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33.剣の魔将(2)

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 エミリアさんが、いつもとまったく違う、神妙な声を発した。

「アンドレアス殿。ヘルフェンブリンガーが痺れを切らしてしまう……」
「へっ! 任せとけ! それじゃあ、マルティンと聖女候補たちを頼んだぜ!」

 と、アンドリーが馬の腹を蹴った。
 瞬く間にその姿は聖騎士の隊列の中に消えていった……。

 エミリアさんが馬を寄せて来た。

「アンドレアス殿に会う前のマルティン様は、ひどく無口で、誰とも交わろうとしなかったそうだ……」
「はい…………」
「あの調子でちょっかいを出し続け、ついにマルティン様が苦笑いをひとつしてからずっと、2人は親友だと聞いたことがある」
「…………アンドリーは勝てますか?」
「分からない。ヘルフェンブリンガーは強敵だ。しかし、聖女もおらず、マルティン様の魔力も温存しなくてはならない私たちは、アイツに挑むしかない……」

 馬車の周囲に集まる聖女候補たちが、跪いて首を垂れ、祈りを捧げているのが目に入った。

「……勝てぬまでもダメージを与えられたら、……次は、我々魔導師団の出番だ」

 エミリアさんが聖女候補たちを見て、厳しく眉根を寄せた。

「せめて、マルティン様を魔王の前までお連れしなくてはならない。それが、私たち聖騎士団の使命だ」

 誰もが命を差し出している。
 そんなに軽いものだったかしら? と、思わず首を傾げてしまいそうになる。
 だけど逃げ場もない。
 逃げれば、王国のすべてを危険に晒してしまうのだから――。

 *

 アンドリーは死力を尽くした壮絶な一騎討ちの末、ヘルフェンブリンガーを相打ちで討ち取った。

 ヘルフェンブリンガーの大剣が袈裟斬りに喰い込んだ瞬間、アンドリーの剣が水平に首を刎ねた。
 首だけになったヘルフェンブリンガーは、甲高い哄笑を放ち、

「お見事。……満足だ」

 と、宣ってからコト切れた。
 アンドリーがその言葉を聞けたのかは、誰にも分からなかった。

 聖騎士たちは剣を捧げ、聖女候補たちは両手を結び、アンドリーの冥福を祈った――。

 ◇

 魔導師団がヘルフェンブリンガーの巨体を《浄化》している。
 そのほかの聖騎士たちは、慌しく出立の準備を始めており、確認の声が飛び交う。

 もう、あの下世話で下品なジョークを聞くことが出来ないとは、俄かには実感できない。
 飛び交う声の中にアンドリーの声が混じっていないか、耳が勝手に探してしまう。

 追悼の祈りから顔を上げた聖女候補たちはかろうじて笑顔をつくっている。けれど、それも今にも消えてしまいそうだ。

 やがて姿を見せたマルティン様の表情は、いつにも増して怜悧で美しかった。

 ――聖女さえいれば。

 誰もが思っているに違いなかった。
 けれど、いない者をアテにすることは出来ない。

 マルティン様は、聖女候補たちに労いの言葉をかけてから、私の方に馬を寄せられた。

「アンドレアスの遺体と負傷兵たちは後送します。重い荷駄もここで捨て、他の魔将が動き出さないうちに魔王を急襲することになります。アリエラも……」
「イヤです!」

 マルティン様が私に、負傷兵と一緒に後退することを勧めているのは分かった。
 けど、私はマルティン様から離れたくない。最後までお供すると決めたのだ。

 そして、ニコッと笑顔をつくった。

「ん…………?」
「アンドリーに言われたのです。マルティン様の横で、ずっと笑顔でいるようにって」
「……アンドリー?」
「アンドレアスさんは、そう呼ばれたかったんだそうです。アンドリーって呼ばれる自分が“本当の自分“なんだって仰られてました」
「そうか……、アンドレアスが……」

 マルティン様が涙を堪えるような笑顔をつくられた。

「そのことは、私以外の者には言わないとばかり思い込んでいた」
「えっ……?」
「……アンドレアスは、心の底からアリエラを信じていたんだな」
「そ、そうなのですか?」
「……魔物に喰われた恋人が、そう呼んでいたんだそうだ。冗談めかした会話の中でのことだったそうだが……、恋人とじゃれあっていた、アンドレアスの幸せで悲しい記憶の扉を開ける……、呼び名だ」

 言葉を失ってしまった私に、マルティン様が優しく微笑んでくださった。

「アリエラにその名で呼ばれて、幸せも悲しみも全部抱いて逝けたアンドリーは……、満足だったと思う。我が親友とものために、ありがとう。アリエラ……」
「いや……そんな…………」

 もう、アンドレアスさんに確認することは出来ない。私のどこをそんなに信頼してくれていたんだろう。マルティン様が選んだ人だから?
 でも、見た目はゴリラやぞ?
 悪人面だから親近感持ってたのか?

「ふふっ」

 と、笑いと一緒に、つい涙をこぼしてしまった。

 マルティン様に見せたくなくて視線を滑らせると、聖女候補たちが交替で馬車の中に入っては出てくるのが見えた。
 《聖女の宝玉》が輝かないか、確認しているのだ。魔王戦を控え、これが最後の確認になるのだろう。

 修行といえば、これほどの修行はない。目の前で失われていく命に、聖女に連なる身でありながら、ただただ無力でいる。
 もちろん救った命も多い。
 けれど、救えなかった命のことばかりがのし掛かる。

 これだけ頑張っている彼女たちに、私からは花丸あげたい。
 だけど宝玉は輝かない。

 馬車から出てきたソフィアさんの、悲壮な笑顔は見ていられなかった。

「アリエラ…………」
「はいっ!」

 マルティン様に急に呼ばれて、変な声が出てしまった。

「魔王の前に到着するまで、聖女候補の護衛隊の指揮は私が執る。私の側から離れないでくれ」
「はいっ!」
「それから……、前に言ってくれた通り、魔王討伐が終わったら新婚旅行を再開しよう」
「え…………、はっ、はいっ!」
「次はどこに行きたいか、考えておいてくれないか?」
「分かりましたっ!」
「私も一緒に考えるから……」
「へへっ! 嬉しいです!」

 アンドリー……。
 私、笑顔でいるよ。
 マルティン様の横で、ずっと。

 笑顔で《浄化》……、し続けるからね。

 ◇

 全速力で駆けても、リエナベルクまで2日はかかる。

 天幕の中で、私とマルティン様は新婚旅行の行き先のことばかり話した。

 残された時間を幸せで埋めてしまうかのように、夢中で話した。
 寝床を寄せて、手を繋いで話し続けた。少しだけ、抱き締めてもくださった。
 それ以上に進む心の準備はできていたけど、討伐後のお楽しみにとっておく。

 そして2晩、夢のような時間を跨いで、ついにリエナベルクを見下ろせる、山の尾根に私たちは立った。

 私が出てから、たった4ヶ月。

 美しい緑に覆われていた山々はどす黒く変色し、リエナベルクは巨大な瘴気溜まりに変貌していた。

 あの、聖騎士団が全滅する夢に出てきたような――。
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