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第十一章 繚乱三姫
247.無頼姫、強し!!
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《西南伯の鉞》を預けられていたロマナの口から、太子レオノラ、その妃レスティーネ、そして長子サルヴァの死が、ベスニクに伝えられた。
苦渋にみちた表情のロマナ。
しかし、ベスニクの顔にはみるみるうちに赤みがさし、生気が満ち溢れてくる。
自身はながく虜囚の辱めを受け、戻ってみれば太子は斬首されており、その妃は謀叛を企て嫡孫に討たれ、嫡孫も自刃に果てていた。
ベスニクの痩せ衰えた体躯に湧き上がってくるのは、
――憤怒。
いかにレスティーネが心を病み、母娘関係が拗れていたとしても、太子が健在であれば起きなかった悲劇だ。
ロマナには、なんの非も責もない。
激しい怒りが背骨となり、ベスニクを立ち上がらせる。
「お、お祖父さま。……無理はなさらず」
「ロマナ」
「はっ……」
顔を紅潮させたベスニクの額には血管が浮かび、吊り上がった目は爛々とかがやく。ほそくなった身体は怒張し、ひと回り大きくなったかのようだ。
しかし、ロマナの目に、ベスニクは笑っているようにも見えた。
「よくヴールを守った」
「……いえ。たいしたことも出来ず」
「ルカス、リーヤボルク……。この怨み。必ず晴らしてくれようぞ」
鉈のように鋭く重いベスニクの眼光は、とおく北東の王都ヴィアナを見据えた。
ロマナの胸中は英邁な祖父の帰還による安堵に満たされ、しかし、そこには一抹の不安がまぎれた。
祖父の激情が、衰えた体躯をかえりみず溢れだしたとき、
自分には止められるだろうか――、と。
*
第六騎士団が敗走してゆく。
昼のつよい日差しが降り注ぐ、丘陵地帯。
王都ヴィアナの南東、ラヴナラとメテピュリアの中間にあたる起伏に富んだ一帯で、
隊伍は完全に崩れ、万騎兵長パイドルが声を枯らして叱咤するが、無様すぎる潰走は止まらない。
掃討にかかったサーバヌ騎士団の先頭では、興奮した親王アスミルが馬上で大はしゃぎであった。
「見よ! 見よ! なにが、第六騎士団だ!? なにが、無頼姫だ!? ひと当たりしただけで、あの様よ!! 追え! 追え――っ! ひとりも生きて帰すな――っ!」
「父上。あとは万騎兵長に任せ、おさがりください」
という息子ロドスにむけたアスミルの眼は血走っている。
「馬鹿を言うな! リティアめを我が手で捕え、ルカス陛下に献上してくれるわ! 参朝のよい手土産じゃ! あの小生意気な王女に縄目をかければ、ルカス陛下も我らをお認めくださるに違いない!!」
と、馬に鞭をいれ、先頭を駆ける勢いで駆け出していくアスミル。
父の騎影が陣の中に消え、ロドスはため息を吐いた。
圧倒的大勝利ではある。
しかし、率いる王族がみずから敗兵狩りに駆けるようでは、かえって威信を損ねかねない。
そんな息子の憂慮には気付かず、アスミルはサーバヌ騎士団の兵を煽り続ける。
「行け、行け! 残らず討ち取れ! 見よ! 我らを恐れて、峡谷の方へと逃げ込みおるわ!! あんな逃げ場のないところに駆け込むとは知恵のない。行け、行け――っ!!」
自身も切り立った崖に囲まれた峡谷に馬を入れ、勢いよく駆けてゆく。
しかし、アスミルが気が付かなかったのは息子の憂慮だけではない。
見苦しい敗走を重ねる第六騎士団には、ただのひとりも死者がでていなかった――。
ドォォォォ――ッン!!
という轟音が響き渡り、ロドスの視界から父アスミルの姿が消えた。
いや、目のまえにあったはずの峡谷そのものが消えている。
音と振動に驚いた馬を押さえてなだめ、自分も激しく動揺しながらあたりを見回す。
やがて、崖の上から無数の大岩が落とされ、峡谷の入口がふさがれたのだと知れた。
そして、崖の上には逆光に照らされてかがやく赤茶色の髪――、
「はははっ! パイドル公の逃げっぷりは見応えがあったな!」
「はっ。大地の起伏を巧みに活かした戦術。さすがは《山々の民》ザノクリフ王国で培われた見事な献策にございました」
快活に笑うリティアの横には、筆頭万騎兵長ドーラの姿。
向かいの崖では万騎兵長ルクシアがパイドルの計略を讃えて、ちいさく口笛を吹いた。
そして、両方の崖の上は第六騎士団の兵士たちで満ちてゆく。
敗兵を追っていたはずのサーバヌ騎士団16,000は、大岩のむこうにアスミル率いる12,000と、手前のロドス4,000とに完全に分断されてしまった。
父アスミルを助けようにも、大岩に阻まれ前に進みようのないロドスは狼狽して立ち往生し、
大岩でできた袋小路に押し込められた形となったアスミルは、頭上に次々とあらわれる多数の兵士を見上げ、愕然としている。
しかも、追っていたはずの敗兵は、整然と隊列を組み直し、こちらへ突撃する構えをみせる。
おおきく息を吸い込んだリティアは、大空を斬り裂くような声を戦場にひびかせた。
「投降する者は剣を置き、鎧を脱げ! 王国騎士の誇りを求める者を止めはせぬ!! わが第六騎士団の矢の餌食となって、誇りをまっとうせよ!!」
その声を合図に、崖の上からアスミルたちに降り注ぐ無数の矢。
まえにはパイドル率いる1万、うしろには大岩、両横は切り立った崖。なす術もなく斃れてゆくサーバヌ騎士団の兵士たち。
アスミルに飛びついた万騎兵長アレクが、そのまま地に伏せ覆いかぶさる。
「……わが失策。面目次第も……」
とうめくアレクの背にも次々と矢が突き立つ。
――王国の騎士が投降などするはずあるまい。
とでも言わんばかりの、無慈悲な攻撃。
ロドスの目にも、大岩の向こうでなにが起きているかは解るのだが、手の出しようがない。
もうひとりの万騎兵長バイロン――内紛ではカリストスとアメルの側に付いていた――に促され、やむなく撤兵をはじめる。
弓音が間断なく鳴りひびく崖の上で、ドーラがリティアに馬を寄せた。
「追いますか?」
「いや、このまま逃げてもらおう。予定どおりラヴナラを攻囲したい」
「承知いたしました」
崖の下で斃れてゆくサーバヌ騎士団の兵士たち。
眉を寄せたリティアは、
――すまぬ。そなたらの屍が、王都を生かすぞ。
と、すべてを最後まで見届けた。
*
リティアが第六騎士団をラヴナラにすすめ、
――無頼姫、強し!!
の報が、《聖山の大地》を震撼させた頃、
アルナヴィス行きの準備を始めていたアイカのもとに、
「アイカ! 狩りに行こう!!」
と、ロマナが晴れやかな笑顔であらわれた。
その傍らには、すっかり大人しくなった第4王子サヴィアスの姿もあり、アイカの目を驚かせた――。
苦渋にみちた表情のロマナ。
しかし、ベスニクの顔にはみるみるうちに赤みがさし、生気が満ち溢れてくる。
自身はながく虜囚の辱めを受け、戻ってみれば太子は斬首されており、その妃は謀叛を企て嫡孫に討たれ、嫡孫も自刃に果てていた。
ベスニクの痩せ衰えた体躯に湧き上がってくるのは、
――憤怒。
いかにレスティーネが心を病み、母娘関係が拗れていたとしても、太子が健在であれば起きなかった悲劇だ。
ロマナには、なんの非も責もない。
激しい怒りが背骨となり、ベスニクを立ち上がらせる。
「お、お祖父さま。……無理はなさらず」
「ロマナ」
「はっ……」
顔を紅潮させたベスニクの額には血管が浮かび、吊り上がった目は爛々とかがやく。ほそくなった身体は怒張し、ひと回り大きくなったかのようだ。
しかし、ロマナの目に、ベスニクは笑っているようにも見えた。
「よくヴールを守った」
「……いえ。たいしたことも出来ず」
「ルカス、リーヤボルク……。この怨み。必ず晴らしてくれようぞ」
鉈のように鋭く重いベスニクの眼光は、とおく北東の王都ヴィアナを見据えた。
ロマナの胸中は英邁な祖父の帰還による安堵に満たされ、しかし、そこには一抹の不安がまぎれた。
祖父の激情が、衰えた体躯をかえりみず溢れだしたとき、
自分には止められるだろうか――、と。
*
第六騎士団が敗走してゆく。
昼のつよい日差しが降り注ぐ、丘陵地帯。
王都ヴィアナの南東、ラヴナラとメテピュリアの中間にあたる起伏に富んだ一帯で、
隊伍は完全に崩れ、万騎兵長パイドルが声を枯らして叱咤するが、無様すぎる潰走は止まらない。
掃討にかかったサーバヌ騎士団の先頭では、興奮した親王アスミルが馬上で大はしゃぎであった。
「見よ! 見よ! なにが、第六騎士団だ!? なにが、無頼姫だ!? ひと当たりしただけで、あの様よ!! 追え! 追え――っ! ひとりも生きて帰すな――っ!」
「父上。あとは万騎兵長に任せ、おさがりください」
という息子ロドスにむけたアスミルの眼は血走っている。
「馬鹿を言うな! リティアめを我が手で捕え、ルカス陛下に献上してくれるわ! 参朝のよい手土産じゃ! あの小生意気な王女に縄目をかければ、ルカス陛下も我らをお認めくださるに違いない!!」
と、馬に鞭をいれ、先頭を駆ける勢いで駆け出していくアスミル。
父の騎影が陣の中に消え、ロドスはため息を吐いた。
圧倒的大勝利ではある。
しかし、率いる王族がみずから敗兵狩りに駆けるようでは、かえって威信を損ねかねない。
そんな息子の憂慮には気付かず、アスミルはサーバヌ騎士団の兵を煽り続ける。
「行け、行け! 残らず討ち取れ! 見よ! 我らを恐れて、峡谷の方へと逃げ込みおるわ!! あんな逃げ場のないところに駆け込むとは知恵のない。行け、行け――っ!!」
自身も切り立った崖に囲まれた峡谷に馬を入れ、勢いよく駆けてゆく。
しかし、アスミルが気が付かなかったのは息子の憂慮だけではない。
見苦しい敗走を重ねる第六騎士団には、ただのひとりも死者がでていなかった――。
ドォォォォ――ッン!!
