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14.欲張り同士

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「アリエラ・グリュンバウワー侯爵令嬢を、我が婚約者にしたく存じます」

 と、マルティン様が、澄んだよく通る声で、国王陛下に申し上げてくださった。
 居並ぶ高位の皆様にざわめきが広がる。

 私たちを、ぐるりと取り巻く好奇の目。皆さんが、固唾を飲んで陛下のお言葉を待っている。

 ――陛下が私たちの婚約をお認めになれば『祝福』と仰られます。

 マルティン様の言葉を思い起こす。
 この場にいる誰もが、陛下の口から『祝福』の一言が発せられるかどうかを見守っている。
 陛下も大変だ。
 好奇の目とは違うかもしれないけど、いつも、こうして多くの視線が浴びせかけられているのね。そして、一挙手一投足を、ああだこうだと噂される。

「それは……」

 と、陛下が口を開いた。
 お隣に立つ王妃陛下の微笑みの優しげなこと。まわりを緊張させる陛下のお言葉を和らげる微笑み。
 私が無事に聖騎士団長夫人になれたら、こんなふうにマルティン様に寄り添いたいものだ。

「……めでたい」

 広いダンスホール全体に、ため息が満ちた。
 ちぇっ。簡単には『祝福』とは言ってくれないか。
 けど、許さないって訳でもないのね。
 そもそも、陛下ご自身が私とマルティン様を引き合わせるように言ったんだものね。いろんな方の、いろんな立場と思惑が交差してるのが分かる。

 後ろに付き従う、陛下に側近としてお仕えのお父様。
 そんなに落胆した表情をなさらないで。完全に許さないと仰られた訳でもないんだし。

 そして、少し離れて立つマルティン様のお父様、ヴァイス子爵閣下。
 我がことのように残念そうにしてくださるのね。

 ヴァイス子爵閣下に初めてお会いしたのは、昨晩遅くのこと。
 日付の上では新年を迎えた夜遅く、ご領地から到着された閣下は、ご子息マルティン様にも内緒で私の住む離れに足を運んでくださった。
 そして、私を見るなり泣き崩れた。

 ――さすがに、失礼では?

 と、思わなくもなかったけど、その口から漏れた声は慈愛に満ちたものだった。

「……息子を、よろしくお願いいたします」

 ルイーゼに促されてソファに座ったヴァイス子爵は、訥々とマルティン様のことを語り始めた。

「マルティンの母、……つまり、私の妻は、当時の王弟殿下と不貞を働いたのです……」

 私などにへりくだった態度を崩さず語られた内容は、私の知らないマルティン様の過去だった。

「……美しい女性でした。しかし、温かい家庭を築くことを至上とする、フェステトゥア王国では決して許されぬ所業……。その上、マルティンは、その現場に……足を踏み入れてしまった……」

 苦渋に満ちた表情を浮かべるヴァイス子爵に、私もルイーゼも言葉を失っていた。

「……私とは異なる男を身体の上に乗せ、嬌声を上げる母親の姿を目にしてしまった。幼いマルティンの心にどれほどの衝撃を与えたことか。この世に絶望したようなマルティンの悲鳴で駆け付けた者たちによって、ことが露見したことも………………」

 マルティン様が、恋愛感情を受け付けなくなった理由は明らかだった。

「王国を揺るがす一大醜聞であり……、妻と王弟殿下は断罪され、私もすべての役職を返上して領地に引き篭もった。しかし……、妻に似たマルティンもまた、その美しい容姿がゆえに《魔性の者》であろうと好奇の目に晒されたのです…………」
「……そのようなことが」
「一時は新聞にも書き立てられましたが、王家の恥部であるため、やがて大っぴらに語られることは憚られるようになりました……。が、人の口に戸をたてられる訳でもなく。領地にあっても、王国の貴族にあるまじきふしだらな罪を犯した女の息子と蔑まれるマルティンは、神への信仰に傾倒していきました……」
「それが、王国随一と謳われる魔力に……」
「そうです…………。そして、聖騎士として取り立てられたときには、今度は、美しき貴公子ともてはやされ…………」

 好奇の目の恐ろしさを、マルティン様は誰よりもご存知だったのだ。
 だからこそ、私に選ぶ機会をくださった。
 不自由ではあっても山奥での平穏な暮らしと、激しい好奇の目に晒されても自由な暮らしとを……。

「マルティンは、その美しさ故に、一度も、誰にも"本当の姿"を見てもらえぬままにきたのです。…………私も親でありながら、そんなマルティンを真正面から見てやることはできなかった。息子の心の奥に大きく横たわる哀しみに、見て見ぬふりを続けたのです……」
「閣下…………」
「アリエラ殿。失礼ながら、貴女は美しくない。その貴女を選んだマルティンの、心の奥底で癒えぬままの深い傷を思い……不覚にも涙してしまった。……愚かな舅を許されよ」

 お父様であるヴァイス子爵に、これ以上のダメージを与える気にはなれない。
 マルティン様が私に深く共感してくださったのは、私が美しくないからではない。

 私の"本当の姿"が、マルティン様より美しかったからだ。

 何重にもよじれた心の傷のために、何重にもよじれた私の境遇を、無視することが出来なかったのだ。見て見ぬふりをすることが出来なかった。

 ――アリエラ殿は……、お強いな。他人の目が決めつけてくることを、武器にされている。

 と、仰ったマルティン様の深い哀しみを、私は知った。

「私とマルティンと、2代続けて温かい家庭を築けねば、ヴァイス子爵家は終わる……。今は高潔な聖騎士団長としてもてはやす者たちも、たちまちかつての醜聞を思い出そう。アリエラ殿。どうか、息子を頼みます。温かい家庭を築き、息子の心に平穏を与えてやってくだされ」

 そう言い残して、ヴァイス子爵は本邸に戻られた。

 恋とか愛とか、私にも分からない。縁のないものだと、いつしか諦めていた。
 だけど、人を人が愛おしく思う気持ちは自然に湧いて来るものなのだとマルティン様に教えられた。
 私がマルティン様に相応しい女性なのかどうかも分からない。
 分からないことだらけだ。
 けれど、少なくともマルティン様の深い哀しみ――"本当の姿"を見てもらえぬ苦しみを分かち合うことが出来るのは、きっと私しかいない。

 私と並ぶことで、さらに激しい好奇の目に晒されることを厭わず、私をお救いくださろうとしているマルティン様。
 家を棄ててしまえば、もっと簡単に生きられた者同士。
 なにも棄てたくない欲張りさん同士。

 愛でも恋でもない契約結婚かもしれない。
 でも、きっと温かい家庭を築いてみせますわ。

 私はにっこりと、陛下に微笑みを向けた――。
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