220 / 297
217.里佳の事情⑤
しおりを挟む
鄙びた温泉街を浴衣で歩く。
仲のいい両親は2人で遊びに行ってしまった。私の卒業にかこつけて2人の時間を楽しんでる。普段は働きづめなんだから、仕事を休める口実を作ってあげられたってことにしておこう。
ダーシャンの王都が壊滅したんだとすれば、父王も兄弟たちも無事ではないだろう。けれど、日本の両親から愛を注がれて育った私には何の感懐も湧かなかった。兄弟といっても、互いに命を狙いかねないような冷えた関係だったし、父王からも愛情を感じたことはない。
ダーシャンに比べれば天国のような日本での穏やかな暮らしに、すっかり染まっている。
温泉街を流れる小川のせせらぎを聞きながら晴れた空を見上げた時だった――、
ピンッ!
と、後ろから糸で引っ張られるような力を感じた。
――呪力?
驚いて振り返ると、そこには白衣を着た品の良さそうなお医者さんがいて、やっぱり驚いた顔をして私の方を見ていた。
どちらからともなく近寄って、言葉を交わした。
「立ち話もなんなので」
と言うお医者さんに連れられて、路地裏にあるレトロな雰囲気の喫茶店に入った。
「ボクは、マレビトだったんだ」
と、お医者さんはおしぼりで手を拭きながら言った。
「もう23年以上経つから、ダーシャンでは700年前の話になるね」
お医者さんは初代マレビト様だった。マレビトは地球に帰れる! そのことに、私の心は躍った。往診帰りだというお医者さんは、懐かしそうにダーシャンでの思い出を話し始めた。
「天帝はボクがつくったんだ」
「そ、そうなんですね……」
「いや、ボクが呼ばれたときのダーシャンは無茶苦茶というか、ゴチャゴチャでね。里佳さんは巫祝なんだよね?」
初代マレビト様、日本名で佐藤さんは呪術師の前身である「巫祝」という言葉を使った。
「だったら、あの世界の『法則』みたいなものが見えたと思うんだけど、ボクが行ったときは、アレが混沌としててね。もうグッチャグチャ。なにも整理されてないデータが雑然と散らばってるような状態で、それをボクと天帝でイチから整理していったんだ」
ダーシャンに伝わる初代マレビト様は偉大な人だったけど、子供を76人もつくった性欲旺盛な人とも伝わっていた。なんなら変態色魔のようにも思われてた。
だけど、目の前にいる佐藤さんは落ち着いた雰囲気を漂わせる品のいい紳士だ。
「天帝はボクを召喚して命を落とした娘の魂で、その妹と最初に関係を持ったんだ。そしたら世界の理が見えるようになった。いわゆる呪力だね。いや、あまりにバラバラなんで茫然としたけどね」
「へぇ……」
佐藤さんは口元に人差し指を充てた。
「妻には内緒にしてね。異世界に子供が沢山いるなんて」
「あ、はい……」
私も貴方の子孫だ……。けど、今はそれはいい。一番知りたいのはマレビトが地球に戻る方法だ。
「あの世界で無秩序に漂ってた死者の魂を全部集めてひとつにして、『祖霊』って名前を付けて自然法則を安定させて、その手綱を天帝に握らせたんだ。巫祝なら伝わるよね?」
「ええ。なんとなく」
「だって、あっちって変でしょ?」
「え?」
「月は夜しか出ないし、満ち欠けもおかしい。人間にはやたら美形が多いし、髪の毛の色もバラバラ」
「あ……」
ダーシャンに生まれた私は不思議に思ったことがなかったけど、地球を知った私からすれば、確かに変だ。あの月は、なんであんな満ち欠けをしてるのか……。
「若い女性にアレなんだけど、生理がなかったでしょ?」
「あ、はい……」
「性交して女性が望めば子供ができる」
私も日本で初潮を迎えたとき、激しく驚いた。なんて、ややこしい身体なんだと。
「おかしな世界だったけど、でも人間は一生懸命生きてるんだ。放っておけなくてね」
「はい……」
「ただ、人の倫理観もムチャクチャでね。里佳さんの祖先を悪く言うつもりはないんだけど、人を殺していいのは『剣』だけにしましょうとか、むやみやたらに殺してはいけませんとか、まあとにかく色々決めていったよ」
「それがシキタリ……」
「それで、その頃に蔓延ってた妖魔的なのを退治して、国らしい形を整えたら14年経ってた。長男が国王に推戴されたタイミングで、もういいかなって思って、こっちに戻ったんだ。こっちでは半年しか経ってなくてビックリしたけどね」
佐藤さんは、懐かしげに微笑みながらコーヒーを飲んだ。
14年÷28=0.5 で、半年か。
「ボクの話はこんなもんかな? 次は里佳さんの話を聞かせてくれる? なんで、こっちに来れたのかとか。そうだ、ボクがいなくなったあとのダーシャンの話も聞きたいな」
私は唾をゴクリと飲み込んでから、ゆっくりとこれまでのことを話し始めた――。
仲のいい両親は2人で遊びに行ってしまった。私の卒業にかこつけて2人の時間を楽しんでる。普段は働きづめなんだから、仕事を休める口実を作ってあげられたってことにしておこう。
ダーシャンの王都が壊滅したんだとすれば、父王も兄弟たちも無事ではないだろう。けれど、日本の両親から愛を注がれて育った私には何の感懐も湧かなかった。兄弟といっても、互いに命を狙いかねないような冷えた関係だったし、父王からも愛情を感じたことはない。
ダーシャンに比べれば天国のような日本での穏やかな暮らしに、すっかり染まっている。
温泉街を流れる小川のせせらぎを聞きながら晴れた空を見上げた時だった――、
ピンッ!
