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23.真っ赤に染まる(2)

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「おぉ――っ!」

 マルティン様の魔力のすごさを、初めて目にして思わず声が出た。
 ついに魔物狩りに連れ出してもらい、瘴気溜まりを《浄化》の魔法で掃われている。
 森の奥で薄紫にくすんでいた空気が晴れていき、見通しが良くなる。
 マルティン様は、照れ臭そうに苦笑いされた。

「そのように感心されては……」

 聖騎士としては初歩の初歩ということなのだろう。私も物語では読んだことがある。
 しかし、生の迫力は違う。

 すっかり空気がキレイになって、顔を上げられたマルティン様が、また厳しい眼つきをされた。
 やっぱり、のマルティン様の横顔は、凛々しくて美しくて、最高だ。

「あそこにも、瘴気溜まりが発生しているようです」
「ほんとだ……、くすんで見えます」
「小規模なものですが……、確かに今年は発生が多いようです」
「あれも《浄化》に行くのですか?」
「ええ。大きくなる前に《浄化》しておくのが基本です。私の魔法障壁マジックシールドから出ないように気を付けてください。瘴気にやられてしまいます。……あの規模でしたら、恐らく出てくる魔物はスライムかアルミラージ一角うさぎ、せいぜいがウォーグ魔狼程度でしょうが、私の側から離れないように」
「はいっ!」

 テキパキとしたご指示は、マルティン様のお仕事ぶりをのぞき見させてもらっているようで、なんだか嬉しい。
 瘴気を防ぐ魔法障壁マジックシールドは聖騎士様に必須の魔法で、魔法障壁マジックシールドが使えるかどうかが、聖騎士か単なる兵士かの分かれ道だという。

 しかし、いかんせん私には見えない。
 魔力を持たないのだから仕方ない。
 マルティン様の半径3メートル以内から離れないように指示されている。

「やーっ!」
「お見事」

 私もスライムを一体倒した。
 うん。我ながら、なかなかの剣の腕前だ。実戦でも通用してる。
 これも、生で体験してみないと分からなかったことだ。といっても、スライムだけど。

 すぐにマルティン様が《浄化》をしてくださる。
 魔物の死骸をそのままにしておくと、次の瘴気溜まりの原因になる。
 魔法を使われているマルティン様の横顔も素敵だ……。って、

 嗚呼――、いつのまにか完全の完全に惚れてます。

 私の方が美しいから惚れないなんて言ってた自分が恥ずかしいよ。
 
 ――ここで朗報です!

 と、胸を張った私の報せは、完全に誤報でした。メロメロです。
 実際、私の方が美しいのは本当だけど、鏡でも使わなければ、私の目に入るのはマルティン様だけなんだから、あまり意味のない虚勢でした。

 ◇

 いくつかの瘴気溜まりを潰して、宿の前まで戻ったときには夕刻が近かった。

「すっかり遅くなってしまいました。汗を流している間に日が沈んでしまいそうです」
「そ……そうですね…………」
「どうしましょう? 汗を流すのは後にして夕飯にするか、今晩は星空を眺めながらの夕飯にするか」

 私は小さく息を呑んだ。
 ここだ。ここしかない。この集落にいつまでもいられる訳じゃない。新婚旅行の1ヶ月間だけだ。それも半分近く過ぎてしまった。

「りょ……、両方で……」
「両方?」

 私は崖の下の温泉を指差した。

「おっ! ……温泉に……浸かりましょう……一緒に……」
「一緒に!?」
「もう……私の裸は……見られて……しまいましたし。いえ、夫婦なのに見られてしまったも変なんですけど……」
「あ……ええ……」
「きっと、綺麗です! ……あっ! ……いや、私がではなくて、温泉から見る……夕陽が……」

 しばらく、目をキョロキョロさせたマルティン様は、大きく息を吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出した。
 少し表情は硬かったけど、小さく頷いてくださって、2人で馬を進めた。

 女性用の脱衣所で、一人で服を脱ぐ……。
 気持ちの上では、もう、抱かれに行く覚悟だ。
 そんな訳はなくて、一緒に湯に浸かるだけなのは分かっているのに、心臓がドキドキと高鳴っているのが自分でも分かる。

 マルティン様が、湯の中で手を伸ばしてくることは、きっとないだろう。
 それでも、私たちには大きな一歩だ。

 脱衣所を出て、湯船に向かうけど、まだマルティン様の姿は見えない。
 素っ裸で、一人ぬぼーっと待つのも恥ずかしくて、先に湯に浸からせてもらった。
 見上げると、空は赤く染まり始めている。
 ぽかぽかと温かくて、景色がすごくて……。私はいつのまにか、すっかり見惚れてしまっていた。

「素晴らしい……景色ですね」

 ハッとなって、声のした方に顔を向けると、マルティン様が湯に浸かっていた。
 夕陽が真っ赤に照らし出すマルティン様のお顔には、ほどけた笑みが浮かんでいた。

「はい…………」

 夕陽が綺麗で、紅蓮に染まる空が綺麗で、それを映す湯面が綺麗で、それが水平線の彼方まで続くのが綺麗で、そして……、マルティン様が綺麗だった。

 私は、この景色を生涯忘れないだろう。

「アリエラも……、綺麗だ……」

 私の心を見透かされたかのように、マルティン様が仰られた。
 下唇を軽く噛んで、俯いてしまった。そうしていないと、にやけ顔を見られてしまいそうで、頬の辺りがピクピクするのを必死で堪えていた。

「今のアリエラなら《聖女の宝玉》を輝かせられるのではないかと思うほどに、美しい」
「い、言い過ぎです……」
「少しくらい、柄にもないことを言いたくさせられる……、美しくて荘厳な景色です」
「ちょっと……分かります……」

 それから、私もマルティン様もなにも言わず、ただ茜色に染まり続けた。
 少しだけ近寄って、肩と肩を触れ合せたけど、マルティン様はなにも仰られなかった。

 ただずっと、真っ赤に染まった美しいお顔で、微笑まれていた――。
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