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第十一章 繚乱三姫
249.元の主君
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チーナを臣下にというロマナからの申し出に、アイカは戸惑いの表情をみせた。
ようやく生まれ故郷に帰り、もといた西南伯軍の所属にもどることができたばかりではないか――、と。
だが、ロマナはガラに後ろから抱き着いたまま、誇らしげな微笑みでチーナを見詰めている。
「かつて、王都で孤塁をまもるリティアのもとに私が駆け付けようとしたとき、お祖父さまとお祖母さまに止められた」
「……そうだったんですね」
「まだ、バシリオス殿下とルカス殿下の決戦のまえ……。おふたりをはじめ《ファウロスの息子》たちは、それぞれに権威を毀損している。いずれリティアを旗頭にせねばならん時が訪れる。というのがお祖父さまの見立てであった」
ロマナの話に《ファウロスの息子》である第4王子サヴィアスは、ピクリと反応した。
が、なにも言葉に出来ることはなかった。
ようやくガラを手放したロマナが、チーナの肩に手をやる。
「列候の力を借りることなく聖山戦争を勝ち抜いたことこそが王家の権威の源泉。私が駆け付けることはリティアの権威を損ねることなりかねないと言われ、唇を噛むしかなかった私の代わりに、リティアのもとに行くと申し出てくれたのが、このチーナだ!」
「差し出がましいことを申し出てしまいました」
「馬鹿をいうな! わたしが、どれほど嬉しかったことか!!」
あたまを下げるチーナに、ロマナが後ろから抱き着く。
――そうそう、ロマナさんって《距離の近い》お姫様でした。
と、ふり返るアイカであったが、ガラから見れば初めて目にするロマナの振る舞いであった。
アイカが目にしていたロマナは、聖山での狩りで親友リティアを、
「ザコっぽ~い!」
と、からかう《メスガキ》感もするお姫様であったが、いまやその気配はしない。
漂わせているのは、君主の風格。
ヴールだけではなく西南伯幕下六〇列候を守り抜いた《清楚可憐の蹂躙姫》の威厳であった。
「あのとき、お祖母さまはチーナに《休暇》をお与えになり、『諸国を漫遊して知見を広めなさい』と仰られた。そして、チーナは見事にそれを実現してくれた。ザノクリフ王国の地を踏んだヴールの者など、ほかにはおらんぞ」
アイカは、ロマナの言わんとするところを計りかねていた。
バシリオスが、カリトンとサラナを《贈りたい》と申し出てくれたときは、ふたりが《ワケアリ》であることが容易に想像でき、カリュの助言もあって、ありがたく受け入れた。
しかし、ロマナの話の延長線上には、この後のチーナが故郷ヴールで活躍する姿しか思い描けない。
まばたきの数が増えるアイカに、ロマナがゆったりと微笑みを浮かべた。
「なあに、そう堅苦しく考えるな。この動乱が治まるまで、チーナにはもっと知見を積んでもらいたい。だが、アイカ殿下の旗下にあっても、西南伯軍所属の客分のままでは、思う存分活躍することもできまい」
「あっ! ……キリのいいところで《お返し》しろってことですね!?」
「はっは! まあ、そういうことだ。与力として貸し出したのでは、アイカ殿下にもチーナにも双方、遠慮が生じるであろう」
「お気遣いいただきまして……」
「もっとも、ヴールはヴールで、チーナがいずれ帰ってきたいと思ってもらえる存在であり続けなくてはならんがな」
と、ロマナはチーナのかたに、あごを置いた。
そして、先ほどまで皆で狩りに興じた山を見あげた。
「……あの山を、われらヴールの者は《衡山》と呼び、聖山テノポトリと同様に崇拝している」
「衡山……」
「衡とは、《つりあい》とか《ひとしい》という意味だ。ヴールの民は《つりあい》や《バランス》、いわば調和を大切にする」
「へぇ~。ステキなお国柄ですねぇ~」
「まあ、それが身分社会の秩序を重んじる堅苦しさにつながっていたり、いいことばかりとは言えぬが……」
「あ……、なるほど」
「それゆえ、お祖父さまは王都を占拠したリーヤボルクにも、参朝の権を認めるならば、コトを荒立てることはせぬと王都に向かわれた……」
「はい……」
その結果、招いた事態は重大であった。
ベスニクの虜囚。太子レオノラの斬首。そこから波及した西南伯領内の動揺。
自然とロマナの視線は、苦いものを認めてしまう。
「……いいようにやられたままの、今の状態がバランスに欠いていると、誰もが思っている」
「はい、それは……、無理もないことです」
そう返答を返すアイカにもまた当然に《君主の風格》が漂う。
ザノクリフの内乱を鎮め、《草原の民》を率いて無法な侵略者に抗った。
アイカもそれだけの経験を積んでいる。
うなずくアイカに、ロマナはふっと肩の力ぬけたような笑みを浮かべた。
「サーバヌ騎士団を撃破したリティアは、ゆるりと周辺列候を鎮撫しつつラヴナラに向かっているという」
「はいっ!」
リティアの勝報は、アイカの耳にも届いている。
いまは離れて過ごす義姉の鮮やかな勝利の報に、胸躍らされていた。
ロマナが目をほそめる。
「リティアの緩やかな進軍は、王都のルカス様とリーヤボルクに『来るなら来い』と言わんばかり。……もはや王者がする《行幸》の様相だ」
リティア率いる第六騎士団の行軍。
アイカも、先日まで偵察に出ていたカリュから、巷間伝わるその様子について報告を受けていた。
カリュの立場からすれば、ヴールに向かう道行きでペノリクウス軍に追われ、主君アイカとベスニクの身を危機に陥れてしまったことに忸怩たる思いを抱えていた。
コノクリア王国の政務を執るロザリーの見事な情報封鎖により、草原の様子は一切、テノリア王国に漏れていない。
ただ、逆にテノリア王国側の情勢も詳しくは伝わらなくなっていた。
わずかな油断を抱いた自分のために、主君を危ない目にあわせてしまった。
ジョルジュにいたっては、一度は自身を囮にアイカたちを逃がそうと、その死を覚悟までさせてしまった。
いつも孫との再会を楽しそうに語る老将ジョルジュにそうさせてしまったことは、間諜のスペシャリストと自らを任じるカリュにとって痛恨の極みであった。
猛省したカリュは、すぐにでもアルナヴィスに向かおうとするアイカを押しとどめ、しばらく周辺での情報収集を丹念に行っていたのだ。
チーナの背中から手を放し、伸びをしたロマナは、チラリとアイカを見た。
「アイカ殿下にも狩っていただいた、この供物をささげ、主祭神に報告する祭礼が終われば、お祖父さまのヴール帰還が《聖山の大地》全体にひろく布告されよう」
「はい。皆さんお喜びになられますね」
「ははっ。喜ぶのが《皆さん》かどうかは分からぬが、そうすれば私の役目もおしまいだ」
ぬけるような青空を見上げるロマナ。
自分が果たすべき役目をやり遂げたという達成感に満ち溢れている。
また同時に、重責から解放される晴れ晴れとした笑顔でもあった。
「お祖父さまは、おそらくリティアへの支持を表明されるであろう」
「はいっ!」
「そうなったとき、残るのは……」
と、ロマナはアイカの黄金色の瞳を見据えた。
「アルナヴィスだ」
「はい……」
アイカは、たちまち表情を堅くした。
「アイカがアルナヴィスに行くと聞いたときは、心底たまげたぞ」
「あ……、はい……」
アイカにしてみれば、
――カリュの実家に遊びに行く。
といった程度の、かるい気持であったし、旅行気分以外のなにものでもなかった。
しかし、それを耳にしたヴールの者たちは皆、
――正気ですか?
――あのような野蛮な地に?
――ヴールの正規兵でお守りすべきでは?
と、一様に驚きを示した。
もっとも、カリュは苦笑いするばかりであったし、単純にヴールとアルナヴィスが歴史的にいがみ合ってきただけのことでもある。
ロマナは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「仮にお祖父さまがリティアへの支持を表明しても、後背にアルナヴィスを抱えたままでは、そうそう動きがとれるものではない。それに、リティアにしても、ラヴナラを落としたところで、今度はアルナヴィスと勢力圏を直に接することになる」
「はい……」
「アイカ殿下のアルナヴィス行きは、大きな意味を持つ」
「……ご、ご期待に沿えるかどうか」
「ふふっ。しかし、アイカ殿下の《ラッキー》に期待するのは止められんぞ?」
「ははっ……」
「……聖山戦争終結にあたりファウロス陛下が進駐してより以降、王家の者がアルナヴィスの地を踏んだことはない。アイカ殿下が初めてになる」
「お、王家の者っていうか……、はははははっ」
「リティアの義妹であれば、充分に王家の者であろう」
「ははは……、そうなりますよね」
「そんな得がたい機会、チーナにも立ち会わせてやりたいではないか!?」
ガラとチーナが同時に「ふふっ」と、笑った。
それを見たロマナは、心外そうに眉をしかめた笑顔をつくる。
「そうだ、ほんとうは私が立ち会いたいくらいだ。けれど、そういう訳にもいくまい? せめて、わが目わが耳としてチーナに行ってもらうくらい、いいではないか?」
チーナが恭しくアイカに頭をさげた。
「そういった訳ですので、アイカ殿下のお心に叶うようでしたら、どうぞ私を臣下の列にお加えください。……この通り元の主君がうるさいのです」
「生真面目一辺倒だったチーナが、こんな皮肉を言えるようになるとは、アイカ殿下のご教育は素晴らしいものだ」
と、ロマナはパッと顔に華を咲かせた。
アイカもようやく事情を呑み込め、心のこわばりが解けたように、ほほを緩める。
「わかりました! チーナさんが元のご主君のところに帰りたくなったら、遠慮なく言ってくれること。それだけを条件に、公女ロマナ様のお申し出を、ありがたく受けさせていただきます」
アイカの言葉に、満足気にうなずいたロマナはチーナの肩をやさしく抱いた。
「アルナヴィスの土産話、元の主君は楽しみに待っているぞ!!」
*
ふたたび《パーティ》の一員にもどったチーナも含め、アイカたち一行はアルナヴィスに向けて旅立つ。
いまだ病床にあるベスニクをのぞいた、ロマナ、ウラニア、ソフィア、エカテリニ、それにサヴィアスたちが城門で見送ってくれた。
ながく悲嘆に暮れていたヴールにようやく訪れた明るいひとコマでもあった。
ガラとレオンの姉弟にも別れを告げ、アイカは一路、アルナヴィスに向かう。
そこには、みなが拍子抜けするほどの、アイカにしか為し得なかった《奇跡》が待ち受けていた――。
ようやく生まれ故郷に帰り、もといた西南伯軍の所属にもどることができたばかりではないか――、と。
だが、ロマナはガラに後ろから抱き着いたまま、誇らしげな微笑みでチーナを見詰めている。
「かつて、王都で孤塁をまもるリティアのもとに私が駆け付けようとしたとき、お祖父さまとお祖母さまに止められた」
「……そうだったんですね」
「まだ、バシリオス殿下とルカス殿下の決戦のまえ……。おふたりをはじめ《ファウロスの息子》たちは、それぞれに権威を毀損している。いずれリティアを旗頭にせねばならん時が訪れる。というのがお祖父さまの見立てであった」
ロマナの話に《ファウロスの息子》である第4王子サヴィアスは、ピクリと反応した。
が、なにも言葉に出来ることはなかった。
ようやくガラを手放したロマナが、チーナの肩に手をやる。
「列候の力を借りることなく聖山戦争を勝ち抜いたことこそが王家の権威の源泉。私が駆け付けることはリティアの権威を損ねることなりかねないと言われ、唇を噛むしかなかった私の代わりに、リティアのもとに行くと申し出てくれたのが、このチーナだ!」
「差し出がましいことを申し出てしまいました」
「馬鹿をいうな! わたしが、どれほど嬉しかったことか!!」
あたまを下げるチーナに、ロマナが後ろから抱き着く。
――そうそう、ロマナさんって《距離の近い》お姫様でした。
と、ふり返るアイカであったが、ガラから見れば初めて目にするロマナの振る舞いであった。
アイカが目にしていたロマナは、聖山での狩りで親友リティアを、
「ザコっぽ~い!」
と、からかう《メスガキ》感もするお姫様であったが、いまやその気配はしない。
漂わせているのは、君主の風格。
ヴールだけではなく西南伯幕下六〇列候を守り抜いた《清楚可憐の蹂躙姫》の威厳であった。
「あのとき、お祖母さまはチーナに《休暇》をお与えになり、『諸国を漫遊して知見を広めなさい』と仰られた。そして、チーナは見事にそれを実現してくれた。ザノクリフ王国の地を踏んだヴールの者など、ほかにはおらんぞ」
アイカは、ロマナの言わんとするところを計りかねていた。
