【完結】見た目がゴリラの美人令嬢は、女嫌い聖騎士団長と契約結婚できたので温かい家庭を築きます

三矢さくら

文字の大きさ
上 下
29 / 38

29.天幕で、2人きりで

しおりを挟む
 マルティン様と天幕テントに入ってから、2人ともずっと無言だった。

 緊張しているだけの私と違って、マルティン様はなにやら考え事をされている雰囲気だ。
 そりゃそうだ。聖騎士団総員10万人の命を預かられているのだ。その後ろにはフェステトゥア王国、全国民の命がある。
 考えなくちゃいけないこと、いっぱいあるよね。

 音をたてないように気を付けながら、そっと深呼吸をする。
 つい先日まで同じ部屋で寝てたんだから余裕余裕と思っていた私だけど、こんなに緊張させられたのは、確実にアンドレアスさんの言葉だ。

 ――天幕テントでは優しくしてやってくださいね。

 だなんて、完全にエロいニュアンスで言われて、意識しない訳がない。
 私だって頑張ってるけど、もともと恋愛経験皆無の初心なご令嬢なんだぞ? 箱入り娘どころか、街ごと用意されただというのに……。

 でも、エミリアさんの話も心に残った。

「アンドレアス殿は、下世話になんでもズケズケからかうが、マルティン様の『女嫌い』を冷やかしたことは、一度もない」
「そうなんですね……」
「ああ見えて、人の触れてはいけないところは、キチンと見ておられる方なんだ……人相は悪いが」

 私に『子づくり』は触れていいところってことかしら……? 
 お陰で、ガチガチに緊張してしまってますけど。

 ランタンの灯りだけの小さな天幕の中で、少し離れて横になっている。
 魔王が復活しなければ、同じベッドで寝ることに挑戦するはずだったけど、こんな小さな天幕の中で2人きりだったら、そう違いはないような気がする。

 マルティン様の方に、そっと顔を向けたら目が合った。

「やっと、こっちを向いてくださった……」
「え? ……見てらしたんですか? 私のこと」

 マルティン様は、私の問いには応えず、優しく微笑まれた。……私のことを労わってくださるような、慈しんでくださるような笑顔だった。

「慌ただしく出兵してしまいましたが、今日はアリエラにはショックな光景も多かったでしょう……」
「それは……。はい」

 私も笑顔をつくった。

「でも、一番すごかったのは、マルティン様の魔法です!」
「《無限光箭こうせん》ですね?」
「《無限光箭》というのですね!? マルティン様にしか使えないって、アンドレアスさんが言ってました!」

 ワイバーンの大群を一瞬で全滅させた、無数の《光の矢》。
 平和で牧歌的に育った私には、衝撃的な光景だった。あまりの威力と、美しさと……、大規模な魔法がつくる景色の玄妙さは、荘厳で神秘的でさえあった。

「あれが、聖騎士として私の"本当の姿"です」
「私はそれを、やっと見られたのですね!?」
「そんなに喜んでいただけるのなら、新婚旅行でもお見せすれば良かった」
「そんな、雑魚魔物を相手に使われる魔法ではないのでしょう?」
「…………本当のことを言うとワイバーンごときを相手に使うような魔法でもないのです」
「そうなのですね!?」

 私は明るい声で目を輝かせた。
 だけど、同じ景色を見ていたアンドレアスさんは、

 ――魔王戦に備えて魔力を温存しなくてはいけないのですが、負傷兵の多さに耐えられなくなったか……。

 と、顔をしかめていた。

 でもそれは、私が口出しするようなことじゃない。私は、私の驚きと感動を、素直にマルティン様にお伝えしたいのだ。

「でも、なんで急にワイバーンの大群が……? 王都とグリュンバウワー領の間で魔物の話など聞いたことがありませんでしたのに。やはり魔王の影響なのですか?」
「そうですね……。魔王が発生すると、四方に『魔将』を出現させ、成育途中の自分を守らせます……」

 マルティン様は、ご自身で状況を確認するように、私に優しく語りかけてくれる。

「成育し切った魔王は倒すのがより困難になります。それが、聖女の出現を待てなかった理由です」

 マルティン様も冷静さを保とうと必死なのだ。
 聖女空位で魔王を討伐した前例はない。

「魔将は魔物を引き寄せて統率し始めます……」
「今日のワイバーンもそうなのですね? 魔将のところに向かっていたのですね?」
「ええ、恐らく。なので、出来るだけ速く魔将を攻略し、より未熟な状態の魔王を急襲し討伐するというのが、我々の基本戦略です」

 やるべきこと――は、探せば無限にあるのだろう。
 マルティン様の語り口は、やれること――を、確認しているかのようだった。

 ――魔王を倒す。

 なんて甘美な言葉だと思うけど、それは、私が魔王を物語の中でしか知らないから。
 その意味を本当にお知りのマルティン様には、道のりの一歩一歩が見えている。今日のワイバーン退治ですら、一歩になっているのか、私には定かではない。

 労わり、励まし、慈しむことしか私にはできない。

 だからといって、抱き締めたら、手を握ったら、もしかするとマルティン様のご負担になってしまうかもしれない。
 今は、私に気をとられてほしくない。

 なら、来るなという話なのだけど、どうしても側にいてあげたかったし、私はあの時、行かなくてはいけない気がしてならなかったのだ。

「さあ、マルティン様。お休みになりましょう? 瞼が重くなられているようですよ」
「う……、うん……そうか……」
「ランタン……、消しますね」
「……ありがとう」

 ランタンのホヤを上げ、ふっ、と息を吹きかけた。
 真っ暗になった天幕の中で、すぐにマルティン様の寝息が聞こえた。

 きっと、夜襲などあればスグに飛び起きて、すぐに前線に突っ込んで行かれるのだろう。

 けれど、もしかして少しだけ、自惚れてよいなら少しだけ、マルティン様の張り詰めた神経をほぐして、少しだけ早く眠りに就いていただけたのだとするなら、私がここにいる意味はあった。
 
 ――必要とされるまでは待機。必要とされたら素早く動く。それしかありません。

 アンドレアスさんが言っていたことは、きっとその通りだ。
 悪人面、なかなかイイこと言ってる。

 ――魔王討伐中に子どもを授かったりしたら、王国史に残る伝説になりますぜ?

 いや、それはいい。
 今、思い出さなくていい。

 ……公私混同を嫌うマルティン様、それに聖騎士団の皆様にしても、妻である私の帯同を認めてくださっているのは、それだけの重圧がマルティン様にのしかかっているということ。
 今日の戦闘を目の当たりにして、改めて実感した。
 やはり、生の説得力は違う。

 マルティン様が魔王の前に立つことをお望みである以上、最後までお供させてください。
 どうせ、逃げられないんでしょう?
 あんなにお苦しみになっているお母様のことでさえ、忘れようとはされませんものね。まだ、真正面から受け止めようとされてる。だから苦しいのに。
 普通、逃げちゃいますよ?

 ほら。私、こんなにマルティン様のことが解ってる。
 が終わったら、また私だけを見る時間もつくってくださいね。早く終わるように、私も少しだけお手伝いさせていただきますから。
 
 明日もマルティン様に笑顔が見せられるように、私も早く眠りに落ちよう。
 暗闇の中で、お顔の輪郭を探してる場合では、ない――。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

蜜柑
ファンタジー
レイラは生まれた時から強力な魔力を持っていたため、キアーラ王国の大神殿で大司教に聖女として育てられ、毎日祈りを捧げてきた。大司教は国政を乗っ取ろうと王太子とレイラの婚約を決めたが、王子は身元不明のレイラとは結婚できないと婚約破棄し、彼女を国外追放してしまう。 ――え、もうお肉も食べていいの? 白じゃない服着てもいいの? 追放される道中、偶然出会った冒険者――剣士ステファンと狼男のライガに同行することになったレイラは、冒険者ギルドに登録し、冒険者になる。もともと神殿での不自由な生活に飽き飽きしていたレイラは美味しいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。 その一方、魔物が出るようになったキアーラでは大司教がレイラの回収を画策し、レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。 ※序盤1話が短めです(1000字弱) ※複数視点多めです。 ※小説家になろうにも掲載しています。 ※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...