上 下
83 / 297

83.シュエンの一歩

しおりを挟む
「私も料理したいですっ!」

と、シュエンは少しほほを赤らめうつむいて俺に言った。

横に立っているツイファさんが、微笑ほほえみながら俺に解説かいせつしてくれる。

「剣士団の家族と、城に住む平民との間にかかわりはうすいのです。よろしければ、き出しを始める女性たちに、マレビト様からお口添くちぞえいただけませんでしょうか?」

そういうことか! うん! うん!! あの、くら宿舎しゅくしゃやみの中でひとり、感情を殺してひそんでたシュエンが前向きな気持ちになって一歩いっぽみ出してくれたことが、飛び上がるほどうれしい。

俺はすぐにシュエンをともなってミオンさんの所に向かい、事情じじょうを説明した。

「それは大歓迎だいかんげいですよ! 引き受けはしたものの、結構けっこうりょうを作らないといけないから、人手ひとでが増えるのは嬉しいわ!」

と、ミオンさんは快諾かいだくしてくれ、シュエンもホッとしたように笑顔をかべた。

中年女性おばさんたちの輪に加わったシュエンは、たちまち可愛かわいがられてる。

俺はそっとミオンさんに目配めくばせして、少し離れたところに来てもらい、シュエンのかれてる境遇きょうぐうを簡単に説明した。

「お任せください!」

と、胸を張ったミオンさんは、やっぱり若頭フーチャオさんのよめなんだなとたのもしく見えた。

俺はツイファさん、ユーフォンさん、メイユイが待ってくれてる場所までもどり、ツイファさんにたのみごとをした。

くなった剣士のご家族の状況じょうきょうを調べてもらえませんか?」

「承知しました」

と、ツイファさんはいつものまし顔で、軽く頭を下げた。

さみしい思いをしてたり、孤立こりつしたりしてるご家族があれば、それとなく炊き出しの作業にさそってみてください。あと、い物を続けてるお母さんたちもいるので、そちらでも」

剣士団は毎晩の戦闘だけで手一杯ていっぱいだ。本来、遺族いぞくには手厚てあついと思うんだけど、今は多分、そこまで手が回っていない。

気にはなってたんだけど、シュエンのおかげでそういう方たちに提案ていあんできるものに気が付いた。

イーリンさんを通じて剣士団の了承りょうしょうておくようにと伝えると、ツイファさんは宮城きゅうじょうに戻って行った。

優しげなお姉さんってたたずまいで、これぞ侍女! って印象いんしょうだったツイファさんだけど、実にソツなく仕事をこなしてくれる。短期間でシュエンの心を前向きにさせてくれた優しい真心まごころもある。そもそも、あの場でスグにシュエンを引き受けてくれた決断力けつだんりょく行動力こうどうりょくもすごい。

いや、王族に付く侍女さんって、元々有能ゆうのうなのか。

と、ユーフォンさんを見るとニコニコしてる。うん。ユーフォンさんはその感じが有能です。いるだけで明るい雰囲気になる華がある。有能さは実務能力じつむのうりょくとはかぎりませんよね。

仮設住宅かせつじゅうたくを歩いて回ると、大人たちに活気かっきもどったせいか、子供たちも元気よく遊んでいた。そう、この子たちの命もかかっている。微笑ほほえましい光景こうけいにも、気がまる。

メイファンたち長弓ながゆみ隊の面々めんめんは、まだ寝てるようだ。昨晩ゆうべ一晩中ひとばんじゅう、矢をはなち続けた。そんな経験は初めてのことだっただろう。わずかな時間だけど、しっかり休養きゅうようしてほしい。

もちろん、まだ無気力むきりょく道端みちばたで座り込んでいる人たちも見かける。

フーチャオさんには戦闘参加の志願者しがんしゃを集めるにあたって、強制きょうせいすることがないようにもお願いしている。

キレイごとだけでなく、実際問題じっさいもんだいとして、イヤイヤ参加する人がいては、そこが穴になる。

あのギリギリの戦闘が展開てんかいされてる城壁の上で、あり一穴いっけつ命取いのちとりになりかねない。防衛線ぼうえいせん決壊けっかいしたら、そく全滅ぜんめつだ。

あの人たちも少しずつ立ち上がる気力を取り戻してもらったのでいい。そして、一人が立ち上がるたびに、俺は飛び上がって喜ぶんだろうな。

見上げると、今晩も空が茜色あかねいろまり始めている。長弓ながゆみ隊の皆さんも姿を見せ始めた。

今晩も、あのおそろしい夜がやってくる。

けど、少しずつたくわえつつあるぞ。と、自分に言い聞かせながら、足早あしばや望楼ぼうろうに向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

処理中です...