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最終章 聖山桃契

279.目が離せぬ

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 考えの足りないリーヤボルク兵たちにも、王都での暮らしが終わりに向かっていることは分かる。

 市街地から人が消え、ついに交易の隊商たちも途絶えた。

 娼婦はすべて王都を去り、カネを使うところもない。

 わずかに営業を続ける食堂で酒をあおるか、街角に立つ踊り巫女に投げ銭をして冷やかすことくらいしか出来ない。

 その踊り巫女にしても、無頼が固くガードしていて手を出せない。

 ただ遠巻きに、露出の多い衣裳で踊る小麦色の肌を目にしてニヤつく程度のことだ。

 タチの悪いリーヤボルクの棄兵にあっても、目端の利く者たちはすべて王都を去った。

 ある者は危機にある本国を目指し、ザノクリフ王国軍に討たれたり、

 ある者は女を追いかけ、東に出来たという新しい街に向かったり、

 徐々に徐々に数を減らし、

 取り残された者たちは、いまが良ければよい、なにかを変えるのは億劫だ、といった性情の者たちばかりであった。

 しかし、暴力的な性向も持っている。


 ボンクラのチンピラ――、


 の、集まりと見てよい。

 そんなボンクラ兵たちは、やけに肌の白い踊り巫女たちが、背後を通り過ぎて行くのに気が付くことはなかった。


 ――ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 最高です! ロマナさんの踊り巫女姿も素敵です!! ファイナさんも、リティア義姉ねえ様もやっぱり素敵です!!


