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無理やり結婚させられそうになった私は、駆け落ちして好きな相手と結婚して幸せになって、絶望した。
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「ふざけないでよ!!」
私は激怒した。
私は、老舗旅館の女将の娘だ。
でも、ここ数年客が減り、資金繰りが悪化して来た。
そんな困っていた私に両親が突き付けたのは、大企業の御曹司との結婚だった。
会った事すらない、顔は写真で見たが、とても趣味ではなかった。
それに私には、好きな人がいた。
厨房で働く板前の一人。
努力家で、将来を嘱望されている若手だった。
私はこの旅館が大好きだ。
家族も、旅館で働く従業員も、全員大好きだ。
そして、旅館があるこの町も、大好きだ。
将来は彼と結婚し、この旅館を全力で支えよう、この旅館の為に命を懸けよう、そう思っていた。
私には妹もいるが、妹と一緒に頑張ろうと思っていた。
でも、その希望は打ち砕かれた。
両親は、そしてこの旅館の人たちは、私に嫌な結婚をさせようとした。
だから逃げ出した。
そして何年もの月日が流れた。
彼と一緒に逃げ出して、彼と結婚し、一緒にいろいろな仕事をして、遂に二人のお店を出す事が出来たのだ。
私は幸せだった。
店も軌道に乗り、私も妊娠し、優しい彼と、そしてもうすぐ生まれる子供と一緒にずっと暮らしていくんだ。
そう思っていた。
そう、あいつが現れたのは、彼が昔からの友人と飲みに行った日、私が一人で留守番をしていた日だった。
「すみません。今日は営業していないのですが」
店が開いた音がしたので、入り口の方へ顔を向け、入ってきたお客様へそう言った。
私は入ってきたお客様を見たとき、どこかで見た顔のような気がした。
私は老舗旅館の未来の女将として修業してきたおかげで、人の顔と名前を覚えるのが得意だ。
でもこのお客様を見ても、どうしても思い出せなかった。
だが、絶対に見た事のある顔だった。
「はぁ……やはり覚えていませんか。まぁ、写真で見ただけですからね。私ですよ。未来の女将であるあなたと結婚予定だった、大企業の御曹司ですよ」
「!!」
思い出せないわけだ。
正確には、思い出すのを脳が拒否していたのだ。
こいつのせいで、私の人生は大きく変わったのだから。
「帰ってください!あなたと結婚する気はありません!!」
「ご安心ください。私ももうあなたと結婚する気はありません。あなたを探して会いに来た理由は、ご報告と、感謝を伝えに来たのです」
「報告と、感謝?」
こいつはいったい、何を言いに来たのだろう?
「あなたとの結婚話が上がった段階で、既に私達から多額の援助金が支払われていたのです。で、あなたが男と逃げ出した段階で、当然この話は無くなりました。この後どうなったかは、わかりますか?」
「援助金の返還……」
「半分正解です。こちらはすでに結婚の準備等を進めていました。ですので慰謝料も追加でいただきました。その結果、どうなったと思います?」
「多額の借金を背負った……」
「ええ。そして旅館は倒産しました」
「!!!!」
私は絶句した。
日頃忙しいのもあったが、無理やり結婚させられそうになった思いがあるので、私は旅館について調べたり地元の知人に電話したりすることもせず、帰りもしなかった。
でも、まさか……こんな事になっていたなんて…………
「それで、旅館は……いえ、両親や妹、それに従業員はどうなったのですか?」
「土地はうちが買いました。従業員は旅館が閉店されたので当然解雇されています。ああ、希望する人はうちで雇いましたよ」
「そうですか、ありがとうございます。で、両親と妹は?」
私は、従業員が新しい仕事を見つけられたようなので、彼に感謝した。
そして、家族のその後が気になった。
両親は、そして妹は元気だろうか?
「ああ、自殺しましたよ」
「!!」
「旅館が潰れた数年後に家族全員でね」
「そんな……」
私の頬を、涙が伝った。
まさか、そんな事になっていたなんて。
私の家族が全員死んでしまっていたなんて……
私は幸せになっているから、みんなきっと幸せになっていると思っていた。
不幸になっているなんて、思いもしなかった。
「まぁ、多額の借金を背負って、地元住民からも嫌われていましたからね」
「嫌われているって……どうして!!うちの旅館は、地元住民から好かれて……」
「まぁ、土地にあった森林を全て伐採して、産業廃棄物処理場を造りましたからね」
「……なんですって」
今、こいつはなんて言った?
私の耳がおかしくなっていなければ、産業廃棄物処理場って……
「ええ、近隣住民にはかなり反発されましたが、お金をばらまいて黙らせました。まぁ、おかげで住民は賛成派と反対派に分かれてもめにもめ、一時的に犯罪率まで上がったのですが、住民の土地を買って、ついでに引っ越し費用も払うと言ったら喜んで売ってくれましたよ。おかげで今や旅館の土地だけでなく、近隣一帯もうちの土地です。おかげで簡単に処理場の拡大が出来ましたよ」
「そんな……」
私は絶望した。
家族だけじゃない。
小さい頃から過ごした美しい森林や、地元の町、そして優しかった人々、それらが無くなったのだ。
そして、家族が自殺した理由が分かった。
自分達が旅館を守れなかったせいで、旅館だけじゃない、近隣の土地が、めちゃくちゃになっていく様を、自身の目で見てしまったからだ。
それを私が、家族が引き起こしてしまった事に、絶望したのだ。
「ええ、だからあなたには感謝しかありません。」
「か……ん……しゃ?」
「ええ、私の父はあなたの旅館が大好きで、ぜひ旅館を再建したいと思っておりました。私は産業廃棄物処理場の方がいいと思っていたのですが、父はどうしても、と言っていました。ですから、私もあなたと結婚したら、全力で旅館を立て直そうと思っていました。一応言っておきますが、嘘偽りなく思っていましたよ。私はあなたの写真をみて、お恥ずかしながら一目惚れしましたから。あなたが喜んでくれるなら、旅館再建も悪くない、そう思っていました。ですがあなたが逃げ出したことで、父は大激怒でした。大恥をかかされた、と言っていました。その結果として、産業廃棄物処理場になった、というわけです。これが想像以上に上手くいって、うちの会社は毎年規模拡大しています。本当に、あなたが逃げてくれて幸いでした。あなたが逃げなければ、産業廃棄物処理場は出来なかったのですから」
「そん、な……そんな事って…………」
怒る気力すら湧かなかった。
私の中にあったのは、絶望だけだった。
「ああそう、旅館の元従業員で、現在うちで働いている人たちですがね、とてもよく働いていますよ。もっとも、うちで必要な専門知識や技術のない人たちばかりなので、安月給のハードな肉体労働ばかりですがね」
「あ……あーーーーーー!!!!!!」
私は絶叫した。
涙がどんどんどんどん流れ、服を濡らしていったが、気にならなかった。
自殺してしまった家族、そして、過酷な肉体労働に従事する他に行き場のない従業員達……
私が、結婚さえしていれば、こんなことにはならなかったのに…………
その時、私の下腹部が痛くなった。
「おや、どうやら陣痛のようですね。救急車をお呼びしますよ」
そういって、彼は電話をした後、どこかへ去っていった。
それが、私が彼を見た最後だった。
赤ちゃんは無事生まれた。
そして、子育てが落ち着いた頃、私は夫に子供を任せ、故郷に戻っていた。
夫に旅館のその後を伝える事は出来なかった。
夫を連れ出したのは私のわがままだし、彼にまで重荷を背負わしたくなかったからだ。
私は電車を乗り継いで故郷に戻った。
だけど、故郷は既に存在しなかった。
子供の頃遊んだ場所、友人と過ごした思い出の場所、全て無くなっていた。
故郷は産業廃棄物処理場になっていた。
残っていた数少ない知人に会ったが、全員私に対して憎悪の声を上げた。
あんたのせいで、今この一帯は地獄だ。
あんたのせいで、めちゃくちゃだ。
そんな事を言われた。
産業廃棄物処理場で働いている、元旅館の従業員にもあった。
彼らもまた、私に対して憎悪の声を上げた。
あんたのせいで、旅館が産業廃棄物処理場になった。
俺達が愛した森林を、自分達で伐採した気持ちが、あんたにわかるか?
俺達が幼いころから過ごした土地を、自分の手で壊していく気持ちが、あんたにわかるか?
私は、ただ謝る事しかできなかった。
私は今、旅館があった場所がよく見える、小高い丘に来ている。
昔はよくここに来て、昔から生えている巨大な一本杉に登って、大好きな旅館を見たものだった。
昔はここは花が咲き誇り、蝶がいっぱい羽ばたいていたが、今や見る影もない。
草一本生えていない。
杉も、枯れかけていた。
私は木に登った。
木の一番高い所まで登り、旅館があった方を見た。
幼い頃から、大きくなっても旅館や町がある事を疑わなかった。
そして、そこには笑顔があるものと疑わなかった。
でも、無くなってしまった。
「ごめんね……すぐ帰るって約束したけど、約束守れなくなっちゃった」
そうして私は、木にロープをかけ、首を吊った。
私は激怒した。
私は、老舗旅館の女将の娘だ。
でも、ここ数年客が減り、資金繰りが悪化して来た。
そんな困っていた私に両親が突き付けたのは、大企業の御曹司との結婚だった。
会った事すらない、顔は写真で見たが、とても趣味ではなかった。
それに私には、好きな人がいた。
厨房で働く板前の一人。
努力家で、将来を嘱望されている若手だった。
私はこの旅館が大好きだ。
家族も、旅館で働く従業員も、全員大好きだ。
そして、旅館があるこの町も、大好きだ。
将来は彼と結婚し、この旅館を全力で支えよう、この旅館の為に命を懸けよう、そう思っていた。
私には妹もいるが、妹と一緒に頑張ろうと思っていた。
でも、その希望は打ち砕かれた。
両親は、そしてこの旅館の人たちは、私に嫌な結婚をさせようとした。
だから逃げ出した。
そして何年もの月日が流れた。
彼と一緒に逃げ出して、彼と結婚し、一緒にいろいろな仕事をして、遂に二人のお店を出す事が出来たのだ。
私は幸せだった。
店も軌道に乗り、私も妊娠し、優しい彼と、そしてもうすぐ生まれる子供と一緒にずっと暮らしていくんだ。
そう思っていた。
そう、あいつが現れたのは、彼が昔からの友人と飲みに行った日、私が一人で留守番をしていた日だった。
「すみません。今日は営業していないのですが」
店が開いた音がしたので、入り口の方へ顔を向け、入ってきたお客様へそう言った。
私は入ってきたお客様を見たとき、どこかで見た顔のような気がした。
私は老舗旅館の未来の女将として修業してきたおかげで、人の顔と名前を覚えるのが得意だ。
でもこのお客様を見ても、どうしても思い出せなかった。
だが、絶対に見た事のある顔だった。
「はぁ……やはり覚えていませんか。まぁ、写真で見ただけですからね。私ですよ。未来の女将であるあなたと結婚予定だった、大企業の御曹司ですよ」
「!!」
思い出せないわけだ。
正確には、思い出すのを脳が拒否していたのだ。
こいつのせいで、私の人生は大きく変わったのだから。
「帰ってください!あなたと結婚する気はありません!!」
「ご安心ください。私ももうあなたと結婚する気はありません。あなたを探して会いに来た理由は、ご報告と、感謝を伝えに来たのです」
「報告と、感謝?」
こいつはいったい、何を言いに来たのだろう?
「あなたとの結婚話が上がった段階で、既に私達から多額の援助金が支払われていたのです。で、あなたが男と逃げ出した段階で、当然この話は無くなりました。この後どうなったかは、わかりますか?」
「援助金の返還……」
「半分正解です。こちらはすでに結婚の準備等を進めていました。ですので慰謝料も追加でいただきました。その結果、どうなったと思います?」
「多額の借金を背負った……」
「ええ。そして旅館は倒産しました」
「!!!!」
私は絶句した。
日頃忙しいのもあったが、無理やり結婚させられそうになった思いがあるので、私は旅館について調べたり地元の知人に電話したりすることもせず、帰りもしなかった。
でも、まさか……こんな事になっていたなんて…………
「それで、旅館は……いえ、両親や妹、それに従業員はどうなったのですか?」
「土地はうちが買いました。従業員は旅館が閉店されたので当然解雇されています。ああ、希望する人はうちで雇いましたよ」
「そうですか、ありがとうございます。で、両親と妹は?」
私は、従業員が新しい仕事を見つけられたようなので、彼に感謝した。
そして、家族のその後が気になった。
両親は、そして妹は元気だろうか?
「ああ、自殺しましたよ」
「!!」
「旅館が潰れた数年後に家族全員でね」
「そんな……」
私の頬を、涙が伝った。
まさか、そんな事になっていたなんて。
私の家族が全員死んでしまっていたなんて……
私は幸せになっているから、みんなきっと幸せになっていると思っていた。
不幸になっているなんて、思いもしなかった。
「まぁ、多額の借金を背負って、地元住民からも嫌われていましたからね」
「嫌われているって……どうして!!うちの旅館は、地元住民から好かれて……」
「まぁ、土地にあった森林を全て伐採して、産業廃棄物処理場を造りましたからね」
「……なんですって」
今、こいつはなんて言った?
私の耳がおかしくなっていなければ、産業廃棄物処理場って……
「ええ、近隣住民にはかなり反発されましたが、お金をばらまいて黙らせました。まぁ、おかげで住民は賛成派と反対派に分かれてもめにもめ、一時的に犯罪率まで上がったのですが、住民の土地を買って、ついでに引っ越し費用も払うと言ったら喜んで売ってくれましたよ。おかげで今や旅館の土地だけでなく、近隣一帯もうちの土地です。おかげで簡単に処理場の拡大が出来ましたよ」
「そんな……」
私は絶望した。
家族だけじゃない。
小さい頃から過ごした美しい森林や、地元の町、そして優しかった人々、それらが無くなったのだ。
そして、家族が自殺した理由が分かった。
自分達が旅館を守れなかったせいで、旅館だけじゃない、近隣の土地が、めちゃくちゃになっていく様を、自身の目で見てしまったからだ。
それを私が、家族が引き起こしてしまった事に、絶望したのだ。
「ええ、だからあなたには感謝しかありません。」
「か……ん……しゃ?」
「ええ、私の父はあなたの旅館が大好きで、ぜひ旅館を再建したいと思っておりました。私は産業廃棄物処理場の方がいいと思っていたのですが、父はどうしても、と言っていました。ですから、私もあなたと結婚したら、全力で旅館を立て直そうと思っていました。一応言っておきますが、嘘偽りなく思っていましたよ。私はあなたの写真をみて、お恥ずかしながら一目惚れしましたから。あなたが喜んでくれるなら、旅館再建も悪くない、そう思っていました。ですがあなたが逃げ出したことで、父は大激怒でした。大恥をかかされた、と言っていました。その結果として、産業廃棄物処理場になった、というわけです。これが想像以上に上手くいって、うちの会社は毎年規模拡大しています。本当に、あなたが逃げてくれて幸いでした。あなたが逃げなければ、産業廃棄物処理場は出来なかったのですから」
「そん、な……そんな事って…………」
怒る気力すら湧かなかった。
私の中にあったのは、絶望だけだった。
「ああそう、旅館の元従業員で、現在うちで働いている人たちですがね、とてもよく働いていますよ。もっとも、うちで必要な専門知識や技術のない人たちばかりなので、安月給のハードな肉体労働ばかりですがね」
「あ……あーーーーーー!!!!!!」
私は絶叫した。
涙がどんどんどんどん流れ、服を濡らしていったが、気にならなかった。
自殺してしまった家族、そして、過酷な肉体労働に従事する他に行き場のない従業員達……
私が、結婚さえしていれば、こんなことにはならなかったのに…………
その時、私の下腹部が痛くなった。
「おや、どうやら陣痛のようですね。救急車をお呼びしますよ」
そういって、彼は電話をした後、どこかへ去っていった。
それが、私が彼を見た最後だった。
赤ちゃんは無事生まれた。
そして、子育てが落ち着いた頃、私は夫に子供を任せ、故郷に戻っていた。
夫に旅館のその後を伝える事は出来なかった。
夫を連れ出したのは私のわがままだし、彼にまで重荷を背負わしたくなかったからだ。
私は電車を乗り継いで故郷に戻った。
だけど、故郷は既に存在しなかった。
子供の頃遊んだ場所、友人と過ごした思い出の場所、全て無くなっていた。
故郷は産業廃棄物処理場になっていた。
残っていた数少ない知人に会ったが、全員私に対して憎悪の声を上げた。
あんたのせいで、今この一帯は地獄だ。
あんたのせいで、めちゃくちゃだ。
そんな事を言われた。
産業廃棄物処理場で働いている、元旅館の従業員にもあった。
彼らもまた、私に対して憎悪の声を上げた。
あんたのせいで、旅館が産業廃棄物処理場になった。
俺達が愛した森林を、自分達で伐採した気持ちが、あんたにわかるか?
俺達が幼いころから過ごした土地を、自分の手で壊していく気持ちが、あんたにわかるか?
私は、ただ謝る事しかできなかった。
私は今、旅館があった場所がよく見える、小高い丘に来ている。
昔はよくここに来て、昔から生えている巨大な一本杉に登って、大好きな旅館を見たものだった。
昔はここは花が咲き誇り、蝶がいっぱい羽ばたいていたが、今や見る影もない。
草一本生えていない。
杉も、枯れかけていた。
私は木に登った。
木の一番高い所まで登り、旅館があった方を見た。
幼い頃から、大きくなっても旅館や町がある事を疑わなかった。
そして、そこには笑顔があるものと疑わなかった。
でも、無くなってしまった。
「ごめんね……すぐ帰るって約束したけど、約束守れなくなっちゃった」
そうして私は、木にロープをかけ、首を吊った。
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