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恋は気合と根性で
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王との会談を終えたリオネルは、いつものように侍従を伴い城内を歩いていた。
「七年ぶりかな、父上に本気で叱責されたのは」
苦笑する王子のそばで、エルは無表情を貫く。
「さすがに王家の秘薬を一存で使用すれば、致し方ないかと」
「まぁね。でもジェントがせっかく目の前にいたんだから、変に横やりが入る前に使っちゃおうと思ったんだよ」
本来、王家の秘薬を使う場合は王の許諾が必要だ。
リオネルは当初、自分の一存では決められないとロレーヌに告げたのだが、ジェントが弱っている姿を見ると間に合ううちに飲ませた方がいいと判断したのだった。
そこに哀れみの情はなく、あくまで体力が少しでもあるうちにという判断だったのだが、理由はどうあれ王からは少なからず叱責を受けることになった。
エルはすべての事情を理解した上で、小さくため息をつく。
「それにしても、ジェント殿がホーウェン侯爵家の子でなければ王家の秘薬は使えなかったわけですよね。あの薬は王族の血が混ざった人間にしか使えません。七代前の当主に、王女様が降嫁していたからよかったものの、もし王族の血が混ざっていなければ一体ロレーヌ嬢にどのようにお返事なさったのです?」
「そのときは、君たちには効果がないってはっきり伝えたさ。そうなっていたら、婚約もなかっただろうけれどね」
淡々ともしもの話をするリオネル。
裏表のなさと真摯な瞳に興味が湧いて婚約者に指名したものの、リオネルにとってロレーヌでなければならない理由はなかった。
「もったいないですね。あれほどの美女を手にしておきながら、ご本人はさほど執着も恋心も抱いていないなど」
「ははっ、おまえは何を期待しているんだ?父と母も政略結婚だったが、別に不幸というほど不仲でもないし、割り切っている関係の方が考えようによっては平和な暮らしが営めると思うよ。王が妃や愛妾に溺れ、国を滅ぼしたという話は他人事だから聞いていられるんだ。現実には、過ぎた恋など災厄でしかない」
すれ違う使用人たちが頭を下げて脇に控える中、二人は執務室のある方へと歩いて行く。
夏の終わりが近づく空は、まだ抜けるように青く、風が強い。
何気なく空に目をやったリオネルに向かい、廊下の向こう側からまだ慣れない高い声が聞こえてきた。
「王太子殿下!」
ドレスの裾を持ち上げ、頬を赤らめて足早に近づいてくるのはロレーヌだ。
並の女性ならば転んでしまいそうなほどの速度で、けれどしっかりした足取りでこちらへ向かってくる。
「やぁ、ロレーヌ。どうかしたのかい?」
昨夜、夕食を共にしたばかりの婚約者にリオネルは優しい笑みを浮かべて尋ねた。
彼女はそれに対し、ぱっと輝くような笑顔に変わる。
「ご機嫌麗しゅうございます!わたくし、殿下にお伝えしたいことが……!」
二人の距離は、手を伸ばせば触れられるほどに近づいた。
リオネルは目をきらきらさせてやってきたロレーヌを見て、なぜか気分が高揚するのを感じた。
「わたくし、殿下に恋をすることにしたのです!」
唐突な言葉に、廊下はしんと静まり返る。
リオネルはロレーヌを見つめ、呆気に取られて沈黙していた。
「殿下に信頼されるには、殿下にベタ惚れという状態になればいいとジェントから教わりまして……!わたくし、これから殿下に恋をすると決めましたの!」
「恋?」
「はい!恋です」
「私に?」
「はい!殿下にです!ですので、わたくしはこれから、殿下のおそばで殿下のいいところをたくさん知る必要があります。つきましては、お邪魔にならない程度に行動を共にしたいのですがご都合はいかがでしょうか?」
ロレーヌは王家の秘薬を求めたときと同様に、己の決意をはっきりと口にする。勢いと本気だけはわかったリオネルは、一拍置いて精神を立て直してから返事をした。
「さすがに職務のすべてに同席させるわけにはいかないが、書類仕事のときや休憩時間はそばにいても構わない。君が喜ぶようなことは何もないと思うが……。それに朝稽古や鍛錬のときは君を伴うわけにもいかないし」
「大丈夫です!わたくし、剣と槍は嗜んでおりますわ。並みの騎士よりは鍛えておりますから、殿下の朝稽古にもお供したいです」
結局、ロレーヌの勢いに呑まれたリオネルは、朝稽古などいくつもの予定に同席を認めることに。
エルが笑いを堪えているのが気に入らないが、ここまで前のめりに自分と一緒にいたいのだと言われて悪い気はしなかった。
「それでは殿下、また夕食の際に。足止めして申し訳ございませんでした」
「あぁ……」
さっと廊下の脇に避け、リオネルを見送るロレーヌ。
用が済んだら一気に引いていくところは、どことなく軍人のそれに近いとリオネルは思った。
(侯爵はまっすぐな男だが、ロレーヌも父にそっくりだな。ジェントが歪んでいるのは病のせいで、本来はこのような気質なのか?)
にこにこと笑みを浮かべつつ、リオネルが去るのを待っているロレーヌ。
彼は呆れ混じりに笑うと、少し距離を詰めてその手に触れた。
「部屋まで送ろう」
「で、殿下!?」
驚愕に目を見開くロレーヌは、一瞬で真っ赤に染まった。
「わ、わたくし、組み手以外で殿方の手に触れたことは……」
「私は今、君が組み手をしていたことを知ってそれに驚いているよ」
するっと手を返し引き寄せると、ロレーヌはおそるおそる握り返す。
(殿下の手、なんだか丸くてかわいい手ですわ。感触も柔らかくて癒されます)
繋いだ手を凝視するロレーヌは、かすかな幸福感を抱いていた。
「七年ぶりかな、父上に本気で叱責されたのは」
苦笑する王子のそばで、エルは無表情を貫く。
「さすがに王家の秘薬を一存で使用すれば、致し方ないかと」
「まぁね。でもジェントがせっかく目の前にいたんだから、変に横やりが入る前に使っちゃおうと思ったんだよ」
本来、王家の秘薬を使う場合は王の許諾が必要だ。
リオネルは当初、自分の一存では決められないとロレーヌに告げたのだが、ジェントが弱っている姿を見ると間に合ううちに飲ませた方がいいと判断したのだった。
そこに哀れみの情はなく、あくまで体力が少しでもあるうちにという判断だったのだが、理由はどうあれ王からは少なからず叱責を受けることになった。
エルはすべての事情を理解した上で、小さくため息をつく。
「それにしても、ジェント殿がホーウェン侯爵家の子でなければ王家の秘薬は使えなかったわけですよね。あの薬は王族の血が混ざった人間にしか使えません。七代前の当主に、王女様が降嫁していたからよかったものの、もし王族の血が混ざっていなければ一体ロレーヌ嬢にどのようにお返事なさったのです?」
「そのときは、君たちには効果がないってはっきり伝えたさ。そうなっていたら、婚約もなかっただろうけれどね」
淡々ともしもの話をするリオネル。
裏表のなさと真摯な瞳に興味が湧いて婚約者に指名したものの、リオネルにとってロレーヌでなければならない理由はなかった。
「もったいないですね。あれほどの美女を手にしておきながら、ご本人はさほど執着も恋心も抱いていないなど」
「ははっ、おまえは何を期待しているんだ?父と母も政略結婚だったが、別に不幸というほど不仲でもないし、割り切っている関係の方が考えようによっては平和な暮らしが営めると思うよ。王が妃や愛妾に溺れ、国を滅ぼしたという話は他人事だから聞いていられるんだ。現実には、過ぎた恋など災厄でしかない」
すれ違う使用人たちが頭を下げて脇に控える中、二人は執務室のある方へと歩いて行く。
夏の終わりが近づく空は、まだ抜けるように青く、風が強い。
何気なく空に目をやったリオネルに向かい、廊下の向こう側からまだ慣れない高い声が聞こえてきた。
「王太子殿下!」
ドレスの裾を持ち上げ、頬を赤らめて足早に近づいてくるのはロレーヌだ。
並の女性ならば転んでしまいそうなほどの速度で、けれどしっかりした足取りでこちらへ向かってくる。
「やぁ、ロレーヌ。どうかしたのかい?」
昨夜、夕食を共にしたばかりの婚約者にリオネルは優しい笑みを浮かべて尋ねた。
彼女はそれに対し、ぱっと輝くような笑顔に変わる。
「ご機嫌麗しゅうございます!わたくし、殿下にお伝えしたいことが……!」
二人の距離は、手を伸ばせば触れられるほどに近づいた。
リオネルは目をきらきらさせてやってきたロレーヌを見て、なぜか気分が高揚するのを感じた。
「わたくし、殿下に恋をすることにしたのです!」
唐突な言葉に、廊下はしんと静まり返る。
リオネルはロレーヌを見つめ、呆気に取られて沈黙していた。
「殿下に信頼されるには、殿下にベタ惚れという状態になればいいとジェントから教わりまして……!わたくし、これから殿下に恋をすると決めましたの!」
「恋?」
「はい!恋です」
「私に?」
「はい!殿下にです!ですので、わたくしはこれから、殿下のおそばで殿下のいいところをたくさん知る必要があります。つきましては、お邪魔にならない程度に行動を共にしたいのですがご都合はいかがでしょうか?」
ロレーヌは王家の秘薬を求めたときと同様に、己の決意をはっきりと口にする。勢いと本気だけはわかったリオネルは、一拍置いて精神を立て直してから返事をした。
「さすがに職務のすべてに同席させるわけにはいかないが、書類仕事のときや休憩時間はそばにいても構わない。君が喜ぶようなことは何もないと思うが……。それに朝稽古や鍛錬のときは君を伴うわけにもいかないし」
「大丈夫です!わたくし、剣と槍は嗜んでおりますわ。並みの騎士よりは鍛えておりますから、殿下の朝稽古にもお供したいです」
結局、ロレーヌの勢いに呑まれたリオネルは、朝稽古などいくつもの予定に同席を認めることに。
エルが笑いを堪えているのが気に入らないが、ここまで前のめりに自分と一緒にいたいのだと言われて悪い気はしなかった。
「それでは殿下、また夕食の際に。足止めして申し訳ございませんでした」
「あぁ……」
さっと廊下の脇に避け、リオネルを見送るロレーヌ。
用が済んだら一気に引いていくところは、どことなく軍人のそれに近いとリオネルは思った。
(侯爵はまっすぐな男だが、ロレーヌも父にそっくりだな。ジェントが歪んでいるのは病のせいで、本来はこのような気質なのか?)
にこにこと笑みを浮かべつつ、リオネルが去るのを待っているロレーヌ。
彼は呆れ混じりに笑うと、少し距離を詰めてその手に触れた。
「部屋まで送ろう」
「で、殿下!?」
驚愕に目を見開くロレーヌは、一瞬で真っ赤に染まった。
「わ、わたくし、組み手以外で殿方の手に触れたことは……」
「私は今、君が組み手をしていたことを知ってそれに驚いているよ」
するっと手を返し引き寄せると、ロレーヌはおそるおそる握り返す。
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