301 / 307
最終章 聖山桃契
285.新天地への旅立ち
しおりを挟む――三姫、王都を奪還す!
の報せは《聖山の大地》を駆けめぐり、
メテピュリアに退避していた住民たちは、ただちに王都に帰還し始めた。
――総候参朝を、例年通り開催。
とも、同時に布告されたからだ。
総候参朝の賑わいは、聖山三六〇列候が王国各地から率いてくる臣下たちがつくる。
つまり、王都はすでに賑わっている。
稼ぎどきを逃してはなるまいと、住民たちの足も速くなる。
また、北に付け替えられていた交易ルートが元の大路にもどされ、隊商たちも一斉に王都に向かい始めた。
逆にメテピュリアに向かう、放心状態の人群れがある。三姫の軍に捕虜とされたリーヤボルク兵たちだ。
武器も鎧も取り上げられ、着の身着のままで東へと歩く。
護送するのはペトラに最後まで従ったヴィアナの騎士1000名。
しかし、その役目は反乱や逃亡を防ぐことではない。反対方向からすれ違う王都の住民から捕虜を護ることにある。
交易の大路は、行き交う人群れでごった返し、
――王都を《聖山の民》が取り戻した!
という熱気と活気に満ちていた。
*
王都の東側、撤収の始まった無頼姫軍の本陣で、
リティアはペトラと向き合った。
「まったく時間がありませんが、総候参朝の準備を始めねばなりません」
「……そうでありましょうな」
ペトラは〈敗軍の将〉とも言えたが、三姫によって厚く遇された。
いかなる形でも迎え入れるとリティアが宣言したとおり、サミュエルもペトラの夫として賓客の待遇を受けている。
ただ、ペトラにとって〈総候参朝〉の言葉は苦く響いた。
テノリア王国の王族、聖山三六〇列候が一堂に会する場に、自分はどんな顔をして立てば良いのか。
――醜く生きねばならん。
と、サミュエルに申し渡したペトラである。
リティアに対し、穏やかに微笑んでみせるが、〈総候参朝〉において、晒し者にされることを覚悟していた。
それは、三姫の勝利をつよく印象づけることになるだろう。
自らの恥辱が王国の再統一を象徴する――、
そう考えていたペトラ。
しかし、リティアの口から出た言葉は思いもよらないものであった。
「ペトラ殿下には、わたしの新都メテピュリアの〈執政〉をお願いしたいのです」
「……そ、それは?」
「今は侍女長のアイシェにメテピュリアを任せて急場をしのいでおります。ですが、アイシェは総候参朝を準備するため、王都に呼び寄せねばなりません」
「え、ええ……」
「かといって、ほかにメテピュリアを任せられる者も見当たらず、難儀しておるのです。ここは、卓越した行政手腕をお持ちのペトラ殿下にお引き受け願いたいのです」
「……し、しかし」
「なんでしょう?」
狼狽えるペトラに、リティアはいつもの悪戯っぽい笑みで応える。
「……メテピュリアには、リーヤボルクの捕虜が多数おるのでは?」
「ええ! 娼婦を追って先にメテピュリアに行った者は、おかみさんたちにしごかれて、仕事を覚えつつあるそうですよ!」
「……リティア殿下は、彼らもご自身の民となさるおつもりですか?」
「彼らが望むならば喜んで! ただ、帰国を望む者たちは、今すぐという訳にはいきませんが、いずれ国に帰してやりたいと思っています」
と、リティアは指を弾いた。
「もちろん、旦那様のサミュエル殿もお連れください!」
「サミュエルも……」
「ええ! サミュエル殿も、なかなかの行政手腕を持っておられるやに聞き及びます! 曲者ぞろいのメテピュリアの治政を、おふたりにお願いしたいのです!」
リティアが浮かべる屈託のない笑顔。
しかし、ペトラは浮かぶ疑問をぶつけずにはいられなかった。
「……わたしとサミュエルが、リーヤボルク兵を率い、反乱を起こすとは考えられないのですか?」
「それは、むしろ望むところ!」
「望むところ……」
「三姫の軍を動かすまでもありません! わが第六騎士団だけでお相手いたしましょう! なにせ決戦らしい決戦もなく、力があり余っております! もっとも、見せ場のなかったロマナからは小言を喰らうかもしれませんが!」
快活に笑うリティアに、ペトラもつい笑みをこぼした。
実際、4万余のリーヤボルク兵であっても、3万の第六騎士団と正面からぶつかれば、瞬殺で壊滅してしまうであろう。
動乱が長引いたのは、王国内の諸勢力がバラバラであったことと、〈王都〉という盾があったからに過ぎない。
「ロマナ殿からお小言をいただかれては、リティア殿下がお気の毒というものですわね」
可笑しそうに笑い出したペトラに、リティアは労うような声で語りかけた。
「列候の神殿があつまる王都と違い、メテピュリアならば灰になっても惜しくはありません。また、つくれば良いのです」
「リティア殿下のお考えはよく分かりました」
リティアは北離宮での密会で、
――家を用意します。
と、ペトラに約束した。
この先ずっと、心穏やかに過ごせる家だと。
ルーファへの亡命であろうかと思っていたペトラであったが、まさか、自ら苦労して築きあげた新都メテピュリアを任されるとは想像だにしなかった。
たしかに、新しく造られたメテピュリアであれば、過去の経緯やしがらみを意識せずにやり直せるかもしれない。
それも〈執政〉というからには、メテピュリアの君主の座にはリティア自身がとどまるのであろう。
ペトラとサミュエルを名誉ある地位にとどめながら、リティアが懐に入れ、ふたりを護るという意志のあらわれと受け止められる。
ペトラはリティアに深く頭をさげた。
「サミュエルと共に、メテピュリアに向かわせていただきます
「ありがとうございます! お疲れのところ、こき使ってすみません!」
「いえ。リティア殿下の深いご配慮に感謝申し上げます」
「メテピュリアはいずれ、王国の東の玄関口として大いに栄えましょう! ペトラ殿下の手腕で、立派な街にしてやってください!」
「お任せくださいませ。リティア殿下の守護聖霊〈開明神メテプスロウ〉の名にふさわしき大領にしてみせましょうぞ」
ペトラは、抜け殻のようになったサミュエルをともない、新天地メテピュリアへと人知れず旅だった――。
*
その頃、総候参朝の準備に取り掛かる大神殿では、
アイカが見守るなか、儀典官たち立会いのもと、巨大な天空神ラトゥパヌの神像の足もとにある石室が開けられた――。
38
お気に入りに追加
520
あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!!
僕は異世界転生してしまう
大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった
仕事とゲームで過労になってしまったようだ
とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた
転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった
住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる
◇
HOTランキング一位獲得!
皆さま本当にありがとうございます!
無事に書籍化となり絶賛発売中です
よかったら手に取っていただけると嬉しいです
これからも日々勉強していきたいと思います
◇
僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました
毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
神様 なかなか転生が成功しないのですが大丈夫ですか
佐藤醤油
ファンタジー
主人公を神様が転生させたが上手くいかない。
最初は生まれる前に死亡。次は生まれた直後に親に捨てられ死亡。ネズミにかじられ死亡。毒キノコを食べて死亡。何度も何度も転生を繰り返すのだが成功しない。
「神様、もう少し暮らしぶりの良いところに転生できないのですか」
そうして転生を続け、ようやく王家に生まれる事ができた。
さあ、この転生は成功するのか?
注:ギャグ小説ではありません。
最後まで投稿して公開設定もしたので、完結にしたら公開前に完結になった。
なんで?
坊、投稿サイトは公開まで完結にならないのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる