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第十一章 繚乱三姫

254.とても助かります!

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 ラヴナラを攻囲する第六騎士団の本陣――、

 席を移し、リティアの天幕に主だった者たちだけで集まる。

 リティアと侍女長アイシェ。右衛騎士クロエに筆頭万騎兵長ドーラ。

 アイカ側では、侍女のカリュ、アイラ、サラナ。

 カリュは正式にはリティアの臣下であり、この席は主君リティアに対する「復命」の場でもあった。

 そして、先程までとはうって変わり、リティアが真剣な表情をみせる。


「そうか……、《草原の民》が国を持ったか……」

「はいっ! ニーナさんたちも無事です!」

「うむ。かの踊り巫女たちには、おおきな恩を受けた。知らずにおれば、このリティア生涯の悔いとなるところであった。……アイカ、よくやってくれた」

「えへへ……」

「そして、バシリオス兄上が……」

「はい。とてもお世話になりました」


 アイカはバシリオスの密使でもある。

 バシリオス即位の報告を聞いたリティアは、ふかくふかく頭をさげた。


「アイカよ。バシリオス兄上のためにも、よくやってくれた。考え得るかぎり、兄上にとってこれ以上の未来はなかっただろう」

「えへへ……、そう言ってもらえると……」

「ロザリーも無事で、アナスタシア陛下もアメルも、バシリオス兄上の元で働いておるか……」

「はいっ! みなさんお元気です!!」

「ははっ。そうか、『お元気』はいいな! ……しかし、その上にリーヤボルク王を虜囚にするなど、にもほどがあるぞ!?」

「へへへ……」


 尊敬する義姉あねリティアに褒められ、照れ笑いするアイカだが、


 ――リュシアンさん、いまの聞いてませんでしたよね?


 と、視線を泳がせた。


 ――奇想天外の救国姫……、なんて言い触らされたら……。ちょっとイヤですからね。


 笑顔ながらに、あたりを窺うアイカ。

 それとは気付かず、快活に笑うリティアの視線が、アイカのうしろに控えるサラナに向いた。


「……サラナは、アイカのもとに移ったか」

「はっ。……バシリオス陛下とロザリー様のご推挙を賜りました」

「うむ。わが義妹いもうとの側にサラナがおれば心強い。よろしく頼むぞ」

「ははっ。身命を賭しても」


 と、そこにアイカにも聞き覚えのある声が、天幕の外から聞こえた。


「失礼いたします」

「おおっ! ちょうど良かった! 入れ入れ!」


 リティアが招き入れ、天幕に姿をみせたのはクールビューティな侍女クレイアであった。


「ク、クレイアさ――っん!!」


 と、おもわずその豊かな胸のなかに飛び込むアイカ。

 王宮時代、アイカにずっと寄り添ってくれていたクレイア。

 ブラウンがかった長い銀髪が、アイカに押されて揺れる。


「こ、これは……、アイカ殿下……」

「クレイアさん! 帰ってきました! アイカ、帰ってきました――っ!!」

「ちょっと、待て……」


 と、眉間にしわを寄せて、口元をニヤリと笑わせたのは、もちろんリティアである。


「わたしの時と、えらい違いではないか? アイカ」

「だって、クレイアさんですし!」

「ん? 納得いかんぞ? ……なんだ、おっぱいか!? おっぱいが大きくなれば、アイカに飛び込んでもらえるのか!?」


 と、笑顔ながらに口を尖らせるリティアを、侍女長のアイシェが苦笑い気味になだめる。


「まあまあ、クレイアにアイカ殿下のお世話をお命じになられたのは、リティア殿下ご自身だったではないですか?」

「だが、おっぱい……」

「お言葉ですが、殿下!」

「な、なんだ?」

「わたしも、なかなかのですが、アイカ殿下に飛び込んでいただいてはおりません!」


 と、アイシェがバインと胸を張った。


「……た、たしかに」

「ですから、おっぱいは無関係! リティア殿下の意に従い、クレイアがアイカ殿下と築いた信頼関係の賜物!」

「むむっ」

「それと、いくら女子ばかりの席とはいえ、第3王女ともあろうお方が、おっぱいおっぱい言い過ぎです!」


 皆がドッとウケるやり取りに、困惑の表情を浮かべたクレイアであったが、

 自分に抱き着いたままのアイカを、その冷静な物腰で抱きあげて微笑み、

 そっと降ろして座らせた。


 ――ぬいぐるみを、ちょっとどかす。


 といった仕草のクレイアに、

 カリュとアイラは「うくっ」っと、吹き出すのをこらえた。

 が、クレイアの表情はいたって真剣で、リティアのまえに膝をついた。


「急報にございます」

「……なんだ?」

「西南伯ヴール候ベスニク様、ご出兵のよし」

「なんだと!?」


 可愛らしくむくれて見せていたリティアの表情が、瞬時に真剣なものに切り替わる。

 そして、アイカの顔も青ざめた。


「ベスニク公は、まだ体調が万全ではあるまい!?」

「第一報を取り急ぎお伝えすることを優先したため、詳しい経緯までは承知しておりませんが、西南伯幕下六〇列候もともに進軍しているとの噂が流れております」

「……すぐ、私が」


 と、腰を浮かすカリュ。

 しかし、それをリティアが制した。

 そして、アイカの黄金色の瞳をまっすぐに見据えた。


「アイカ……」

「……はい」

「せっかく再会できたばかりだが、ベスニク公のもとに向かってくれぬか」

「え……?」

「いやな予感がする。ロマナが心配だ。……だが、わたしは動けぬ。すまぬが、わが義妹いもうととして、急ぎ向かってはくれぬか」

「……分かりました」


 つかの間の再会の後、すぐに別れる寂しさより、

 リティアから《一人前》と認められている嬉しさの方が、アイカの心のなかで先に立った。

 アイカの黄金色の瞳に浮かぶ輝きに、リティアも力強くうなずきを返す。


「カリュ!」

「はっ」

「引き続きアイカに従え。アイカを援け、ロマナを救けよ」

「かしこまりました」

「ベスニク公の御身に万一あれば、西南伯軍が崩壊しかねん。そうなれば、王国の混迷が深まる。なんとしてもベスニク公、そしてロマナを支えるのだ」


 リティアは立ち上がり、右腕を真横に振った。


「ジョルジュとネビも、従前どおりアイカに従うように伝えよ。ロマナのもとに急げ」

「ははっ」


 引き締まった表情を浮かべるアイカ。

 その義妹いもうとに、リティアが柔らかい眼差しを向けた。


「……アイカ。たのんだぞ」

「わかりました!」


 見つめ合う義姉妹しまいの、信頼と愛情に満ちた熱い眼差し。

 その場に居合わせた臣下――すべて女性であった――、みなの心の奥にまで、その熱が伝わってくるかのようであった。

 ふと、リティアの視線が泳いだ。

 アイカも義姉あねの表情から、突然失われた覇気の行方を追う。


「……?」

「アイカ……?」

「なんでしょう?」

「……ひょっとしてだが」

「はい……」

「カリュもジョルジュもネビも、要らないってことないよね?」

「ないですね! まったく、そんなことはありません! とても助かります!」

「じゃあ、よかった!」


 カリュも苦笑いし「よかったです」と、腰をあげた。

 アイカも立ち上がり、ふたたびリティアの夕暮れ色をした澄んだ瞳を見詰める。


「じゃあ、リティア義姉ねえ様! また!」

「ああ、すぐにまた会おう!」


 熱い抱擁を交わす義姉妹しまい

 こんどは周囲をざわつかせない落ち着いた風情で、

 互いの温もりを確認するかのように――。



 アイカたち一行は急遽出発する。

 王都に向けて進軍する西南伯軍のもとへ、

 そしてロマナのもとへと、急いだ――。
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