という轟音が響き渡り、ロドスの視界から父アスミルの姿が消えた。
いや、目のまえにあったはずの峡谷そのものが消えている。
音と振動に驚いた馬を押さえてなだめ、自分も激しく動揺しながらあたりを見回す。
やがて、崖の上から無数の大岩が落とされ、峡谷の入口がふさがれたのだと知れた。
そして、崖の上には逆光に照らされてかがやく赤茶色の髪――、
「はははっ! パイドル公の逃げっぷりは見応えがあったな!」
「はっ。大地の起伏を巧みに活かした戦術。さすがは《山々の民》ザノクリフ王国で培われた見事な献策にございました」
快活に笑うリティアの横には、筆頭万騎兵長ドーラの姿。
向かいの崖では万騎兵長ルクシアがパイドルの計略を讃えて、ちいさく口笛を吹いた。
そして、両方の崖の上は第六騎士団の兵士たちで満ちてゆく。
敗兵を追っていたはずのサーバヌ騎士団16,000は、大岩のむこうにアスミル率いる12,000と、手前のロドス4,000とに完全に分断されてしまった。
父アスミルを助けようにも、大岩に阻まれ前に進みようのないロドスは狼狽して立ち往生し、
大岩でできた袋小路に押し込められた形となったアスミルは、頭上に次々とあらわれる多数の兵士を見上げ、愕然としている。
しかも、追っていたはずの敗兵は、整然と隊列を組み直し、こちらへ突撃する構えをみせる。
おおきく息を吸い込んだリティアは、大空を斬り裂くような声を戦場にひびかせた。
「投降する者は剣を置き、鎧を脱げ! 王国騎士の誇りを求める者を止めはせぬ!! わが第六騎士団の矢の餌食となって、誇りをまっとうせよ!!」
その声を合図に、崖の上からアスミルたちに降り注ぐ無数の矢。
まえにはパイドル率いる1万、うしろには大岩、両横は切り立った崖。なす術もなく斃れてゆくサーバヌ騎士団の兵士たち。
アスミルに飛びついた万騎兵長アレクが、そのまま地に伏せ覆いかぶさる。
「……わが失策。面目次第も……」
とうめくアレクの背にも次々と矢が突き立つ。
――王国の騎士が投降などするはずあるまい。
とでも言わんばかりの、無慈悲な攻撃。
ロドスの目にも、大岩の向こうでなにが起きているかは解るのだが、手の出しようがない。
もうひとりの万騎兵長バイロン――内紛ではカリストスとアメルの側に付いていた――に促され、やむなく撤兵をはじめる。
弓音が間断なく鳴りひびく崖の上で、ドーラがリティアに馬を寄せた。
「追いますか?」
「いや、このまま逃げてもらおう。予定どおりラヴナラを攻囲したい」
「承知いたしました」
崖の下で斃れてゆくサーバヌ騎士団の兵士たち。
眉を寄せたリティアは、
――すまぬ。そなたらの屍が、王都を生かすぞ。
と、すべてを最後まで見届けた。
*
リティアが第六騎士団をラヴナラにすすめ、
――無頼姫、強し!!
の報が、《聖山の大地》を震撼させた頃、
アルナヴィス行きの準備を始めていたアイカのもとに、
「アイカ! 狩りに行こう!!」
と、ロマナが晴れやかな笑顔であらわれた。
その傍らには、すっかり大人しくなった第4王子サヴィアスの姿もあり、アイカの目を驚かせた――。
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