18 / 38
18.祝福の声(1)
しおりを挟む
王妃陛下は、手にした新聞の挿絵をまじまじと眺めた。
「うん……、よく描けていますね。アリエラ殿の自由を求める心が、ありありと伝わってくる」
「陛下……」
「リエナベルクに人をやり、調べさせてもらいました。……よい環境を、母から与えていただきましたね」
「はい……」
「名門ベッカー公爵家に生まれ、王妃になるためだけに生き、王妃としてだけ存在してきた妾も、アリエラ殿とそう立場は変わらぬのです。そんな妾に自由を与えてくださったのは、国王陛下です」
「えっ?」
「女の幸せは男に与えられるもの……という話ではないのよ。人は、人を愛おしく思うときに、一番不自由で、一番自由になれるの」
「不自由で、自由……」
「そう。妾の"本当の私"を見付けてくださったのは、陛下だったのです。……もう、大変よ?」
と、王妃陛下は可愛らしく舌を出して笑われた。
「見られたくないところも見られちゃうし、隠し事は出来ないし。それでも、"本当の私"を見て下さっているんだっていう安心感には、なにものにも替えがたい安らぎがあります」
その時、ゴソッという物音がして、私たちは慌てて席を立った。
国王陛下が、ニコニコと満面の笑みを浮かべて立っていた。
「ベアトリス王妃陛下よ。水臭いではないか。余のおらぬところで愛をささやくとは」
「あら。直接お耳に入れたら、調子に乗られるでしょう?」
「たまには乗らせてくれてもよかろう」
「国を誤らせる訳には参りませんわ」
国王陛下が空いている椅子に腰を降ろされ、促された私たちも席についた。
「アリエラ殿。マルティンには改めて祝福を与えよう。2人で温かい家庭を築き、末永くマルティンを支えてやってくれ」
「……もったいないお言葉」
「魔王が復活すれば、ツラい戦いになる。聖女もいまだ空位のまま。聖騎士団は過酷な立場に置かれよう。エミリア魔道師団長にも重い負担がのしかかることになる」
「この身を捧げる覚悟は、既にできております」
「うむ。師団長のその言葉、心強く思うぞ」
「陛下……」と、王妃陛下がアンナに視線をやった。
「おお。これはすまん。そなたら聖女候補を責める気は毛頭ないのだ。すべては余の徳が足らぬせいであろう。雑音は気にせず、修行に励んでくれれば、それでよい」
王妃陛下が、国王陛下をそれとなくフォローされるその姿は、互いに強い信頼関係で結ばれていることがよく伝わってくるものだった。
私がマルティン様と目指したい、温かい家庭の姿が、そこにはあった。
「アリエラ殿」
「はい」
「新婚旅行に行ってくるがよい。春の出兵まで、まだ時間がある。2人だけの時間を存分に楽しんで来れば、その頃には王都の雀も静かになっておろう」
国王陛下は優しく微笑んでくださり、王妃陛下も横で一緒に微笑んでくださった。
私とマルティン様の、結婚が決まった瞬間だった。
私は、ほんの少しだけ、涙をこぼした。
ちょっとだけね――。
◆ ◆ ◆
国王陛下の『祝福』が正式に布告され、あわただしく結婚式の準備が始まった。
王妃陛下ご自身から「アリエラ殿のことは、妾も一緒に守らせて」と、もったいないお言葉がお母様にかけられた。
それで、お母様も観念したのか、お祝いの言葉をくださった。
マルティン様から改めてお許しいただいて、お父様にリエナベルクの統治権を返還する手続きをとった。
裸一貫、身体ひとつで嫁いでいくことになる。
それどころか、ご実家のヴァイス子爵家から、グリュンバウワー家に援助していただくことまで決まった。お父様もお母様も恐縮していたけど、ヴァイス子爵は「むしろ、ありがたいこと」と、受け取りやすい配慮を示してくださった。
アンナが聖女になれなくても、婿取りのハードルは下がるだろう。
感謝しかない。
身体ひとつとは言っても、ルイーゼだけはついて来てくれる。
幼馴染でもあるルイーゼがこの先も側にいてくれるのは、大変に心強い。
ほうぼうに挨拶回りで駆けまわり、枢機卿も引きつった笑顔ながら祝福してくださった。
そうこうしている内に、私の《愛されキャラ》ぶりが王都で認知され始め、新聞では私の『ゴリラジョーク特集』が組まれる始末だった。そこまでは求めてない。
やがて、シャルロッテさんから謝罪の手紙が届いた。
正直、私は恵まれている。なにもかも与えられている。ただ、私がなにかを手に入れることで、誰かがそれを諦めるという経験は初めてのことだった。
ルイーゼと相談しながら、心を込めてお返事を書いた。
シャルロッテさんの心に届くといいな。
◇
けれど、結婚式が近付くにつれ、マルティン様の表情が曇っていくのが分かった――。
「うん……、よく描けていますね。アリエラ殿の自由を求める心が、ありありと伝わってくる」
「陛下……」
「リエナベルクに人をやり、調べさせてもらいました。……よい環境を、母から与えていただきましたね」
「はい……」
「名門ベッカー公爵家に生まれ、王妃になるためだけに生き、王妃としてだけ存在してきた妾も、アリエラ殿とそう立場は変わらぬのです。そんな妾に自由を与えてくださったのは、国王陛下です」
「えっ?」
「女の幸せは男に与えられるもの……という話ではないのよ。人は、人を愛おしく思うときに、一番不自由で、一番自由になれるの」
「不自由で、自由……」
「そう。妾の"本当の私"を見付けてくださったのは、陛下だったのです。……もう、大変よ?」
と、王妃陛下は可愛らしく舌を出して笑われた。
「見られたくないところも見られちゃうし、隠し事は出来ないし。それでも、"本当の私"を見て下さっているんだっていう安心感には、なにものにも替えがたい安らぎがあります」
その時、ゴソッという物音がして、私たちは慌てて席を立った。
国王陛下が、ニコニコと満面の笑みを浮かべて立っていた。
「ベアトリス王妃陛下よ。水臭いではないか。余のおらぬところで愛をささやくとは」
「あら。直接お耳に入れたら、調子に乗られるでしょう?」
「たまには乗らせてくれてもよかろう」
「国を誤らせる訳には参りませんわ」
国王陛下が空いている椅子に腰を降ろされ、促された私たちも席についた。
「アリエラ殿。マルティンには改めて祝福を与えよう。2人で温かい家庭を築き、末永くマルティンを支えてやってくれ」
「……もったいないお言葉」
「魔王が復活すれば、ツラい戦いになる。聖女もいまだ空位のまま。聖騎士団は過酷な立場に置かれよう。エミリア魔道師団長にも重い負担がのしかかることになる」
「この身を捧げる覚悟は、既にできております」
「うむ。師団長のその言葉、心強く思うぞ」
「陛下……」と、王妃陛下がアンナに視線をやった。
「おお。これはすまん。そなたら聖女候補を責める気は毛頭ないのだ。すべては余の徳が足らぬせいであろう。雑音は気にせず、修行に励んでくれれば、それでよい」
王妃陛下が、国王陛下をそれとなくフォローされるその姿は、互いに強い信頼関係で結ばれていることがよく伝わってくるものだった。
私がマルティン様と目指したい、温かい家庭の姿が、そこにはあった。
「アリエラ殿」
「はい」
「新婚旅行に行ってくるがよい。春の出兵まで、まだ時間がある。2人だけの時間を存分に楽しんで来れば、その頃には王都の雀も静かになっておろう」
国王陛下は優しく微笑んでくださり、王妃陛下も横で一緒に微笑んでくださった。
私とマルティン様の、結婚が決まった瞬間だった。
私は、ほんの少しだけ、涙をこぼした。
ちょっとだけね――。
◆ ◆ ◆
国王陛下の『祝福』が正式に布告され、あわただしく結婚式の準備が始まった。
王妃陛下ご自身から「アリエラ殿のことは、妾も一緒に守らせて」と、もったいないお言葉がお母様にかけられた。
それで、お母様も観念したのか、お祝いの言葉をくださった。
マルティン様から改めてお許しいただいて、お父様にリエナベルクの統治権を返還する手続きをとった。
裸一貫、身体ひとつで嫁いでいくことになる。
それどころか、ご実家のヴァイス子爵家から、グリュンバウワー家に援助していただくことまで決まった。お父様もお母様も恐縮していたけど、ヴァイス子爵は「むしろ、ありがたいこと」と、受け取りやすい配慮を示してくださった。
アンナが聖女になれなくても、婿取りのハードルは下がるだろう。
感謝しかない。
身体ひとつとは言っても、ルイーゼだけはついて来てくれる。
幼馴染でもあるルイーゼがこの先も側にいてくれるのは、大変に心強い。
ほうぼうに挨拶回りで駆けまわり、枢機卿も引きつった笑顔ながら祝福してくださった。
そうこうしている内に、私の《愛されキャラ》ぶりが王都で認知され始め、新聞では私の『ゴリラジョーク特集』が組まれる始末だった。そこまでは求めてない。
やがて、シャルロッテさんから謝罪の手紙が届いた。
正直、私は恵まれている。なにもかも与えられている。ただ、私がなにかを手に入れることで、誰かがそれを諦めるという経験は初めてのことだった。
ルイーゼと相談しながら、心を込めてお返事を書いた。
シャルロッテさんの心に届くといいな。
◇
けれど、結婚式が近付くにつれ、マルティン様の表情が曇っていくのが分かった――。
73
お気に入りに追加
617
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。
そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。
悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。
「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」
こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。
新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!?
⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」
行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。
相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。
でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!
それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。
え、「何もしなくていい」?!
じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!
こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?
どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。
二人が歩み寄る日は、来るのか。
得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?
意外とお似合いなのかもしれません。笑
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!
海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。
そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。
そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。
「エレノア殿、迎えに来ました」
「はあ?」
それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。
果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?!
これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。
【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる