50 / 297
50.天才っスね
しおりを挟む
俺とシアユンさんが望楼に到着するや、最終城壁上に人獣たちが姿を現し、戦闘が開始された。
今夜も、戦闘は激しい。
望楼には既に長弓を手にしたメイファンと、付き添いでミンユーが来てくれていた。メイファンの笑顔は強張ってて、少し緊張しているように見えた。俺とシアユンさんに深々とお辞儀してくれた。
北側城壁の上では、篝火に照らされた緑髪のイーリンさんが舞うような美しい剣技で闘っている。反対側の南側城壁に目を移すと、今夜もチンピラの皆さんが人獣に向かって投石している。
やがて、シーシが何人かの男の人を従えて到着した。鍋付き篝火は分解されて、いくつかのパーツの形で運び込まれていく。
「ごめんごめん。組み立て易さにこだわっていじってたら、窓を塞いでたから日没に気が付かなくて」
と、シーシは苦笑いしながら頭をかいた。それだけ集中して作業してくれてたってことだろう。むしろ、ありがたい。
男の人たちは黙々と、だけど素早く鍋付き篝火を組み立てていく。
メイファンとミンユーが、シーシに深々とお辞儀した。
「ニシシ。いいよいいよ。ボクは堅苦しいのは苦手だから」
と、シーシが照れ笑いしながら2人に手を振って見せた。
そうか。シーシは司空府のお役人で、メイファンとミンユーは平民ってことか。風呂場では女子が皆でキャッキャしてるから気が付かなかった。
城でトップ4に入る村長の娘とはいえ、お役人様とは身分が違うってことか。メイファンもミンユーも、恐縮した態度を崩さない。
昼間に木陰で車座になって話してたとき、侍女のツイファさんにそこまでの態度はとってなかったんだけど……。
あ。ツルペタ姉さん。かなり、偉いのか。
そうだよな。司空のミンリンさんが、あれだけ信頼してるんだから、それなりのポジションに就いてておかしくない。篝火を組み立ててる男の人たちも部下っぽいし。……ちょっと、気を付けよう。
とか思ってると、シーシが人差し指で自分とメイファンとミンユーを、代わる代わる指差しながら笑った。
「ニシシ。純潔の乙女同士としては対等対等。仲間、仲間! 男を知らない仲間!」
ピクッと、組み立ててる男の人たちの手が止まった。
――お、男を知らない、って、そんな、女子が自ら口にする言葉では……。
チビっ子でツルペタなシーシが、急に女に見えて、思考が止まる。男の人たちも無表情だけど、なにか頭に浮かんでますよね? 絶対、なにか浮かんでますよね?
こういう無防備な不意打ちに、男性は戸惑ってしまうものなんスすよ、ツルペタ姉さん……。
メイファンはシーシと打ち解けたように笑い合ってる。見るとシアユンさんが顔を真っ赤にしてる。……自分も、ですもんね。
ミンユーは肩をプルプル震わせて、顔を背けてる。あー、なにか分からないけどツボに入るとき、ありますよね。
篝火を組み立てる手は、すぐに動き出して、あっと言う間に組み上がった。まるで工兵のような手際の良さ。
……持ち運びしやすいのは、きっと、役に立つ。
シーシは男の人たちに、一旦、帰って休むように伝え、分厚そうな革の手袋をつけた。
「首を振れるようにしてみたんだけど、まだ、取っ手が熱くなり過ぎるのが解決してなくて」
と、シーシが鍋付き篝火から伸びてる棒を握って、首を動かした。
――な、鍋の部分だけが動く、だと?
篝火で薪を燃やす鉄籠の部分は動かず、それを覆う、鍋を組み合わせた歪な球体部分だけが、グルングルン動く。
角度に制約はあるだろうけど、これなら薪と炎の状態を気にせず、光の方向だけを制御できる。
――マジすか。ツルペタ姉さん、天才っスね。
「それじゃ、点火していい?」
俺は期待しかない目をして、力強く頷いた。
視線を第2城壁の方に向ける。自分の思い付きが形になる。その時を待った。
……あれ? 点かない?
