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9.ひみつの実習②
しおりを挟む誉が指を引き抜くと、ぽっかりと空いたカイの孔が名残惜しそうにひくひくと収斂した。
誉はそこに己を充てがって、するすると擦り付ける。するとそれを追いかけて、カイの腰が揺れた。
「がっつかないの、ちゃんとあげるからね」
誉はカイの頬を撫で、準備をしながらその呼吸が整うのを少し待つ。
その間もカイは切なげに後孔をひくつかせ、早く早くと腰を揺らしている。
誉は愛おしそうにそんなカイの尻を撫でると、
「お待たせ」
そう言って一気にカイを穿った。
びゅく、とカイのペニスから体液が飛ぶ。
誉がゆっくり突く度、気持ちよさそうに体を震わせながらカイは体液を吐き出した。
「ふぅう…っ」
カイが下唇をぎゅっと噛む。
誉は直ぐに口を開かせて、親指を滑り込ませた。
そのまま舌先を指で弄る。
カイの小さな口は、誉の親指だけでもいっぱいだ。カイは半開きのそこからてろてろとよだれを垂らしながら、誉に突かれる悦びに体を震わせた。
「カイのお腹、俺のでいっぱいだね」
誉はカイの薄い腹を撫でながら、うっとりとそう呟く。わざと上めに擦ってやると、腹が痙攣する。それはとても煽情的でたまらない。
しかしそうしているうちに、荒くなるカイの呼吸に紛れて、ひゅ、ひゅ、と言う高い音が聞こえ始めた。それを少し惜しく感じながら、誉は腰の動きを早めていく。
「はあ、仕方ないな。
今日はこのくらいだね」
そしてより一層強く腰を打ち付けてやる。
カイは足をピンと張って、健気にも誉の欲を受け止めた。
「……はあ」
残滓までカイの中に放ち切り、誉は息をつく。
「カイ」
そしてじっとりと汗が滲んだカイの額にキスを落とした。
それだけでは留まらず、鼻の頭、頬、そして最後にその唇をちゅっと吸った。
誉が離れると、カイの手がそれを追う。
それがたまらなく愛しくて、思わず誉はカイを抱きしめた。
「カイ、愛してるよ」
誉はそう呟いてスヤスヤと眠るカイにもう一度だけキスを落とした。
そうして迎えた 翌朝。
起床してからずっとウサギさんの機嫌が悪い。
誉はその2つの理由を知っている。
1つ目、腰が痛い。
それは確実に自分のせいなので、先ほど努めて優しく宥め、湿布を貼ってやって事なきを得たところだ。
そして2つ目、これはもうどうしようもない。
家に帰りたくないのだ。
余程ここの居心地が良かったのだろう。
誉はさっきから部屋の隅っこで膝を抱えてメソメソとしているウサギを好物の甘いパンケーキで何とか釣ろうとしているのだが、なかなか上手くいかない。
これまで何度も誉の家に遊びに来たことがあるカイだが、ここまで駄々をこねるのは初めてだ。
刻一刻と帰る時間が迫るごとに、彼のご機嫌はぐずぐずに悪くなっていく。
彼もまた、葛藤しているのだ。
誉ともっといたいという感情と、そんなことは許されないという理性と。
「……タバコ吸ってくる」
「あ、こら、カイ」
カイはとうとう我慢できなくなって髪の毛を乱暴に掻き毟ると、そのままふらりとベランダへと向かおうとした。
その手に掴んだ煙草を寸前の所で取り返し、誉は声を大きくして止めた。
「駄目だよ。
昨夜も肺から変な音がしてたんだから」
「いやだ、吸う。返せ」
「返しません。
また喘息の発作が出たら嫌でしょ」
「別にいい、吸う。返せ、吸う!」
カイは大きな声で返すと、手を伸ばす。
一方で、その大きな赤い瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれ始めた。
もうここまで来ると、癇癪に近い。
「俺は君が苦しい思いをするのは嫌だよ。
だから俺のためと思って、今日は本当にやめてよ、ね?」
しゃくりあげるカイを抱き寄せて、誉は優しく声を掛ける。それでもカイは諦めきれずにいやいやと首を横に振って、その腕から逃れようと暴れた。
カイは、喫煙をする。
最初はこんな子がと驚いたが、話を聞くと中学の始めにはもう吸っていたそうだ。
そしてそれが彼の自傷行為だと誉は気がついている。
父親との歪な関係、祖父からの過剰な期待、母親からの異常な束縛、自身が抱える病気、櫂は様々なしがらみでがんじがらめにされながら、"良い子"であることを強いられている。
そのどうにもできないストレスを何とか昇華させようと模索して、たどり着いたのがきっと喫煙だったのだろう。
喫煙は、手軽にできる"悪いこと"だ。
彼の母親は喫煙をするから、比較的手に入れやすかったこともあるだろう。
カイはそうやってつかの間の自由を得て作り物である良い子の殻を破り、何とか自我を保っているのだ。
「しんどいね、分かるよ」
「わかんねえよ、お前になんかわかんない」
「分かるよ、俺も実家が、家族が嫌で嫌でたまらなかった」
カイの抵抗が止まる。
そこ顔を上げて、キョトンとした顔で誉を見る。
誉はその瞳に浮かぶ大粒の涙を拭ってやりながら続けた。
「俺の祖父も厳しい人でね。
ちょっとでも気に入らないと人のことをボコボコに殴るんだ。
半分ボケてるくせに、力だけ強くてさ。
祖母は早々に痴呆になっちゃって、話なんか通じないし」
「……」
「父は父で、お前は長男なのだから家業を継げ、親の面倒を見ろの一点張り。
家業って言っても君の立派な家とは違って、潰れかけた小さな食堂だよ。
母はパート先で知り合った人と出来ちゃって帰ってこなくなっちゃったし。
弟はご存知の通り、難病で病院から出られない」
「……思ってたより全然壮絶だった。
分かんないとか決めつけて、ごめん」
「あはは、全然いいよ。
それにまあ、田舎ではままある話だよ」
誉は申し訳無さそうにしているカイの頭を撫でながら続ける。
「それでね。
俺はここにいても、未来はないと思ったんだ。
一生親の言いなりになって、そのために生きるのかって。でもそんなの絶対に嫌だと思った。
だから、家を出ようって决めたんだ」
「だから、一人で暮らしてるの?」
「そうだよ。家族は大反対だったからね。
それを押し切って出て来たわけだから、もう頼れないよ。頼るつもりもないけど」
「……」
「勿論、丸腰で出てきたわけじゃないよ
そう決めて、中学、高校と一人で生きていくための武器を磨いたんだ。
じゃぁ、俺の武器ってなんだと思う?」
「ううん……。
誉何でも出来るし……」
「確かにできること全部が武器になり得るけど、特に一番磨いたものがあるよ、勉強だ。
元々俺は勉強が好きだったし、成績は人一倍良かった。
成績って、誰から見ても一番分かりやすいしね。だからそれを武器にすることにしたんだ」
「……」
「カイも、もし俺と同じなら考えてご覧。
何がカイの武器になるだろう?
武器は一つとは限らないからね。
むしろ、一つでも多いほうがいいんだ」
「武器……」
「そう。そして忘れないで欲しいんだけど。
俺は君の武器の一つになり得るし、なるつもりでいるよ」
「……」
カイはその後、誉の腕の中で俯いて考え込んだ。
誉の話を聞くうちに、すっかり気持ちも落ち着いたようだ。
だからそのまま誉は暫く背中を撫でながら待ってやる。
するとカイは、すっと顔を上げて言った。
「わかった」
誉はいつもの通りお利口さんだと言い、もう一度強くカイを抱きしめてやる。
それから、
「そうだ、ちょっと待って」
と、一度カイから離れ玄関の方に向かう。
そして狭い靴箱を開けるとすぐに戻ってきた。
「手を出して」
そう言われたカイが小首を傾げながら言う通りにすると、誉が掌に何かを載せた後ぎゅっと握らせてくる。
離された手をゆっくり開いてみると、それは鍵だった。白いウサギさんのマスコットがついている。
「これ」
カイは鍵と誉を交互に見ながら尋ねた。
誉は優しく微笑みながら頷く。
「お守りだよ。
辛かったら、いつでもここに来なさい。
お母さんへの言い訳は俺が何とでもしてあげるから、安心して逃げておいで」
手の中の鍵を見つめるカイの鼻が、すんと鳴った。そして誉の胸に顔を押し付けたかと思うと、肩を震わせ始める。
誉はその背をただ撫でて、ゆっくりとカイが落ち着くのを待った。
少しの後、カイは再び顔を上げる。
そして、その赤い瞳に誉をまっすぐに映しながら、ハッキリした声で返した。
「わかった」
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