と、後ろから糸で引っ張られるような力を感じた。
――呪力?
驚いて振り返ると、そこには白衣を着た品の良さそうなお医者さんがいて、やっぱり驚いた顔をして私の方を見ていた。
どちらからともなく近寄って、言葉を交わした。
「立ち話もなんなので」
と言うお医者さんに連れられて、路地裏にあるレトロな雰囲気の喫茶店に入った。
「ボクは、マレビトだったんだ」
と、お医者さんはおしぼりで手を拭きながら言った。
「もう23年以上経つから、ダーシャンでは700年前の話になるね」
お医者さんは初代マレビト様だった。マレビトは地球に帰れる! そのことに、私の心は躍った。往診帰りだというお医者さんは、懐かしそうにダーシャンでの思い出を話し始めた。
「天帝はボクがつくったんだ」
「そ、そうなんですね……」
「いや、ボクが呼ばれたときのダーシャンは無茶苦茶というか、ゴチャゴチャでね。里佳さんは巫祝なんだよね?」
初代マレビト様、日本名で佐藤さんは呪術師の前身である「巫祝」という言葉を使った。
「だったら、あの世界の『法則』みたいなものが見えたと思うんだけど、ボクが行ったときは、アレが混沌としててね。もうグッチャグチャ。なにも整理されてないデータが雑然と散らばってるような状態で、それをボクと天帝でイチから整理していったんだ」
ダーシャンに伝わる初代マレビト様は偉大な人だったけど、子供を76人もつくった性欲旺盛な人とも伝わっていた。なんなら変態色魔のようにも思われてた。
だけど、目の前にいる佐藤さんは落ち着いた雰囲気を漂わせる品のいい紳士だ。
「天帝はボクを召喚して命を落とした娘の魂で、その妹と最初に関係を持ったんだ。そしたら世界の理が見えるようになった。いわゆる呪力だね。いや、あまりにバラバラなんで茫然としたけどね」
「へぇ……」
佐藤さんは口元に人差し指を充てた。
「妻には内緒にしてね。異世界に子供が沢山いるなんて」
「あ、はい……」
私も貴方の子孫だ……。けど、今はそれはいい。一番知りたいのはマレビトが地球に戻る方法だ。
「あの世界で無秩序に漂ってた死者の魂を全部集めてひとつにして、『祖霊』って名前を付けて自然法則を安定させて、その手綱を天帝に握らせたんだ。巫祝なら伝わるよね?」
「ええ。なんとなく」
「だって、あっちって変でしょ?」
「え?」
「月は夜しか出ないし、満ち欠けもおかしい。人間にはやたら美形が多いし、髪の毛の色もバラバラ」
「あ……」
ダーシャンに生まれた私は不思議に思ったことがなかったけど、地球を知った私からすれば、確かに変だ。あの月は、なんであんな満ち欠けをしてるのか……。
「若い女性にアレなんだけど、生理がなかったでしょ?」
「あ、はい……」
「性交して女性が望めば子供ができる」
私も日本で初潮を迎えたとき、激しく驚いた。なんて、ややこしい身体なんだと。
「おかしな世界だったけど、でも人間は一生懸命生きてるんだ。放っておけなくてね」
「はい……」
「ただ、人の倫理観もムチャクチャでね。里佳さんの祖先を悪く言うつもりはないんだけど、人を殺していいのは『剣』だけにしましょうとか、むやみやたらに殺してはいけませんとか、まあとにかく色々決めていったよ」
「それがシキタリ……」
「それで、その頃に蔓延ってた妖魔的なのを退治して、国らしい形を整えたら14年経ってた。長男が国王に推戴されたタイミングで、もういいかなって思って、こっちに戻ったんだ。こっちでは半年しか経ってなくてビックリしたけどね」
佐藤さんは、懐かしげに微笑みながらコーヒーを飲んだ。
14年÷28=0.5 で、半年か。
「ボクの話はこんなもんかな? 次は里佳さんの話を聞かせてくれる? なんで、こっちに来れたのかとか。そうだ、ボクがいなくなったあとのダーシャンの話も聞きたいな」
私は唾をゴクリと飲み込んでから、ゆっくりとこれまでのことを話し始めた――。
3
お気に入りに追加
654
あなたにおすすめの小説
クラスで一人だけ男子な僕のズボンが盗まれたので仕方無くチ○ポ丸出しで居たら何故か女子がたくさん集まって来た
pelonsan
恋愛
ここは私立嵐爛学校(しりつらんらんがっこう)、略して乱交、もとい嵐校(らんこう) ━━。
僕の名前は 竿乃 玉之介(さおの たまのすけ)。
昨日この嵐校に転校してきた至極普通の二年生。
去年まで女子校だったらしくクラスメイトが女子ばかりで不安だったんだけど、皆優しく迎えてくれて ほっとしていた矢先の翌日……
※表紙画像は自由使用可能なAI画像生成サイトで制作したものを加工しました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!
夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!!
国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。
幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。
彼はもう限界だったのだ。
「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」
そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。
その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。
その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。
かのように思われた。
「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」
勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。
本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!!
基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。
異世界版の光源氏のようなストーリーです!
……やっぱりちょっと違います笑
また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)
貞操観念が逆転した世界に転生した俺が全部活の共有マネージャーになるようです
卯ノ花
恋愛
少子化により男女比が変わって貞操概念が逆転した世界で俺「佐川幸太郎」は通っている高校、東昴女子高等学校で部活共有のマネージャーをする話
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる