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24.新婚旅行の終わりに(1)
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黒々と聳える山々に囲まれた、瘴気渦巻く禍々しい窪地に、折り重なってどこまでも続く聖騎士の死体――。
ひどい夢で目が覚めた。
外はまだ暗い。
マルティン様が戦死される夢は、もう何度か見てしまっていた。
けれど聖騎士団長に嫁ぐということは、こうした不安に耐えることなんだと自分に言い聞かせている。
それにしても、今朝の夢はひどい。
冬だというのに、イヤな汗をぐっしょりとかいている。
顔を上げると、部屋の反対側の端っこでマルティン様が、スース―と眠っている。
夢とは分かっていても、安堵のため息を吐いてしまう。
「同じ部屋で寝ることにしましょう! とりあえず、ベッドはうんと離していいので、まずは同じ部屋で寝るところから!」
勢いで提案したしたら、採用された。
私の方も緊張してしまって寝付けずにいたんだけど、マルティン様もベッドから出たりソファで横になったりされていた。
そーっとちょこちょこ動かれるのが可愛らしくて、微笑ましい気持ちになってしまった。
けど、違った。
ベッドと、そこに横たわる女性――。
マルティン様が一番思い出したくない光景を刺激する取り合わせが、同じ部屋にある。
そのことに気が付いて、内心とても慌てたけど、私に出来ることはなかった。
今さら出ていったところで、却って深い挫折感を与えてしまうだけかもしれない。
せめて、私が眠ってしまえば、最悪の記憶から解放されるかもしれない。ベッドでモゾモゾする女性ではなく、スヤスヤ安眠する女性になるのだ!
そう思った私は、決死の思いで眠りに落ちていった――。
翌朝、笑顔を見せてくださったときには、心の底から胸を撫で下ろした。
マルティン様の表情からは、ひとつ壁を乗り越えたのだという達成感さえ感じられた。
えらいえらいって、してさしあげたい気持ちだった。
もちろん、しなかったけど。
最悪の夢で目が覚めて、近くで抱き締めてほしかったけど、遠くから眺めさせてもらえるだけでも嬉しかった。
私はマルティン・ヴァイス様の夫人になったのだと、妙に実感が湧いてくる出来事だった。
◇
魔物狩りは絶好調だった!
私の剣も冴えて、アルミラージも倒した。えっへん。
もちろん、聖騎士様から見たら雑魚も雑魚の魔物なんだろうけど、鼻高々だ。
お仕事モードのマルティン様を眺めながら過ごすのも楽しくて、私たちは次々に瘴気溜まりを潰していく。
そのせいで、あんな悪い夢を見ちゃったのかもしれないけど、2人で一緒にコトを成し遂げられる幸福感はクセになりそうだった。
ただ、それよりも自分の剣術が通用するのではないかという思いは、
――出兵に、ついて行きたい。
という思いに、容易に発展していく。
もちろん魔法障壁の魔法はおろか、魔力さえない私が連れて行ってもらえるはずもない。足手まといもいいところだ。
だけど、新婚旅行から王都に帰れば、間を置かずマルティン様は出兵していかれる。
そうすると次の冬まで会うことができない。
寂しい――という思いと同時に、9か月近く離れて過ごせば、私たちの関係はまたふりだしに戻るんじゃないかっていう懸念もある。
そーっと、そーっと、少しずつ距離を縮めてきた。
マルティン様ご自身ではどうしようもない心の傷を刺激してしまわないように、慎重に丁寧に時間を積み重ねてきた。
それが、ふりだしに戻るのは、きっとマルティン様にとっても負担になる。負担というか、挫折になるのではないかと、私が勝手に気を揉んでいるのだ。
そんな不安を魔物にぶつけて、斬りまくった。
スライムやアルミラージは面白いように倒せる。冒険者になってもやっていけてたんじゃない? って思うには、斬ってる魔物が低級すぎるか。
なんて、調子に乗り始めていたとき――、
「アリエラ! 離れ過ぎだ! 魔法障壁から出ている!」
「えっ?」
と、マルティン様の方に振り返るや否や、視界の端っこから、大きな黒い塊が飛び出してきた。
高く跳び上がった大きな狼の魔物――ウォーグが、鋭い牙の光る大きな口を開けて、私めがけて飛び込んでくる!
「アリエラ――――!」
マルティン様の声が、妙に遠くに聞こえた。
――咬み殺されるっ!
と、思ったとき、とっさに目をつむってしまった。
剣術をやるだなんて、大口を叩いてごめんなさい。出兵について行くだなんて、思い上がりもいいところでした。わがまま言って魔物狩りに連れて来てもらったのに、言いつけを守らなくてごめんなさい。
アリエラは、最後にマルティン様に出会えて――――、幸せでした。
と、ピンチのときには、本当に時間がゆっくり流れるのだなと、初めての体験に少し感動した直後のことだった。
ポヨンっ。
――ポヨン? ポヨンってなんだ?
と、目を開けると、しりもちをついたウォーグが、キョトンとした顔で私を見ていた。
――は?
「えいっ」
とりあえず、ウォーグは斬った。「なんで――!?」という顔をしながら、死んでいった。なんでか、私が聞きたい。
「ア、アリエラ……」
と、マルティン様が駆け寄ってくださった。
「あの…………」
「弾いた……」
「えっ?」
「擬態が、ウォーグを……弾いたんだ……」
「…………、はあ?」
率直過ぎる声が出てしまった。
「いや、間違いない。私は見た……。というか、魔法障壁の外に出て、瘴気にやられなかったのか?」
ぶんぶん剣を振ってみた。
「身体に異常はなさそうです……」
「……信じられん。生身で瘴気に晒されて……、ハッ!」
「ハッ?」
「擬態が瘴気からも守っているのか……?」
「それは、……よくあることなんですか?」
「いや、初めて見た。というか、擬態魔法を人間が使っているのを見たこと自体、アリエラが初めてだから……」
こんな効果が? とか、いやしかし……、とか、しばらくの間、ブツブツ言ってたマルティン様だったけど、結局、こってり叱られた。
心配かけて、ごめんなさい――。
ひどい夢で目が覚めた。
外はまだ暗い。
マルティン様が戦死される夢は、もう何度か見てしまっていた。
けれど聖騎士団長に嫁ぐということは、こうした不安に耐えることなんだと自分に言い聞かせている。
それにしても、今朝の夢はひどい。
冬だというのに、イヤな汗をぐっしょりとかいている。
顔を上げると、部屋の反対側の端っこでマルティン様が、スース―と眠っている。
夢とは分かっていても、安堵のため息を吐いてしまう。
「同じ部屋で寝ることにしましょう! とりあえず、ベッドはうんと離していいので、まずは同じ部屋で寝るところから!」
勢いで提案したしたら、採用された。
私の方も緊張してしまって寝付けずにいたんだけど、マルティン様もベッドから出たりソファで横になったりされていた。
そーっとちょこちょこ動かれるのが可愛らしくて、微笑ましい気持ちになってしまった。
けど、違った。
ベッドと、そこに横たわる女性――。
マルティン様が一番思い出したくない光景を刺激する取り合わせが、同じ部屋にある。
そのことに気が付いて、内心とても慌てたけど、私に出来ることはなかった。
今さら出ていったところで、却って深い挫折感を与えてしまうだけかもしれない。
せめて、私が眠ってしまえば、最悪の記憶から解放されるかもしれない。ベッドでモゾモゾする女性ではなく、スヤスヤ安眠する女性になるのだ!
そう思った私は、決死の思いで眠りに落ちていった――。
翌朝、笑顔を見せてくださったときには、心の底から胸を撫で下ろした。
マルティン様の表情からは、ひとつ壁を乗り越えたのだという達成感さえ感じられた。
えらいえらいって、してさしあげたい気持ちだった。
もちろん、しなかったけど。
最悪の夢で目が覚めて、近くで抱き締めてほしかったけど、遠くから眺めさせてもらえるだけでも嬉しかった。
私はマルティン・ヴァイス様の夫人になったのだと、妙に実感が湧いてくる出来事だった。
◇
魔物狩りは絶好調だった!
私の剣も冴えて、アルミラージも倒した。えっへん。
もちろん、聖騎士様から見たら雑魚も雑魚の魔物なんだろうけど、鼻高々だ。
お仕事モードのマルティン様を眺めながら過ごすのも楽しくて、私たちは次々に瘴気溜まりを潰していく。
そのせいで、あんな悪い夢を見ちゃったのかもしれないけど、2人で一緒にコトを成し遂げられる幸福感はクセになりそうだった。
ただ、それよりも自分の剣術が通用するのではないかという思いは、
――出兵に、ついて行きたい。
という思いに、容易に発展していく。
もちろん魔法障壁の魔法はおろか、魔力さえない私が連れて行ってもらえるはずもない。足手まといもいいところだ。
だけど、新婚旅行から王都に帰れば、間を置かずマルティン様は出兵していかれる。
そうすると次の冬まで会うことができない。
寂しい――という思いと同時に、9か月近く離れて過ごせば、私たちの関係はまたふりだしに戻るんじゃないかっていう懸念もある。
そーっと、そーっと、少しずつ距離を縮めてきた。
マルティン様ご自身ではどうしようもない心の傷を刺激してしまわないように、慎重に丁寧に時間を積み重ねてきた。
それが、ふりだしに戻るのは、きっとマルティン様にとっても負担になる。負担というか、挫折になるのではないかと、私が勝手に気を揉んでいるのだ。
そんな不安を魔物にぶつけて、斬りまくった。
スライムやアルミラージは面白いように倒せる。冒険者になってもやっていけてたんじゃない? って思うには、斬ってる魔物が低級すぎるか。
なんて、調子に乗り始めていたとき――、
「アリエラ! 離れ過ぎだ! 魔法障壁から出ている!」
「えっ?」
と、マルティン様の方に振り返るや否や、視界の端っこから、大きな黒い塊が飛び出してきた。
高く跳び上がった大きな狼の魔物――ウォーグが、鋭い牙の光る大きな口を開けて、私めがけて飛び込んでくる!
「アリエラ――――!」
マルティン様の声が、妙に遠くに聞こえた。
――咬み殺されるっ!
と、思ったとき、とっさに目をつむってしまった。
剣術をやるだなんて、大口を叩いてごめんなさい。出兵について行くだなんて、思い上がりもいいところでした。わがまま言って魔物狩りに連れて来てもらったのに、言いつけを守らなくてごめんなさい。
アリエラは、最後にマルティン様に出会えて――――、幸せでした。
と、ピンチのときには、本当に時間がゆっくり流れるのだなと、初めての体験に少し感動した直後のことだった。
ポヨンっ。
――ポヨン? ポヨンってなんだ?
と、目を開けると、しりもちをついたウォーグが、キョトンとした顔で私を見ていた。
――は?
「えいっ」
とりあえず、ウォーグは斬った。「なんで――!?」という顔をしながら、死んでいった。なんでか、私が聞きたい。
「ア、アリエラ……」
と、マルティン様が駆け寄ってくださった。
「あの…………」
「弾いた……」
「えっ?」
「擬態が、ウォーグを……弾いたんだ……」
「…………、はあ?」
率直過ぎる声が出てしまった。
「いや、間違いない。私は見た……。というか、魔法障壁の外に出て、瘴気にやられなかったのか?」
ぶんぶん剣を振ってみた。
「身体に異常はなさそうです……」
「……信じられん。生身で瘴気に晒されて……、ハッ!」
「ハッ?」
「擬態が瘴気からも守っているのか……?」
「それは、……よくあることなんですか?」
「いや、初めて見た。というか、擬態魔法を人間が使っているのを見たこと自体、アリエラが初めてだから……」
こんな効果が? とか、いやしかし……、とか、しばらくの間、ブツブツ言ってたマルティン様だったけど、結局、こってり叱られた。
心配かけて、ごめんなさい――。
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