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始まりの夜②

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大聖堂全景を目前に据えている聖都を象徴するこの場所で、これから公開処刑が執行される。
科人を一目見ようと人が集まり、まるで祭りのような盛況さだった。

「はあー、野蛮だよねえ」
広場を一望できる時計台の屋根に腰を下ろし、アイネは呆れたような声を上げる。
「人間って、余程娯楽に飢えているのかしら。
ねえ、兄さん」
横に据える青年は、虚空を見つめたまま動かない。アイネはため息をついて肩を竦める。

更に少し待つと、広場から歓声が上がった。
「教皇」
途端アイネは眉を寄せてそう呟くと、大聖堂正面のバルコニーから手を振る男を睨みつけた。
この国の王であり、この世界で最も是とされている光の神の代言者であり、信仰の象徴だ。

広場が再び盛り上がりを見せる。
しかし次のそれは、歓声ではなく怒号や野次であった。
アイネは身を乗り出してそれを見ながら、
「兄さん、見て。うちの子出てきたよ」 
と、やや興奮気味にそう言った。

カイが執行人と共に現れる。
日の元に晒された彼は、昨夜のそれとは違い身なりが整えられている。
その姿は、皆が一瞬息を呑むほどの白であった。髪の毛、素肌、その全てが純白で一瞬天使かと見紛うほど美しい。
そして血と同じ色をした赤い瞳は、これからの運命を見据えるように真っ直ぐ前へと向けられている。

「あの姿、人間なのか?」
「悪魔だ。白い悪魔だ」

異質な囚人の姿に、俄に民衆がざわめいた。

断頭台は人の背丈より少し高い位置に作られた台の上にある。従って、囚人は自らそれに向かい階段を上がっていくことになる。
階段を上がると、断頭台の前までやけに長い通路が続く。囚人を見世物にするため、敢えて長くとられているのだ。彼は後ろ手で拘束されたまま、首輪から伸びた鎖を執行人に引かれてゆっくり前へと進んでいく。
足枷から伸びている重たげな鉄球が、引きずられながらその後を追っていた。

「あー、石投げられちゃってる。カワイソ」

観衆が思い思いに投げたものが、カイの髪に、顔に、そして服に当たる。
その最中、頬のあたりにとりわけ大きな石が強く当たった。カイはその衝撃に思わずのけぞり立ち止まるが、執行人はそれを許さない。
すぐに強く鎖を引くものだから、彼は前につんのめった。観衆からの嘲笑が浴びせられる。

カイはとうとう断頭台の前に立つ。
その前に、大聖堂を臨む。
中程のバルコニーに教皇が見えた。その後ろに枢機卿、大司教諸々、幹部が揃い踏みしている。
国賊の処刑に駆けつけたのだ。
全くご苦労なことだとカイは心中で毒づいたが、その中に親友の姿を見つけた時、俄に心がざわついた。

彼は目をそらすことなく、自分の姿をまっすぐ捉えている。
カイは僅かに口元を緩めると、背筋を伸ばし胸を張った。これが最期だ。
ルイスもまたそれを察したのか、黙して頷く。
カイも頷き返す、そのタイミングで執行人に頭を押さえつけられた。

そのまま断頭台にカイの頭が固定される。
歓声が一層大きくなった。
カイは顎を上げ、もう一度前を見据えた。
執行人が罪状を読み上げる。
その内容には、一つも心当たりがない。

まあ、そうなるわな。

カイは自嘲する。
本当の罪状なんて、到底言えるはずがない。

最後に死刑が執行されたのは15年も前になる。
民衆の記憶から薄れ始めた今、教会の権威を示すため、反乱分子への見せしめのためには、丁度いい頃合いだ。

白い悪魔とは言いえて妙だ。
美しい罪人の処刑は、きっと長く人の記憶に残るだろう。

形ばかりの口上が終わると、とうとうその時がやってくる。
カイは後頭部を強く抑えられた。
そばに柳の籠が置かれる。いよいよだ。

カイはその赤い瞳をゆっくり閉じた。


一際大きな歓声とともに、鋭い刃が滑り落ちる。間もなくして、ダン、と鈍い音が広場に響き渡った。






夕刻、広場の端にある物置小屋に、大小2つの柳の籠が運び込まれた。

「おい、丁重に扱え。
なんでもヴェルデの国王が持って帰るんだと。
この後、棺に入れ替えろとのことだ」
「え、俺たちが?やだよ。気味が悪い」
「仕方ないたろ、命令なんだから。
背いたらお前がこうだぞ」
下人の一人がそう言うと、首の手前で親指をすっと横に滑らせた。
「やめろよ、縁起でもない」
「はは。まあ、さっさと終わらせちまおうぜ」
するとその時、大きな方の籠がガタガタと揺れ始めた。
「おい……」
異変に気付いた下人の一人が、三歩退いてそれを指差す。
「ん?」
もう一人が振り返った瞬間、その蓋がゆっくり開いた。そしてその隙間から、白い指が三本出る。

