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18.祝福の声(1)
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王妃陛下は、手にした新聞の挿絵をまじまじと眺めた。
「うん……、よく描けていますね。アリエラ殿の自由を求める心が、ありありと伝わってくる」
「陛下……」
「リエナベルクに人をやり、調べさせてもらいました。……よい環境を、母から与えていただきましたね」
「はい……」
「名門ベッカー公爵家に生まれ、王妃になるためだけに生き、王妃としてだけ存在してきた妾も、アリエラ殿とそう立場は変わらぬのです。そんな妾に自由を与えてくださったのは、国王陛下です」
「えっ?」
「女の幸せは男に与えられるもの……という話ではないのよ。人は、人を愛おしく思うときに、一番不自由で、一番自由になれるの」
「不自由で、自由……」
「そう。妾の"本当の私"を見付けてくださったのは、陛下だったのです。……もう、大変よ?」
と、王妃陛下は可愛らしく舌を出して笑われた。
「見られたくないところも見られちゃうし、隠し事は出来ないし。それでも、"本当の私"を見て下さっているんだっていう安心感には、なにものにも替えがたい安らぎがあります」
その時、ゴソッという物音がして、私たちは慌てて席を立った。
国王陛下が、ニコニコと満面の笑みを浮かべて立っていた。
「ベアトリス王妃陛下よ。水臭いではないか。余のおらぬところで愛をささやくとは」
「あら。直接お耳に入れたら、調子に乗られるでしょう?」
「たまには乗らせてくれてもよかろう」
「国を誤らせる訳には参りませんわ」
国王陛下が空いている椅子に腰を降ろされ、促された私たちも席についた。
「アリエラ殿。マルティンには改めて祝福を与えよう。2人で温かい家庭を築き、末永くマルティンを支えてやってくれ」
「……もったいないお言葉」
「魔王が復活すれば、ツラい戦いになる。聖女もいまだ空位のまま。聖騎士団は過酷な立場に置かれよう。エミリア魔道師団長にも重い負担がのしかかることになる」
「この身を捧げる覚悟は、既にできております」
「うむ。師団長のその言葉、心強く思うぞ」
「陛下……」と、王妃陛下がアンナに視線をやった。
「おお。これはすまん。そなたら聖女候補を責める気は毛頭ないのだ。すべては余の徳が足らぬせいであろう。雑音は気にせず、修行に励んでくれれば、それでよい」
王妃陛下が、国王陛下をそれとなくフォローされるその姿は、互いに強い信頼関係で結ばれていることがよく伝わってくるものだった。
私がマルティン様と目指したい、温かい家庭の姿が、そこにはあった。
「アリエラ殿」
「はい」
「新婚旅行に行ってくるがよい。春の出兵まで、まだ時間がある。2人だけの時間を存分に楽しんで来れば、その頃には王都の雀も静かになっておろう」
国王陛下は優しく微笑んでくださり、王妃陛下も横で一緒に微笑んでくださった。
私とマルティン様の、結婚が決まった瞬間だった。
私は、ほんの少しだけ、涙をこぼした。
ちょっとだけね――。
◆ ◆ ◆
国王陛下の『祝福』が正式に布告され、あわただしく結婚式の準備が始まった。
王妃陛下ご自身から「アリエラ殿のことは、妾も一緒に守らせて」と、もったいないお言葉がお母様にかけられた。
それで、お母様も観念したのか、お祝いの言葉をくださった。
マルティン様から改めてお許しいただいて、お父様にリエナベルクの統治権を返還する手続きをとった。
裸一貫、身体ひとつで嫁いでいくことになる。
それどころか、ご実家のヴァイス子爵家から、グリュンバウワー家に援助していただくことまで決まった。お父様もお母様も恐縮していたけど、ヴァイス子爵は「むしろ、ありがたいこと」と、受け取りやすい配慮を示してくださった。
アンナが聖女になれなくても、婿取りのハードルは下がるだろう。
感謝しかない。
身体ひとつとは言っても、ルイーゼだけはついて来てくれる。
幼馴染でもあるルイーゼがこの先も側にいてくれるのは、大変に心強い。
ほうぼうに挨拶回りで駆けまわり、枢機卿も引きつった笑顔ながら祝福してくださった。
そうこうしている内に、私の《愛されキャラ》ぶりが王都で認知され始め、新聞では私の『ゴリラジョーク特集』が組まれる始末だった。そこまでは求めてない。
やがて、シャルロッテさんから謝罪の手紙が届いた。
正直、私は恵まれている。なにもかも与えられている。ただ、私がなにかを手に入れることで、誰かがそれを諦めるという経験は初めてのことだった。
ルイーゼと相談しながら、心を込めてお返事を書いた。
シャルロッテさんの心に届くといいな。
◇
けれど、結婚式が近付くにつれ、マルティン様の表情が曇っていくのが分かった――。
「うん……、よく描けていますね。アリエラ殿の自由を求める心が、ありありと伝わってくる」
「陛下……」
「リエナベルクに人をやり、調べさせてもらいました。……よい環境を、母から与えていただきましたね」
「はい……」
「名門ベッカー公爵家に生まれ、王妃になるためだけに生き、王妃としてだけ存在してきた妾も、アリエラ殿とそう立場は変わらぬのです。そんな妾に自由を与えてくださったのは、国王陛下です」
「えっ?」
「女の幸せは男に与えられるもの……という話ではないのよ。人は、人を愛おしく思うときに、一番不自由で、一番自由になれるの」
「不自由で、自由……」
「そう。妾の"本当の私"を見付けてくださったのは、陛下だったのです。……もう、大変よ?」
と、王妃陛下は可愛らしく舌を出して笑われた。
「見られたくないところも見られちゃうし、隠し事は出来ないし。それでも、"本当の私"を見て下さっているんだっていう安心感には、なにものにも替えがたい安らぎがあります」
その時、ゴソッという物音がして、私たちは慌てて席を立った。
国王陛下が、ニコニコと満面の笑みを浮かべて立っていた。
「ベアトリス王妃陛下よ。水臭いではないか。余のおらぬところで愛をささやくとは」
「あら。直接お耳に入れたら、調子に乗られるでしょう?」
「たまには乗らせてくれてもよかろう」
「国を誤らせる訳には参りませんわ」
国王陛下が空いている椅子に腰を降ろされ、促された私たちも席についた。
「アリエラ殿。マルティンには改めて祝福を与えよう。2人で温かい家庭を築き、末永くマルティンを支えてやってくれ」
「……もったいないお言葉」
「魔王が復活すれば、ツラい戦いになる。聖女もいまだ空位のまま。聖騎士団は過酷な立場に置かれよう。エミリア魔道師団長にも重い負担がのしかかることになる」
「この身を捧げる覚悟は、既にできております」
「うむ。師団長のその言葉、心強く思うぞ」
「陛下……」と、王妃陛下がアンナに視線をやった。
「おお。これはすまん。そなたら聖女候補を責める気は毛頭ないのだ。すべては余の徳が足らぬせいであろう。雑音は気にせず、修行に励んでくれれば、それでよい」
王妃陛下が、国王陛下をそれとなくフォローされるその姿は、互いに強い信頼関係で結ばれていることがよく伝わってくるものだった。
私がマルティン様と目指したい、温かい家庭の姿が、そこにはあった。
「アリエラ殿」
「はい」
「新婚旅行に行ってくるがよい。春の出兵まで、まだ時間がある。2人だけの時間を存分に楽しんで来れば、その頃には王都の雀も静かになっておろう」
国王陛下は優しく微笑んでくださり、王妃陛下も横で一緒に微笑んでくださった。
私とマルティン様の、結婚が決まった瞬間だった。
私は、ほんの少しだけ、涙をこぼした。
ちょっとだけね――。
◆ ◆ ◆
国王陛下の『祝福』が正式に布告され、あわただしく結婚式の準備が始まった。
王妃陛下ご自身から「アリエラ殿のことは、妾も一緒に守らせて」と、もったいないお言葉がお母様にかけられた。
それで、お母様も観念したのか、お祝いの言葉をくださった。
マルティン様から改めてお許しいただいて、お父様にリエナベルクの統治権を返還する手続きをとった。
裸一貫、身体ひとつで嫁いでいくことになる。
それどころか、ご実家のヴァイス子爵家から、グリュンバウワー家に援助していただくことまで決まった。お父様もお母様も恐縮していたけど、ヴァイス子爵は「むしろ、ありがたいこと」と、受け取りやすい配慮を示してくださった。
アンナが聖女になれなくても、婿取りのハードルは下がるだろう。
感謝しかない。
身体ひとつとは言っても、ルイーゼだけはついて来てくれる。
幼馴染でもあるルイーゼがこの先も側にいてくれるのは、大変に心強い。
ほうぼうに挨拶回りで駆けまわり、枢機卿も引きつった笑顔ながら祝福してくださった。
そうこうしている内に、私の《愛されキャラ》ぶりが王都で認知され始め、新聞では私の『ゴリラジョーク特集』が組まれる始末だった。そこまでは求めてない。
やがて、シャルロッテさんから謝罪の手紙が届いた。
正直、私は恵まれている。なにもかも与えられている。ただ、私がなにかを手に入れることで、誰かがそれを諦めるという経験は初めてのことだった。
ルイーゼと相談しながら、心を込めてお返事を書いた。
シャルロッテさんの心に届くといいな。
◇
けれど、結婚式が近付くにつれ、マルティン様の表情が曇っていくのが分かった――。
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