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三章
番外編 パーラの望みと彼の不運<上>
しおりを挟むサリダート公爵家のメイドであるパーラの朝は早い。公爵領の屋敷にいた時も朝は早かったが、神殿にて一室を間借りしている今はそれよりも早い。
朝日が昇りきる前に目覚め、しっかりと身支度。それが終わればすぐに室内を出る。廊下で擦れ違う数人の神官たちに頭を下げながら、向かう。
パーラは今日はいつもより早く起きた。何故なら今日は収穫祭。朝食は海の現身を出す決まりだ。
滅多に食べれない物であり、パーラは郁馬に食べて欲しかった。それを出すのは自らの手で、と決めていた。しかし──。
「ああ。それならイド様が持っていかれたよ」
「……そうですか。ありがとうございます」
パーラが朝食を取りにいった際にそう返ってくる。それに笑顔で礼を言いながらも、拳を力強く握り締めた。
──畜生、あの野郎が。
最近のパーラの天敵は、郁馬の側付きと言っている神官のイドだ。別段、態度の悪い人間ではないのだが何かにつけてパーラに対抗してくるのだ。
パーラも最近知った事ではあるが、公爵家の客人であった郁馬は元々は四年前に召喚された先代神子であったそうだ。
それには驚いたが、公言しないようにと厳命されている。これに関してイドも知っているのだが、その為にパーラに郁馬の世話をしなくていいというのだ。郁馬の側付きは、昔からイドが担当していたから必要ない、と。
これにはパーラの対抗心が燃え上がる。彼女なりに仕事には誇りを持っている。それにパーラは郁馬が好きだ。そこに恋や異性だからという理由はない。急に現れたイドに全てを持っていかれるのは癪だ。
──泣き虫神官様のくせに。
頬を膨らませながら先程歩いてきた廊下に戻る。パーラの中では初対面の印象から、泣き虫神官として固定されていた。
とりあえず、朝の挨拶に向かおうと郁馬がいる部屋に向かう途中、何か声が聞こえてくる。
「ひっ、ひえ、たすけ!」
廊下の角を曲がった瞬間、そこには数匹の蛇に巻き付かれたイドが半泣きで騒いでいた。必死に蛇から逃れようとしているが、動き回っているだけでは巻き付いた蛇は剥がれない。
その光景にパーラも瞳を丸くしたが、すぐに巻き付いている蛇に毒蛇がいない事を把握する。
「何をしているのですか、神官様」
「み、見てわからないのですか! へ、蛇が! しぬ! 毒で死ぬ!」
「……毒蛇はいませんよ、もう」
パーラは半狂乱になっているイドに近付くと巻き付いている蛇の頭を掴み引き剥がし、床へと投げる。残りの蛇も躊躇いもなく、淡々と蛇を引き剥がしていく。蛇たちは床へと投げ出されるとそのままどこかへ去っていった。
──多分、旦那様の蛇かな?
統率の取れた蛇の動きは、セルデアが使役している時に似ていた。パーラはごく稀に屋敷内で見る事があった。
「ほら、もう取れました。蛇はいませんよ」
「ひっ、ひーひー」
イドは床に四つん這いになりながら、今にも死にそうな息を上げていた。パーラの本音は放置し早く郁馬の元に向かいたいのだが、立場上そうはいかない。両膝を折り、屈みながら様子を窺う。
「大丈夫ですか? 神官様。どなたかお呼びしましょうか?」
「っは、はーはー……だ、大丈夫です。た、助かりました」
「そうですか。それなら、私はイクマ様のお世話をしにいきますのでこれで」
「お、お待ちください!」
パーラはすぐに立ち上がり、素早くこの場を去ろうとするがそれはイドの声に邪魔される。
イドは覚束ない足取りだが、壁に寄り掛かり立ち上がる。それをパーラは冷たい目で流し見た。
「今はいけません。どうやらサリダート公爵様に異変が起こったようです」
その言葉にはパーラも驚きから一瞬固まる。パーラにとって自分よりも大切な人間はこの世に二人いる。一人は、養父になってくれたノバ。もう一人は、恩人であるセルデアだ。
そのセルデアに何かがあったと知れば落ち着いていられない。パーラはイドに詰め寄った。
「そんな! そ、それは大丈夫なのですか! なら、すぐに向かわなくては!」
「い、いけません! 猊下が側にいらっしゃったので問題はないかと思います……それに」
「それに……?」
イドの歯切れの悪い話し方に、パーラの不安は煽られる。イドは何か迷っているようだがその頬は僅かに赤くなっており、表情から困惑が見て取れた。
そのイドを見つめながら、パーラはふと気付いた。
──あれ。そういえば、なんで旦那様の話になるんだろう。
イドは郁馬の世話役だ。セルデアの世話に関しては一切関与してこない。早朝真っ先に向かうのも郁馬の元のはずだ。今回はかなり早い時間に郁馬の元に向かったはずであり、どうしてセルデアの話が出てくるのかと考える。
パーラは今まで自分が見てきた事、イドの様子、早朝だという事、それらが合わさり理解する。
「実は……」
「もしかして! 旦那様とイクマ様が結ばれたのですか!?」
「な、ななっ、何でそれを!」
イドの言葉と反応に自分の考えは正しかったのだとパーラは確信した。自然と満面の笑みになり、全身を歓喜が包み込む。パーラは今すぐに神殿を駆け回り、叫びたいくらいの嬉しさに満たされていた。
──ついに! ついに! 旦那様とイクマ様が!!
二人が顔を合わせた時からそうなればいいのにとずっと思っていた。初対面からセルデアを怖がらない郁馬。最初はあまり興味が無さそうだったが、月日を重ねるごとにセルデアと過ごしている時の表情がどれだけ優しいものに変わっていたのかパーラは知っている。
そして、それはセルデアも同じだ。パーラは幸せを噛みしめていたが、イドの様子は違う。
俯き、拳を握り締めていた。
「……私は、許せません」
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