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最終章 聖山桃契
285.新天地への旅立ち
しおりを挟む――三姫、王都を奪還す!
の報せは《聖山の大地》を駆けめぐり、
メテピュリアに退避していた住民たちは、ただちに王都に帰還し始めた。
――総候参朝を、例年通り開催。
とも、同時に布告されたからだ。
総候参朝の賑わいは、聖山三六〇列候が王国各地から率いてくる臣下たちがつくる。
つまり、王都はすでに賑わっている。
稼ぎどきを逃してはなるまいと、住民たちの足も速くなる。
また、北に付け替えられていた交易ルートが元の大路にもどされ、隊商たちも一斉に王都に向かい始めた。
逆にメテピュリアに向かう、放心状態の人群れがある。三姫の軍に捕虜とされたリーヤボルク兵たちだ。
武器も鎧も取り上げられ、着の身着のままで東へと歩く。
護送するのはペトラに最後まで従ったヴィアナの騎士1000名。
しかし、その役目は反乱や逃亡を防ぐことではない。反対方向からすれ違う王都の住民から捕虜を護ることにある。
交易の大路は、行き交う人群れでごった返し、
――王都を《聖山の民》が取り戻した!
という熱気と活気に満ちていた。
*
王都の東側、撤収の始まった無頼姫軍の本陣で、
リティアはペトラと向き合った。
「まったく時間がありませんが、総候参朝の準備を始めねばなりません」
「……そうでありましょうな」
ペトラは〈敗軍の将〉とも言えたが、三姫によって厚く遇された。
いかなる形でも迎え入れるとリティアが宣言したとおり、サミュエルもペトラの夫として賓客の待遇を受けている。
ただ、ペトラにとって〈総候参朝〉の言葉は苦く響いた。
テノリア王国の王族、聖山三六〇列候が一堂に会する場に、自分はどんな顔をして立てば良いのか。
――醜く生きねばならん。
と、サミュエルに申し渡したペトラである。
リティアに対し、穏やかに微笑んでみせるが、〈総候参朝〉において、晒し者にされることを覚悟していた。
それは、三姫の勝利をつよく印象づけることになるだろう。
自らの恥辱が王国の再統一を象徴する――、
そう考えていたペトラ。
しかし、リティアの口から出た言葉は思いもよらないものであった。
「ペトラ殿下には、わたしの新都メテピュリアの〈執政〉をお願いしたいのです」
「……そ、それは?」
「今は侍女長のアイシェにメテピュリアを任せて急場をしのいでおります。ですが、アイシェは総候参朝を準備するため、王都に呼び寄せねばなりません」
「え、ええ……」
「かといって、ほかにメテピュリアを任せられる者も見当たらず、難儀しておるのです。ここは、卓越した行政手腕をお持ちのペトラ殿下にお引き受け願いたいのです」
「……し、しかし」
「なんでしょう?」
狼狽えるペトラに、リティアはいつもの悪戯っぽい笑みで応える。
「……メテピュリアには、リーヤボルクの捕虜が多数おるのでは?」
「ええ! 娼婦を追って先にメテピュリアに行った者は、おかみさんたちにしごかれて、仕事を覚えつつあるそうですよ!」
「……リティア殿下は、彼らもご自身の民となさるおつもりですか?」
「彼らが望むならば喜んで! ただ、帰国を望む者たちは、今すぐという訳にはいきませんが、いずれ国に帰してやりたいと思っています」
と、リティアは指を弾いた。
「もちろん、旦那様のサミュエル殿もお連れください!」
「サミュエルも……」
「ええ! サミュエル殿も、なかなかの行政手腕を持っておられるやに聞き及びます! 曲者ぞろいのメテピュリアの治政を、おふたりにお願いしたいのです!」
リティアが浮かべる屈託のない笑顔。
しかし、ペトラは浮かぶ疑問をぶつけずにはいられなかった。
「……わたしとサミュエルが、リーヤボルク兵を率い、反乱を起こすとは考えられないのですか?」
「それは、むしろ望むところ!」
「望むところ……」
「三姫の軍を動かすまでもありません! わが第六騎士団だけでお相手いたしましょう! なにせ決戦らしい決戦もなく、力があり余っております! もっとも、見せ場のなかったロマナからは小言を喰らうかもしれませんが!」
快活に笑うリティアに、ペトラもつい笑みをこぼした。
実際、4万余のリーヤボルク兵であっても、3万の第六騎士団と正面からぶつかれば、瞬殺で壊滅してしまうであろう。
動乱が長引いたのは、王国内の諸勢力がバラバラであったことと、〈王都〉という盾があったからに過ぎない。
「ロマナ殿からお小言をいただかれては、リティア殿下がお気の毒というものですわね」
可笑しそうに笑い出したペトラに、リティアは労うような声で語りかけた。
「列候の神殿があつまる王都と違い、メテピュリアならば灰になっても惜しくはありません。また、つくれば良いのです」
「リティア殿下のお考えはよく分かりました」
リティアは北離宮での密会で、
――家を用意します。
と、ペトラに約束した。
この先ずっと、心穏やかに過ごせる家だと。
ルーファへの亡命であろうかと思っていたペトラであったが、まさか、自ら苦労して築きあげた新都メテピュリアを任されるとは想像だにしなかった。
たしかに、新しく造られたメテピュリアであれば、過去の経緯やしがらみを意識せずにやり直せるかもしれない。
それも〈執政〉というからには、メテピュリアの君主の座にはリティア自身がとどまるのであろう。
ペトラとサミュエルを名誉ある地位にとどめながら、リティアが懐に入れ、ふたりを護るという意志のあらわれと受け止められる。
ペトラはリティアに深く頭をさげた。
「サミュエルと共に、メテピュリアに向かわせていただきます
「ありがとうございます! お疲れのところ、こき使ってすみません!」
「いえ。リティア殿下の深いご配慮に感謝申し上げます」
「メテピュリアはいずれ、王国の東の玄関口として大いに栄えましょう! ペトラ殿下の手腕で、立派な街にしてやってください!」
「お任せくださいませ。リティア殿下の守護聖霊〈開明神メテプスロウ〉の名にふさわしき大領にしてみせましょうぞ」
ペトラは、抜け殻のようになったサミュエルをともない、新天地メテピュリアへと人知れず旅だった――。
*
その頃、総候参朝の準備に取り掛かる大神殿では、
アイカが見守るなか、儀典官たち立会いのもと、巨大な天空神ラトゥパヌの神像の足もとにある石室が開けられた――。
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