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1.プロローグ(1)

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 私は、美しい。

 鏡に映る自分の姿に、我ながら惚れ惚れする。
 小さな頭に、長く伸びたピンクブロンド。透き通るように白い肌、整った顔立ちは、まさにクールビューティ。スラリとした長身ながら、出るとこも出ていて、しっかりボリュームもある。出来るものなら自分で抱き心地を確かめたいほどだ。

 それが、私、アリエラ・グリュンバウワー。侯爵家の長女だ。

 鏡に全身を映してから、グイッと顔を近づけ隅々まで確認する。毎朝の日課である。

「うん。今日も美しい」

 満足して呟いてから、横に貼ったスケッチに目を移す。これも毎朝の日課。

 ――ゴリラだ。

 このスケッチに描かれているゴリラが、私らしいのだ。
 鏡に映る、自分の目で見る私は超絶美人なのだが、どういう訳か、他人の目にはゴリラに映るらしい。
 解せぬ。
 が、物心ついたときには、既にこうだったので、今さら疑問も不満もない。
 ただ、鏡の自分と、他人が見る自分とのギャップに、たまに脳がバグるので、念のため毎朝確認している。
 そして時折、他人から見た私がゴリラであることに、初めて気が付いた日のことを思い出すのだ――。

  ◆ ◆ ◆

「ん……? ん、んんんんん???」

 5歳の祝いに贈られた肖像画を手にしたときのことだ。
 横を向いて、鏡と見比べる。
 どう見ても違う。というか、まったく違う。鏡の中では、美少女の私が困惑した眼差しで見詰め返している。戸惑う姿も、愛らしい。
 手元に目を移すと――、子ゴリラだ。
 顔を上げると父も母も優しげに微笑んでいて、いたずらや嫌がらせをされているとは思えない。心から私の成長を祝ってくれているように見える。

「お母様……」
「なあに、アリエラ?」
「……この絵、……鏡で見る私と……違うんだけど」

 顔を見合わせる両親。2、3の質問をされたあと、すぐに馬車に乗せられて、私は初めて城の外に連れ出された。

「おかしいと思っていたのです。きっと、呪いか何かをかけられているのです。いや、魔獣の仕業かもしれません」
「うむ……。司祭殿によく鑑定してもらおう」
「だって、生まれてきたときは、普通の赤ん坊だったんですよ」
「猿のようではあったが……」
「そんなこと仰らないでください! 赤ん坊とはそうしたものです! アンナのときも同じだったでしょう?」

 お母様に強く抱き締められたまま、ぼおっと父母の会話を他人事のように聞いていた。いや、他人の話だと思っていた。
 揺れる馬車の中で、何度も何度もお母様から頬ずりされた。

「嗚呼……、可哀想なアリエラ。いったい誰がこんなむごいことを……」

  ◇

「呪い……といったものは、ないよう……ですが……」

 と、司祭様が申し訳なさそうに父母に告げた。

「ですが、なんですの?」
「いえ……、むしろご令嬢には魔力の気配がいっさいいたしません」
「えっ……?」
「貴族のお生まれでは珍しいことですが、このまま魔力が発現することはないかと……」
「そのせいではないのですか? そのせいで、なにか呪いを……」

 食い下がるお母様を、お父様が手で制した。

「とにかく、もう一度、鑑定していただけませんか? 司祭殿も……普通のことではないと見ればお分かりでしょう」
「それは、そうですが……」

 それからまた祭壇に乗せらて、司祭様が何度かモニャモニャと呪文を唱えては、首を傾げた。そして、父母に向かって首を横に振ると、私は再び馬車に乗せられた。
 お母様の抱擁がきつすぎて、馬車からは青い空しか見られないまま、私の初めてのお出かけが終わった。
 馬車の窓ガラスに映る私も、やはり美少女だったので、5歳の私は、肖像画のことをすっかり忘れてしまっていた。

  ◆ ◆ ◆

 お父様から8歳の誕生祝いとして、私に領地を分けていただいた。

「アリエラの名前から、リエナベルクと名前を付けた。今日からアリエラが領主の街だ」

 小振りだけど私の居館もある。
 私は嬉しくて部屋の中を走り回ったり、飛び跳ねたりしていた。

「父は王都で国王陛下のお側に仕えている。アリエラも侯爵家の長女として、リエナベルクをしっかり治めるんだぞ」
「はい! お父様、ありがとうございます!」

 城の外に出してもらえたのは初めてのことで、それだけでも目を輝かせていたのに、そこが私の領地だなんて! 私は有頂天になっていた。
 誕生祝いの宴を開いてもらった新築の館の主は私なのだ。
 鼻高々になって女主人ぶった私のもてなしを、お父様とお母様もニコニコと受けてくださる。

「アリエラ。実は、母も王妃様のお側にお仕えすることになったのです」
「えっ? お母様も王都に行かれるのですか?」
「これもお父様が陛下から篤く信頼されているからこそなのですよ」
「へえ! すごいんですね、お父様は!」
「アリエラはリエナベルクをしっかりと治めて、お父様の娘として、侯爵家の長女として研鑽を積むのですよ」
「はい!」

 母と離れ離れになることの寂しさよりも、自分の領地を治められることや、生まれ育った城の外の世界を知ることができる興奮の方がまさっていた。
 同い年で幼馴染のルイーゼを侍女につけてもらったこともあって、私の楽しいリエナベルク生活が始まった。
 平民のルイーゼは少し色黒だけど、目鼻立ちの整った美少女。これから始まる共同生活に胸を高鳴らせていた。

  ◇

 領主といっても、まだ8歳の子供だ。

 一番の仕事は勉学に励むこと。たくさんの書物を置いていってくださったので、私は勉強に打ち込んだ。お父様の期待に応えて、立派な領主になりたいと思っていた。
 週に1度は、父母から優しい言葉を連ねた手紙が届く。
 そのたびに、お父様もお母様も王都で立派にお働きなのだから、私も頑張らなければならないと決意を新たにするのだ。

 ひとつ生活が変わったのは、リエナベルク領内を歩いて回れるようになったこと。
 ルイーゼを供にして、畑や野山を見て回る。
 領民は皆んな穏やかで、私たちを見るとお辞儀をしてから笑顔で手を振ってくれる。いずれは領主として、善良な彼らの生活をしっかりと支えなくてはいけない。

 お気に入りなのは、大きな湖。
 湖畔の木陰に腰を降ろして、本を開く。政治学、経済学、史学、法学、芸術学、学ばなくてはならないことは山ほどある。しかし、まだ8歳。焦っても仕方がない。ときには心休めに小説も手に取った。
 ルイーゼも暇だと可哀想なので、文字の読み書きを教えて、私の本を貸してあげた。
 お昼時にはルイーゼのつくってくれたサンドイッチで昼食。美しい景色に美味しいご飯。至福の時間だ。
 ルイーゼは同い年なのに、なんでもできる。リエナベルクに移る前に、私のために色々学んでくれたのだそうだ。

 静かな湖の水面に映る、2人の美少女。

 白い肌にピンクブロンドの私と、褐色の肌にシルバーの髪をしたメイド姿のルイーゼ。実に画になる。惚れ惚れする。
 たまに追いかけっこして遊んでいる姿など、お伽噺の挿絵のように美しい。

 この頃の私は、このまま山あいの小さな領地で研鑽を積んで、いずれは自分も王都で陛下にお仕えするものだとばかり思っていた――。
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