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205.第2城壁防衛戦!(2)
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「骨にも異常ありませんし、命に別条はないかと……」
薬師のリンシンさんが、転落したジンリーの手当てをしてくれてる。
これが日本ならCTだとかMRIだとかで検査してもらえるんだろうけど、そんなものはない。いや、こっちでは治癒の呪符を使ってきたのか。今はリンシンさんの見立てを信じるほかない。
気を失ったままのジンリーの側で、駆け付けた片腕のニイチャンが見守っている。
「リンシン様。本当にジンリーは大丈夫なんで?」
「ええ、打ち身は激しいので、しばらく身体があちこち痛むとは思いますけど、安静にしていたらじきに良くなります」
「そうですか……」
と、ジンリーに落とす視線は、娘を想う父親のものだった。
リンシンさんが別の患者の処置に戻ると、小さな部屋にニイチャンと残された。
「へへっ。マレビト様、ありがとな……」
「う、うん……」
なんに対しての感謝か分からず、曖昧に頷いた。
「ケガはしちまったけど、それは、こいつが頑張れてる証しみたいなもんでさ。マレビト様が来てくれたお陰で、こいつは活き活き働けてる……」
「うん。ジンリーは頑張ってくれてるよ」
「黙って人獣に喰われる順番を待ってた俺たちだ……。マレビト様が来てくれなかったら、せっかく職人になれたこいつも、腕の見せ所なく終わるとこだった」
ニイチャンはポタリと涙をこぼした。
「元嫁に見せてやりたかったなぁ……」
「……見て、くれてますよ。きっと……」
呪符に呼び出された祖霊に会った。あの大きな気配は、いくつもの魂の集合体なんだと思う。ジンリーの母親、ニイチャンの元嫁もきっとあの中から見守ってくれてる。そう祈った。
「惚れて惚れ合って一緒になったのに、俺が遊び呆けてばかりだから追い出されちまった」
ニイチャンは涙を拭った。
「またいつか一緒になれるなんて気軽なこと思ってたのに……、肝心な時に元嫁を独りにしちまった。一緒にいたって助けられたとは思わねえけど、せめて、一緒に喰われてやることくらい出来たのになあ……」
ジンリーの母親は、人獣が現れた後、逃げ込めた避難民の中に姿がなかった。最期を見た人もいない。
「もう会えないなんて信じられねえよ……。ただ突然にいなくなっちまった……」
フラフラしていた自分への後悔と、元嫁を亡くした悲しみと。かける言葉がなかった。
「すまねえ、すまねえ。つい、愚痴をこぼしちしまった」
と、ニイチャンは俺に笑って見せた。
「元嫁の分まで、ジンリーの頑張りを見届けてやらねえとな」
部屋を先に出ると、扉の向こうにシーシがいた。
「なにを父親らしいこと言ってるのだ……」
「聞いてたのか」
「……あいつのやり直しを、ボクが見届けてやらないといけないのだ」
シーシが保護者のように可愛がるジンリー。その父親に、真面目にやり直して欲しいと、シーシも願ってるんだろう。
険しい表情で扉を見詰めているけど、優しい気配も漂わせてる。
ツルペタ姉さんは男前だなあ。
日没間近の広場に出ると、ヤーモンとエジャが束の間の逢瀬を楽しんでいるのが見えた。
回廊決戦では城壁間の人獣の群れの中に突入していたエジャ。兵士団の指揮を執っていたヤーモン。
ニイチャンの元嫁さんのように、どちらかが突然いなくなってもおかしくなかった。
小突き合う体育会系カップルが、強い絆で結ばれているのが伝わってくる。微笑ましい俺と同世代の新婚カップルだけど、胸の奥でチリっと痛いものを感じる。
「おう! やったな、マレビト様!」
開戦間際の城内を見て回っていると、フーチャオさんに声を掛けられた。
足元ではミオンさんが手元の暗くなる中、洗濯桶で洗濯している。
「ウチの嫁っ子がよ、兵士も剣士も全員着替えさせたんだぜ? スゴいだろう」
ミオンさんが額の汗を拭った。
「だって昼間の戦闘で、皆んな汗だらけだったでしょ。夜の戦闘にも気持ち良く向かって貰いたいじゃない」
「全員ですか!?」
「もちろんだよ! 北のお嬢さんたちの下着も替えて貰ったからね!」
ミオンさんにかかったら、リヴァント聖堂王国の元女王も『北のお嬢さん』かと、少し笑った。
「ウチの嫁っ子はスゴいんだよ!」
「褒め過ぎだよ」
と、笑い合う親世代のカップル。
……俺も、いつか誰かとこんな風になれるかな? もちろん相手は里佳がいいんだけど、会えるかどうかも分からないし、そもそもフラれてる。
里佳は突然目の前から消えた俺を想ってくれてるだろうか……?
その時、第2城壁から開戦の合図が聞こえた。
ぶっつけ本番だ。
なんとかここを守り切らないと、振り出しに戻る。いや、回廊を失えば反攻の手立てを失う。振り出しよりも後退する。
俺は表情を引き締め直して、望楼に向かった――。
薬師のリンシンさんが、転落したジンリーの手当てをしてくれてる。
これが日本ならCTだとかMRIだとかで検査してもらえるんだろうけど、そんなものはない。いや、こっちでは治癒の呪符を使ってきたのか。今はリンシンさんの見立てを信じるほかない。
気を失ったままのジンリーの側で、駆け付けた片腕のニイチャンが見守っている。
「リンシン様。本当にジンリーは大丈夫なんで?」
「ええ、打ち身は激しいので、しばらく身体があちこち痛むとは思いますけど、安静にしていたらじきに良くなります」
「そうですか……」
と、ジンリーに落とす視線は、娘を想う父親のものだった。
リンシンさんが別の患者の処置に戻ると、小さな部屋にニイチャンと残された。
「へへっ。マレビト様、ありがとな……」
「う、うん……」
なんに対しての感謝か分からず、曖昧に頷いた。
「ケガはしちまったけど、それは、こいつが頑張れてる証しみたいなもんでさ。マレビト様が来てくれたお陰で、こいつは活き活き働けてる……」
「うん。ジンリーは頑張ってくれてるよ」
「黙って人獣に喰われる順番を待ってた俺たちだ……。マレビト様が来てくれなかったら、せっかく職人になれたこいつも、腕の見せ所なく終わるとこだった」
ニイチャンはポタリと涙をこぼした。
「元嫁に見せてやりたかったなぁ……」
「……見て、くれてますよ。きっと……」
呪符に呼び出された祖霊に会った。あの大きな気配は、いくつもの魂の集合体なんだと思う。ジンリーの母親、ニイチャンの元嫁もきっとあの中から見守ってくれてる。そう祈った。
「惚れて惚れ合って一緒になったのに、俺が遊び呆けてばかりだから追い出されちまった」
ニイチャンは涙を拭った。
「またいつか一緒になれるなんて気軽なこと思ってたのに……、肝心な時に元嫁を独りにしちまった。一緒にいたって助けられたとは思わねえけど、せめて、一緒に喰われてやることくらい出来たのになあ……」
ジンリーの母親は、人獣が現れた後、逃げ込めた避難民の中に姿がなかった。最期を見た人もいない。
「もう会えないなんて信じられねえよ……。ただ突然にいなくなっちまった……」
フラフラしていた自分への後悔と、元嫁を亡くした悲しみと。かける言葉がなかった。
「すまねえ、すまねえ。つい、愚痴をこぼしちしまった」
と、ニイチャンは俺に笑って見せた。
「元嫁の分まで、ジンリーの頑張りを見届けてやらねえとな」
部屋を先に出ると、扉の向こうにシーシがいた。
「なにを父親らしいこと言ってるのだ……」
「聞いてたのか」
「……あいつのやり直しを、ボクが見届けてやらないといけないのだ」
シーシが保護者のように可愛がるジンリー。その父親に、真面目にやり直して欲しいと、シーシも願ってるんだろう。
険しい表情で扉を見詰めているけど、優しい気配も漂わせてる。
ツルペタ姉さんは男前だなあ。
日没間近の広場に出ると、ヤーモンとエジャが束の間の逢瀬を楽しんでいるのが見えた。
回廊決戦では城壁間の人獣の群れの中に突入していたエジャ。兵士団の指揮を執っていたヤーモン。
ニイチャンの元嫁さんのように、どちらかが突然いなくなってもおかしくなかった。
小突き合う体育会系カップルが、強い絆で結ばれているのが伝わってくる。微笑ましい俺と同世代の新婚カップルだけど、胸の奥でチリっと痛いものを感じる。
「おう! やったな、マレビト様!」
開戦間際の城内を見て回っていると、フーチャオさんに声を掛けられた。
足元ではミオンさんが手元の暗くなる中、洗濯桶で洗濯している。
「ウチの嫁っ子がよ、兵士も剣士も全員着替えさせたんだぜ? スゴいだろう」
ミオンさんが額の汗を拭った。
「だって昼間の戦闘で、皆んな汗だらけだったでしょ。夜の戦闘にも気持ち良く向かって貰いたいじゃない」
「全員ですか!?」
「もちろんだよ! 北のお嬢さんたちの下着も替えて貰ったからね!」
ミオンさんにかかったら、リヴァント聖堂王国の元女王も『北のお嬢さん』かと、少し笑った。
「ウチの嫁っ子はスゴいんだよ!」
「褒め過ぎだよ」
と、笑い合う親世代のカップル。
……俺も、いつか誰かとこんな風になれるかな? もちろん相手は里佳がいいんだけど、会えるかどうかも分からないし、そもそもフラれてる。
里佳は突然目の前から消えた俺を想ってくれてるだろうか……?
その時、第2城壁から開戦の合図が聞こえた。
ぶっつけ本番だ。
なんとかここを守り切らないと、振り出しに戻る。いや、回廊を失えば反攻の手立てを失う。振り出しよりも後退する。
俺は表情を引き締め直して、望楼に向かった――。
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