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第1章
8.
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心の中で泣き言を叫ぶが現状は変わらない。トーマック一家相手ならば逃げても無駄だとすぐに悟る。
キーリは必死に口角を吊り上げ、出来る限り爽やかな愛想笑いを披露した。
「え、えへへ。ま、まさか幹部の方とは思いもしませんでした。そ、その、人探しですよね?」
「はい。ある男を探しています」
「も、もちろん協力しますよ! 容姿は?」
キーリは両手を擦り合わせながらへらへらと笑う。万が一でも機嫌を損ねてはまずい相手だと理解しているからだ。出来る限りいい印象になるように低姿勢を続ける。
ロイドは、そこに何かを思う様子はなく、平然とした様子で話を続けた。
「そうですね。特徴としては瞳が赤く」
「ふむふむ」
瞳が赤い男。それならばこの貧民窟にも数多くいる。どこの誰かわからないが、幹部が探す程の人物だ。相当な事を起こしたのだろうとキーリにでも分かった。
見つかればきっとただではすまない。庇った人間も同罪だ。トーマック一家はその辺りに容赦がない組織だ。
そして、そういう密告には報酬の払いが良いのも有名だ。キーリは見つけたなら必ず告げ口をしてやろうと小さく決心をする。
──そうすれば食料も買える。アカも喜ぶよな。
そう考えるとキーリの口許は愛想笑いではなく、自然と緩んだ。しかし、それはすぐに消え去る事になる。
「────何より特徴的なのが、顔から首にかけて古い火傷の痕でしょうか」
「……っ」
一瞬にして、キーリの全身が凍り付いた。
すぐに脳内に浮かび上がって来たのは、アカの容姿だった。動揺から息を飲むが、すぐに笑顔へと切り替える。
笑顔を保ちながらも、脳内に浮かぶのはたった一人の名前だけだった。
それは、アカだ。
「後は怪我をしている筈です。かなりの重傷なのは確かでしょう」
「……そ、そりゃ、一目でわかりそうですね」
──駄目だ、笑顔を作れ。決して、表情を崩すな。感情を出すな。
そうやってキーリは必死に自分へ言い聞かせる。
アカに全てが当てはまる事に気付いたキーリの心臓は、暴れるように鼓動が速まる。
この音が相手へ伝わるのではと思い、キーリの掌にはじわりと汗が滲む。しかし、背中は逆に冷たくて、喉が乾いていく。
「見つけて頂けたら報酬は与えます」
「本当ですか!」
「はい、些細な情報でも構いません。何かご存じですか?」
ロイドはキーリを真っ直ぐに覗き込む。ロイドの言動は淡々としているが、その瞳は探るような険しさが見える。キーリはその視線を真正面から受けながら笑顔を作り続けていた。作りすぎて口角が痙攣しそうだった。
しかし、ここで隙を見せてはいけない。動揺もみせてはいけない。キーリは大袈裟にならない程に息を吸い込んでから、声を出す。
「──いいえ、全く知りません」
「……」
「残念だなあ、俺絶対協力しますので! 見つけたらすぐに報告させていただきます!」
痛いほどに刺さる無言の視線を笑って流しながら、キーリはロイドに近付く。懇願するように両手を重ね擦り続けた。
そうしていると、少ししてロイドが小さな溜め息を吐いた。
「……それは助かります」
それはどこか落胆が含まれたような声だった。
ロイドは用はないとばかりにキーリから目線を逸らすとすぐに背を向ける。そんなロイドの背を黙って見続ける事しか出来ない。何故ならキーリの足が上手く動かないからだ。
「ああ、一応お伝えしておきますが貴方が先程見詰めていた男性は我が一家のお客ですのでご注意を」
「へ? あ、はい! も、もちろん!」
客に手を出すな、という忠告にキーリの背筋は真っ直ぐに伸びる。そして、忠告を最後に去っていくロイドの背中に向かって、繰り返し頭を下げた。それこそ滑稽に見える程に見えなくなっても、何回も何回も。
そして、ロイドがいなくなっても、そこからなかなか動けなかった。俯き、固まっていた。
トーマック一家に逆らえば、この貧民窟では生きてはいけない。下手すれば一般街でもだ。彼らは裏切りを許さない。報復も必ず行う。
それは、庇う人間も同じ目に合う。例外はない。
そんな当たり前の事が、何度も何度もキーリの頭の中を巡り回った。
その間薄汚れた地面を眺めて、そこを進む虫を見送って──それでもキーリは動く事が出来なかった。
キーリは必死に口角を吊り上げ、出来る限り爽やかな愛想笑いを披露した。
「え、えへへ。ま、まさか幹部の方とは思いもしませんでした。そ、その、人探しですよね?」
「はい。ある男を探しています」
「も、もちろん協力しますよ! 容姿は?」
キーリは両手を擦り合わせながらへらへらと笑う。万が一でも機嫌を損ねてはまずい相手だと理解しているからだ。出来る限りいい印象になるように低姿勢を続ける。
ロイドは、そこに何かを思う様子はなく、平然とした様子で話を続けた。
「そうですね。特徴としては瞳が赤く」
「ふむふむ」
瞳が赤い男。それならばこの貧民窟にも数多くいる。どこの誰かわからないが、幹部が探す程の人物だ。相当な事を起こしたのだろうとキーリにでも分かった。
見つかればきっとただではすまない。庇った人間も同罪だ。トーマック一家はその辺りに容赦がない組織だ。
そして、そういう密告には報酬の払いが良いのも有名だ。キーリは見つけたなら必ず告げ口をしてやろうと小さく決心をする。
──そうすれば食料も買える。アカも喜ぶよな。
そう考えるとキーリの口許は愛想笑いではなく、自然と緩んだ。しかし、それはすぐに消え去る事になる。
「────何より特徴的なのが、顔から首にかけて古い火傷の痕でしょうか」
「……っ」
一瞬にして、キーリの全身が凍り付いた。
すぐに脳内に浮かび上がって来たのは、アカの容姿だった。動揺から息を飲むが、すぐに笑顔へと切り替える。
笑顔を保ちながらも、脳内に浮かぶのはたった一人の名前だけだった。
それは、アカだ。
「後は怪我をしている筈です。かなりの重傷なのは確かでしょう」
「……そ、そりゃ、一目でわかりそうですね」
──駄目だ、笑顔を作れ。決して、表情を崩すな。感情を出すな。
そうやってキーリは必死に自分へ言い聞かせる。
アカに全てが当てはまる事に気付いたキーリの心臓は、暴れるように鼓動が速まる。
この音が相手へ伝わるのではと思い、キーリの掌にはじわりと汗が滲む。しかし、背中は逆に冷たくて、喉が乾いていく。
「見つけて頂けたら報酬は与えます」
「本当ですか!」
「はい、些細な情報でも構いません。何かご存じですか?」
ロイドはキーリを真っ直ぐに覗き込む。ロイドの言動は淡々としているが、その瞳は探るような険しさが見える。キーリはその視線を真正面から受けながら笑顔を作り続けていた。作りすぎて口角が痙攣しそうだった。
しかし、ここで隙を見せてはいけない。動揺もみせてはいけない。キーリは大袈裟にならない程に息を吸い込んでから、声を出す。
「──いいえ、全く知りません」
「……」
「残念だなあ、俺絶対協力しますので! 見つけたらすぐに報告させていただきます!」
痛いほどに刺さる無言の視線を笑って流しながら、キーリはロイドに近付く。懇願するように両手を重ね擦り続けた。
そうしていると、少ししてロイドが小さな溜め息を吐いた。
「……それは助かります」
それはどこか落胆が含まれたような声だった。
ロイドは用はないとばかりにキーリから目線を逸らすとすぐに背を向ける。そんなロイドの背を黙って見続ける事しか出来ない。何故ならキーリの足が上手く動かないからだ。
「ああ、一応お伝えしておきますが貴方が先程見詰めていた男性は我が一家のお客ですのでご注意を」
「へ? あ、はい! も、もちろん!」
客に手を出すな、という忠告にキーリの背筋は真っ直ぐに伸びる。そして、忠告を最後に去っていくロイドの背中に向かって、繰り返し頭を下げた。それこそ滑稽に見える程に見えなくなっても、何回も何回も。
そして、ロイドがいなくなっても、そこからなかなか動けなかった。俯き、固まっていた。
トーマック一家に逆らえば、この貧民窟では生きてはいけない。下手すれば一般街でもだ。彼らは裏切りを許さない。報復も必ず行う。
それは、庇う人間も同じ目に合う。例外はない。
そんな当たり前の事が、何度も何度もキーリの頭の中を巡り回った。
その間薄汚れた地面を眺めて、そこを進む虫を見送って──それでもキーリは動く事が出来なかった。
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