そのまま籠がバタンと前向きに倒れて、完全に蓋が外れる。
すると、収められた首のない体が露になった。
そしてそれが真っ直ぐ地面に向かい手を伸ばして土を掴み掻き、ゆっくりと籠から這い出てくるではないか。

「嘘だろ」

二人はあまりの恐怖にガタガタと震えながら、固唾をのんでその様子を見守る。
首無しの体は、とうとう起き上がった。
その手が宙を彷徨ったところで、はっと我に返った二人は情けない叫び声を上げながら脱兎の如く逃げ出した。

首のないその体は、すぐに隣にある小さな籠を手探りで見つけ出した。


ぎごちない手つきでその蓋を開こうとするが、もたついてなかなかうまくいかない。
すると次にそれは突如ゆらりと立ち上がり、籠を乱暴に蹴り飛ばした。
その衝撃で、ポンと蓋が開く。
同時にその中から頭が転がり落ちた。それは紛れもなく昼間に処刑された白い囚人のものだ。

首は3回転程して、体の方に顔を向けて止まった。そして刹那、その瞼が勢いよく開く。

同時に体の方は地に崩れ落ちた。
そして再びその頭に向かい這って進む。ついにその伸ばされた手が、長く伸びる髪の毛の先を掴んだ。それをその手が勢いよく引き寄せると、ビチビチと音を立てながら頭側と体側から骨と皮膚が互いに延びて行く。
ある程度頭と体が繋がったところでカイは身体を起こすと、最後に自身の頭の天辺を手で強く押す。するとゴキっという鈍い音を響かせ、それらは完全に元通りにくっついた。 

そしてカイは俯いたまま、傷跡に沿って首を一周中指で揉むように押して収まりを確認しながら顔を上げる。それから首を回し、今度は喉のあたりを抑えて、
「あ、アア」
と、声を出した。
同時に、首の傷跡がすっと消えていく。
 
すると丁度その時、外から複数人の足音と騒がしい話し声が聞こえてきた。カイはその方を向く。

「本当ですって。籠から体が這って出て…!」
「そんな事あるわけ無いだろう、夢でも見たんじゃないか?」
「ともかく見て下さい」 
必死なその声は先程の下人二人だ。

先程の怪異を目の当たりにし、司祭を連れて戻ってきたのだった。
戸が開かれ、中の様子を見た三人は合わせて息を呑んだ。
その中央に、確かに昼間処刑された白い男が夕闇に照らされながら佇み、血のような真っ赤な瞳でこちらを見ていたからだ。

「丁度良かった」

カイは目を細めそう言うと、人差し指を彼らに向ける。そして、
「服、貸してくんねえか?」
そう言うと、それをすっと左から右に動かした。刹那、3人の首が軽やかに宙を舞う。
それは一瞬の出来事だった。

「なるほど」
カイはその指先をじっと見つめる。
「悪ィ、加減を間違えた」
それから3体の骸に向かいそう言い放つと、静かに十字を切り、最後に親指を下に向けその手を振り下ろす。



「遺体の引き渡しを拒否するだと?」
ルイスは苛立ちを隠さず、大司教に詰め寄った。
彼はそれを一瞥し、返す。
「ええ。教皇様からの指示です」
「納得できない。
先に一度許可を得ている。それを覆すのか?」
「亡骸は既に我々が処分した。
故に、引き渡すことはできない」
「彼は我が国の騎士団員だ、そんな勝手を許すと思うか」
「ヴェルデの王よ、謹みたまえ。
何故そうもあの罪人に肩入れをするのだ。
それとも、亡骸を返されないと困ることでも?」
「な…っ」
「あれはそちらの騎士と仰っていましたな。
よもやあの蛮行はあなたの指示では?
ヴェルデは国を上げ我々教会に反旗を翻すと理解しても宜しいか?」

ルイスは言葉を詰まらせる。
幾ら自国が大国とはいえ、彼らとの連携無く国を維持することは出来ない。

「お気をつけて、お帰りを」

そうして大司教は身を翻し部屋を後にする。
その背を見送った後、ルイスは目前の机を強く叩いた。彼らしくない行動に、臣下たちが目を見張る。

目を閉じれば、親友の頭が無惨に宙を舞い、地に転がったあの光景が瞼の裏に浮かぶ。 

3年前、彼は赴任先のエルミアという土地で行方をくらませた。内戦が起こったのだ。
彼は騎士団とは言え非戦闘員であったから、おそらく襲撃に巻き込まれ犠牲になったのだと考えられた。一方でルイスの強い希望により生死不明とし、所属は現職で騎士団のままである。
そして、だからこそ教会から今回の連絡が入ったのだ。

彼が一体どんな経緯でエルミアから姿を消し、そしてこれまで連絡もなく教会にその身を置いていたのか。何を為したのか。
そして、何故あんな風に死ななければならなかったのか。その真相はもう闇の中だ。

せめて、その憐れな亡骸だけでも故郷で手厚く葬ってやりたかったが、最早それすらも許されない。

こんな不条理なことがあってたまるか。

ルイスは教会への疑念を抱えながら、己の無力さに強く憤ることしか出来ない。

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