【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら

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第十一章 繚乱三姫

246.日は沈まぬ

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 エカテリニは駆け寄って膝をつき、サラナの手をつよく握った。


「そんなこと……」


 と呟いたエカテリニ。気持ちがたかぶり続きが声にならない。

 目には涙が浮かび、思うように言葉が出てこないエカテリニは、立ち上がってサラナの顔をその胸に抱きしめた。


「いいのよ……、いいの……。ありがとう……、バシリオス様を守ってくれて」


 バシリオスの伽をつとめた。

 それも何度も。

 そのことを詫びるサラナの衷心に、エカテリニは感動し打ち震えた。

 しかも、薄暗く石床の冷たい地下牢で、リーヤボルクの下卑た蛮兵の視線に晒されながらだという。

 なんとむごいことをするのか。

 なんたる仕打ち。

 人のすることとは思えぬ。

 しかし、サラナはその非道な仕打ちに耐え、女性の尊厳を踏みにじられながらも、バシリオスの命をつないでくれた。

 献身――、

 という言葉では表しきれない行いを重ね、バシリオスを回復させ、王位にまで導いてくれた。

 いまは自分の胸の中でかすかに震える、小柄で歳のわりに幼い顔立ちをした童顔の侍女。

 自らの《功》を誇るでなく、妃の地位を求めるでもなく、伽をつとめるは侍女にあらずと、

 バシリオスのもとを去った。

 なおかつ、正妃に対して申し訳ないと、自分に心からの詫びを述べる。

 聖山神話に登場するどんな女神よりも気高く神々しい。


 ――王国の侍女。


 そのを、エカテリニは初めて思い知った。

 カリュに促され、サラナの横に腰をおろすエカテリニ。

 自分と共にサラナをはさんで座る侍女カリュの姿もまた、つい先程までとはガラリと変わって見える。


「カリュ……。傷んだサラナの心を、よう支えてくれた」

「いえ……」


 ふたりは、それぞれにサラナの手をつよく握りしめている。

 うしろに控えるリアンドラが口をひらき、北離宮幽閉中のバシリオスとサラナの様子を淡々と語ってくれた。

 商人に扮し、北離宮への潜入に成功していたリアンドラ。

 サラナがいかに献身的にバシリオスを支えていたか、その姿を垣間見ていた。

 そしてサラナの口からは、リアンドラとアーロンの差し入れてくれた肉や果物に甘い菓子、それらが如何にバシリオスの身体を回復させ、心を癒やしてくれたことかと語られた。

 また、それを許したロマナ。

 ベスニク救出のために潜伏させた側近であるにも関わらず、王国の誇りのためと躊躇わずバシリオスに手を差し伸べてくれた。

 外界と隔絶されたバシリオスとサラナが、リアンドラたちの存在にどれほど勇気づけられたことか。


 すべてを聞きおえたエカテリニは、リアンドラも近くに寄せ、カリュも一緒に、サラナのことをつよく抱きしめた。

 4人の女性が、ひとかたまりとなってソファの上で震えた。


「……ようやってくれた、サラナ。……誰が褒めなくとも、私はサラナを誇りに思う」

「エカテリニ様……」

「誰に知らせることでもない。知られるべきことでもない。……だが、私がこの世の生を終え、目を閉じる最後の瞬間まで、そなたのことは忘れぬ。最後の瞬間まで感謝して過ごす」

「……も、もったいなきお言葉」


 サラナの声に嗚咽が混じる。

 エカテリニは、つよく抱く手にさらに力を込めた。


「サラナ。私に誇れ」

「……」

「生涯、私に誇れ。わが幸福は、すべてサラナの功績である。必ず誇れ。この《聖山の大地》にひとり、そなたへの感謝を忘れぬ者がおる。そのことを誇って……、生きてくれ」

「はい……」

「わが故郷チュケシエの主祭神《農耕神チェルメーデ》に契誓する。わたしは生涯、サラナに感謝して生きようぞ」


 サラナは、ふっと肩の力がぬけるのを感じ、つよく押し当てられていたエカテリニの胸に、身体を預けた。

 ス――ッと、ひとすじの涙がながれる。

 エカテリニは、みなを抱きしめたまま動かない。


「……だから、みなで幸福にならねばならぬ。サラナも、カリュも、リアンドラも。きっと幸福にならねばならぬ」


 ヴール公宮の一室。

 4人の女性は涙が枯れるまで抱きあい、空が白んでくる頃、笑顔で別れた。


   *


 朝陽が昇り、目覚めたベスニクは、


 ――帰ってきたのだ。わがヴールに。


 と、おおきな感慨に包まれた。

 居室を飾る調度品のひとつひとつが愛おしい。陽がさしこむ窓からは、たかいヴールの空を雄大に飛ぶクロワシの影が見えた。

 ふと、自分の左手を握ったまま、ベッドに突っ伏して眠るウラニアに気がついた。

 アイカやロマナたちとの大浴場での密談を終えたあと、やはり夫のことが気になり、様子を見に来たまま眠ってしまったのだ。

 ベスニクが右手でウラニアの透き通るような銀髪をなでると、ピクリと顔をあげた。


「……お目覚めでしたか」

「うむ……」

「ふふっ。……お帰りなさいませ」

「ああ……。苦労をかけた」

「こういうときは、まず『ただいま』ですわよ?」

「そうか……。ただいま、ウラニア」

「はい。お帰りなさいませ、旦那様」

「いや……? やはり、『おはよう』ではないかな?」

「ふふっ。ほんとう! ……おはようございます、旦那様。ヴールの夜明けでございますわよ」

「ああ、おはよう。もう、日は沈まぬ」


 微笑みあう夫婦。

 朝の陽ざしが燦々とかがやき、静かな部屋のなかで抱擁を交わした。


 ヴールの味付けで朝食を済ませたベスニクの前に、ウラニア、ロマナ、セリムがそろった。

 端正な顔立ちを蒼白に、背筋を伸ばして祖父の寝台のまえに立つロマナ。

 ウラニアとセリムの表情も堅い。

 ながい不在の間に、西南伯家を襲った悲劇をベスニクに伝えなくてはならない――。
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