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第十一章 繚乱三姫

253.ただいま義姉さま

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 アルナヴィス候が兵をまとめるため自領に戻るのを見送った後、

 リティアはアイカに飛び掛かり、

 アイカはそれをスルリと避ける。


「抱っこさせろ! 抱っこ!」

「ちょ、ちょ、ちょ、義姉ねえさま!? み、みんなの前ですよ!?」

「よいではないか、よいではないか! なにを照れているんだ!? アイカの大好きなお義姉ねえちゃんだぞぉ~?」


 と逃げるアイカを追いかけ回すリティア。


「いつも、寒い夜を抱っこして温めてくれていたではないか?」

「いまは夏だし、みんなの誤解を招くような表現やめてください~~~っ!」

「つかまえたぁ!!」

「うぎゃ~~~~~ぁ!!」


 と、抱きしめられるアイカ。

 暑いし汗ばむし、以前とは違っていたが、たしかにリティアの感触であった。

 母エメーウとの関係がこじれ、心身に不調をきたしたリティア。

 毎晩自分を抱いて眠るのに任せて過ごした日々が思い起こされる。


「……やっと帰ってきたな、アイカ」

「はい……」


 自分の臣下も、リティアの臣下にも、

 みなに見られていることに気恥ずかしさを覚えつつ、


 ――天衣無縫の懐に、帰ってきた。


 と、胸に温かいものがこみ上げてくるアイカ。

 リティアは、アイカに頬ずりしながらつぶやく。


「もう、抱きしめ返してくれても大丈夫だぞ?」

「えっ……?」

「お義姉ねえちゃんは、もう大丈夫だ……。安心して、寄りかかって来い」


 王都からルーファに向かう旅のあいだ、リティアは毎晩、アイカを抱きしめなければ眠りに落ちることが出来なかった。

 タロウとジロウにはさまれ、アイカを痛いほどに抱き締めて、ようやく眠りに落ちた。

 激しい睡魔に襲われながら、あと一歩、眠りに踏み出すのにアイカの存在を必要としていた。一人では意識を途絶えさせる勇気が出なかった。

 決死の思いで眠りへと向かうリティアの姿に、


 ――もしも、抱きしめ返してしまったら、リティアをより暗い淵へと押しやってしまうのではないか……。


 と、おそれたアイカは、自分からは何もせず、

 リティアのに徹した。


 しかし、そのリティアが今、


「もう大丈夫だ」


 と、自分に微笑みかけてくれる。

 そっと、リティアの細い腰に手をまわし、ゆっくりと腕をしめてゆく。

 そして、キュッと力を込めた――。


「……お帰りなさい。リティア義姉ねえ様」

「ん~? 帰って来たのはアイカだぞ?」

「でも、でも……」


 アイカの声が涙まじりになってゆく。

 慈しみと感謝の気持ちにあふれた笑みが、リティアの美しい顔立ちに広がった。

 そして、アイカの桃色の髪を撫でる。


「よくぞ、私を護ってくれた。アイカがおらねば、いまの私はおらぬ」

「……リティア義姉ねえ様」

「これより先は、わたしがアイカを護ろう。いつまでも義姉妹しまい仲良くしてくれ」

「はいっ!!」


 と、リティアの胸の中であげたアイカの顔は、なみだがあふれ、鼻水がたれ、ひどいものだったが、

 満面に笑みがあふれていた――。


   *


 感動の再会というには、すこし自分の顔がひどすぎた――、

 と、アイカは若干、不満だったが、

 リティアのもとに戻れたことが嬉しくてたまらない。

 しかし、懐かしい顔はリティアだけではない。

 ヤニス、クロエ、ジリコの三衛騎士。

 第六騎士団の千騎兵長から、筆頭万騎兵長となったドーラ。

 侍女長のアイシェ。

 紫のショートボブを揺らし、かわらぬ「部長」スマイルで、アイカを迎えてくれる。

 侍女だった頃の大先輩であったが、今はリティアの義妹いもうととして接してくれるのが、すこしこそばゆい。


「ゼルフィアはリティア殿下のご婚約者フェティ様と、新都メテピュリアの留守居役。クレイアは、いまリティア殿下のご用事で別行動です」

「そうなんですね~」


 と、いちばん近くで接した先輩侍女クレイアの顔が見れなかったのは残念であったが、

 リティアのために活発に動いていることは嬉しい。

 そして、ルクシア。

 《精霊の泉》でリティアのもとに向かうように頼み、いまは万騎兵長まで務めてくれている。


「すっかり、アイカたち義姉妹しまいのペースに乗せられちまった」


 と、気持ち良さそうに笑う。

 娘でありアイカの侍女であるアイラも、久しぶりに会う母の笑顔に、安堵を覚えていた。

 なにせ、鉄砲玉のような母親である。

 二度と会えないかもしれないと覚悟していたが、腰を落ち着け、万騎兵長の重責をしっかりと果たしていることに胸を撫で下ろした。

 さらにはパイドル。

 ザノクリフ王国で《流刑》に処されながら、第六騎士団の万騎兵長にまで登用されたのはアイカの推挙があればこそであった。

 ふかく頭をさげるパイドルに、


「元気そうで良かったです!」


 と、アイカは屈託のない笑顔をみせた。

 あのとき、カリュの働きかけで投降し、生きながらえてくれたからこそ、今日の再会がある。

 アイカは喜びを噛み締めていた。

 また、同行している太守ニコラエも、パイドルの肩に手を置き、同胞の再起を喜んだ。

 ひとりひとりと挨拶を交わすアイカ。

 その姿を目にしたリティアは、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「わが義妹いもうとは、なんとご立派になられたことか!」

「そ、そんな、やめてくださいよ~」

「さすがは、女王陛下におなりあそばされ、旦那様まで迎えた義妹様いもうとさまよ」

「も、もう……、冷やかさないでくださいよ~~~」

「それでも、わが義妹いもうとであることを最も大切にし《アイカ殿下》として、旅をつづけてくれたのだな」


 やさしい声音で、目をほそめるリティア。

 その自分を包み込むような視線に、アイカは頬を赤くする。


「は、はい……」

「ん~~~!! もう一回、抱っこさせろ、抱っこ!」

「ちょ、も~~~ぅ! またですか~?」


 と、逃げるアイカに、追うリティア。

 場は和やかな笑いに包まれる。


「いいじゃないか! もう一回!」

「みなさんに誤解されちゃうでしょ~~~!? あとで、ふたりになってからでいいでしょ~~~!?」

「そっちの方が、よほど誤解されるぞ?」

「あっ」


 と、みなのクスクス笑う視線に気が付いて立ち止まるアイカ。

 そこに覆いかぶさるリティア。


「つかまえたっ!!」

「も~~~ぉ~~~~、ジョルジュさんもネビさんも笑ってないで助けてくださいよ~~~!」

「ジョルジュ? ……ジョルジュがどこにいるんだ?」


 キョロキョロとあたりを窺うリティアに、

 アイカがニマリと笑う。


「ふふふふふふふふふふふふふふふ」

「なんだ、気持ち悪いな」

「あちらです! あちらが草原でされた『キレイなジョルジュさん』で――っす!!」

「ん……? ……あっ!! お前、ジョルジュか!?」


 アイカに抱き着いたまま大きく目を見開き驚くリティアに、

 ガハハハハッと、ジョルジュの豪快な笑いが返ってきた。

 リティアの腕のなかで、なぜか自慢げな表情を浮かべるアイカ。


「どうです!? ビックリしました? ビックリしたでしょう? 私たちもビックリしたんですから~!」


 そんなアイカをリティアが、ギュッとひとつ強く抱きしめる。


「……アイカ」

「は、はいぃ? ……み、みなさんの前ですよ? ……な、なにするつもりですか!?」

「……その豊かな感情を、素直に出せるようになったな」


 至近でみせる慈愛の表情。


 ――もう、リティア義姉ねえ様はズルいなぁ...。


 と、アイカも微笑んだ。


「……はい。……みんな、義姉ねえ様のおかげです」

「よおぅし! たっぷりと旅の話を聞かせてもらうぞ!!」

「はいっ!!」

「そうだ、野営の陣では風呂がないな」

「ま、それは……」

「それでは、そろそろラヴナラを落とすか」

「え?」

「そして、風呂を借りよう! たいして期待はできぬが、ラヴナラも列候領の中では大領のひとつ。それなりの物を持っておろう」

「……そんな理由で街をひとつ陥落させていいんですか?」

「みなで仲良く湯につかる! これにまさる幸せはないからな!! ……もちろん、男子禁制だぞ!?」


 と、快活に笑うリティア。


 周囲を巻き込むその笑顔――、


 アイカは《自分が帰るべきところに帰って来た》という感慨が急速に湧き上がり、胸がいっぱいになった。


 ――ただいま、リティア義姉ねえ様っ!!
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