 と心の雄叫びをあげるアイカ自身も、今回は踊り巫女姿になっている。

 みな、白いビキニのトップスに、濃い緑色をした幅広のズボン、その上からガーゼ地のようなローブを羽織っている。

 無頼に扮した第六騎士団の兵士たちが警護しているが、


「スースーするわね」


 と、ロマナの機嫌は悪い。


 桃色髪をした《無頼姫の狼少女》――、


 の名はリーヤボルク兵の間にも知れ渡っており、アイカの頭には布を巻き、髪色を入念に隠して、しずしずと王都のなかを歩く。


「王都にもどるときは、父上に賜った第六騎士団を率いて、堂々たる入城を見せつけるつもりだったのだが……、まずは踊り巫女姿での王都入りになるとはな」


 と、困ったような笑顔でボヤくリティアに、

 スンと澄ました顔のロマナが、冷ややかな視線を向けた。


「……見せつけるったって、リーヤボルク兵と無頼しかいないじゃない?」


 裏道を抜け、リアンドラたちが潜伏する館に、一度、腰を落ち着けた。

 ゼルフィアが、の三姫とファイナに温かい茶を出す。


「いまクレイアが、ペトラ殿下がおひとりになられる時を見はからっております。しばらく、こちらでお待ちくださいませ」


 サミュエルはペトラの第3王子宮殿に入り浸っており、リーヤボルク兵たちへの指揮を放棄しつつある。

 そんな中、クレイアは、


「最後に、ファイナ殿下にお会いになられませんか?」


 と、ペトラに必死の説得工作を行っていた。


「そうか……、踊り巫女に扮してのう……。またファイナに恥ずかしい思いをさせてしまったのう」


 と、微笑んだペトラは、気分転換と称して北離宮に足を運んだ。

 手元に残していたヴィアナの騎士1,000名に警護させ、北離宮に勝手に住み着いていたリーヤボルク兵たちを追い出し、

 きれいに清掃させて、最後の面会の場を設けた。

 この世のすべてに別れを告げる心持ちであったペトラは、晴れやかな笑顔を浮かべ、

 なによりも大切な妹ファイナの、到着を待った――。


   *


 王都を包囲する、三姫の軍勢を率いる諸将――、


 無頼姫軍のドーラ、パイドル、アルナヴィス候ジェリコ、

 蹂躙姫軍のダビド、ミゲル、アーロン、

 救国姫軍のカリトン、ステファノス、ミハイ、ナーシャ、


 彼らは互いに連絡を取り合いながら、臨戦態勢をとっている。

 肌の白い踊り巫女が大勢では、かえって目立つとしてクロエとヤニスの衛騎士も同行させなかった。


 ――ヤニスくんの〈男の娘〉姿も、また見たかった……。


 という、アイカの心の嘆きはともかく、

 王都に潜伏する第六騎士団万騎兵長ルクシアからは、絶えず包囲軍の陣中に連絡が届き、

 万が一、三姫の身に危険が迫るようであれば、ただちに王都に突入し救出する構えをとっていた。

 たとえ王都が灰になろうとも、三姫の身を護る。

 その想いで諸将は結束している。


 ただ、王都の北側に陣を構える救国姫軍では、

 気の落ち着かないステファノスが、グルグルと歩き回っていた。

 それを眺めるナーシャが、アイカから預けられたタロウとジロウの背を撫でながら声をかけた。


「ステファノス殿下。アイカなら大丈夫じゃ」

「……ええ、そう信じてはおるのですが」

「あの娘はいざという時、ひとりで危地に乗り込むことも厭わぬ。……可愛らしい顔をしておりながら、勝負どころでの肝の座り方は見事と言うほかない」


 と、ナーシャは、アイカと旅した日々を、懐かしく振り返っていた。

 ミハイも皮肉気な笑みを浮かべて、あごを撫でる。


「女王の座も放り出して、義姉あねのためにしてしまうほどですからな」

「まこと、計り知れぬ大器か、底抜けの阿呆か。しかし、目が離せぬの」


 と、ナーシャが笑った。


「それにの、タロウとジロウがここで大人しく待っておる。アイカに危機があれば、我らより先に駆け出すであろう」

「……なるほど。そうかもしれませんな」


 と、ステファノスが足を止めた。

 そして、王太后カタリナが〈道案内の神〉の守護聖霊があると審神みわけた2頭の狼を見詰めた。

 カリトンが目をほそめる。


「アイカ殿下の歩みは奇跡に満ちております。備えは怠らず、見守らせていただきましょう」


 その言葉に、ステファノスもようやく頷いた。


「ペトラも可愛い我が姪だ。……妹たちと、ウラニアの孫娘が救け出してくれるものと信じよう」


   *


 北離宮の中庭に面したテラス――、

 ペトラは穏やかな表情を浮かべ、ファイナの到着を待っていた。

 ちょうど1年ほど前、ペトラは妹ファイナを伴って、北離宮に側妃エメーウを訪ねた。

 側妃サフィナの排斥を訴えるためだ。

 その時、面会したのがこのテラスであった。

 リティアも居合わせ、アイカと初めて会ったのもその時だ。中庭では2頭の狼が〈おすわり〉をしていた。

 結局、自分の訴えはエメーウにもルカスにも届かなかったが、

 王国が繁栄の絶頂にあった、よき思い出を、肌に思い出せる場所でもあった。

 その後、バシリオスの幽閉先にもなり、この中庭でBBQをして精をつけていたとも聞いている。

 王都がリーヤボルク兵に占拠されて以降、ペトラが北離宮に足を運ぶのは初めてであったが、

 自らの来し方を客観的にふり返ることのできる、思わぬ時間を過ごした。


 ――しかし、それも間もなく終わる。


 もはや、自分をリティアに討ってもらうことは、ペトラの中で生き方の美学にまで昇華していた。

 ゆるい微笑みを口元に浮かべて、やつての栄華に思いを馳せるペトラ。


 やがて、ヴィアナの騎士が取り次ぎに来た。

 彼らには、


 ――気散じに、踊り巫女を呼んである。


 としか伝えていない。

 中庭に通すように告げ、可愛い妹の姿が現われるのを待った。

 だが――、


「リティア殿下……、それにアイカ。……ロマナ様?」


 ファイナの後ろに並ぶ三姫の姿に、ペトラは絶句したまま立ち尽くした――。
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