三十代で再召喚されたが、誰も神子だと気付かない

司馬犬

文字の大きさ
上 下
34 / 37
三章

番外編 パーラの望みと彼の不運<上>

しおりを挟む

 サリダート公爵家のメイドであるパーラの朝は早い。公爵領の屋敷にいた時も朝は早かったが、神殿にて一室を間借りしている今はそれよりも早い。
 朝日が昇りきる前に目覚め、しっかりと身支度。それが終わればすぐに室内を出る。廊下で擦れ違う数人の神官たちに頭を下げながら、向かう。
 パーラは今日はいつもより早く起きた。何故なら今日は収穫祭。朝食は海の現身を出す決まりだ。
 滅多に食べれない物であり、パーラは郁馬に食べて欲しかった。それを出すのは自らの手で、と決めていた。しかし──。

「ああ。それならイド様が持っていかれたよ」
「……そうですか。ありがとうございます」

 パーラが朝食を取りにいった際にそう返ってくる。それに笑顔で礼を言いながらも、拳を力強く握り締めた。

 ──畜生、あの野郎が。

 最近のパーラの天敵は、郁馬の側付きと言っている神官のイドだ。別段、態度の悪い人間ではないのだが何かにつけてパーラに対抗してくるのだ。
 パーラも最近知った事ではあるが、公爵家の客人であった郁馬は元々は四年前に召喚された先代神子であったそうだ。
 それには驚いたが、公言しないようにと厳命されている。これに関してイドも知っているのだが、その為にパーラに郁馬の世話をしなくていいというのだ。郁馬の側付きは、昔からイドが担当していたから必要ない、と。
 これにはパーラの対抗心が燃え上がる。彼女なりに仕事には誇りを持っている。それにパーラは郁馬が好きだ。そこに恋や異性だからという理由はない。急に現れたイドに全てを持っていかれるのは癪だ。

 ──泣き虫神官様のくせに。

 頬を膨らませながら先程歩いてきた廊下に戻る。パーラの中では初対面の印象から、泣き虫神官として固定されていた。
 とりあえず、朝の挨拶に向かおうと郁馬がいる部屋に向かう途中、何か声が聞こえてくる。

「ひっ、ひえ、たすけ!」

 廊下の角を曲がった瞬間、そこには数匹の蛇に巻き付かれたイドが半泣きで騒いでいた。必死に蛇から逃れようとしているが、動き回っているだけでは巻き付いた蛇は剥がれない。
 その光景にパーラも瞳を丸くしたが、すぐに巻き付いている蛇に毒蛇がいない事を把握する。

「何をしているのですか、神官様」
「み、見てわからないのですか! へ、蛇が! しぬ! 毒で死ぬ!」
「……毒蛇はいませんよ、もう」

 パーラは半狂乱になっているイドに近付くと巻き付いている蛇の頭を掴み引き剥がし、床へと投げる。残りの蛇も躊躇いもなく、淡々と蛇を引き剥がしていく。蛇たちは床へと投げ出されるとそのままどこかへ去っていった。

 ──多分、旦那様の蛇かな?

 統率の取れた蛇の動きは、セルデアが使役している時に似ていた。パーラはごく稀に屋敷内で見る事があった。

「ほら、もう取れました。蛇はいませんよ」
「ひっ、ひーひー」

 イドは床に四つん這いになりながら、今にも死にそうな息を上げていた。パーラの本音は放置し早く郁馬の元に向かいたいのだが、立場上そうはいかない。両膝を折り、屈みながら様子を窺う。

「大丈夫ですか? 神官様。どなたかお呼びしましょうか?」
「っは、はーはー……だ、大丈夫です。た、助かりました」
「そうですか。それなら、私はイクマ様のお世話をしにいきますのでこれで」
「お、お待ちください!」

 パーラはすぐに立ち上がり、素早くこの場を去ろうとするがそれはイドの声に邪魔される。
 イドは覚束ない足取りだが、壁に寄り掛かり立ち上がる。それをパーラは冷たい目で流し見た。

「今はいけません。どうやらサリダート公爵様に異変が起こったようです」

 その言葉にはパーラも驚きから一瞬固まる。パーラにとって自分よりも大切な人間はこの世に二人いる。一人は、養父になってくれたノバ。もう一人は、恩人であるセルデアだ。
 そのセルデアに何かがあったと知れば落ち着いていられない。パーラはイドに詰め寄った。

「そんな! そ、それは大丈夫なのですか! なら、すぐに向かわなくては!」
「い、いけません! 猊下が側にいらっしゃったので問題はないかと思います……それに」
「それに……?」

 イドの歯切れの悪い話し方に、パーラの不安は煽られる。イドは何か迷っているようだがその頬は僅かに赤くなっており、表情から困惑が見て取れた。
 そのイドを見つめながら、パーラはふと気付いた。

 ──あれ。そういえば、なんで旦那様の話になるんだろう。

 イドは郁馬の世話役だ。セルデアの世話に関しては一切関与してこない。早朝真っ先に向かうのも郁馬の元のはずだ。今回はかなり早い時間に郁馬の元に向かったはずであり、どうしてセルデアの話が出てくるのかと考える。
 パーラは今まで自分が見てきた事、イドの様子、早朝だという事、それらが合わさり理解する。

「実は……」
「もしかして! 旦那様とイクマ様が結ばれたのですか!?」
「な、ななっ、何でそれを!」

 イドの言葉と反応に自分の考えは正しかったのだとパーラは確信した。自然と満面の笑みになり、全身を歓喜が包み込む。パーラは今すぐに神殿を駆け回り、叫びたいくらいの嬉しさに満たされていた。

 ──ついに! ついに! 旦那様とイクマ様が!!

 二人が顔を合わせた時からそうなればいいのにとずっと思っていた。初対面からセルデアを怖がらない郁馬。最初はあまり興味が無さそうだったが、月日を重ねるごとにセルデアと過ごしている時の表情がどれだけ優しいものに変わっていたのかパーラは知っている。
 そして、それはセルデアも同じだ。パーラは幸せを噛みしめていたが、イドの様子は違う。
 俯き、拳を握り締めていた。

「……私は、許せません」

しおりを挟む
感想 180

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。