【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら

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最終章 聖山桃契

283.そなたが私に尽くす番

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 王宮最上階に位置する、国王宮殿。

 その〈玉座の間〉で、サミュエルとペトラがふたり向かい合った。

 気だるげに肘をついて玉座に座るサミュエル。

 それを見下ろすペトラの手には、鋭く光る短剣が握られていた。


「それが、妃の本当の表情かおであるか……」


 と、サミュエルが、抑揚のハッキリしない声で言った。

 ペトラはこれまでサミュエルに見せたことのない、怜悧な顔付きで立っている。

 可憐で華奢なほそい身体に、妖艶な気配を漂わせているのは変わらない。

 しかし、これもサミュエルの目には初めて触れる、威厳と気迫をも放っていた。


 ――王者の風格……、か。


 サミュエルは主君アンドレアスからしか嗅ぎ取ったことのない、圧倒的な存在感をペトラから感じ取っていた。

 それでも、心身の働きの鈍ったサミュエルは、表情を動かすことなく、ただペトラの美しい顔を眺めていた。


「……いかがする?」


 と、ペトラが無機質な声を発した。


「そなたの率いたリーヤボルクの兵たちは恐慌をきたし、無頼どもと小競り合いが頻発。サミュエル、そなたの命令を待っておるのだぞ?」

「……わたしを殺すか?」


 サミュエルはペトラの問いに、真正面からは答えなかった。

 祖国リーヤボルクの内戦を、アンドレアスを支えて勝ち抜いた。

 アンドレアスを王座に就けたのは自分だという自負もあった。

 内戦の爪痕残る大聖堂で、精一杯に華々しく挙行された即位式が、間違いなく自分の人生の絶頂であった。

 そして、内戦の〈後始末〉のため、我が身を捨て、棄兵を率い隣国の紛争に介入した。

 大隊商マエルの献策に乗った介入は大成功を収め、祖国に多額の〈仕送り〉もでき、大いに面目をほどこした。

 妃にしてやった美しい内親王は、その戦利品だとも言える。


 しかし――、


 忠義を捧げたはずの主君アンドレアスは、奴隷狩りの獲物と蔑む〈草原の者ども〉に、囚われた。

 アンドレアスは虜囚の身に堕とされ、手に血豆をつくりながら、農地を拓く鍬を振らされているという。

 しかも、アンドレアスを捕らえた〈草原の者ども〉の王となったのは、かつて自分が虜囚の辱めを与えた王太子バシリオスであると聞く。


 ――自分のした仕打ちへの復讐が、主君アンドレアスに向かった……。


 と、受け止めたサミュエルは愕然と立ち尽くし、自分の生きたすべての意味を見失った。

 その上、アンドレアスと統一した祖国は、兵力の過半を失い存亡の危機にあるという。

 救援に向かおうにも、折悪しくテノリアの兵力がひとつにまとまり、身動きがとれない。

 こんな結果を招くつもりで、卑しい棄兵の将に志願した訳ではない。

 すべては主君アンドレアスのためであったはずだ……。


「妃が、儂の人生を終わらせてくれるのであれば……、ギリギリで辻褄を合わせられそうだ」


 と、サミュエルは乾いた笑いを漏らした。

 ペトラの刃にかかるのであれば、自分の行いへの報いとして分かりやすい。

 しかし、無機質な表情のペトラは、


「そのつもりであったが、気が変わった」


 と、短剣を投げ捨てた。

 カーンッと甲高い音が、ふたりしかいない広い玉座の間に響く。


「……討たれるべきは私である」


 サミュエルに、ペトラの呟きの意味は解らなかった。

 だが、ペトラは構わずに続けた。


「ともに降ろう」

「……いまさら」

「われらは、醜く生きねばならん。それが流した血への礼儀である」


 サミュエルの顔があがった。

 ペトラのに誘われたのではない。

 声の響き――、王者が発する勅命の響きに、魂が揺さぶり起こされた。


「サミュエル」

「ははっ」


 と、おもわず臣下の返答をし、玉座から降りて膝を突く。

 自然と頭がさがり、続く勅命の言葉を待った。


「兵をまとめよ」

「……兵は、まりまりませぬ」

「まとまるだけでよい。まとまるだけをまとめてリティア殿下に降り、醜くお情けを請い願う」

「かしこまりました……」

「……わが旦那様よ」

「はっ……」

「散々、尽くしてやったのじゃ。……次は、そなたが私に尽くす番じゃぞ?」


   *


 空が白み始めたばかりの早暁――、

 まだ今朝の茶会が開かれる前、

 ペトラが、サミュエルを従えてリティアの陣に現れ、両膝を地に突いた。

 そして、ヴィアナの騎士1000名を含む、4000人の兵士たちが、ふたりと一緒に投降した――。


 リティアは、ただちに無頼姫軍に指令を発する。


「王都に残るリーヤボルク兵は、約1万3千! 主将がくだり、指示を出す将も去った。それでも降らない者たちだ。ハッキリ言って……」


 グッと強い眼差しで、王都の街並みを睨んだ。


「意味が分からん!!!!」


 リティアの指示を聞く将兵たちも糸目になって、うんうん頷く。


 ――たしかに、なに考えてるんでしょうね?


 今の王都に居座ったところで、楽しいことは何もないハズだ。

 いや、すでに目的も展望もあり得ない。


「なにを仕出しでかすか分からん、得体の知れぬ者たちがを超えて王都にしているのだ! 動きの読めぬ者は、いかなる強敵よりも恐ろしい! ただちに王都に突入する! 準備を急げ!!」


 慌ただしく駆け出す、無頼姫軍の将兵たち。

 ロマナとアイカに早馬を走らせ、リティア自身も愛馬に飛び乗り、軍議のために北郊の森に向かう。

 先に到着していたアイカが簡易テーブルを組み立てており、やがてロマナも駆け付ける。

 椅子はなく立ったまま、テーブル上に広げた王都の地図を、リティアが指差す。


「列候の神殿は、参朝のため野営している列候たち自身に制圧させる。突入の合図と同時に自領の神殿に向けて走れと、すでに早馬を飛ばした」


 地図を睨んだ、ロマナがうなずく。


「それでいいと思う。参朝の供に最低限の兵は率いてるはずだしね」

「無頼姫軍に投降したリーヤボルク兵から武器を接収した。足りないという列候がいれば、すぐに引き渡せるように準備済みだ」

「わかった。蹂躙姫軍の近くで野営してる列候にも触れを出すわ」

「わたしも、そうします」


 と、アイカもうなずく。

 三姫のそばに控える側近たちは、決まったことから順に、指示を携えすぐに自陣に走る。

 リティアが地図から顔をあげ、王宮を睨む。


「王都に土地勘があるのは、わたしの無頼姫軍では第六騎士団の一部とサーバヌ騎士団の残党」

「うん……」

「ロマナの蹂躙姫軍では、スピロ率いるヴィアナ騎士団の残党」

「……そうね」

「アイカの救国姫軍では、ステファノス兄上の祭礼騎士団」

「はいっ!」

「王宮や込み入った場所は、これらに制圧してもらう」

「分かったわ」

「分かりました」

「突入すれば、時間との戦いだ。得体のしれない兵たちがパニックになって、先に火をかけられたら王都は灰になる」


 ロマナとアイカが、険しい表情でうなずく。


「王都に火を放つ備えをすべて取り除き、のこったリーヤボルク兵たちもすべて捕える。投降を拒む者はやむを得ん。……斬る」


 やがて軍議を終えた三姫は、王都突入のために自陣へと駆け戻る――。
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