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第十一章 繚乱三姫

252.最高の手土産

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 暑い盛り――、

 リティアにとって、愛する義妹いもうとアイカとの再会は予想外のものとなった。

 喜びを爆発させたアイカが駆けて自分の胸の中に飛び込んでくる――、

 のではなく、

 バチンッ! バチンッ! と、盛んにウインクをしてくる。

 ん? と、当惑したリティアが視線をずらすと、

 アイカの後ろでは、カリュもパチパチッ、パチパチッとウインクしているし、アイラも同様だ。

 ひさしぶりに会うサラナにいたっては、ウインクが苦手なのか両目を閉じたり開いたり……。


「ですから、リティア義姉ねえ様!?」

「あ、うん……」


 なにかを伝えようと頑張る義妹いもうとの、視線をたどるリティア。


「つよ~い、アルナヴィス候が、リティア義姉ねえ様に会いに来てくださったのですよ? つっよ~~い! ねっ!?」


 アイカの横で会釈しているのは、アルナヴィス候ジェリコ――……。


「……うむ」


 ようやくアイカたちの意図が汲み取れたリティアは、息をひとつ長く吸い込み――、気持ちをつくる。


「強いアルナヴィスの、強いアルナヴィス候の来訪を受け、このリティア感激のいたりである!」

「お……、おおぉ……」


 と、言葉にならない喜びを表情に浮かべるアルナヴィス候ジェリコ。

 アイカがホッとした表情でうなずくのを見たリティアは、


 ――せ、正解だったか。


 と、奇妙な安堵に包まれる。

 アイカが、アルナヴィス候に寄り添い、両手をひらひらとさせた。


「つっよ~っい! アルナヴィスが、義姉ねえ様の味方になってくださったからには、もうリーヤボルクになんか勝ったも同然! つよ~いアルナヴィス候のおかげで、王国が平和を取り戻しちゃいますね!?」


 アイカ自身、


 ――からかってるって思われたらどうしよう?


 と、思いつつ恐る恐る口にしている。

 しかし、アルナヴィス候ジェリコの表情は感極まっており、


 ――あ、これでいいんだ……。というか、これがいいんだ……。


 と、義姉あねリティアに引き合わせている。


 アルナヴィスで街をあげての歓待を受けたアイカたち一行。

 何度も何度も「強い」という言葉をせがまれた。

 そのたびに、


「強い! 強いな~! 強いに決まってるじゃありませんかぁ!」


 と、言い続けたアイカ。

 なんど聞いても嬉しいようで、いい大人たちが浮かべるに困惑しない訳ではなかったが、

 心底喜んでくれているのを、茶化す気にもなれない。

 やがて、


「つよ~いアルナヴィスに味方してもらえたら、義姉あねリティアも大喜びすると思うんですけど~~~?」


 というアイカの申し出を快諾してくれた。

 興奮の極みに達していたアルナヴィス候は、そのままアイカを担ぎ上げるようにしてラヴナラに向かってしまい、

 そのあまりの勢いのために、リティアになんの根回しもできずに謁見を迎えてしまう。



 リティアがアルナヴィスに対しどのような戦略を描いているのか、そこまではアイカにも分からない。

 けれど、王国南方の雄アルナヴィス。

 味方になってくれるのなら、きっと喜んでくれるはずだと考え――、


 バチンッ! バチンッ! と、ウインクで察してもらえるようにと頑張ったのだ。


 果たしてアルナヴィス候はリティアのまえに片膝を突いた。


「リティア殿下。諸歴あるなかアルナヴィスに対し、お褒めの言葉を過分に頂戴し恐悦至極にございます」

「う、うむ……」


 褒めた、とまで言われるようなことを言ったつもりのないリティアの返事は曖昧になる。

 しかし、感極まっているアルナヴィス候に、その曖昧さは伝わらない。

 力強い言葉がつづく。


「この上は、アルナヴィスの領民あげて、リティア殿下とアイカ殿下に従い、王国平定のため力の限り働かせていただきます。なにとぞ、その戦陣の末席にお加えくださいませ」


 そうまで言われて断るようなリティアではない。

 みずからも膝を突きアルナヴィス候の手をとった。


「なんと心強いことか」

「……リティア殿下」

アルナヴィスが、我と共に闘ってくれるのならば王国平定は、すでに成ったも同然。愚兄ルカスを除き、王都ヴィアナに栄光を取り戻そうぞ」

「もったいなきお言葉……。つ、つ、つ、つ、つ、つよい、アルナヴィスは永遠に両殿下のしもべにございます」


 まだ「つよい」と自称するにはてらいのあるアルナヴィス候おっさん


 ――くっ。


 と、こみ上げてくる笑いを堪え切ったことに、

 リティアは自分で自分を褒めた。


 ――だが、アルナヴィスが「強い」のも、また事実。


 聖山テノポトリをグルリと一周、旅してきたアイカから受け取る、最高のであった――。


   *


 ところで、王国史に刻まれたこの会見には、もうひとつの断面がある。


 アルナヴィス候ジェリコがリティアに帰順するまえ――、

 まだアルナヴィスでアイカたちを歓待していた頃のこと。

 宴席を抜け出したジェリコの前に、カリュとアイカが座った。

 宰相のニコラス、カリュの父マテオ、アイカの侍女アイラとサラナも同席している。

 その場でカリュが淡々と報告したこと――、


「サフィナ様とエディン様のご遺体は、防腐処理をほどこした上で王都ヴィアナの大神殿、天空神ラトゥパヌのご神像の足もとにお納めさせていただきました」


 かつて、リティアが旧都から運んだを納めた石室。

 いまだリティアが形代とした王太后カタリナから贈られたアメジストの指輪が納められているはずである。

 総候参朝の直後から始まった動乱のため、依代は旧都の神殿にもどされず、いまだ王都の大神殿で眠っていた。


「あの石室が開けられるのは、王国が平穏を取り戻したとき。たとえ、わたしの手でお救いできずとも、祝祭の準備と共にが明らかになるならば、決して粗略な扱いは受けまいかと……」


 その場に居合わせた皆が、おおいに驚き、そしてカリュの深謀遠慮にうなずかされた。

 ジェリコが声を震わせる。


「……王都で、いや、王国でもっとも神聖な場所で、サフィナを休ませてくれたのであるな」

「ほんとうは騒がしい王都から連れ出してさしあげたかったのですが……、せめて、あの時点でもっとも静謐が保たれた場所へと……」


 カリュは感情の昂ぶりを押さえるように、淡々と語りつづける。

 あの晩のことは、誰にとってもツラい思い出である。

 カリュは静かに、手をまえについた。


「候……。どうか王都に平穏を取り戻し、サフィナ様を盾神アルニティアの聖地、アルナヴィスに還してさしあげてくださいませ……」

「あい分かった……。ようやってくれた、礼を申す」


 そうして、アイカに連れられリティアのもとに訪れたアルナヴィス候ジェリコ。

 〈強い〉と言われて舞い上がっていただけではない。

 愛する妹サフィナをアルナヴィスに還すためにも、

 王国平定にむけた自身の決意を固めて、リティアとの会見に臨んでいたのだ――。
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