不具合かな? 試作だもんなと思って、シーシを見ると手袋を取ろうと引っ張ってる。
「手袋が邪魔で、ランタンの火が取れなかった……」
分厚い革の手袋はゴワゴワらしく、なかなか抜けない。メイファンとミンユーがシーシの身体を押さえ、俺が手袋を引っ張って、ようやく抜けた。
「ついさっきまでテストしてたから、手袋が汗を吸ってたみたい。ニシシ」
と、照れ笑いしたシーシが、ランタンから火を取り出して、篝火の薪に点火する。
これ、俺が点ければ良かったんじゃと思わなくもないけど、やっぱり製作者自身に起動してもらうのがいいよな、こういうのは。
薪が燃え上がり、火勢が強くなると――。
「見えた! 第2城壁が見えてる!」
手袋をつけ直したシーシが、ゆっくりと篝火の首を下げると、第2城壁の根元が照らされた。ボンヤリとした円形の光の中を、チラホラと人獣が通り過ぎて行くのも分かる。
北側城壁に目を落すと、剣士の皆さんに動揺は見られない。テストが闘いの邪魔になってる様子はない。良かった。
「ニシシ。どう? どう? よく出来てるでしょ?」
メイファンはシーシを熱い視線で見詰めて、何度も何度も首を上下に振っている。ミンユーは驚いた表情のまま、円型の光から目が離せない様子だ。シアユンさんも目を見開いて、照らし出された第2城壁を見詰めている。
初めて目にするテクノロジー体験、と言っていいんだと思う。
「素晴らしいです! シーシに頼んで良かった!」
という、俺の言葉に、シーシは満面の笑みを浮かべる。
俺の思い付きを、ひとつ形にしてくれた。次は――。
今夜も、戦闘は激しい。
望楼には既に長弓を手にしたメイファンと、付き添いでミンユーが来てくれていた。メイファンの笑顔は強張ってて、少し緊張しているように見えた。俺とシアユンさんに深々とお辞儀してくれた。
北側城壁の上では、篝火に照らされた緑髪のイーリンさんが舞うような美しい剣技で闘っている。反対側の南側城壁に目を移すと、今夜もチンピラの皆さんが人獣に向かって投石している。
やがて、シーシが何人かの男の人を従えて到着した。鍋付き篝火は分解されて、いくつかのパーツの形で運び込まれていく。
「ごめんごめん。組み立て易さにこだわっていじってたら、窓を塞いでたから日没に気が付かなくて」
と、シーシは苦笑いしながら頭をかいた。それだけ集中して作業してくれてたってことだろう。むしろ、ありがたい。
男の人たちは黙々と、だけど素早く鍋付き篝火を組み立てていく。
メイファンとミンユーが、シーシに深々とお辞儀した。
「ニシシ。いいよいいよ。ボクは堅苦しいのは苦手だから」
と、シーシが照れ笑いしながら2人に手を振って見せた。
そうか。シーシは司空府のお役人で、メイファンとミンユーは平民ってことか。風呂場では女子が皆でキャッキャしてるから気が付かなかった。
城でトップ4に入る村長の娘とはいえ、お役人様とは身分が違うってことか。メイファンもミンユーも、恐縮した態度を崩さない。
昼間に木陰で車座になって話してたとき、侍女のツイファさんにそこまでの態度はとってなかったんだけど……。
あ。ツルペタ姉さん。かなり、偉いのか。
そうだよな。司空のミンリンさんが、あれだけ信頼してるんだから、それなりのポジションに就いてておかしくない。篝火を組み立ててる男の人たちも部下っぽいし。……ちょっと、気を付けよう。
とか思ってると、シーシが人差し指で自分とメイファンとミンユーを、代わる代わる指差しながら笑った。
「ニシシ。純潔の乙女同士としては対等対等。仲間、仲間! 男を知らない仲間!」
ピクッと、組み立ててる男の人たちの手が止まった。
――お、男を知らない、って、そんな、女子が自ら口にする言葉では……。
チビっ子でツルペタなシーシが、急に女に見えて、思考が止まる。男の人たちも無表情だけど、なにか頭に浮かんでますよね? 絶対、なにか浮かんでますよね?
こういう無防備な不意打ちに、男性は戸惑ってしまうものなんスすよ、ツルペタ姉さん……。
メイファンはシーシと打ち解けたように笑い合ってる。見るとシアユンさんが顔を真っ赤にしてる。……自分も、ですもんね。
ミンユーは肩をプルプル震わせて、顔を背けてる。あー、なにか分からないけどツボに入るとき、ありますよね。
篝火を組み立てる手は、すぐに動き出して、あっと言う間に組み上がった。まるで工兵のような手際の良さ。
……持ち運びしやすいのは、きっと、役に立つ。
シーシは男の人たちに、一旦、帰って休むように伝え、分厚そうな革の手袋をつけた。
「首を振れるようにしてみたんだけど、まだ、取っ手が熱くなり過ぎるのが解決してなくて」
と、シーシが鍋付き篝火から伸びてる棒を握って、首を動かした。
――な、鍋の部分だけが動く、だと?
篝火で薪を燃やす鉄籠の部分は動かず、それを覆う、鍋を組み合わせた歪な球体部分だけが、グルングルン動く。
角度に制約はあるだろうけど、これなら薪と炎の状態を気にせず、光の方向だけを制御できる。
――マジすか。ツルペタ姉さん、天才っスね。
「それじゃ、点火していい?」
俺は期待しかない目をして、力強く頷いた。
視線を第2城壁の方に向ける。自分の思い付きが形になる。その時を待った。
……あれ? 点かない?
不具合かな? 試作だもんなと思って、シーシを見ると手袋を取ろうと引っ張ってる。
「手袋が邪魔で、ランタンの火が取れなかった……」
分厚い革の手袋はゴワゴワらしく、なかなか抜けない。メイファンとミンユーがシーシの身体を押さえ、俺が手袋を引っ張って、ようやく抜けた。
「ついさっきまでテストしてたから、手袋が汗を吸ってたみたい。ニシシ」
と、照れ笑いしたシーシが、ランタンから火を取り出して、篝火の薪に点火する。
これ、俺が点ければ良かったんじゃと思わなくもないけど、やっぱり製作者自身に起動してもらうのがいいよな、こういうのは。
薪が燃え上がり、火勢が強くなると――。
「見えた! 第2城壁が見えてる!」
手袋をつけ直したシーシが、ゆっくりと篝火の首を下げると、第2城壁の根元が照らされた。ボンヤリとした円形の光の中を、チラホラと人獣が通り過ぎて行くのも分かる。
北側城壁に目を落すと、剣士の皆さんに動揺は見られない。テストが闘いの邪魔になってる様子はない。良かった。
「ニシシ。どう? どう? よく出来てるでしょ?」
メイファンはシーシを熱い視線で見詰めて、何度も何度も首を上下に振っている。ミンユーは驚いた表情のまま、円型の光から目が離せない様子だ。シアユンさんも目を見開いて、照らし出された第2城壁を見詰めている。
初めて目にするテクノロジー体験、と言っていいんだと思う。
「素晴らしいです! シーシに頼んで良かった!」
という、俺の言葉に、シーシは満面の笑みを浮かべる。
俺の思い付きを、ひとつ形にしてくれた。次は――。
24
お気に入りに追加
894
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています
もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。
使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる