跳ねられたが、絶命することはなく今こうしてここに立っている。
しかも驚くことに、あの堕天使との邂逅以降、何をされても全く痛みを感じず、瞬く間に傷が癒えていく。怪我を負うことは、今や大きな問題にはならない。

強行突破。

これまでの無力で臆病だった自分からすると、到底及ばない考え方だ。
しかし、今の自分には似合っていると思えるほど、カイは心の何かが大きく吹っ切れていることを自覚している。
どうせ一度死んだようなものだ、ならばこれからは好き勝手にやってもいいだろう。

「よし、イケる」
「イケるわけ無いでしょ、バカなの」
「うわっ」

そうして大聖堂に向かい発とうとした瞬間、カイは突然後ろからぐんっとマントを捕まれてそのまま前につんのめった。
振り返ると、アイネが呆れた顔をしながらそこにいる。

「あー!!お前っ、どこ行っ」
「大きな声出さないでよ、門番にバレるでしょ」

彼はそう言うと、カイの首根っこを捕まえて跳ねる。そしてそのまま闇夜に溶けた。



カイが次に下ろされたのは、あばら家の中であった。乱暴に投げられた先には、アイネが兄と慕うあの木偶の坊がいる。
彼はカイには目もくれず、虚ろな青い瞳をまっすぐアイネにだけ向けていた。

「はあ……」
アイネはカイを見下ろしながらため息をつく。
「こんなに馬鹿だと思わなかった、眷属にしたの、早くも後悔した」
「矢継ぎ早に失礼なやつだな」
「君こそ主への口のきき方がなってない」
「主?お前が」
「君、僕の話聞いてた?」

ため息混じりにアイネはそう言って肩を竦める。
「君、僕の眷属なの。
生かすも殺すも、僕次第なわけ。
この意味わかる?」
「ふうん、じゃぁ殺せよ。別に無理に長く生きながらえたいわけじゃねえし」
「はあ?
あの子を何とかしたいんじゃなかったの」
「んー。そんなことよりお前、タバコ持ってねえか」
「持ってるわけないでしょ」
「そっか。残念だ」
カイはそう言うと立ち上がり、膝の土を払う。

「兄さん、この人なんか昨日と全然態度違うんだけど」
「……」
「あ、ラッキー。ポケットに入ってた」

物言わぬ兄に囁くアイネを尻目に、カイはタバコを取り出すと咥える。
すっと人差し指でなぞると、先端に赤い炎が灯る。そしてその煙を肺一杯に吸い込むと、
「やべー、うめえ……」
と、絞り出すような声で言った。

「3年ぶりの煙草、マジうめえ」
「これだからヤニカスは嫌だよ。
そんな真っ白な身なりしてる癖に、中身は真っ黒だね」
「おう、ロクなもんじゃねえよな。 
肺をやったってやめられねーんだから」

カイはそう言うと自嘲気味に笑う。
そして煙草を咥えたまま腕を組み、アイネに向き直った。

「とは言えお前の眷属?になったことで、どうも俺はかなり丈夫になったらしい。
その証拠に首を落とされても死ななかったわけだが、何故ダメなんだ?
死ななければなんとかなるだろ」
「確かに多少丈夫な作りにしておいたけれど、流石に総本山を一人で突破は無理。というか、できてるなら僕がとっくにやってるよね」
「確かにそれは一理あるな」
カイは頷いて、アイネの前に腰を下ろした。
やっと真面目に話を聞く気になったのか、煙草の火を地面に擦りつけて消すと、その方を向く。アイネが続けた。

「回復にかかる時間は、損傷の大きさに比例する。首を落とされてから意識を取り戻すまで、それなりに時間がかかったでしょ」
「ああ、流石に目が覚めたら首から下がなかったのはびっくりしたわ」
「そう。だから、例えば何人にも囲まれて、一斉に強く攻撃されたり、下手な結界に触れて一瞬で消し飛ばされたりすると、回復する時間が取れないからアウト。
何よりも眷属に何かあると主の僕もそれなりに痛いんだから、気を付けてよね」
「なるほど、お前が俺を生かすも殺すもお前次第なのと同じように、俺もお前に対してそうだということか」
「僕は君が死んでも死なないけどね」
「しかし少なからず……。いや、その口ぶりからするとかなりのダメージを負う」
「……」
「それはどの程度だろうか」
「……」
「やってみるか」
「やったら殺すよ」
「はは、殺されちまったらわかんねーな。
残念だ」
「お前ムカつく」
「お互い様だろ」

カイが二本目の煙草に火をつける様子を、アイネは目を細め忌々しそうに睨む。
カイはそれに臆する事無く、すうっとまた肺まで煙を吸い込んだ。
そして煙を吐き出し、その腕を組みながら言う。

「分かった。
まずはお前に従うことにする。
なんなりとご命令を、ご主人さま」
その馬鹿にしきった態度にアイネは肩を竦めてため息を付いた。
それからアイネは、兄の方を見上げ顎をしゃくる。すると兄はすっと弟に手を伸ばし、抱き上げた。
どうやらそこがアイネの定位置のようだ。アイネが慣れたようにその腕の中に収まると、兄の片翼が庇護するように優しく弟の身体を覆った。

「大聖堂の中には、様々な結界が張り巡らされている。僕たちですら、安易に足を踏み入れることは出来ない。君が最期にいた地下牢のように空気が淀んでるところは、結界の力が弱まるから大丈夫だけどね」
「なんだそれ、宗教上の理由ってやつ?
それは困るなあ、俺は敬虔な光の神信仰者なんだよ」
「嘘つけ、君の家は"こっち側"だろ」
「闇の神さま、堕天使さまの復活を~ってか。
残念、トチ狂ってたのは、あいつだけ。
母親はちゃんと伝統とお作法通り葬ったよ」
「ふぅん。なら残念、改宗が必要だね」
「よりによって親父と同じ宗派なんて反吐が出そうだ」
「お好きに吐けば。
そして、総本山を落とすのは、現魔族軍の全勢力を以てしても無理。敢えて不可能性とは言わないけれど、適切ではない」
「俺は別に総本山を落とす気はねえよ。
アレを拐かしたいだけだ」
「頼むから話を最後まで聞いてくれるかな。
君が言う通り、あの子を助け出したいだけならチャンスはそう遠くない未来に訪れる。
その時に備え、僕から君への最初の命令は2つ。
1つ、力をつけること。
僕は君に強い魔力を与えたけれど、君の器はまだそれに値しない。見たところ少し使える気になっているようだけど、僕に言わせれば赤ん坊以下。
魔力の使い方を学び、僕が与えた力を使いこなせるようになる、それがまず第一条件」
「俺が?魔術師にでもなれってか」
「そうだよ。楽勝でしょ。
幸いにも君は基礎的な魔術の知識があるしね」
「昔学校で習った一般常識レベルだけどな。俺は元々魔力なんてないから聞き流してただけだったが、人生どこで何が役に立つかわかんねえもんだよな」
「ふふ、よかったじゃない。
君の国の教育レベルの高さは、僕も大したものだと思うよ。
そして2つ目。魔族軍でのし上がること」
「そっちは言っている意味がわからねえな」
「そのままの意味だけど。
魔族領は大きく4つに分かれている。
そしてそれを4人の神官がそれぞれ治めている。
人間の君にわかりやすく言うと神官は侯爵に当たるね。そして君は、その神官になって欲しい」
「いや普通に無理だろ」
「魔族は人間と違って非常に単純でね。
神官交代の条件はただ1つ、その神官よりも強いこと。つまり」
「倒しちまえば明日からそいつがそのまま侯爵になれる、と」
「そう。伝統も格式も血筋も必要ない。
非常に明快でしょ。
そしてそれを統べているのが魔王。
正確に言うとかつて光の神と対峙し、地に堕とされ勇者アルと聖女シーナに封印された闇の神さま」
「魔王?魔王は健在なのか?」
「残念ながら封印はそのまんま。
しかしその子孫は残っている。
僕たちのことだけどね」
「いや、ちょっと待て、ちょっと待てよ。
お前昨夜、シーナの血を引く者とか何とか言っていたよな。
魔王とシーナが血縁があるなんて聞いたことねえぞ。だってシーナは聖女で、勇者と共に」
「君が知っている歴史は伝承に過ぎないからね。そこに人が介在する限り、事実が常に正しく遺されているとは限らない」
「俺らが証とする歴史には、誰かの都合が良い様に改編が入ってるってことか?」
「さあ、自分で調べてみたら。
君、研究者なんでしょ」
「歴史は専門外だが……。
まあいい、分かった。一旦飲み込もう」
「いいね、その柔軟な姿勢。
研究者向いてるよ、センセ」
「そりゃどーも。これは天職でね。
つまりまとめると、強くなれ、偉くなれ、か。
めんどくせーな。俺、お前の眷属なんだろ?
何かチートできねーのかよ。
結局のところ、現在お前が実質魔王なんだろ」
「役を用意することは出来るけど、魔族は力なきものにはついてこないよ。
一人で踊る道化師になりたければ、どうぞ」
「成る程。単純故にめんどくせえ。
わかったよ」
「飲み込みが早くて助かるよ」

もう一本煙草に火をつけ咥えると、ぐしゃりと前髪をかきあげた。そして続ける。

「しかし、そのチャンスってやつはいつ来るんだ?」
「さぁ、近からず、遠からず」
「曖昧だな」
「ハッキリわかんないんだよ」
「ざっくりしてんな」
「僕たちの時間感覚なんてそんなもんだよ」
「じゃぁ、そのチャンスとやらは具体的に何だ」
「君が神官になれたら教えてあげる」
「チッ、もったいぶりやがって。
その間にアレに何かあったらどうするんだよ」
「大丈夫、あの子は死なない、殺せない。
だって、最後の希望だ。
ただ、彼らが必要なのは、あの子の身体だけ。そこがポイントかな。
次のチャンスを逃したら、次はいつになるか、いや、もう無いかもしれない」
「俺が上手くやれなかったら」
「仕方ないから諦めて他の方法を探すよ。
おかげさまで、時間だけはあるんだ、僕たち」
「ああ、もうマジでめんどくせえな。
死んだほうが楽だった」
「生きているからこそできることもあるよ。
あの子を助けることも、大好きな国王さまとの約束を果たすことも」
「……………別に好きじゃねーし」
「あはは、そこは素直じゃないんだ。
じゃあ、そういうことにしておいてあげるよ」
「……」

カイは黙って思案していたが、直ぐに諦めたように返す。
「わかった、わかったよ」
そして今度はグシャグシャに頭を掻き、タバコを落として踏みつけた。
そして改めてアイネに向き直る。

「次に顔を合わせるのは、俺がその神官とやらになるときだ。首洗って待ってろ、ご主人さま」

その言葉に、アイネはニンマリと笑む。
と、同時にゆらりとその姿が歪み、あの地下牢の時と同じ様にすうっと宙に溶けるように消えた。
カイは赤い瞳でそれを見届けた後、それを追うようにその姿を消す。

後に残ったのは夜の静寂だけだ。
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