バシリオスが、カリトンとサラナを《贈りたい》と申し出てくれたときは、ふたりが《ワケアリ》であることが容易に想像でき、カリュの助言もあって、ありがたく受け入れた。
しかし、ロマナの話の延長線上には、この後のチーナが故郷ヴールで活躍する姿しか思い描けない。
まばたきの数が増えるアイカに、ロマナがゆったりと微笑みを浮かべた。
「なあに、そう堅苦しく考えるな。この動乱が治まるまで、チーナにはもっと知見を積んでもらいたい。だが、アイカ殿下の旗下にあっても、西南伯軍所属の客分のままでは、思う存分活躍することもできまい」
「あっ! ……キリのいいところで《お返し》しろってことですね!?」
「はっは! まあ、そういうことだ。与力として貸し出したのでは、アイカ殿下にもチーナにも双方、遠慮が生じるであろう」
「お気遣いいただきまして……」
「もっとも、ヴールはヴールで、チーナがいずれ帰ってきたいと思ってもらえる存在であり続けなくてはならんがな」
と、ロマナはチーナのかたに、あごを置いた。
そして、先ほどまで皆で狩りに興じた山を見あげた。
「……あの山を、われらヴールの者は《衡山》と呼び、聖山テノポトリと同様に崇拝している」
「衡山……」
「衡とは、《つりあい》とか《ひとしい》という意味だ。ヴールの民は《つりあい》や《バランス》、いわば調和を大切にする」
「へぇ~。ステキなお国柄ですねぇ~」
「まあ、それが身分社会の秩序を重んじる堅苦しさにつながっていたり、いいことばかりとは言えぬが……」
「あ……、なるほど」
「それゆえ、お祖父さまは王都を占拠したリーヤボルクにも、参朝の権を認めるならば、コトを荒立てることはせぬと王都に向かわれた……」
「はい……」
その結果、招いた事態は重大であった。
ベスニクの虜囚。太子レオノラの斬首。そこから波及した西南伯領内の動揺。
自然とロマナの視線は、苦いものを認めてしまう。
「……いいようにやられたままの、今の状態がバランスに欠いていると、誰もが思っている」
「はい、それは……、無理もないことです」
そう返答を返すアイカにもまた当然に《君主の風格》が漂う。
ザノクリフの内乱を鎮め、《草原の民》を率いて無法な侵略者に抗った。
アイカもそれだけの経験を積んでいる。
うなずくアイカに、ロマナはふっと肩の力ぬけたような笑みを浮かべた。
「サーバヌ騎士団を撃破したリティアは、ゆるりと周辺列候を鎮撫しつつラヴナラに向かっているという」
「はいっ!」
リティアの勝報は、アイカの耳にも届いている。
いまは離れて過ごす義姉の鮮やかな勝利の報に、胸躍らされていた。
ロマナが目をほそめる。
「リティアの緩やかな進軍は、王都のルカス様とリーヤボルクに『来るなら来い』と言わんばかり。……もはや王者がする《行幸》の様相だ」
リティア率いる第六騎士団の行軍。
アイカも、先日まで偵察に出ていたカリュから、巷間伝わるその様子について報告を受けていた。
カリュの立場からすれば、ヴールに向かう道行きでペノリクウス軍に追われ、主君アイカとベスニクの身を危機に陥れてしまったことに忸怩たる思いを抱えていた。
コノクリア王国の政務を執るロザリーの見事な情報封鎖により、草原の様子は一切、テノリア王国に漏れていない。
ただ、逆にテノリア王国側の情勢も詳しくは伝わらなくなっていた。
わずかな油断を抱いた自分のために、主君を危ない目にあわせてしまった。
ジョルジュにいたっては、一度は自身を囮にアイカたちを逃がそうと、その死を覚悟までさせてしまった。
いつも孫との再会を楽しそうに語る老将ジョルジュにそうさせてしまったことは、間諜のスペシャリストと自らを任じるカリュにとって痛恨の極みであった。
猛省したカリュは、すぐにでもアルナヴィスに向かおうとするアイカを押しとどめ、しばらく周辺での情報収集を丹念に行っていたのだ。
チーナの背中から手を放し、伸びをしたロマナは、チラリとアイカを見た。
「アイカ殿下にも狩っていただいた、この供物をささげ、主祭神に報告する祭礼が終われば、お祖父さまのヴール帰還が《聖山の大地》全体にひろく布告されよう」
「はい。皆さんお喜びになられますね」
「ははっ。喜ぶのが《皆さん》かどうかは分からぬが、そうすれば私の役目もおしまいだ」
ぬけるような青空を見上げるロマナ。
自分が果たすべき役目をやり遂げたという達成感に満ち溢れている。
また同時に、重責から解放される晴れ晴れとした笑顔でもあった。
「お祖父さまは、おそらくリティアへの支持を表明されるであろう」
「はいっ!」
「そうなったとき、残るのは……」
と、ロマナはアイカの黄金色の瞳を見据えた。
「アルナヴィスだ」
「はい……」
アイカは、たちまち表情を堅くした。
「アイカがアルナヴィスに行くと聞いたときは、心底たまげたぞ」
「あ……、はい……」
アイカにしてみれば、
――カリュの実家に遊びに行く。
といった程度の、かるい気持であったし、旅行気分以外のなにものでもなかった。
しかし、それを耳にしたヴールの者たちは皆、
――正気ですか?
――あのような野蛮な地に?
――ヴールの正規兵でお守りすべきでは?
と、一様に驚きを示した。
もっとも、カリュは苦笑いするばかりであったし、単純にヴールとアルナヴィスが歴史的にいがみ合ってきただけのことでもある。
ロマナは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「仮にお祖父さまがリティアへの支持を表明しても、後背にアルナヴィスを抱えたままでは、そうそう動きがとれるものではない。それに、リティアにしても、ラヴナラを落としたところで、今度はアルナヴィスと勢力圏を直に接することになる」
「はい……」
「アイカ殿下のアルナヴィス行きは、大きな意味を持つ」
「……ご、ご期待に沿えるかどうか」
「ふふっ。しかし、アイカ殿下の《ラッキー》に期待するのは止められんぞ?」
「ははっ……」
「……聖山戦争終結にあたりファウロス陛下が進駐してより以降、王家の者がアルナヴィスの地を踏んだことはない。アイカ殿下が初めてになる」
「お、王家の者っていうか……、はははははっ」
「リティアの義妹であれば、充分に王家の者であろう」
「ははは……、そうなりますよね」
「そんな得がたい機会、チーナにも立ち会わせてやりたいではないか!?」
ガラとチーナが同時に「ふふっ」と、笑った。
それを見たロマナは、心外そうに眉をしかめた笑顔をつくる。
「そうだ、ほんとうは私が立ち会いたいくらいだ。けれど、そういう訳にもいくまい? せめて、わが目わが耳としてチーナに行ってもらうくらい、いいではないか?」
チーナが恭しくアイカに頭をさげた。
「そういった訳ですので、アイカ殿下のお心に叶うようでしたら、どうぞ私を臣下の列にお加えください。……この通り元の主君がうるさいのです」
「生真面目一辺倒だったチーナが、こんな皮肉を言えるようになるとは、アイカ殿下のご教育は素晴らしいものだ」
と、ロマナはパッと顔に華を咲かせた。
アイカもようやく事情を呑み込め、心のこわばりが解けたように、ほほを緩める。
「わかりました! チーナさんが元のご主君のところに帰りたくなったら、遠慮なく言ってくれること。それだけを条件に、公女ロマナ様のお申し出を、ありがたく受けさせていただきます」
アイカの言葉に、満足気にうなずいたロマナはチーナの肩をやさしく抱いた。
「アルナヴィスの土産話、元の主君は楽しみに待っているぞ!!」
*
ふたたび《パーティ》の一員にもどったチーナも含め、アイカたち一行はアルナヴィスに向けて旅立つ。
いまだ病床にあるベスニクをのぞいた、ロマナ、ウラニア、ソフィア、エカテリニ、それにサヴィアスたちが城門で見送ってくれた。
ながく悲嘆に暮れていたヴールにようやく訪れた明るいひとコマでもあった。
ガラとレオンの姉弟にも別れを告げ、アイカは一路、アルナヴィスに向かう。
そこには、みなが拍子抜けするほどの、アイカにしか為し得なかった《奇跡》が待ち受けていた――。
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