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三章
書籍化記念 イドは幸せに笑う【お知らせ】
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人生で一番幸福だった時を選べと言われたとして、彼──イドが迷わずに選ぶのは郁馬の側付きとして過ごした時間だった。
それは、神子に仕えるのは神官として最大の名誉であったというのもある。しかし、それ以上にイドは郁馬の人柄がとても好きだった。
身分に分け隔てなく誰にでも優しく接し、明るい。瞳は朝の日差しのように眩しく輝き、人懐っこい笑顔はそれを見ている者の心さえも照らしてくれる。
少々、学ぶことが嫌いな面もあったが、それも愛嬌の一つになりうるとさえ思っていた。積もっていった尊敬の念は、もはや信仰にも近い。
イドは、郁馬がこの世界を深く愛していると感じていた。だからこそ、彼がこの世界に残ってくれると信じて疑わなかった。
しかし、それらがイドの思い上がりだと判明したのは郁馬が召喚されて丁度、半年を過ぎた辺りだった。
普段は真っすぐに目を見て話す彼が俯きながら、口を大きく開いてはっきりと声に出すはずが、ぽつりぽつりと小さく声を出した。
『もう、家に帰りたいんだ……』
背を丸めて、気まずそうに郁馬は元の世界に帰りたいと切り出した。
イドは、その一瞬息が止まった。大袈裟ではなく心臓も止まったように感じた。
神子が元の世界に帰りたいと口にした瞬間、帰還を引き留めるような言動は全てが罪になる。それは初代国王と教皇猊下が決めた法だ。
郁馬が帰りたいと口にした時点で、イドから彼を引き留める手段は全て消えさったのだ。
──どうしてですか? 私が何かしましたか? 誰か何かしましたか?
──この世界が、嫌いになりましたか?
そんな言葉たちがイドの全身を駆け巡る。しかし、神官であるイドにとって、それらを口にするのは決して許されない事だ。
『わかりました、イクマ様』
何も口にせず、何も顔には出さず、ただゆっくりと頷いた。
そして、後にイドは化身であるセルデアが神子に害を成していたのだと知る。正確にいえば、出所の不明のそうした噂が広がり、セルデアが正式にそれを認めたのだ。
それに関して色々とあったが、神殿に住む神官の一人であるイドとしては関わることのない出来事だった。セルデアに対して怒りがなかったとは言わない。ただイドはそれと同じくらいに、自分の選択が間違っていたのではないかということに苛まれていた。
──本当に、あの時、見送ってよかったのだろうか
法を無視してでも、郁馬に問いかけるべきだったのではないだろうか。自分は答えを聞くのが怖かっただけなのではないだろうか。
郁馬の側付き神官だったイドにとっては、それが大きなしこりとして心の奥に残った。
■■■■
神殿の最奥に位置するある特別な一室、そこは教皇であるメルディが眠る間にも近い部屋だ。その為、そこへたどり着くには、神殿に慣れた神官でさえ迷うほどの複雑な道順を辿らなくてはならない。だからこそ、あまり使われる事のない部屋でもある。
しかし、その部屋は現在使われている。
イドは迷う事なく特別な部屋の前にたどり着き、扉を軽く叩く。
「失礼します、イクマ様」
「ああ、イドか。どうかしたか?」
しっかり声が返ってくると、イドの心には安堵にも似た暖かな気持ちが全身に広がっていく。そう、この一室は先代神子である郁馬が療養の為に使っているのだ。
「そちらに猊下はまだいらっしゃいますか」
「いるよ、目の前で寝てる……。悪いが回収を頼んでいいか、イド」
「お任せください。それでは失礼致します」
扉を開くと、室内はかなり広い。豪勢な作りとはいえない内装ではあるが、必要なものは全て揃えられており、日当たりもいい。
部屋に備えられていた机を挟んで座る、郁馬とメルディの姿をすぐに捉えることが出来た。
郁馬は机に頬杖を付きながら、メルディに呆れたような目線を送っており、その視線を受けるメルディといえば、机にうつ伏せになったまま動いていない。
ただ背中の薄羽が畳まれている所を見ると、彼が寝ているのはイドにも一目でわかった。
「まだ話は終わっていないのに、途中で寝やがって」
呆れたように溜息を吐いた郁馬を見て、イドは知らずに口元が緩む。
基本、メルディは神子たちに関すること以外にその重い腰を上げることがない。郁馬にとっては何ともないことであるのだろうが、早朝からこうしてメルディが動くなど普通はあり得ない事なのだ。結局、メルディも郁馬には随分と甘いという事だった。
イドは近付き、予め手元に持っていた薄手の布をメルディにそっとかける。回収といっても寝ているメルディを運ぶのはイド一人では無理だ。他の神官たちに声をかける必要がある。
イドにはそれがわかっていたが、すぐには動かずにいた。
「イクマ様」
イドの声に反応して、郁馬は姿勢を正す。背筋を伸ばして、真っ直ぐにイドを見つめる。
その黒い瞳には以前に見たような輝きはなく、どこまでも穏やかだった。
郁馬が神殿に監禁されており、自分が神子だとイドに告げた時、確かにその瞳は光に溢れ、生気に満ちていた。しかし、とある光景を目撃した今だから理解出来ている。それは抱き合うセルデアと郁馬の姿だ。
──あれはきっと、あの方を想っていたから。
セルデアを深く愛して、想っていたからこそ見えた輝きなのだ。当初はそれが許せなくて、セルデアを恨みさえした。しかし、それに気付いた今だからこそ、イドには聞きたい事があった。
口を一度開いて、躊躇いからまた閉じる。呼びかけておいて、なかなか言葉を紡がないイドに郁馬が急かすことはなかった。ただ黙ってイドの言葉を待っている。
深呼吸の後、開いた唇からようやく声が出る。
「……い、イクマ様は、もうこの世界が嫌いになって、しまいましたか?」
辛うじて絞り出したイドの声は微かに震えていた。
それは、イドがあの時に問いかけたかった言葉だった。問いかければよかったとずっと後悔していた。
この世界を深く愛していた郁馬を事情があったといえ追い出し、再び帰ってきた彼を冷たく突き放した。結局のところ、この世界は郁馬から奪うだけで何も与えなかったのだ。
だからこそ、帰ってくる答えはわかっていた。しかし、イドはこの言葉を聞かなければならないとずっと思っていた。
暫く沈黙が続き、郁馬は何かを考え込んでいた。
「いや、嫌いではないよ」
特に気にした様子もなく、郁馬は答えた。
「え?」
「言葉にするのは難しいんだが、俺がこの世界に召喚されたことには色々思うことはある。それでもこの世界はそんなに嫌いじゃないんだよ」
「そ、それは、好きだと、という事ですか?」
「あーいや悪い。それも違う。俺はもう昔みたいにこの世界を愛せない」
「……」
覚悟していた答えではあったが、実際郁馬の口から聞くとその衝撃は大きかった。心臓を直接殴られたような痛みがイドを襲う。
イドの本音は、郁馬に神子でいてほしかった。力がなくなったとしてもこの世界を愛し、神子として生き続ける郁馬に仕える神官でいたかったのだ。
イドはすぐに答えることはできず、唇を一文字に結んで黙りこむ。そんなイドを見ていた郁馬は少し困ったように口元を緩めた。
「──それでも、俺はイドが好きだよ」
「……えっ」
「俺が初めてここに召喚された時も親身になってくれていただろ。あの時だって信じてくれた。なんて言えばいいんだろうな。イドは、神子じゃない俺は嫌いか? 失望する?」
淡々と語る郁馬の言葉に、イドは自問自答する。すると、言葉は驚くほどすぐに出てくる。
「──いいえ」
違うと自然に唇から零れた。イドが見ていた昔の郁馬は明るく、正しく神子だった。今の郁馬は、淡泊で神子の使命よりたった一人を選んだ。それでも、根は何も変わらないとイドは思えたのだ。
「……そっか。ありがとう」
その証拠にとばかりに、郁馬は笑った。嬉しそうに笑い、細めた黒の瞳を輝かせた。それは昔と変わらない朝の日差しを宿した美しさだった。
イドはそれを見ると胸の奥が小さく痛み、目頭がじわりと熱くなる。
「うっ」
「……お、お? い、イド?」
「ううぅ、イクマ様ぁ!」
「待て、何で泣くんだ! ちょっ、落ち着けって」
両手で顔を覆って、突如号泣し始めたイドに郁馬は慌てて席を立つ。そのまま駆け寄ると背中を撫でるようにして慰めるが、彼の涙が止まることはなかった。
「わ、私は、神子でなくともずっとお側にいます、いますからぁ!」
「え、え。わかった、わかったから」
「私が、イクマ様をずっと助けます、何があってもずっとずっと!」
「わ、わかったよ」
「サリダート公爵が嫌になったら、いつでも神殿で匿いますからっ、絶対に私を頼ってくださいね」
「そうだよ、イクマ。いつでも言ってね」
「いや、イドもメルディも大袈裟って……ん?」
突如聞こえた第三者の声に、二人の目線が机の方に向かう。すると、机に沈んでいたはずのメルディが起き上がってこちらを見つめていた。突き刺さる二人の視線を物ともせず、メルディは欠伸をして目元を擦っている。
「お前、いつの間に起きたんだよ」
「ついさっきだよ。イドの泣き声がうるさくて起きちゃった」
「ほう」
それを聞くと同時に郁馬はメルディに近付き、彼の襟首を勢い良く鷲掴む。
そのまま力に任せて引っ張ると、メルディは棒読みで「わー」など呟きながらも立ち上がる。そしてそのまま、イドの前に連れてくると、口を開いた。
「頼んだ、イド」
メルディは大した抵抗はしていないものの、不服そうに「えー」と無表情で呟いている。
これは郁馬のお願いだ。側付き神官として、イドはそれを叶えなくてはならない。それが何故か嬉しく感じて、イドは大きく笑った。
「はい、お任せください、イクマ様」
曇りのない眩しい笑顔。それを見たメルディが微かに口許を緩めたのは、この部屋にいる誰も気が付かなかった。
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お知らせ
アンダルシュノベルズにて、書籍化が決定しました!発売日は6月14日なる予定です!
興味がありましなら、詳しくは近状ボートをご確認頂けると嬉しいです!
6月12日くらいには、レンタル版に差し替えになるかと思いますのでご注意を~!
それは、神子に仕えるのは神官として最大の名誉であったというのもある。しかし、それ以上にイドは郁馬の人柄がとても好きだった。
身分に分け隔てなく誰にでも優しく接し、明るい。瞳は朝の日差しのように眩しく輝き、人懐っこい笑顔はそれを見ている者の心さえも照らしてくれる。
少々、学ぶことが嫌いな面もあったが、それも愛嬌の一つになりうるとさえ思っていた。積もっていった尊敬の念は、もはや信仰にも近い。
イドは、郁馬がこの世界を深く愛していると感じていた。だからこそ、彼がこの世界に残ってくれると信じて疑わなかった。
しかし、それらがイドの思い上がりだと判明したのは郁馬が召喚されて丁度、半年を過ぎた辺りだった。
普段は真っすぐに目を見て話す彼が俯きながら、口を大きく開いてはっきりと声に出すはずが、ぽつりぽつりと小さく声を出した。
『もう、家に帰りたいんだ……』
背を丸めて、気まずそうに郁馬は元の世界に帰りたいと切り出した。
イドは、その一瞬息が止まった。大袈裟ではなく心臓も止まったように感じた。
神子が元の世界に帰りたいと口にした瞬間、帰還を引き留めるような言動は全てが罪になる。それは初代国王と教皇猊下が決めた法だ。
郁馬が帰りたいと口にした時点で、イドから彼を引き留める手段は全て消えさったのだ。
──どうしてですか? 私が何かしましたか? 誰か何かしましたか?
──この世界が、嫌いになりましたか?
そんな言葉たちがイドの全身を駆け巡る。しかし、神官であるイドにとって、それらを口にするのは決して許されない事だ。
『わかりました、イクマ様』
何も口にせず、何も顔には出さず、ただゆっくりと頷いた。
そして、後にイドは化身であるセルデアが神子に害を成していたのだと知る。正確にいえば、出所の不明のそうした噂が広がり、セルデアが正式にそれを認めたのだ。
それに関して色々とあったが、神殿に住む神官の一人であるイドとしては関わることのない出来事だった。セルデアに対して怒りがなかったとは言わない。ただイドはそれと同じくらいに、自分の選択が間違っていたのではないかということに苛まれていた。
──本当に、あの時、見送ってよかったのだろうか
法を無視してでも、郁馬に問いかけるべきだったのではないだろうか。自分は答えを聞くのが怖かっただけなのではないだろうか。
郁馬の側付き神官だったイドにとっては、それが大きなしこりとして心の奥に残った。
■■■■
神殿の最奥に位置するある特別な一室、そこは教皇であるメルディが眠る間にも近い部屋だ。その為、そこへたどり着くには、神殿に慣れた神官でさえ迷うほどの複雑な道順を辿らなくてはならない。だからこそ、あまり使われる事のない部屋でもある。
しかし、その部屋は現在使われている。
イドは迷う事なく特別な部屋の前にたどり着き、扉を軽く叩く。
「失礼します、イクマ様」
「ああ、イドか。どうかしたか?」
しっかり声が返ってくると、イドの心には安堵にも似た暖かな気持ちが全身に広がっていく。そう、この一室は先代神子である郁馬が療養の為に使っているのだ。
「そちらに猊下はまだいらっしゃいますか」
「いるよ、目の前で寝てる……。悪いが回収を頼んでいいか、イド」
「お任せください。それでは失礼致します」
扉を開くと、室内はかなり広い。豪勢な作りとはいえない内装ではあるが、必要なものは全て揃えられており、日当たりもいい。
部屋に備えられていた机を挟んで座る、郁馬とメルディの姿をすぐに捉えることが出来た。
郁馬は机に頬杖を付きながら、メルディに呆れたような目線を送っており、その視線を受けるメルディといえば、机にうつ伏せになったまま動いていない。
ただ背中の薄羽が畳まれている所を見ると、彼が寝ているのはイドにも一目でわかった。
「まだ話は終わっていないのに、途中で寝やがって」
呆れたように溜息を吐いた郁馬を見て、イドは知らずに口元が緩む。
基本、メルディは神子たちに関すること以外にその重い腰を上げることがない。郁馬にとっては何ともないことであるのだろうが、早朝からこうしてメルディが動くなど普通はあり得ない事なのだ。結局、メルディも郁馬には随分と甘いという事だった。
イドは近付き、予め手元に持っていた薄手の布をメルディにそっとかける。回収といっても寝ているメルディを運ぶのはイド一人では無理だ。他の神官たちに声をかける必要がある。
イドにはそれがわかっていたが、すぐには動かずにいた。
「イクマ様」
イドの声に反応して、郁馬は姿勢を正す。背筋を伸ばして、真っ直ぐにイドを見つめる。
その黒い瞳には以前に見たような輝きはなく、どこまでも穏やかだった。
郁馬が神殿に監禁されており、自分が神子だとイドに告げた時、確かにその瞳は光に溢れ、生気に満ちていた。しかし、とある光景を目撃した今だから理解出来ている。それは抱き合うセルデアと郁馬の姿だ。
──あれはきっと、あの方を想っていたから。
セルデアを深く愛して、想っていたからこそ見えた輝きなのだ。当初はそれが許せなくて、セルデアを恨みさえした。しかし、それに気付いた今だからこそ、イドには聞きたい事があった。
口を一度開いて、躊躇いからまた閉じる。呼びかけておいて、なかなか言葉を紡がないイドに郁馬が急かすことはなかった。ただ黙ってイドの言葉を待っている。
深呼吸の後、開いた唇からようやく声が出る。
「……い、イクマ様は、もうこの世界が嫌いになって、しまいましたか?」
辛うじて絞り出したイドの声は微かに震えていた。
それは、イドがあの時に問いかけたかった言葉だった。問いかければよかったとずっと後悔していた。
この世界を深く愛していた郁馬を事情があったといえ追い出し、再び帰ってきた彼を冷たく突き放した。結局のところ、この世界は郁馬から奪うだけで何も与えなかったのだ。
だからこそ、帰ってくる答えはわかっていた。しかし、イドはこの言葉を聞かなければならないとずっと思っていた。
暫く沈黙が続き、郁馬は何かを考え込んでいた。
「いや、嫌いではないよ」
特に気にした様子もなく、郁馬は答えた。
「え?」
「言葉にするのは難しいんだが、俺がこの世界に召喚されたことには色々思うことはある。それでもこの世界はそんなに嫌いじゃないんだよ」
「そ、それは、好きだと、という事ですか?」
「あーいや悪い。それも違う。俺はもう昔みたいにこの世界を愛せない」
「……」
覚悟していた答えではあったが、実際郁馬の口から聞くとその衝撃は大きかった。心臓を直接殴られたような痛みがイドを襲う。
イドの本音は、郁馬に神子でいてほしかった。力がなくなったとしてもこの世界を愛し、神子として生き続ける郁馬に仕える神官でいたかったのだ。
イドはすぐに答えることはできず、唇を一文字に結んで黙りこむ。そんなイドを見ていた郁馬は少し困ったように口元を緩めた。
「──それでも、俺はイドが好きだよ」
「……えっ」
「俺が初めてここに召喚された時も親身になってくれていただろ。あの時だって信じてくれた。なんて言えばいいんだろうな。イドは、神子じゃない俺は嫌いか? 失望する?」
淡々と語る郁馬の言葉に、イドは自問自答する。すると、言葉は驚くほどすぐに出てくる。
「──いいえ」
違うと自然に唇から零れた。イドが見ていた昔の郁馬は明るく、正しく神子だった。今の郁馬は、淡泊で神子の使命よりたった一人を選んだ。それでも、根は何も変わらないとイドは思えたのだ。
「……そっか。ありがとう」
その証拠にとばかりに、郁馬は笑った。嬉しそうに笑い、細めた黒の瞳を輝かせた。それは昔と変わらない朝の日差しを宿した美しさだった。
イドはそれを見ると胸の奥が小さく痛み、目頭がじわりと熱くなる。
「うっ」
「……お、お? い、イド?」
「ううぅ、イクマ様ぁ!」
「待て、何で泣くんだ! ちょっ、落ち着けって」
両手で顔を覆って、突如号泣し始めたイドに郁馬は慌てて席を立つ。そのまま駆け寄ると背中を撫でるようにして慰めるが、彼の涙が止まることはなかった。
「わ、私は、神子でなくともずっとお側にいます、いますからぁ!」
「え、え。わかった、わかったから」
「私が、イクマ様をずっと助けます、何があってもずっとずっと!」
「わ、わかったよ」
「サリダート公爵が嫌になったら、いつでも神殿で匿いますからっ、絶対に私を頼ってくださいね」
「そうだよ、イクマ。いつでも言ってね」
「いや、イドもメルディも大袈裟って……ん?」
突如聞こえた第三者の声に、二人の目線が机の方に向かう。すると、机に沈んでいたはずのメルディが起き上がってこちらを見つめていた。突き刺さる二人の視線を物ともせず、メルディは欠伸をして目元を擦っている。
「お前、いつの間に起きたんだよ」
「ついさっきだよ。イドの泣き声がうるさくて起きちゃった」
「ほう」
それを聞くと同時に郁馬はメルディに近付き、彼の襟首を勢い良く鷲掴む。
そのまま力に任せて引っ張ると、メルディは棒読みで「わー」など呟きながらも立ち上がる。そしてそのまま、イドの前に連れてくると、口を開いた。
「頼んだ、イド」
メルディは大した抵抗はしていないものの、不服そうに「えー」と無表情で呟いている。
これは郁馬のお願いだ。側付き神官として、イドはそれを叶えなくてはならない。それが何故か嬉しく感じて、イドは大きく笑った。
「はい、お任せください、イクマ様」
曇りのない眩しい笑顔。それを見たメルディが微かに口許を緩めたのは、この部屋にいる誰も気が付かなかった。
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